046「アイドル少女、岐路に立つ」
「……そうか」
それが隣で微動だにしていなかった修斗さんの第一声だった。
「そ、そうかって……私、今結構勇気を出したんですけど……!」
何かリアクションを期待していた訳ではなかったのだけど、それにしてもあまりにも他人事のようなリアクションをされてしまって、思わずツッコんでしまう。
「いや、悪い。ちょっと反応に困った末に出た反応ではある」
修斗さんは少し気まずそうに頭を掻きながら言った。そして、言葉を続ける。
「そうだな……。俺もあんたのことは嫌――」
そこまで言って修斗さんの口は動きを止める。私が不思議に思って視線を向けると、修斗さんは「今この言い回しはダサいな」と呟き、目を瞑って一度大きく深呼吸した。
「……俺もあんたのことは結構好きだよ」
どくんという音が自分の耳にも聞こえたんじゃないかと錯覚するくらい心臓が大きく脈打つ。
「まあ、それが女性としてなのかは分からんが」
小さな声で補足する修斗さん。
「それでも、嬉しいです」
私はふわふわとした感覚の中、噛みしめるように言葉を漏らした。
自分が告白したときよりも、修斗さんが好きだと言ってくれた今の方が顔が熱くて胸が苦しい。
「三年になってからはそうでもなかったけど、それより前はなんだかんだあんたに関わることが一番多かったからな」
私がアイドル学園に転入してきてからの一年で最も関わったと言える人は、私のマネージャーさんだ。アイドルになってから本当にお世話になっている。
そして、そんなマネージャーさんと同じくらい修斗さんとも関わってきた。
しかも、修斗さんにはずっと助けてもらいっぱなしだ。
去年の学園祭にどうしようもなくなっていた私の手を引いてくれたところから始まって、年明け頃に弱っていた時も唯ちゃんと一緒に私のためにたくさん行動してくれて、つい先日の学園祭でも弱気になっていた私の背中を押してくれた。
それなのに私は修斗さんに何も返すことが出来ていない。
「……すみません、修斗さん。一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
少し冷静になってきた私は修斗さんに疑問を投げ掛ける。修斗さんは普段と変わらない様子で相槌をうつ。
「私はずっと修斗さんに迷惑や心配をかけてきたと自分でも理解しています。それでも、私に好意を持ってくれているのは何故ですか?」
修斗さんは誰かに巻き込まれたり頼まれたりして、私と関わり合いになることがほとんどだったはず。去年のうちはその側面が特に強かったように私から見て思う。
そんな中で追い打ちをかけるように私自身のトラブルにも巻き込まれていれば、私に対して"面倒くさい人間"だと思っても何ら不思議ではない。
修斗さんは、腕を組んで数秒だけ考えるような様子を見せた後、すぐに口を開いた。
「努力家だから、じゃねぇかな」
「努力家、ですか……?」
修斗さんの答えに私は首を傾げる。
言われたことにあまりピンとこない。
私が努力をしていないということではない。けど、それは私だけでなく誰でもやっていることだと思う。特にアイドルであれば、唯ちゃんだって、優さんだって、悠希ちゃんや理緒菜ちゃんだって、桜庭さんでさえ努力していないことはないはず。
人よりも少し努力の時間が長いからと言って、それをイコール努力家だと言って良いものなのだろうか。
「馬鹿正直に努力して、ぶっ倒れたりするのが宮川だろ?」
その通り過ぎて言い返せない。
去年の学園祭はまさにそういう状況で、修斗さんに助けてもらったのだ。
「自分の目標に向かって、自分の体すらかなぐり捨てて愚直すぎるくらいに真っ直ぐ努力する。そういうの、俺は案外嫌いじゃないんだよ。本当に馬鹿だなとは思うが」
「ば、馬鹿……」
褒められてるのか貶されてるのかわからなくなってきた。でも、たぶん貶されてるんだと思う。
「んで、メンタルも弱いからどれだけ努力してもライブ直前の土壇場で日和る」
「うぅ……」
去年の修斗さんの言葉のおかげで、今年の学園祭は倒れるくらいの努力はせずに済んだけど、直前に去年のことを思い出してメンタルが弱って、また修斗さんに助けてもらってしまった。
私のことを近くで見てきた修斗さんに正論をぶつけられて、私は小さくなってしまう。
「けど、やればできるのは見ててわかる。だから、あんたには報われて欲しいと思うし、支えたり手伝ってやりたくなる。つまり、迷惑かけられたりすんのはある程度承知の上で首突っ込んでるところはあるってことだ」
「そうなんですか……」
私は本当に幸せ者だ。
こんな私を欠点も纏めて理解してくれる人が居ることが。
そんな人を私が好きになれたことが。
「ただ、あんたの告白を素直に受け取るのは難しいところがある」
「えっ……」
頭に思い切り殴られたような衝撃が走って視界がぐらつく。
「あ、あはは……そう、ですよね……」
精一杯の作り笑いをしながら、えづきそうになるのを必死に抑える。
一瞬前までの幸せな気持ちはなんだったんだろう。
夢だったの……?
それとも今のこれが悪夢……?
どこから夢なのかもわからない。もし夢ならば全部なかったことにして目が覚めて欲しい。
「ちょっ、泣くな泣くな。あんたアイドルなんだから当然だろ?」
「……え?」
決壊寸前だった涙腺が閉じて、急に思考がクリアになる。
アイドルだから……?
「"え?"じゃない。あんた、アイドルやりながら誰かと付き合うつもりなのか?」
修斗さんの言葉の意味を咀嚼して思考を巡らせる。
「えーっと……」
本来は告白するつもりなんて全く無くて、行動に移してしまったのも勢いだった。だから、そんなことを考える暇も余裕もなかったけれど、考えてみれば修斗さんの言う通りだ。
私は事務所やマネージャーから恋愛禁止について注意喚起を受けたことはない。でも、世の中の風潮として恋愛禁止であるのは私も知っているし、その上でアイドルを始めた頃の私は自分とは関係のない話だと思っていた。
「何も考えてなかったらしいな……。まあ、あんたのそういう危なっかしいところも放っとけないと思う要因の一つではあるが」
「す、すみません……」
また面倒事に巻き込んでしまったと反省して項垂れる。
「どうするのか……あんたがどうしたいと思うのか。考えが纏まったら教えてくれ。一週間でも一ヶ月でも待つから」
「はい、よく考えてみます……」
アイドルを選んで修斗さんを諦めるのか、修斗さんを選んでアイドルを諦めるのか。
その答えは簡単には出せそうになかった。




