045「アイドル少女、休日を過ごす」
学園祭の翌日。
私は月曜日のお昼過ぎの原宿駅に居た。
今年は土日開催だったこともあり、月曜日と火曜日が振替休日となる。
「早いね、香奈ちゃん」
「こんにちは! 優さん」
駅から出た広場の待ち合わせ場所で立っていた私に優さんが声をかけてくる。
今日は、唯ちゃんの提案で学園祭の打ち上げをするために集まって遊び歩くことになった。
「出番は初日だったから昨日は見てただけなのに、テンション上がりすぎて昨日の方が体力使ったわ……」
そう言われて昨日の優さんの様子を思い出す。
私が観客席に着いた時には、かなりハイになっていて隣に座っていた修斗さんが辟易したような顔だった。それが、L'AILEの新曲お披露目で情緒が凄いことになり、その後の桜庭さんが出てきた時には見てて心配になるほど発狂していた。
「おかげで時間ギリギリまで起きれなくて、遅刻するかと思ったわ……」
まだ若干眠そうに欠伸をしながら言う優さん。
「でも優さんは私の次なので大丈夫ですよ」
一応約束の十分前には着いてここに立っているから、優さんよりも前に来た人はいない。
私の返答に優さんは驚いたように目を丸くする。
「あれ。言い出しっぺの唯ちゃんすら来てなかったのか。意外」
そう言いながら優さんはスマホを取り出して時間を確認する。
約束の待ち合わせ時間にはまだ五分ほどある。
「連絡も……特に来てないか」
優さんはスマホを操作してメッセージが来ていないか確認する。一応私の方にも来ていないか確認するが特にメッセージは来ていない。
「集まるまで時間あるっぽいし、急いで飛び出して何も食わずに来たから、なんか軽く買ってくるわ。香奈ちゃんは何か要る?」
「いえ、大丈夫です!」
優さんは「オッケー」と返事をして、駅の中へ戻って行った。それとほぼ入れ替わりのような形で、待ち合わせ場所に今度は修斗さんが現れる。
「こんにちは! 修斗さん」
「ああ。……まだ一人か?」
やってきた修斗さんは辺りを見回しながらそう尋ねてくる。
「ついさっき優さんが来て、お買い物に行きましたよ」
「そうか。ってじゃあ藤田は来てないのか」
優さんと同じく、修斗さんも唯ちゃんが居ないことを疑問に思ったみたいだった。
「連絡は来てないので来てる途中なんじゃないかなと。もしかすると寝坊かもしれないですけど」
私がそう返答すると、修斗さんは「まあまだ時間前ではあるしな」と零して、近くの壁に寄り掛かるようにして待つ。
「ああ、そうだ」
駅の入口の方を見て唯ちゃんが来るのを待っていると、修斗さんが思い出したように口を開く。
「昨日のステージ、良かったぞ」
「えっ……?」
不意打ちのように褒められて思わず聞き返すような反応をしてしまう。
「昨日言いそびれたなと思い出してさ」
「あ……ああ! ありがとうございます!」
本当は褒められたことに驚いてしまったのだけれど、それを正直に言うのは失礼だなと思って誤魔化した。
桜庭さんにも修斗さんにも私の成長を見せられたのだと嬉しくなる。
「ち、ちなみに、どこがよかったとかって……あります?」
「は? どこ……?」
厚かましいかなと思ったけど、ちょっと前までアイドルに全くと言っていいほど興味がなかった修斗さんにとって、何が印象に残ったのかは聞いてみたかった。
眉間に皺を寄せて考え込む修斗さんの姿を見て、お世辞で言ってくれてたのだとしたら、困らせるような質問をしてしまったんじゃないかと不安になってきてドキドキする。
「あー……まあ、楽しそうだったところ……か?」
答えを口にするも、自信が持てていなさそうな言い方の修斗さん。
「知っての通り、俺はアイドルを相変わらず全然知らない。興味も……ほぼゼロだった頃に比べれば"ある方になった"と言ってもいいとは思うが、特別追いかけてるアイドルがいるって訳でもない」
桜庭蒼空さんやL'AILE、BORDERLESSにU-rio。こんなアイドルの中でも上から数えたらすぐ全部見つけられるような人たちと知り合いになっても、修斗さんは出会った時からほとんど変わらない。
怖いもの知らずというか、軸がしっかりしているというか。
「だから、他の誰かと比べるんじゃなく、宮川香奈を見てきた人間として『楽しそうにやれてるのは良かったな』と思う」
説得力のある言葉だと思った。
私がアイドルとして――人として、どれだけ未熟で不安定だったのかは、修斗さんはよく知ってくれている。
それだけたくさん迷惑をかけて、たくさん助けて貰った。
「はい、ありがとうございます……! 私、修斗さんや助けてくれた皆さんのおかげで、とっても楽しくアイドルができてます!」
「どういたしまして~」
「ひゃうっ!?」
突然背後から肩を掴まれて耳元で囁かれたことに驚いて、飛び跳ねながら情けない声をあげてしまう。
「ゆ、唯ちゃん! 驚かせないでください!」
「ごめんね~? ちょっと意地悪したくなっちゃった~」
唯ちゃんは悪戯っ子のように微笑む。
それに少し遅れて、惣菜パンを食べながら優さんがやってくる。
「優くん、遅いわよ~?」
「え、俺が最後判定なの!? 香奈ちゃん、俺は二番目って言ってたよね!?」
優さんに助けを求めるような目で見られる。
「え、えーっと……」
「ダメよ~、香奈ちゃん。甘やかしたら」
「居なかった奴が悪い」
「修斗まで!?」
そんな風に談笑しながら、集合できた私たちは街の方へと歩き出した。
公園を歩いて回ったり、雑貨店を巡ったり、唯ちゃんオススメのカフェでまったりと過ごしたり。
学園祭で忙しなく過ごしていた日々から一転して、とてもゆったりとした時間を過ごした。
そうしている内にあっという間に日が暮れてきて、私たちは駅へと戻ってきていた。
唯ちゃんや優さんとは帰りの方向が逆だったので、二人とは別れの挨拶を交わして、私は修斗さんと共に電車に乗り込んだ。
私たち以外にとっては平日の月曜日なため、時間帯的にも仕事帰りの人たちと重なり、電車内はそこそこの混み具合。そんなこともあり、車内で修斗さんと何か話をするといったことはなく、無言のまま私と修斗さんは隣同士で座りながら、電車に揺られていた。
しばらく揺られた後、私たちは乗り換えのために一度電車を降りて、別の乗り場へと向かう。
「じゃ、俺あっちだから」
私の自宅の方へと向かう電車の乗り場への階段の前で、修斗さんがそれとは別の方向を指差す。
「あ、はい。さよなら、修斗さん」
「ああ、じゃあな」
私たちは別れの挨拶を交わして、駅構内の人混みの中に紛れていく修斗さんの背中を見送る。
「修斗さん!」
気づけば私は修斗さんを追いかけて、修斗さんの腕を握っていた。
「なんだ?」
「あの……まだ時間ありますか……?」
私たちは一度改札を出て、駅から少し歩いた先にある公園にあるベンチに座っていた。
駅から少し離れているのと時間も相まってか、公園には人が疎らに居る程度だった。
私が呼び止めたのだけれど、ほとんど勢いで行動してしまったから何かしたいことがあったということもなかったため、こうして公園のベンチで座っている。
修斗さんも何も言わず何もせず、ただ私の隣に座っている。
「私、今日一日言おうか悩んでたことがあるんです」
意を決して話を切り出す。
修斗さんは何も言わなかったけど、ちらりと様子を見るとちゃんと話を聞いてくれているようだった。
「いえ、今も悩んでいます。言わないことが正しいんじゃないかって」
気づいていたけど、そうであると認識していなかったこと。認識しないようにしていたこと。
「私――」
いつからだったのかは最早わからない。
今日なのか、昨日なのか、半年前なのか。
もしかしたら、一年前からそうだったのかもしれない。
自覚できるタイミングはきっとたくさんあって、それでもなお押し殺してきた想い。
伝えずにいれば淡く抱き続けることができるはずの想い。
気づかない振りをして目を背けているうちに、想いを貯めておける許容量を越えてしまっていた。
だから、こうして口を衝いて出てしまう。
「修斗さんのことが、好きです」




