042「一般少年、練習試合に出る」
「おはよう修斗」
「……おはよう」
日曜日。まだ完全に覚醒していない頭でリビングに降り、母さんと挨拶を交わす。
あの後、根掘り葉掘り聞き出されて結局藤田と宮川にも今日予定が入ったことを喋ってしまった。喋ったのは軽森なんだが。
その間ほとんど喋らずに居た宮川の様子が誰がどう見ても普通ではなかったが、少なくとも俺がそれを言及できる立場ではなかった。
なんとなく気まずい時間が流れた後、軽森によって解散の流れになり、軽森と宮川はその場を後にする。
俺はというと、藤田に連れ出されて個人的に詰められることに。
藤田曰く、宮川は去年の最後の最後に倒れて台無しにしたことを悔やんでいて、今年のステージを最後までやり遂げて成功させるところを俺と桜庭に見せることを一つの目標としていたらしい。
藤田は「それを伝えておかないからこんなことになっちゃうのよね~……」と、聞こえもしない宮川に向けて零していたが。
俺は朝食を食べて、練習試合のための準備を行う。
準備とは言っても大半は前日に済ませていたから、行ったのは最終確認程度ではある。
練習試合自体は午後からだが、こっちは東京から埼玉まで移動しなきゃならないため、移動に一時間半は見ておきたい。そのため、午前中のうちから家を出る必要がある。
俺は荷物を確認し、部屋を出て玄関へと向かう。
「ん。いってら……ちょっと修斗。貴方、どこに行くの?」
途中、リビングで学園祭のパンフレットを呼んでいた母さんがそう声をかけてくる。
俺が出掛けるのを見て挨拶する程度のつもりだったようだが、明らかに学園祭に向かうような格好と荷物でないことを察して問いかけてくる。
「……バスケしてくる」
なんか言われそうだなと少し憂鬱になりながら、下手に隠そうとして追求されるのもまた面倒なので正直に答える。
「今日、香奈ちゃんの出番あるみたいだけど?」
手元のパンフレットと俺の顔を交互に見ながら母さんが言う。
「俺が見なくてもまあ…………いいだろ」
藤田に言われてたことが過って歯切れが悪くなる。
「貴方、ほんと――……まあいいわ。どこまで行くの?」
「草楽鳥高校ってところでやるらしい」
「へぇ。聞いたことないわ」
中空を見上げて少し思考した後、そう行って再び手元のパンフレットに視線を落とした。
まあ知らないだろうな。俺も聞いたことなかったし。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃーい」
そう挨拶をして家を出る。
電車に一時間ほど揺られた後、高校の最寄り駅で降りる。駅構内の売店で軽食を買ってから、スマホを取り出して奈良にあとどの程度で着きそうか連絡を入れておく。メッセージが既読になったのを確認してから、返信を待たずにスマホをポケットに仕舞って、買った軽食を食べながら試合会場の高校へ歩き出す。
「おーす、修斗」
「ああ」
高校へ着くと、校門の前で奈良が待っていた。
奈良の案内で校内を歩き、体育館へと入る。中では今日のチームメイトになるであろう三人の生徒がアップを始めていた。
俺と奈良を含めて丁度五人。部外者の俺が引っ張り出されている時点で当然といえば当然なのだが、控えもいない限界ギリギリの状態に顔が引き攣る。
奈良に紹介してもらい三人と顔合わせを済ませてから、更衣室で着替えて俺もアップに混ざる。
俺がアップに混ざり始めて二十分ほど。午後一時を回った頃に練習試合の相手の高校が体育館に入ってくる。
それから一時間程アップをして、午後二時。
練習試合の開始の笛が鳴った。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました!」
奈良が相手高校に試合後の挨拶をして、それに続くように俺を含めた部員も同じように挨拶をする。直後に相手高校も同様に挨拶を返す。
それを合図にお互いが動き出し、こっちは備品の片付け、相手高校は撤収の準備を始める。
スコアボードやタイマーを片付けて、体育館をモップ掛けする。
こちらが後始末を終える前に撤収準備と着替えを終えた相手高校の生徒たちが、再度こちらに挨拶をして体育館を出ていく。
相手高校が出ていき、緊張の糸が切れたのかチームメンバーがその場にへたり込む。
「鈍ってるんじゃねぇかと心配してたけど、そんなことなかったな」
「お世辞言うなっての……」
一クォータ十分の四クォーター。それを二連戦。強豪校の練習相手なのもあり、手を抜く余裕もない。加えてこっちは控えゼロ。
いくらなんでもハードすぎではある。
チームメイトの三人は限界を越えたのかへたり込んだままほとんど動かない。かくいう俺も座ったらしばらく立てなくなる確信がある程度には足がやばい。
週末にボール触るくらいはしているものの、平日は全くやっていなかったのが体力面で露骨に響いている。
そんな中、奈良は少し息を乱している程度。中学の頃から体力お化けではあったが、相変わらず――というよりもむしろ磨きがかかっている。
「技術の方の話だぜ? 体力は、まあ、もうちょいなんとかした方がいいんじゃねぇか」
心底イラッとしたが、それに怒り返す気力も湧かなかった。
少しの休憩をして片付けを終わらせた俺たちは更衣室で着替える。
「今日は助かった。マジサンキューな」
着替えを終えた後、奈良が両手を尖塔の形に合わせて感謝を述べる。
「ああ。もう呼ぶなよ」
俺は吐き捨てるように言った。
「そこは"またいつでも呼べ"じゃねぇの!?」
「二度と御免だな」
俺は奈良と別れて、玄関から外へ出る。
「遅い!」
外へ出た俺を迎えたのは、母さんだった。
「というか遠いわよ! なんでバスケするのに埼玉まで来てるのよ!」
俺が口を挟む間もなく捲し立てる。
「むしろなんで母さんがこんなところに来てるんだ」
当然の疑問を口にする。
別に迎えを頼んだ覚えはなかった。
「貴方をアイドル学園まで送るために決まってるじゃない。ダラダラ歩いて帰ってる暇ないわよ」
理由が不明瞭すぎてまだ疑問は尽きなかったが、母さんに「とりあえず乗りなさい。貴方の疑問には走りながら答えるわ」と助手席に押し込まれた。
母さんは運転席に座ると、すぐに車のエンジンを掛けて走り出す。
「誰かに頼まれたのか?」
走り出した車の中で疑問の続きを投げ掛ける。
「半分はそうね。理緒菜ちゃんに連絡を貰ってね。ほら、前に駅で貴方と居た時に会った子たち」
名前だとピンと来なかったが、後の情報で玉城のことだろうと思い至る。
「"修斗を会場に連れてきて"って」
玉城が俺にステージを見せたいとは流石に考えられない。とすれば、玉城ではない要因で玉城がそう行動するに至った理由があるはず。
「宮川に何かあったのか?」
例え宮川に何かあった場合に俺を呼びつけるのは、あまり理論として筋が通っているとは思えない。しかし、俺は玉城とも岩井とも関係が深いとは言えないし、可能性として考えられるなら宮川のことになるだろう。
最近はメンタルが崩れるようなこともなかったが、一度歪んだものが完全に元に戻る訳では無い。特に学園祭に関しては去年いろいろあってトラウマを持っていてもおかしくはなく、本番を前にした緊張からメンタルを崩してしまうことは考えられた。
「元気がないんだって」
「……は?」
深刻に考えていたせいか、想像よりもスケールの小さい話が飛び出してきて素っ頓狂な声が出てしまう。
「ちょっと上の空なんだって」
「……それだけ?」
「うん」
確かに藤田から俺と桜庭にステージを見せたいと思っている旨を聞いてはいたが……。
急に真面目に考えていたのが馬鹿らしくなった。
「それが半分ね。もう半分は私自身の意思」
「俺を会場に連れて行くのが?」
母さんの顔を見て様子を窺うが、運転に集中しているのか表情から内心は読み取れない。
「アイドル学園に転入してから、貴方いい顔するようになったんだもの。いい影響があるってわかってるなら、親としてはそれに助力したいのは当然でしょ?」
「ああ、そう」
「ええ、そう」
オウム返しのように相槌を返される。
あまりそういう自覚はなかったが、親からはそう見えているらしい。
「で、宮川たちのステージには間に合うのか?」
車に乗り始めてから何度目かの赤信号に止められた車内で尋ねる。
「微妙なところね」
母さんは車内の液晶モニターに表示されている時計を見ながら言う。
「頼りないこった」
間に合わせるという気概はないらしい。かといって、法定速度スレスレを責められるのも困るのだが。




