041「一般少年、頼み事をされる」
週が明けて学園祭の練習期間が始まる。
学園全体がピリピリとした緊張感に包まれるこの感じは一年振りで、もうそんなに時間が経ったのだと感慨深くなる。
今年は参加する側でないこともあって、客観的な視点でこの雰囲気を感じているが、同時に部外者であることの居づらさや気まずさも感じている。
当事者のアイドルたちにとっては数少ない大きなチャンスだから、直接邪魔でもしない限り俺がどうしていようと気にもしていないんだろうが。
そんなこともあり、俺は普段以上に独りで静かな時間を過ごしていた。
朝や授業合間には軽森と喋ったりすることもないことはないが、放課後は軽森も藤田も宮川も学園祭の練習に励んでいるため、それに比べれば本当に少し喋る程度でしかない。
一般人の俺にとっての学園祭期間は、通常授業を受けて、放課後はそそくさと帰るの繰り返し。
特筆することもなく時は流れ、学園祭を控えた週の金曜日。
学園内の緊張感はピークに達しており、なんにもない一般人の俺ですらそれに引っ張られそうになる。
去年は当事者だったし、何より練習期間の半分近くが過ぎてから巻き込まれた形だったから、周りを気にしてる時間的余裕も精神的余裕もなかった。
俺たち三年生にとっては学園祭に参加できる最後の年なのもあるだろう。軽森や藤田のような普段から世間への露出が多いアイドルにとっては、学園祭は文字通りお祭りなのかもしれない。しかし、宮川のようなアイドル自体のファンに足を運んでもらわないと知ってもらう機会がほとんどないようなアイドルにとっては、全員に平等に与えられるチャンスである。学園祭でのライブからグループを結成し、今の地位まで上り詰めた藤田たちL'AILEの存在も大きいだろう。
普段は放課後だらだらしがちだが、今週に関しては学園祭の練習へと向かう周りの動きに合わせるように、俺も帰り支度をして帰路につく。
玄関を抜け外へ出ると、校門の前に人影が立っているのが見える。
……嫌な予感がする。
学園祭期間は在籍生徒の九割がライブのための練習を校内でしているため、玄関から校門までの間は特に閑散としている。
勿論学園外で練習を行うアイドルが居ないとは言わないが、アイドルのための学校の設備が無料で使えるのに、わざわざ外へ出て練習しにいくのは少数派だ。
そんな訳でこの時期、この時間に玄関から校門までの間に人が居るとかなり目立つ。
俺は、頭を掻きながらこの後つくことになるであろうため息を先についてから、校門へと向かった。
「よー、修斗」
近づくとアップバングの爽やかなスポーツマンといった風貌の男が話かけてくる。
覚悟してたとはいえ、本当に知り合いの奴があるか。
「久しぶりだな、奈良」
淡白にそう挨拶を返す。
話しかけてきた男は、奈良那絃。中学の頃に同じバスケ部で、全国大会で優勝した時のメンバーの一人。当時のメンバーが卒業後にスカウトやらで東京から散っていく中、奈良も同様にスカウトが多数来ていて、その中から"家から通える"と東京から近い埼玉の高校を選んだ男。
「ホント久しぶりだぜ。連絡先も知らなかったから探すのに苦労したわ……」
本当に苦労したのだろう苦々しい顔で零す奈良。
「そもそもどこの高校に行ったかわかんねぇからそれを調べるのも苦労したし」
「お前らと違ってスカウトの類は全部蹴ったからな」
バスケ自体がやりたくて部活やってたから、勝つことにも、強くなることにも、良い環境を手に入れることにも、どれも一切興味がなかった。だからスカウトは全部蹴って一番楽に通学できる成葉高校を選んだ。
そういう点では奈良とほぼ同じような学校選びではある。
「やっと見つけたと思ったら一年くらい前に転校したって言われたし。幸い、元の学校のバスケ部に転校先を知ってた人が居たからなんとか辿り着いたけど」
おそらく美浜のことだろうと思い当たる。
あいつに話したせいで神無月も奈良も俺のもとへ来たことを考えると、口は災いの元という言葉は人間にとって大事な教訓であると思い知る。
「しっかし、こんな学校に居るとはな……」
奈良は俺の後ろにあるアイドル学園の馬鹿でかい校舎を見上げながら呟く。
「意外だろ?」
「意外ってよりあり得ねぇだろ。最初聞いた時は下らないガセネタに時間使わされたと思ったぜ」
真実を話したのに疑われる可哀想な美浜。
俺ももし逆の立場で奈良がアイドル学園に居ると聞いたら、質の悪い冗談だと思うだろうから、当然であり不可避の出来事ではあるか。
「で、そんなに一生懸命俺を探して何の用だ?」
俺は挨拶をそこそこに本題に入る。
碌な用じゃないのはわかりきっているが、だらだら引き延ばすのも時間の無駄だから、さっさと聞いてさっさと済ませるに限る。
「日曜日に練習試合があるんだけどさ、それに出てくんね?」
「意味が不明だ」
言葉の意味がわからないわけではない。
奈良が入った高校は、いわゆる強豪校の一つであり、奈良に声をかけるといったことから当然奈良以外にもそういう生徒が居るはず。
にも関わらず、ちゃんとバスケをやってるかも怪しい上に、完全部外者の俺を尋ねてきて練習試合に出ろと言ってくる意味が不明すぎる。
「いやな。うちのところのマネージャー、めっちゃ可愛くてめっちゃ献身的なんだけど、たまーにとんでもないドジやらかすんだよ」
「それで?」
「二日前にマネージャーが差し入れで持ってきた軽食があったんだけど、それでちょっととんでもないことになっちまってな……」
苦笑しながらそう話す奈良。
明言こそしないもののほぼ何が起こったか言っているようなものではあった。
「俺はインターハイ終わって引退してたから被害には遭わなかったんだが、現役たちはほぼ全滅っぽくてな。かろうじて運よく食べずに済んだ何人かが俺に相談に来たって訳よ」
「その上で人数が足りないってか?」
「イエス。俺はスポーツ推薦決まってるからちょっとは余裕あるんだが、他の三年メンツは受験で忙しいからって断られちまってさ」
俺も普通に受験生ではあるんだが?
話を聞いて「思った通り結構な面倒事だったな」と辟易した。
しかし、中学時代にキャプテンとして、奈良には俺含めた面倒なガキ共を纏め上げて貰った借りはある。
「……わかった。引き受けてやる」
「マジか!? サンキュー!」
「部外者の俺が本当に入って良いのかとかの許可取りは任せるぞ」
「オッケ。任しとけって!」
◇ ◇ ◇
「えぇっ! お前、日曜日に予定入れちゃったのか!?」
「うるっせ……」
翌日の学園祭初日。
朝に会った軽森から「今日は出番あって無理だけど日曜日は学園祭一緒に見ないか?」と誘われ、昨日の出来事を話して大声で糾弾される。
「お前さ、学園祭のタイムテーブル確認してないの? 土曜日ならまだしも、日曜日は香奈ちゃんの出番あるんだぞ……?」
軽森は小声で耳打ちするように囁く。
「まあ、多少悪いとは思ってるが、今年は出演者じゃないから直接宮川に迷惑はかからんだろ」
「かぁー! わかっとらん! わかっとらんよ修斗! 唯ちゃんもきっと怒るぞ! そんなだから人でなしって言われるんだぞ!」
「それはお前が言ってるんだろ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる軽森に、うんざりしながら言い返す。
そんなことをしていると、軽森の背後の方から藤田と宮川がやってくる。
「とにかく、明日予定が入ってるなんて二人に知られたら――」
「あっ」
不用心にも軽森がでかい声でそんなことを口にしたのを聞いて、思わず声が漏れてしまう。
「あっ?」
そんな俺の様子を見て軽森が首を傾げる。
「誰が明日予定あるのかしら~?」
普段も喋り方に反して圧がある雰囲気だが、今回は輪をかけて背筋が凍るような声。
アホみたいな顔をしていた軽森も状況を瞬時に理解して表情が凍りつく。
「あ~……あ、あはは~……?」
ガタガタな作り笑いしかできなくなった軽森を、百点の作り笑いを崩さずに見つめる藤田。
「聞かなかったことにして貰えない?」
あまりにもダサい言い訳。
「それは話を聞いてから決めようかしらね~」
端的な死刑宣告と同義な言葉。
藤田は俺の方を向いて、軽森に向けていたのと同じように恐ろしい笑顔を向けてきた。俺は苦笑することしかできなかった。
少し視線を移すと、不安そうな顔をしている宮川が目に入った。




