036「アイドル少女、目撃する」
私は悩んでいた。
事の発端は二日前。その日は土曜日で、私はお買い物をするために渋谷まで出掛けていた。久しぶりに買い物欲を発散して、両手に荷物をいっぱい持ちながら歩き回る。十六時を過ぎ、荷物もそれ以上両手には持てないくらいになったのもあり、そろそろ帰ろうと駅へと向かっていた時だった。
駅の改札を通って出てくる修斗さんを視界に捉える。
私は声をかけるだけでもしようと一歩踏み出す。そして同時に気づいた。修斗さんと一緒に歩く見知らぬ女性がいた事に。
女性は修斗さんよりも少し背が小さく、目鼻立ちも整っていて、修斗さんと話している様子からは可愛らしい印象を受ける。対して、ミディアムレイヤーでふんわりと軽くまとめ、センターパートで額を大きくだした髪型は上品で大人な印象。
その女性は明るい表情で修斗さんに話しかけていて、修斗さんも普段と変わらない様子ではあるけど女性を邪険に扱っている感じはない。
私の動きはそこで止まってしまい、修斗さんと女性は私に気づくこと無く人混みの中へと消えていってしまった。
それからの私はずっと修斗さんとその女性について気になってしまい、翌日の日曜日の自主レッスンも手につかなかった。
週が明けて月曜日になったけど、土曜日のことを修斗さんに尋ねる勇気は中々出なかった。
誰かに相談しようにも唯ちゃんも優さんもツアーライブがあって最近は欠席している。かといってお母さんに相談するようなことでもないし、答えの出ることがない悩みに苛まれていた。
授業にもいまいち集中できないまま放課後になり、私はもやもやを抱えながら学園内の廊下を歩いていた。
ほとんどため息に近い息をつく私。
「どうしたの? 香奈ちゃん」
不意にそう声を掛けられて、体をびくりと震わせる。振り返ると、立っていたのはU-rioの二人、岩井悠希ちゃんと玉城理緒菜ちゃんだった。
「えっと……?」
びっくりしたまま思考が上手く纏まらないでいると、理緒菜ちゃんが口を開く。
「深刻そうな顔してため息付いてたら気にもなるわよ」
「そうそう。何か困り事?」
凄く顔に出ていたらしい。
でも、悩みを吐き出すには丁度いい機会なのかもしれない。
「実は――」
私は二日前に見たことを話した。女性の容姿や雰囲気、そして修斗さんの様子も。
「なるほどね。それが彼女じゃないかと気が気じゃないって訳」
「え!?」
理緒菜ちゃんの言葉に心臓が大きく脈打つ。
考えてみれば当然だった。状況から考えれば一番可能性として高いのは恋人であること。
「理緒菜、デリカシーないよ」
悠希ちゃんが叱責する。理緒菜ちゃんが「悪かったわね、ノンデリ女で」と悪態をつく。
「でも、確かに気になるね。木崎君と親しげな女の子」
「彼女じゃなかったとしても、ただの友達って感じじゃあないでしょうね。そこらの男共ならともかく、あの他人に興味なさそうな木崎が一緒に出掛けるってんだから」
悠希ちゃんと理緒菜ちゃんが話し合う。
「まあ、私らが知らない子ならいくら考えても仕方ないし、木崎に直接聞いてみるしかないんじゃない?」
お手上げといった様子でそう口にする理緒菜ちゃん。
「答えてくれるでしょうか……?」
修斗さんは元々あまり自分のことを話したがらない。今まで話してくれたことに関しても、自主的に話してくれたというよりも話さざるを得ない状況になったから話してくれたのが大きい。
その点で言うと、今回のことに関しては話してくれないような気がする。
「自分から言っといてなんだけど、答えないでしょうね」
理緒菜ちゃんも同感のようだ。
口元に手を当てて考え込んでいた悠希ちゃんが、ふと顔を上げて私を見た。
「なら、話さなきゃいけない状況にすればいいんじゃないかな?」
やっぱりそうするしかないのかな。ただ――
「どうやってその状況を作るつもり?」
私が考えていたことと同じことを理緒菜ちゃんが口にする。すると悠希ちゃんは「うーん」と唸りながら答える。
「手っ取り早いのは、木崎君とその女性が一緒に居るところを捕まえることだよね。偶然会った体で"この人誰ですか?"って聞けば、木崎君も答えざるを得ないでしょ?」
確かにその方法なら逃げ場はない。
「でも、難しいですよね……」
「そうね。次にいつ木崎と出掛けるのかも、何処に出掛けるのかも分からない。毎日木崎を見張るつもり?」
理緒菜ちゃんに疑問を投げかけられて、悠希ちゃんは返答に窮する。
それから私たちの間には沈黙が流れる。誰も良い案は浮かばないようだった。
「手詰まりって感じだね……」
「そうね……」
諦めの雰囲気が漂っていた。そんな時だった。
視界の端に見覚えのある人物が通りかかる。私は思わず駆け出していた。
「あ、あの!」
声をかけた人物が振り返る。
「あ、こんにちは。香奈さん」
振り返った人物は丁寧に挨拶を返してくれる。
木崎未来ちゃん。修斗さんの妹だ。
「お久しぶりです、未来ちゃん」
「はい、お久しぶりです!」
会ったのは去年の学園祭の日。未来ちゃんのグループがステージを終えた後にお話して以降だから久しぶりどころではない。
初対面で少し話してから半年以上会っていなかったので、覚えていて貰えたのが奇跡なくらいではある。
「前に少し話したくらいでしかなかったので、不安でしたが覚えてて貰えてよかったです」
私がそう話すと、未来ちゃんは楽しそうに微笑む。
「覚えてますよ。お兄ちゃんが女の人と一緒に居るところなんて見たことなかったのでビックリしましたもん」
確かにそうかもしれない。
今もそうではあるのだけど、アイドル学園に来た当時はもっと近寄りがたい雰囲気だった。学園祭の時は本当にいろいろあったし、当時の私は自分のことでいっぱいいっぱいだったから修斗さんのことを考える余裕なんてなかった。
今にして思えば、凄いことだったんだろうと思う。まして、それまでの修斗さんをよく知っていたであろう家族から見れば。
「香奈ちゃんのお知り合い?」
置いてきてしまった悠希ちゃんと理緒菜ちゃんが追いついてくる。
「あっ、こちら木崎未来ちゃん。修斗さんの妹さんです」
私の背後に立つ二人に未来ちゃんを紹介すると、未来ちゃんの表情がギョッとする。
「あっ、あっ、木崎未来です! U-rioの配信、いつも見てます!」
慌てた様子で腰が直角に曲がるくらい深々とお辞儀をする未来ちゃん。
「そうなんだ。見てくれてありがとう~。知ってくれてるみたいだけど、一応自己紹介するね。私は岩井悠希、よろしくね」
「玉城理緒菜、よろしく」
「はいっ、はいっ! よ、よろしくお願いします!」
半年くらい前に突然学園祭に誘われた時の私もこんな感じだったなあと少し懐かしくなる。
「そ、それで香奈さん。何かご用ですか?」
まだ興奮覚めやらぬといった様子の未来ちゃんが私に尋ねてくる。
「そうでした。ちょっと聞きたいことがあるんですけど――」
私はさっきU-rioの二人にした説明と同じことを話す。
「その女性のことを知りたいってことですね」
「はい、何か知りませんか?」
藁にも縋る思いで問いかける。それに対する未来ちゃんの返答は思いの外簡素なものだった。
「知ってますよ」
悠希ちゃんと理緒菜ちゃんを含めて私たちは一様に驚いた。
「お、教えてもらえませんか!?」
ちょっとみっともないくらい必死に尋ねると、未来ちゃんは悩む素振りを見せる。
「んー、教えるのは簡単ですけど……」
勿体ぶる未来ちゃん。少しして何かを閃いたように手を打つ。
「折角なのでお兄ちゃんにも少し困ってもらおうと思います」




