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私立アイドル学園 ~全国からアイドルが集まる学校に一般人として転入して、ひっそりと平穏に学生生活を過ごしたい話~  作者: 天野杓子


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034「一般少年、ライブを見終える」

「うぅっ……くはぁっ」


 長時間座りっぱなしで固まった体を伸ばす。

 二時間ほどのライブを終えて、会場は既に撤収作業を行うスタッフが配信用カメラの設置台などの解体を始めていた。

 俺は隣に座っている宮川を見て、未だライブの余韻に浸ったまま帰ってきてないのを確認する。まだしばらく動かなそうだなと思った俺は、もう一度席の背もたれに体重をかける。


「凄かったです……」


 ぽつりとそうこぼす。


「もっと言葉を尽くして語りたいのに、"凄かった"それしか言葉が出ません」


 撤収作業の雑音に紛れて聞き逃してしまいそうなほど小さな声。


「こんな素晴らしいライブに特別扱いで見せて貰えることに、最初は引け目を感じていました。でも、ライブが始まってからはそんなことどうでもよくなってしまいました。息をするのも忘れるくらい熱中して、二時間が本当にあっという間」


 ライブが始まる前――いや、ここ最近の宮川から明らかに声のトーンが高くなっていることに気づく。


「自覚は勿論もちろんずっとありましたが、あのことがあってからの私は元気がなかったんだなって改めて思いました。今日のライブから元気を貰えた、というか……気づいたら元気になっちゃってました」


 俺の方を向いて照れくさそうに笑う。

 その笑顔は今まで見たどんな宮川香奈よりも眩しく輝いて見えた。……俺もなんだかんだライブを見て興奮してたのかもしれない。


「……そりゃ藤田は大喜びだろうな」


 藤田の目論見は完全に達成されたと言っていいだろう。

 一体どこからどこまでを想定していたのかは、あまり知りたくもないし考えたくもない話だが。

 俺はポケットからスマホを取り出し電源を付ける。


「はい! 唯ちゃんには感謝してもしきれません。あ、勿論、BORDERLESSとL'AILEレルの皆さんにも感謝してますよっ!?」


 焦りながら誰に向けてなのかよく分からない弁明する宮川。

 起動したスマホの画面を見ると、藤田から「まだ会場にいる?」とメッセージが届いていた。


「その藤田が呼んでるらしい」


 俺は画面を操作して、「いるぞ」とメッセージを返す。


「はい! 感想も感謝もたくさん伝えたいです!」


 宮川が勢いよく立ち上がる。

 すぐに藤田からメッセージが返ってきて、待ち合わせの場所が指定される。

 それを確認した俺も席を立ち、宮川と共に藤田のもとへと向かった。

 指定された会場のロビーへ向かうと、藤田と軽森が待っていた。それを視認した宮川が二人のもとへと駆け出す。


「唯ちゃん! 優さん!」


 二人のもとへ辿り着いた宮川は、勢いそのままに藤田と抱き合う。


「ライブ、本当に凄かったです! 一生忘れられない思い出になりました!!」

「あら~! それはよかったわ~」


 藤田は宮川と抱き合いながら、妹か何かにでもするように優しく頭を撫でる。

 抱き合って感動を分かち合った後、藤田から離れた宮川が今度は軽森の方へと向き直る。


「優さんもありがとうございました! とてもカッコよかったです!」


 宮川は軽森に迫る勢いで感謝と感想を口にする。


「おぁ、あ、ああ……香奈ちゃんが元気になる手伝いが出来たならよかったよ」


 興奮覚めやらぬといった様子で感謝を伝える宮川に、若干圧されたような反応で返事をする軽森。

 歩いていたため少し遅れて合流した俺に、軽森が静かに近寄ってきて耳打ちする。


「な、なあ、修斗。香奈ちゃん、あれ元気になって元に戻ったってよりさ……元より良くなってない?」


 軽森もどうやら感じ取ったらしい。

 俺は小さく頷く。


「だよな? ……唯ちゃん、狙ってやったと思う?」

「さあな。そもそも宮川を元気づけるのが目的だっただろうから、百点の結果が百二十点になったくらいのものなんじゃないか」


 いくら藤田でも宮川がここまで吹っ切れると予想はしていなかったんじゃないかと思う。そもそも今回立ち直れるかも確信があったとは思えない。

 そう考えれば百二十点の結果だという見解はそこまで的外れじゃないはずだ。


「男の子二人で内緒話かしら~?」


 そんな俺達の様子に気づいた藤田が口を挟んでくる。


「香奈ちゃんが元気になったみたいで良かったーって。なあ!?」

「ああ」


 慌てて取り繕う軽森に同意を返す。


「心配をおかけしました。でも、おかげで元気になれました!」

「うん、俺も嬉しいよ!」


 深々とお辞儀をする宮川。軽森は改めて宮川が元気づけられたことを喜ぶ。

 宮川・藤田・軽森の三人が談笑しているのを眺めていると、通路の奥から白鳥が歩いてくる。

 白鳥は真っ直ぐに藤田のもとへ向かって、丁寧に腰を折って頭を下げる。


「お疲れ様です、唯さん」

「あら、蓮くん。お疲れ様~」


 相も変わらず藤田以外眼中にない様子の白鳥。


「今回はありがとうね~。急な申し出だったのに」

「いえ。俺は喧嘩を吹っ掛けてきた京谷を分からせるために引き受けただけなので。それに、間近で唯さんのステージを見られたのは代え難い経験です」


 白鳥の言葉でそういえば喧嘩から始まったんだったなと思い出す。


「あー! やっぱり!」


 突然通路の方から大声が上がり全員の視線がそちらに集まる。

 通路の奥から走ってきたのは、京谷と西脇。こちらに着くなり、京谷は白鳥をにらみつける。


「私がお手洗いに行ってる間に唯が出ていったって言うから、嫌な予感がして探してみたらやっぱりカタブツくんも居た!」


 対して白鳥は面倒くさがるようにため息をつく。


「共演者に挨拶をするくらい普通のことだと思うが」

「私らも共演者だけど?」


 こいつらは絶対に顔を合わせないほうが良い。

 おそらく言い合いをしている本人たち以外のその場にいる全員が思っているであろう感想を抱く。


じきに決着つくんだろうから喧嘩すなって」


 この間と同じように軽森が仲裁に入る。

 と、そこでふとした疑問が思い浮かぶ。


「アンケートで決めるって言ってたが、仮に同数だった場合はどうするつもりだ?」


 アンケートがどれだけ集まるのかは不明だが、それぞれのファンの数を考えれば現実的ではない結果とはいえ、起こり得ないとは言えない可能性ではある。


「考えてなかったわね~。どうしましょ~?」

「おいおい……」


 藤田のすっとぼけたような物言いに思わずツッコミを口にしてしまう。


「え、じゃあ、これが今後も続くかもってこと?」


 血の気が引いた真っ青な顔で西脇が疑問を呈する。


「引き分けになっちゃったら、どっちを勝ちにすることもできないものね~」


 藤田の回答に頭を抱えて呻く西脇。「神社行って勝負がつくようにお参りに行こう」と呟いていたのを聞いて気の毒に思う。

 そこへ朱堂すどうたすくがやってくる。


「白鳥さん、軽森さん。そろそろ時間ッス」

「時間……? あぁー! 悪い、全然忘れてたわ」


 朱堂の言葉を聞いて、軽森は思い出したように手を打つ。


「最初は白鳥さんが軽森さんを呼びに行ったんスけどね。晴人さんが『どうせ例の人と会ってデレデレしてて戻ってこないだろうから』って」


 例の人、というのは藤田のことだろう。九条晴人の読みは正しかったと言える。


「悪い悪い。……じゃあ、俺たち行くから」

「行くってお仕事ですか……?」


 宮川が「まさかライブの後に……?」と言わんばかりの戦慄した表情で尋ねる。


「仕事……って言えばまあ仕事ッスね」

「今回のライブは配信しかなかったからな。ライブ後のファン対応がなかったから、配信でそういうのやるんだってさ」


 それを翌日とかじゃなく当日にやるって凄いな。


「BORDERLESSはマメね~」


 共演者のはずの藤田が感心したような声を上げる。


「L'AILEはそういうのやってるところ確かに見たことないわ」


 そう言って軽森はけたけたと笑う。


「では、唯さん。また」


 白鳥が最後まで藤田にだけ挨拶をして去っていく。それに追従するように朱堂も後をついて行く。


「じゃ、俺も行くわ。今日はお疲れ」


 軽森の挨拶に俺たちはそれぞれ挨拶を返し、軽森は小走りで白鳥たちの後を追って行った。


「私たちもBORDERLESSのように配信する~?」


 軽森たちが去って少し静かになったロビーで藤田が問いかける。


「疲れたから寝たいかな」

「うちもパス。てか揃って配信なんかしたことないじゃん」


 京谷と西脇は当然のように断る。

 グループによって方針違いすぎだろ。事務所自体が違うから方針も変わるというのは理解できるが。にしても同じアイドルでこんなに違うか。


「は~い。ということで、かいさ~ん!」


 はなから期待などしていなかったとでもいうような切り替えの速さで藤田は解散を宣言する。

 それを聞いて京谷と西脇は控え室の方へ戻っていった。


「今日は、本当にありがとうございました」

「い~え。香奈ちゃんのためになったならよかったわ~」


 藤田は優しく微笑んで宮川の頭を撫でる。


「修くんもありがとう~」

「別に宮川を連れてきた以外にやったことなんてないぞ」


 それが全く面倒じゃないかったというのは流石に嘘にはなるが、労力という観点で見ればライブを行った藤田たちに比べれば些細すぎるものだろう。

 藤田は俺の返答に首を横に振る。


「今日だけじゃなく、私の代わりにお見舞い行ってくれたりしたでしょ~?」

「そうです! ここしばらくはずっと修斗さんのお世話になってきました! ありがとうございました!」


 宮川がさっき軽森にしていたような深々としたお辞儀をする。


「まあ、中途半端に首突っ込んだ訳だから、ある程度は、な」


 俺の返答を聞いた藤田はくすくすと笑う。


「修くんらしいわね~。さて、私も着替えがあるからそろそろ戻るわね~」

「はい! さようなら!」

「ああ、またな」


 藤田は俺たちに手を振ると控え室の方へと戻っていった。

 俺は藤田を見送ると、ロビーの入口の方へ向き直る。


「……帰るか」

「はいっ!」

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