033「アイドル少女、人気アイドルたちと会う」
「こっちがBORDERLESSの控え室ね~」
唯ちゃんの「折角だからBORDERLESSの方にも挨拶に行きましょ~?」という提案に流されるまま、私と修斗さんは唯ちゃんに連れられて控え室の前に来ていた。
L'AILEの皆さんとは面識があったからまだ良かったけど、BORDERLESSの方は面識がない人ばかりだからやっぱり気が引けてしまう。
そんな私の悩みも知らずに唯ちゃんは控え室を数回ノックした後、躊躇無くドアを開いた。
「はーい、準備は順調かしら~」
BORDERLESSの皆さんの視線が一挙に集まる中、唯ちゃんは臆することもなく投げかける。
控え室にはメンバー全員が居た。一人瞑想している白鳥蓮さん。何か話していた様子の優さんと九条晴人さん。読書に耽っていた様子の九条久羅さん。ワイヤレスヘッドホンで何か聴いている様子の朱堂侑さん。
私たちを視認して動き出したのは、優さんと白鳥さん。
「唯さん! こちらは滞り無く進んでいます」
「久しぶり、香奈ちゃん」
久しぶりに会う優さんが笑顔で話しかけてくれる。白鳥さんは私たちなど見えていないように一目散に唯ちゃんに駆け寄る。
「はい、お久しぶりです!」
「うん、元気そうで良かった」
ほっとした様子で優さんは言う。その後、修斗さんの方を向いて「よお」「ああ」と短すぎる挨拶を交わした。
「お見舞いも一ヶ月以上前に一度行ったきりでごめんな」
「いえ、あの当時は私も本当に不安定でしたから……」
目の前で突然脈絡もなく取り乱すような人は私だってどう接したらいいかわからないと思う。ずっと根気よく支え続けてくれた唯ちゃんが凄すぎるだけだと思う。
「その代わりと言っちゃなんだけど、今日はガチのマジでやるから!」
拳で胸を叩いてそのまま正面に突き出す優さん。
「実際レアですからね。こんなに真面目にアイドルやってる優さん」
控え室の椅子に座りながら、こちらを見ていた晴人さんが口を出す。
「普段は手を抜いてると誤解されかねない言い方やめろ!」
優さんは声を荒げて反論する。
「違うんですか?」
目を丸くして、意外とでも言いたげな晴人さん。
「ずっと真面目にはやってるわい!」
地団駄を踏みながらそう吠える優さん。ひとしきり怒りを発散した後、大きくため息をつく。
優さんは息を整えると修斗さんの方に向き直って口を開く。
「あれ、九条晴人。俺達の一個下で、あそこで読書してる奴の弟。見ての通り生意気な奴よ」
先回りするように優さんが修斗さんに紹介する。修斗さんは「なるほど」と相槌を打つ。
「ついでに軽く全員紹介するか。あそこで読書してるのが、晴人の兄に九条久羅。俺達と同い年。あとはまあ、寡黙な奴……ってことでいいかな」
人の紹介にしては随分歯切れの悪い言い方をする優さん。久羅さんはちらりとだけ私たちの方を見た後、すぐに手元の本へと視線を落とした。
確かに久羅さんは普段の活動でもほとんど話すことがないから、寡黙というのは正しいけど……。
もしかして仲が悪い、とか……?
「ずっとヘッドホンで音楽聴いてるのが朱堂侑。俺らの二つ下で中学三年生。態度悪そうに見えるかもだけど、あれはライブ前のルーティンでああやって集中してる。普段は可愛い後輩って感じだな」
紹介されても尚こちらを向く様子もない朱堂さん。
「蓮さんは――前に紹介したからいいか」
未だ唯ちゃんと話し込んでいる白鳥さんを一瞥して、優さんは説明をやめた。
丁度良く控え室のドアがノックされ、スタッフさんが入ってくる。
「そろそろ準備の方お願いします」
スタッフさんの言葉を合図に、久羅さんは本を閉じ、朱堂さんもヘッドホンを外した。
「お二人はお席までご案内します」
私たちはどうしたらいいんだろうと挙動不審で居たら、そうスタッフさんに声をかけられる。
スタッフさんの案内で会場の席へと案内してもらう。
私たちが案内されたのは会場前列の中央から少し外れた場所。前列中央にはおそらく配信用のものと思われるカメラが設置されている。
「まだ時間がありますので席を立ったりするのは構いませんが、開演十分前には席に着いておいてください」
「はい、わかりました!」
案内が終わるとスタッフさんはまだ作業があるのかステージの裏手の方へと駆けて行った。
私は案内された席に座り辺りを見回す。
会場は五千人くらいの収容人数で、日本でもトップ中のトップのアイドルグループの合同ライブが行われる会場にしてはあまりにも小さい。
無観客なのは突発的なスケジュールだという理由が一番であるのは間違いない。ただ、もし有観客でやることになっていたら、間違いなく企画した事務所の方に批判が殺到していたであろう倍率になっていたのは想像に難くない。
そんな会場でも、観客が私と修斗さんだけしかいないとなると、流石に物淋しい感じはある。
会場に設置された配信用カメラは前列中央の他にも、会場のステージの両端あたりにもあるみたいだった。
たぶん大丈夫なんだろうけど、私や修斗さんが映り込んだりしないだろうかと心配になる。そんなことになったら、私たちだけじゃなくBORDERLESSもL'AILEもそれぞれの事務所も大変なことになるだろう。
そんな恐ろしい考えに思わず身震いしてしまう。
「楽しみですね、ライブ」
私は気を紛らわせるために、隣に座っている修斗さんに話しかける。
「……そうだな。藤田の――L'AILEのステージを見るのは初めてだから、そういう楽しみがないことはないな」
ただの観客なのに一人で緊張している私と打って変わって、修斗さんはリラックスした様子で座りながらそう口にする。
一貫して修斗さんはアイドルに対してそれほど興味がなく、今回のライブに関しても唯ちゃんや優さんといった友達が出ているライブを見るくらいの感じなのだろう。
こんな特等席で特別すぎるライブを見られることが、どれだけ価値のあることか全く気にもしていない。きっと私が熱弁しても変わらないと思う。
それでも、どんな理由であれ修斗さんが「楽しみだ」と言ってくれたことを私は嬉しく思う。
「L'AILEもBORDERLESSと同じくらい凄いグループなんですよ! 例えば――」
それから、気づけば私はL'AILE語りに熱中してしまっていた。
楽曲の良さ、パフォーマンスの素晴らしさ、歌の上手さ。私が好きなL'AILEの曲や初めて知った人に聴いて欲しい曲の話。
きっと鬱陶しかったと思うけど、修斗さんは文句も言わずずっと聞いてくれていた。
私の語りは止まらず、今度はBORDERLESSについても語ろうとした時、会場の照明が一斉に消える。
「あっ……」
私はそれでふと我に返って席に座り直す。
いよいよ始まるんだ。
幾ばくかの時間が経って、会場の照明がステージだけを明るく照らす。
直後に曲のイントロがかかり始める。
私の夢のような時間が始まった。




