032「アイドル少女、会場へ向かう」
電車に揺られながら、流れていく景色をなんともなく眺める。
BORDERLESSとL'AILEのライブがある会場の最寄り駅へと走っているというのに、驚くほど車内は閑散としていた。
まだライブが始まる二時間以上も前とはいえ、そんなことがあるのだろうか。
「やっぱり騙されてませんか……?」
誰に言う訳でもないがそう呟いてしまう。
「どうだろうな」
口にした言葉こそ何か企みを知っていそうなものだったが、ちらりと見た修斗さんの顔は諦めのようなものが混じったような表情だった。
先程の修斗さんの口振りからも恐らく唯ちゃんが主導のようで、修斗さんには本当に"ライブがある"としか伝えていないのだろう。
仮に本当にライブがあるとしてもその詳細について伝えていないのは、伝えなくても修斗さんなら私を連れてきてくれるという信用からだろうか。
そんな考えてもわかりっこないことを考え続けていると、車内アナウンスを伝えるメロディが流れる。
『ご乗車ありがとうございます。次は――』
案内の音声を聞いて修斗さんが立ち上がり、私も続いて立ち上がった。
電車を降りて改札を抜けて、会場へと徒歩で向かう。
駅自体に人は相応に居た程度で、土曜日の夕暮れ前であることを考えれば、大体このくらいのものだろう。
それが何の変哲もない土曜日であれば。
駅から離れて会場へ近づくほどに周囲を歩く人は少なくなっていき、会場に着く頃にはほぼ人がいない状態だった。
「……本当にここなんでしょうか?」
人の気配が全然しない会場を前にして私は呟く。
周囲の人もそうだが、会場自体も外から見る分にはなんだか静かで、今日ここでライブが行われるのか疑ってしまう。
ライブ開始までまだ一時間半以上もあるけど、開演の一時間前には開場が始まるはずで、こんな特大イベントのライブであれば開場の一時間前には開場を待つ人で溢れていて当然のはず。
「藤田が出てくるらしい」
開いているのかわからない会場の前で立ち尽くしていた私に、スマホでやりとりしていた修斗さんが言った。
少し待つと、衣装に着替えた唯ちゃんが会場の入口から出てきた。
「香奈ちゃん! 来てくれて嬉しいわ~」
駆け寄ってきた勢いのまま唯ちゃんに抱きつかれる私。
「は、はい! こんにちは」
唯ちゃんが離れて、私の顔をみてニッコリと笑った。
「元気そうでよかったわ~。ここまでちょっと遠いから心配だったのだけれど」
「はい。唯ちゃんがたくさんお見舞いに来てくれたおかげで、とても良くなりました」
私が改めて感謝を伝えると、唯ちゃんは感極まった様子で再び私を抱きしめた。
「で、チケットも何も貰ってないんだが、本当に入れるのか?」
修斗さんが唯ちゃんにそう尋ねて、唯ちゃんは我に返って私から離れる。
「大丈夫。チケットとかそういうのじゃないから~」
要領を得ないことを言って、唯ちゃんは私たちを会場の中へ入るように促す。
実際に会場の中に入っても中は静かで、観客どころかスタッフの人の気配もほとんどしない。
私は意を決して聞いてみることにした。
「あの、今日のライブって本当にあるんでしょうか? そんな感じが全然しなくて……」
前を歩いていた唯ちゃんが振り返る。
「今日のライブは配信限定だからね~。観客が入ったりしないのよ~」
「えっ……?」
じゃあ私たちは何のためにここに居るんだろう。
「急に決まったライブだからね~。チケットの販売も時間がなさすぎて現実的ではないのは当然よね~」
それはそうなはずだ。
修斗さんから聞いた話では、白鳥さんと麻由ちゃんの喧嘩から始まったこのライブは、その話自体が二週間くらい前。
そこからお互いのスケジュールを合わせて、会場を抑えて、設営の企画を立てて、ライブの内容を決める。そこからチケットを販売し始める。
ただでさえ、二週間やそこらで実現できるわけがないのに、チケットの販売なんて以ての外だ。
「私もまさかこんなに早く実現するとは思ってなかったわ~」
まるで他人事のように語る唯ちゃん。
原因こそ白鳥さんと麻由ちゃんだが、喧嘩の決着をライブでつけようと言い出したのは唯ちゃんのはずなのに。
「直近でお互いが空いてる日がここしかなかったのと、本当は今日ここで別のライブがあったみたいなんだけど諸事情で中止になったのが大きかったわね~」
私たちは移動しながら、唯ちゃんに今回のライブの経緯や内容について教えてもらった。
唯ちゃん曰く、ライブの開催自体はお互いの事務所が二つ返事で了承してくれた。
BORDERLESSとL'AILEの勝負については、観客にとってノイズとなるため基本的には伏せる方針。唯ちゃんの提案で、ライブ後のアンケートで"良いと思ったパフォーマンス(曲)"という形で集計し、それを得票に換算することになった。
ライブセットについては、元々行われるはずだったライブで手配される予定だったものを譲渡してもらった形で用意。
チケット販売は現実的ではないので、配信限定にすることでチケット販売や抽選などの手間をカット。突然の開催告知とあまりにも性急すぎる日程に多少の混乱はあったものの、配信限定という形態であるため炎上という形にはならなかった。ライブ後にアーカイブが残るというのも手伝ったかもしれないとのこと。
唯ちゃんから一通りの話を聞き終わるのとほぼ同時に、唯ちゃんは会場の一室のドアに手を掛けて入っていく。
私と修斗さんはそれに追従するように部屋へと入る。
中は控え室のようで、麻由ちゃんと彩華ちゃんが座っていた。
「久しぶりー、香奈ちゃん」
控え室の椅子に浅く座り、ちょっとだらけた格好の麻由ちゃんが声をかけてくる。
「お久しぶりですっ、麻由ちゃん、彩華ちゃん」
私は深々とお辞儀をする。彩華ちゃんも私を見て笑って手を振ってくれる。
「香奈ちゃんと木崎くんが言ってたゲストなんね」
彩華ちゃんが唯ちゃんを見て言い、唯ちゃんはそれに頷く。
そうだ。無観客で配信しかされないはずのライブにどうして私たちは呼ばれてるんだろう。
尤もなはずの疑問がすっかりと頭から抜けていた。
「どうして私たちは会場に呼ばれたんでしょうか?」
何も知らないまま連れてこられたとはいえ、明らかにルール違反ではある。人に知られれば糾弾されても何も不思議はない。
「……さあ?」
麻由ちゃんが首を傾げる。彩華ちゃんも知らないといった表情。
「私が香奈ちゃんのためにライブがやりたかったからよ~?」
さも当然だと言わんばかりに唯ちゃんは言い放つ。
私のため……それはつまり、私を元気づけるためということだろうか。だとしたら、やりすぎなんてものじゃない。私個人のためなんかに多くの人を巻き込みすぎている。
そこまで考えて、なんとなく思い当たる。
今日、何故ちゃんと理由も説明されずに私が連れ出されたのか。それは、私のために私だけを呼んでライブをするなんて聞かされて、私が「はい、わかりました」とはならないことがわかっていたからだ。配信で多くの人に見てもらえるとはいえ、私と修斗さんだけが会場で見られることを私自身がすんなり受け入れられたとは思えない。
私は、唯ちゃん――ではなく、修斗さんの方を見た。
修斗さんは控え室入口近くの壁に寄りかかって黙って話を聞いているようだった。
唯ちゃんは最初にライブを提案した時から私のためにと思って動いていたはずで、それを少なくとも修斗さんには伝えていたはずだ。そうでなければ、あんなにライブについての情報を伝えられていない状態で、いくら唯ちゃんの頼みとはいえ修斗さんが素直に従うとは思えない。
私に終始このことを伏せ続けてきたのは修斗さんだ。伏せ続けた状態で後戻りできない会場まで私を連れ出した。
「端からそれが目的だったってことね……」
彩華ちゃんが呆れたように言う。
「え、じゃあ私は体よく使われたってことぉ!?」
麻由ちゃんが驚愕の声を上げ、浅く座っていた椅子からゆっくりとずり落ちる。
「人聞き悪いわね~。修くんもそう思うでしょ~?」
唯ちゃんは修斗さんの方を振り返って同意を求める。
「事実ではあるだろ」
修斗さんらしい無慈悲な一蹴だった。




