031「アイドル少女、連れ出される」
あの騒動から――私が学園に行けなくなってから、早二ヶ月弱。
こんなに迷惑をかけてるのに優しいお母さん。お父さんは晩ごはんの時くらいしか顔を合わせることはないけど、お母さん曰く「どう接したらいいか悩んでるだけ」だと言っていた。
両親だけじゃない。唯ちゃんもずっと話し相手になってくれた。本当なら私なんかに構っている場合じゃないほど忙しいはずなのに、平日は毎日のように会いに来てくれた。
そして、修斗さん。ちょっと前から唯ちゃんが来られない平日に来てくれるようになった。修斗さん自身がお喋りではないこともあって、修斗さんが来た日は唯ちゃんが来てくれる日とは違って私の部屋はずっと静かだった。あまりにも静かすぎて居眠りしちゃって、気づいた時には修斗さんが帰ってたこともあったけど。でも、居眠りしてしまうほど私にとって心地良い時間だったのは確かだ。
そうやって私はたくさんの人に支えられて、少しずつ良くなっていった。発作の頻度も低くなって、お母さんの買い物に付き添って外を歩いたりすることもできるようになってきた。
私は自室のベッドに座りながら窓の外を見る。
時期的にもそろそろ桜が咲き始める頃、あと一ヶ月もないくらいで新年度が始まる。
私は立ち上がって、アイドル学園のサポート通信授業の課題を引き出しから取り出す。本来なら多忙で授業に出られないアイドルに向けて適用されるものだが、ちぃちゃん――担任の先生のこと――におすすめされて利用することにした。
机の上に課題を広げて筆記用具を取り出すのとほぼ同時だった。自宅のインターホンが鳴らされた音がする。
誰だろう? 今日は土曜日で、唯ちゃんも修斗さんも来ないはず。ということは、宅配か何かかお母さんのお客さんだろうか。
そう結論づけた私は課題を解き進める。
インターホンが鳴ってから十分ほどして、部屋の外から階段を上がる足音とお母さんの話し声が微かに聞こえてくる。徐々にその声が近くなってきて、私の部屋のすぐ近くまでやってくる。
そして私の部屋のドアがノックされた。
「香奈? 起きてる?」
「うん。起きてるよ」
外からお母さんの声が聞こえて応答する。お母さんが部屋のドアを開ける。
「お客さん来てるわよ」
そう言ってお母さんが避けて、後ろに居た人の顔が見えるようになる。
「修斗さん!?」
来客自体が予想外だったのだが、それでも「唯ちゃんかな?」と思っていたから、更に予想外な人物であったことから取り乱す。
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
お母さんは修斗さんを部屋の中へと誘導してから、そう言って部屋のドアを閉めて一階へ降りていってしまった。
まだ少し動揺しているけど、とりあえずこれだけは聞いておかないと。
「きょ、今日はどうしたんですか?」
修斗さんが理由もなく私を尋ねてくることはない。ある種の信用だった。
「ライブ、行くぞ」
「……え?」
目の前に居る人は本当に修斗さんだろうか。
私は目の前に立っている人をじろじろと見回す。
……間違いなく修斗さんに見える。偽物なら流石に似すぎている。
次に自分の頬を抓ってみる。
……痛い。夢ではないらしい。
じゃあ、聞き間違いだ。
そう閃いた私は再度問いかけることにする。
「今日はどうし――」
「アイドルのライブ。行くぞ」
私の耳はおかしくなってしまったらしい。
「この間言ってたろ。BORDERLESSとL'AILEのライブがあるかもって」
確かにそんな話があった。二週間くらい前だったかな?
「言ってましたね。私も楽しみです!」
「そりゃ良かった。なら準備して行くぞ」
うん……?
いやいやいや……。
「修斗さん、BORDERLESSとL'AILEはとんでもない人気なんです。スケジュールを合わせるのだって私にも想像できないくらい大変なんです。そもそもライブが二週間やそこらで企画されて開催できる訳なんて常識的にあり得ません。そんな簡単に抑えられる会場はないですし、設備だって用意できないです。そもそもチケットの販売期間だってどうしたんですか?」
"あり得ない"ということを丁寧に説明する。
「さあ? 俺は"明日ライブがあるから香奈ちゃんを誘って一緒に来てね~"って言われただけだからな」
修斗さんはお手上げといった表情で話す。
誰に言われたのかは言わなくても、修斗さんの真似で誰に言われたかは分かった。あんまり似てはいなかったけど。
「詳しいことは行って本人たちにでも聞いてくれ」
まだ本当にライブがあるのかは疑っている。でも、修斗さんはこういう感じの嘘をつく人じゃない。
もし唯ちゃんに騙されていたら修斗さんと一緒に怒ろう。
◇ ◇ ◇
外出の準備のため、お風呂に入って、髪を乾かして、着替えて、身だしなみを整える。
髪型はいつものポニーテールじゃなく、サイドにまとめて三つ編みにする。先をヘアゴムで止めた後、その上に赤いシュシュをつける。
一通りの準備を終えた私は、リビングでお母さんと歓談する修斗さんのもとへ向かう。
「おまたせしました」
すぐにでも出発できる状態で修斗さんに声をかける。
「ん。女性ってもっと時間かかるもんだと思ってたけど早いな」
「香奈は昔からそうなのよね。服選びに悩まないのよ」
何か失礼なことを言われている気がする。
「ちゃんと服は選んでます!」
ちょっと持ってる服が少ないというだけだ。あと、系統も方向性がちょっと似たものが多いというだけだ。
当然服を可愛いと思うことはある。自分には似合わないなと思うことも多いだけで。
「香奈も恋とかしたら、可愛い服を選ぶようになったりするかしら?」
お母さんは修斗さんに問いかける。
「え? あー……いや、俺はそういうのマジで無頓着なんで分からないですね」
至って興味がなさそうに単調に話す修斗さん。
実際修斗さんはモノクロで柄もないシンプルな服を着ている印象がある。私服で会ったことなんて数えるほどしかないけど、数えるほどしか無くてもそういう印象を持つくらい。
「私の方が少数派か……これは分が悪いわね」
私は無頓着な訳では無い。けど、反論してまでそれ以上話を広げる気にもならなかった。
「は、早く出発しましょう! 修斗さん」
これ以上ここに居ると、お母さんが次に何を言い出すかわからない。
そう思った私は修斗さんに家を出ることを促す。私の言葉を聞いて修斗さんはスマホを取り出して時間を確認する。
「まだちょい早い気もするが……まあいいか」
修斗さんはそう呟いて立ち上がる。
「そう。じゃあ、いってらっしゃい。気をつけてね。あと、無理はしないで」
お母さんが半分心配そうな顔で言う。
「うん。大丈夫。いってきます!」
私たちはお母さんに見送られて家を出発したのだった。




