030「一般少年、喧嘩に遭遇する」
それから更に一週間後。
授業を終えた俺は、藤田が宮川のもとへ向かうのを教室で見送った後、自分も荷物をまとめて帰りの支度をし、教室を後にして廊下を歩いていた。
「修くーん」
先に出ていったはずの藤田が前から駆け寄ってくる。
「ごめんね~。今日予定があったの忘れてて、香奈ちゃんのところに行けないの。代わりにお願いできるかしら~?」
手を合わせて軽く頭を下げて謝罪する藤田。
「……わかった」
「本当にごめんね~。今度埋め合わせするから」
今日は特に予定もなかったしな。むしろ平和に過ごしたいから予定は意図的に入れないようにしているのだが。
「けど、藤田でもこんなミスするんだな」
「え~? 私だってアイドルであることを除けば、年相応の女の子よ~?」
言外に含まれた"同意しろ"という圧に俺は愛想笑いで返すことしかできなかった。
そんな時だった。
「唯さん、今帰りですか?」
そう藤田に話しかけたのは、百八十センチほどの長身にオールバックで厳格そうな雰囲気を纏った男――白鳥蓮だった。
「そうよ~、蓮くん。これからお仕事なの~」
雰囲気もさることながら、低い声も彼自身の圧倒的な威圧感を増幅させることに一役買ってそうだ。
既に慣れたものなのか、そんな白鳥といつもと全く変わらない様子で話す藤田。
たぶん相手は三年生で年上だと思うのだが、めちゃくちゃタメ口なのはそれはそれでどうなんだと思わなくもない。
「そうなんですか。お忙しいところ失礼しました」
ちょっと大袈裟なくらい深々と頭を下げる。
顔を上げた際に一瞬睨まれたような気がするが気のせいだろう。
「ちょっとカタブツくん、唯に付き纏うのやめてよね」
俺達のもとへ更に二人の女子生徒がやってきて、白鳥に向かって叱責する。それを聞いた白鳥は小さく舌打ちをする。
「麻由、なに喧嘩売ってんの!」
やってきた女子生徒のうち、もう一人が白鳥に詰め寄った女子生徒を制止する。
「付き纏うも何も俺は少し唯さんに挨拶をしていただけだ。勝手に勘違いするのはやめて貰おう」
白鳥はそう嘲るようにして言い放つ。絶対に必要なかった後半部分をわざと口にしたのを聞いて、詰め寄っていた麻由と呼ばれた女子生徒の方にも青筋が立つ。
「はーい、こんな人の往来が激しい場所で喧嘩すんなってー!」
今度は軽森がやって来て白鳥と女子生徒の間に割って入り、白鳥の方を押して物理的な距離を離す。
どうしてどんどん人が集まってくるのか。
「あのさ、カタブツくん。唯は可愛いから好きになるのはわかるけど、ストーカーはいくら超人気アイドルでも犯罪だからね?」
「何度も言うようだが偶然会っただけだ」
「やめいと言っとろうが!」
早く帰りてぇ。
ちらりと原因である藤田を見やると、楽しそうにニコニコしながら白鳥たちを眺めていた。
うーん、原因がこんなんだから拗れるんだろうなあ。
「流石にここらで白黒ハッキリつけようよ」
「……いいだろう」
「おーい! やめいって聞こえんの――」
尚もヒートアップする小競り合いに、遂に間に立っていた軽森が二人に押し飛ばされる。
「ぶへっ!」
情けない声をあげながら俺の足元に転がってくる軽森。
丁度いいから聞いておくか。
俺はその場にしゃがみ込み、足元の軽森に視線を向ける。
「あの、女子生徒二人、誰?」
「喧嘩してる方が京谷麻由」
言われて俺は喧嘩している方の女子生徒に視線を移す。
腰まで真っ直ぐに伸ばした黒髪が目を引く、ミステリアスさやマイペースさを感じる顔立ち。
まあ今は喧嘩しててミステリアスもマイペースもないんだが。
それでも眉間に皺が寄ったりしてないところ、怒鳴る感じでもないところから雰囲気の断片は感じることができるだろうか。
「もう一人が西脇彩華」
もう一人の方へ視線を移す。
茶髪のショートボブで明るそうな雰囲気。いわゆる陽キャラという感じ。
京谷に振り回されてるところを見ると、たぶん藤田にも振り回されてそうだし、普段から苦労してそうだなあという印象。
「二人とも唯ちゃんと同じ|L'AILEのメンバーよ」
「サンキュー」
アイドル用語辞典にお礼を言って立ち上がる。
それとほぼ同時に、ずっと静観していた藤田が口を開く。
「"白黒つける"。いいわね~。なら、アイドルらしく決めましょう?」
誰一人として展開についていけてない様子だが、藤田は構わず続ける。
「私たちL'AILEと蓮くんたちBORDERLESSでライブをするの。それで観客の人たちにどっちが良かったか聞いて、より支持された方が勝ち」
「そんなん急に言われてもできないっしょ!? うちらどっちも忙しいんだから」
藤田の提案に西脇が異議を唱える。
最もな反論だ。年末あたりは藤田も軽森もお互いずっと忙しそうにしていたし、年末が異常だったとはいえ、普段も俺には想像できないほど忙しいのだろう。
「別に私も今すぐできるとは思ってないわよ~。でも、白黒つけるっていうなら言い訳もできない条件でやるべきじゃないかしら~?」
尤もらしいことを言う。
「わかった。私"は"勿論やるよ」
京谷は挑発するように言い放ち、白鳥の方を見やった。
「……いいだろう。唯さんを負かすというのは気が引けるが、お前だけはわからせておく必要がある」
多少の逡巡の後、白鳥も京谷を睨みつけて言い放つ。西脇は頭を抱えていた。
可哀想に……。
「決まりね~。じゃあ、一旦実現可能かどうかそれぞれ事務所の方に持ち帰りましょう」
◇ ◇ ◇
「ということがあってだな」
あの後、一旦話が纏まったため、それぞれ仕事に向かい解散することになった。
藤田たちと別れ、藤田の代わりに宮川のお見舞いに来た俺は、先程あったことの流れを宮川に話す。
「えぇ……?」
宮川は「作り話ですよね?」とでも言いたげな顔で俺を見る。
作り話ならどれだけよかったことか。
「でも本当に実現したら凄いことになりますよね。L'AILEとBODERLESSのライブなんて」
「まあ、そうだな……」
アイドルには詳しくない俺だが、BODERLESSがドームを埋めることが出来るほどの人気であることは自分の目で見て確認してしまっている。
L'AILEがどれほどの人気かはわからないが、まあ恐らく同じくらいの人気はあるのだろう。
とすると、その二つのグループが合同でライブなんてしてしまったら、チケットの奪い合いで暴動でも起きるんじゃないか……?
「いつになるかとかはまだ決まってないんですよね?」
話を聞いただけで想像してワクワクしてそうなのが傍目からも丸わかりな様子で宮川は問う。
「時期どころか、そもそも許可降りるのか? って話らしいがな」
「あ、そうですよね」
少し落ち込んだように肩を落とす宮川。
「けどまあ、藤田はやりたそうだし、多少強引にでもなんとかしようとするだろ」
「そうなんですか? 提案こそ唯ちゃんだったみたいですけど、それは喧嘩を収めるためだと思ってました。唯ちゃんは自分の取り合いのようなことをされて嫌じゃないんでしょうか……?」
言いたいことはわからないでもない。
俺は先程の別れ際に藤田に言われたことを思い出す。
「あいつ、たぶん理由はなんでもよくて、ライブをすること自体が目的っぽいんだよな」
「……ライブが目的、ですか?」
廊下での話が終わった後、全員が先に散っていく中、藤田だけが俺のもとから動かずに居た。俺が「仕事だったんじゃないのか?」と問いかけると、藤田は「もしライブ開催できたら、香奈ちゃんも呼ぶから」と言い残して去っていった。
「……何をするつもりか分からんが、喧嘩云々とは関係ないところで思惑があるんだろ」
宮川のためにやろうとしてることを伝えたら、宮川はまた自分が迷惑をかけていると思うだろうことを思い当たり、口を滑らせたことを誤魔化す。
「そうなんですね。BORDERLESSとのライブが目的なんでしょうか……?」
ちょっと下手だったかと内心ひやひやしたが、宮川は特に怪しんでいる様子はなかった。
素直な性格で助かる。
「さてな。実際今回の話の流れは偶然が重なりすぎてるから、BORDERLESSとのライブが目的だったとは考えにくいが」
元からライブを考えていて、たまたまBORDERLESSが巻き込めそうだったからなのか。喧嘩を見ていて思いついたからなのか。
それとも予定があるのを忘れたフリをして俺と教室ではなく廊下で話し、白鳥が釣れるところから思惑通りだったのか。
……いや、流石に邪推がすぎるな。
「唯ちゃんの思惑は中々わかりませんね……。でも、ライブ自体は実現するといいですね! 私も是非見たいです!」
そう笑う宮川。
「ああ、そうだな」
宮川を元気付けるために藤田には――いや、軽森にも頑張ってもらわないとな。




