029「一般少年、友人と過ごす」
それから数日。
俺は特に変わったことも起こらない平穏な日々を過ごしていた。
宮川についてはまだもう少し時間をかけた方がいいだろうと宮川母は判断したらしい。それについては同感で、焦る必要がないと考える。
そういうこともあり、藤田のお見舞いは継続している。少し形態が変わったところはあるのだが。
俺がお見舞いに行った翌日に藤田が宮川の様子を聞いてきて、その日の様子やそれまでの経過から、藤田から俺にももっと宮川のもとを訪れるように頼んできた。
宮川母によれば、藤田と会った日の夜は比較的元気な時が多いらしく、同年代くらいの友人と会うのが宮川にとってはいいのだろうと言っていたとのこと。
元々もうきっぱりと断れるような首のつっこみ様ではなかったのだが、ちゃんとした理由まで持ってこられてはやんわりと断ることも憚られた。
とはいえ、俺よりも同性の藤田の方が流石に宮川も安心するだろうと考えてたので、俺の方は不定期でという条件を提示した。
それに心底不満そうな顔をしていた藤田だったが、俺も折れずにゴネた結果、基本的には藤田が宮川の様子を見に行き、藤田が時間が取れない場合に俺が行くという方針になったのだった。
「じゃあ、私は香奈ちゃんのところに行くわね~」
「ああ」
「じゃあね、唯ちゃん」
放課後、俺と軽森のもとを訪れた藤田はそう挨拶をして教室を後にしていった。
「どうして藤田はあんなに熱心なんだろうな」
そんな藤田を見送ってから、ふとした疑問が口をついて出る。
「わからん。元から結構妹みたいに可愛がってたところはあったけども」
軽森も分からないといった表情で答える。
純粋に宮川を気に入っているのか。それとも、今回の件で思うところがあったのか。
愛想がよくない訳ではないものの、藤田もまたあまり自分のことを話さないので何を考えているのかを想像しにくい。
悪い奴ではないことはわかっているから心配はしていないが。
「香奈ちゃんへの心配だけじゃなく、唯ちゃんは何か感じてるものがあるのかもね」
神妙な顔で意味深なことを言い出す軽森。
「……どういうことだ?」
そう問いかけると、軽森は顎に手を当てて得意気な顔で語り始める。
「唯ちゃんさ。あの事件があった当日、全然現れなかったでしょ?」
「ああ」
そういえばそんなこともあったな。
軽森と手分けして宮川を探したいたが、その後現場に現れることはなかった。神無月から現場の場所を軽森は教えてもらっていたと言っていたから、それは藤田も同様だっただろう。
現場から遠かったから間に合わなかったというだけかもしれないと思っていたが。
「香奈ちゃんを見送った後に香奈ちゃんも見つかって一通り落ち着いたよってメッセージ送っといたらさ。修斗と別れて帰ってる途中に唯ちゃんから返事返ってきたんだよ。香奈ちゃんのスマホ探してたんだって」
「スマホ……?」
全く知らない話だ。宮川がスマホを紛失していたということか?
「唯ちゃんは、最初に香奈ちゃんに連絡した時、留守電になる前に切られたんだって」
俺に最初に藤田から連絡が来た時もそう言ってたな。時間になっても待ち合わせ場所に居ないし、連絡しても出ずに切られたと。だからこそ寝坊とかではなく、起きていてなんらかの事情があって出られなかったと考えた。
「俺と別れて探し始めてからも、唯ちゃんは定期的に香奈ちゃんと連絡を図ろうとしたみたい。でもそれ以降は全部留守電になったんだってさ。だから香奈ちゃんの手元からスマホがなくなったんじゃないかって思ったみたい」
「なるほどな」
実際に起こっていたことが整理できている今考えれば、宮川が連れ去られてる最中か何かに藤田から連絡が来て、スマホを奪い取られたとかそんなところだろう。
二回目以降は放置だったことを考えれば、スマホ自体をどこかに捨てられたか置き去りにされたと考えるのが正着だろう。
見つかった連絡が神無月から来た後に、もう一度通話をかけてみれば答え合わせにもなる。
「で、それが何か関係あるのか?」
それと藤田が宮川に今感じていることとどう繋がるのか。
「え? いや、唯ちゃん勘鋭いから何か気づいてるのかなって」
「それはまた別の鋭さだろ」
思ったよりもしょうもない理由でため息をつく。
事実を元に推理する鋭さと人の機微に気づく鋭さは、使われる感覚が違いそうなものだ。真面目に聞いて損した。
ただまあ、藤田が両方持っていそうなこと自体は否定はしない。
軽森は俺の言葉に納得行かない様子で首を傾げていた。
「軽森」
すると厳かな声で軽森を呼ぶ声がする。視線を向けると、どこかで見たことのあるような顔。だがどこで見たのかは思い出せなかった。
「蓮さん。どうしたの?」
ともすれば威圧感すら感じるであろう声と佇まいの男と、なんでもないように話をする軽森。
「今日の予定の変更についてだ」
男はそう言って、俺にはよく分からない話を始める。
話の内容は半分も分からなかったと思うが、どうやらアイドルにおける活動についての話のようだった。
ということは、この男は軽森と同じグループのメンバーか。
そこでこの男をどこで見たのか思い出す。
「あぁ~」
続く「あそこか」という言葉までは口から出るのを止められたが、思わず出てしまった声に何事かと軽森と男の視線が集まる。
俺は口を手で抑えながら、目で「なんでもないですよ」と訴える。思いが通じたのか男の方が俺から視線を外して話の続きを始める。
この男を見たのは、アイドル学園に来てすぐにチケットを半ば強引に押し付けられて見たBORDERLESSのライブの後に、軽森と話していたら出てきた男だ。確かグループのリーダーだったような。
名前は…………覚えていない。
しばらく話をしていた二人だったが、会話が一段落したあたりで、男が突然辺りを見回し始める。
「ところで、唯さんは居ないのか?」
ああ、なんか前会った時も似たようなこと言ってたな。
そんなことを思い出す。
「もう帰っちゃったよ」
軽森がそう返答すると、男は肩を落とす。
「そうか。何やら最近ずっと忙しそうにしているが……」
「ちょっと友達に辛いことがあってな。空いてる時はお見舞いにずっと行ってる」
軽森の言葉に男は目を見開く。
「なんと慈しみに溢れた献身的な人だ。やはり唯さんは女神だ……」
軽森は「また始まったよ」と言わんばかりの苦笑で男の様子を見ている。
この男、前に会った時にも薄々感じていたが藤田のことになると様子が変になるな。
「唯さんに会えなかったのは残念だが、唯さんの素晴らしさを再確認できたということで良しとしよう」
なんだか勝手に一人で盛り上がって一人で納得している。
男は満足そうな顔で軽森と挨拶を交わして教室を出ていった。男を見送った軽森は珍しく大きめのため息をつく。
「唯ちゃんに会いたいからって、メッセージで済む連絡をわざわざ直接しにくるなよなあ~」
男が出ていった後の教室で伸びをしながら愚痴を零す。
「あ、あれ。白鳥蓮、な。うちのリーダー」
「助かる」
藤田が鋭いとかどうのこうのと言っていたが、コイツも大概鋭くはあるよな。




