028「アイドル少女、目覚める」
目が覚めると部屋は真っ暗だった。
手探りでスマホを探し出し、画面を付けて時間を確認する。
スマホの時計は十八時を示していた。
いくらなんでも寝過ぎではないだろうか。日が昇る前に眠って日が落ちてから起きる。今までの人生でこんな生活は送ったことがない。
お母さんには寝すぎて却って心配をかけたかもしれない。
私はベッドから立ち上がり、部屋を出て一階へと向かう。階段を降りていると、リビングの方から人の声のようなものが聞こえてくる。
珍しくテレビ付けてるのかな……。
そんなことを考えながら、階段を降りるとリビングのカーテンを閉めながらぶつぶつと独り言を言っているお母さんを視界に捉える。
「大変そうねぇ、アイドル学園って」
そのままリビングの方へ近づくと、お母さんの話している内容が聞こえてきたけど、まるで誰かと話をしているみたいな独り言だった。
カーテンを閉めたお母さんが振り向いて私と目が会う。
「あら、おはよう、香奈。体調は大丈夫?」
「うん、平気」
お母さんが階段の前まで近づいてきて私の顔色を注視する。
「確かに大丈夫そうね。ご飯は食べれそう?」
「食べれると思う」
そう返答するとお母さんは微笑む。そして、リビングの方へ戻り、奥の方を覗き見る。
「木崎君も夕飯食べていく?」
……うん?
「いえ、突然訪問したのに悪いですし、それまでには帰ります」
とても聞き覚えのある――でも聞こえるはずのない声が聞こえてくる。
私は小走りでリビングへと入り、お母さんが見ていた方を見る。
「修斗さん!?」
ダイニングテーブルには正真正銘、修斗さんが座っていた。
「そう? じゃあ、私は夕飯の準備始めちゃうから夕飯できるまででも香奈の話し相手になってあげて?」
混乱しきっている私を特に気にする様子もなく、お母さんはそう言ってキッチンへ向かっていった。
「な、なんで修斗さんが……!?」
「なんでって……お見舞いに来たんだが……」
それはそうだ。それに今度行くとも言っていた。まさか当日のうちだとは思ってもみなかったけど。
「い、いつから居たんですか……?」
考えるまでもなく意味のない質問だけど、まだ頭の中が整理できてなくてつい口にしてしまった。
修斗さんは「いつから……?」と呟き、目を細めてリビングに掛けられた時計を見る。
「たぶん、一時間ちょっと前くらいか……?」
授業が終わってからならそれはそうだろうという答えが返ってくる。
「香奈、そんなところで立って話してないでお部屋に行って話したら? ご飯が出来たら呼びに行くから」
無駄な質疑応答をしていると、お母さんが横から口を挟んでくる。
「えっ、私の部屋!?」
「どうしてお母さんの部屋で二人が話すのよ」
それはそう。さっきからずっと混乱しっぱなしで変なことを口走り続けている。
私は一回落ち着くために、修斗さんに背を向けて目を瞑って大きく深呼吸をする。
心を落ち着けた私は、再び修斗さんに向き直る。
「えっ、と、じゃあ、私の部屋……案内しますね」
私がそう言うと、修斗さんは返事を返して立ち上がり、私の方へと向かってくる。それを確認した私も歩き出し、階段を上がって自室の前まで移動する。
自室の前まで着いた後、ドアノブに手をかけたところで一度止まり、後ろの修斗さんを見やる。
「あの、最近部屋掃除できてなくて、汚いと思います。すみません……」
「ああ」
私はドアノブへと視線を移し、ドアノブを引き下げる。そこでもう一度止まり、修斗さんに振り返る。
「あ、あと!」
「なんだ」
まだ何かあるのかと言わんばかりの顔をする修斗さん。
「は、恥ずかしいので……あんまり部屋の感想とかは心の中にしまっておいて貰えると……」
「確かにデリカシーがあるという自負はあまりないが、流石にそこまでノンデリじゃないぞ」
「は、はい」
私は意を決して自室のドアを開く。そのまま修斗さんが通れるように入口から避けて、部屋の中の方へ手を差し出す。
修斗さんが部屋に入った後、私も中へ入ってドアを閉める。部屋にあるクッションを修斗さんに差し出し、適当なところに座るように促す。私も修斗さんから少しだけ離れたところに座る。
どうやって会話を切り出したらいいのか困って、気まずい沈黙が流れる。
「さて。とは言うものの、特に話すことはないわな。夜中にも話したし」
修斗さんは後ろに両手を付きながらそう言った。
「とんでもない時間にすみませんでした……」
私は頭を下げる。そのまま頭を抱えて蹲りそうになる。
当時は時間帯を考える余裕がなかったとはいえ、あまりにも非常識極まりない行為だったと、今思い返して発狂しそうになる。
そんな私の様子を見てから修斗さんが鼻で笑う。
「別に構わない。……いや、構わなくはないんだけどな。あんたは限界ギリギリまで耐えて、本当に耐えられなくなってようやく外に助けを求めるようになるからな。だからまあ、そんな限界ギリギリの状態で俺が何か助けになるなら構わない」
当然のようにそう言ってのける。
「修斗さんは……どうして、そんなに私のことを助けてくれるんですか?」
本来なら修斗さんがそんなことをしてくれる義理はない。まして、出会ってからまだ半年くらいしか経っていない私を。
修斗さんはさして悩むこともせず口を開く。
「前にも言ったけど、俺自身のためだよ」
過去に学園祭の時に私を助けてくれた時、修斗さんは自分の過去の失敗のやり直しをするためだと言っていた。
「じゃあ、今回はなんで私を助けてくれるんですか?」
今回もそうだと言うのだろうか。
過去に修斗さんはいじめを受けている友人を助けられなくて、そのやり直しをしている。
そんな都合のいい話があるだろうか。
「……ん? 何を言いたいかよくわからんが、知り合いが不愉快なことに巻き込まれて普通の生活送れなくなったら胸糞悪いだろ」
私は鳩が豆鉄砲を食らったように呆然としてしまった。
……そうか。そういうことだったんだ。
「……どうした?」
呆けたままの私を心配そうに覗き込む。
「いえ」
彼は人のために行動することを、自分のためだと言い張っているだけなんだ。
借りを作ったと思われたくないのか、感謝されるのが苦手なのか、単に人付き合いが下手なのか。
それは私には分からないし、修斗さん自身も分かっていないのかもしれない。
ただ一つ、間違いなく言えるのは――
「修斗さんは、優しすぎます」
一粒の雫が私の頬を伝って手の甲へと落ちた。
それを見た修斗さんがたじろぐ。私は手のひらで頬を拭って、修斗さんを真っ直ぐ見据える。
「修斗さんは優しいです。見た目とぶっきらぼうな態度からは考えられないほど」
「悪かったな」
修斗さんは薄ら笑いを浮かべる。
「だから、優しくした分はちゃんと感謝されてください。自分のためだなんて言わず、人のために行動したんだってそう言ってください」
「嫌だろ。そんな恩着せがましい奴」
修斗さんは呆れたようにため息をつきながら言う。
「なら私にだけはちゃんとそう言ってください」
「断る」
「断るのをお断りします」
「なんでもありすぎだろ」
私は前かがみになって床に両手をついて修斗さんに迫る。
「言ってくれるまで言い続けますよ!」
「絶対に言わん」
この押し問答はお母さんがご飯が出来たことを伝えに部屋の扉をノックするまで続いたのだった。




