027「一般少年、訪問する」
「でけぇ欠伸してんな」
翌日――厳密に言えば当日ではある――、寝不足でデカい欠伸をかましていた所を軽森につっこまれる。
「ちょっといろいろあって寝不足なんだよ」
宮川との通話を終えた後、完全に目が冴えてしまった俺は一睡もせず朝を迎えて登校していた。
普段寝起きが悪い俺が起きていたことには、家族全員に天変地異でも起きるんじゃないかと揶揄されたが。
「お前までメンタルやられちまったのか……?」
「ちげぇよ」
神妙な顔で心配してくる軽森を一蹴する。
むしろここ最近のコイツのメンタルの方が心配になるが。
「修くん、優くん、さよなら~」
そこに教室を後にしようとする藤田が挨拶をしに来る。
「あ、そうだ。今日は宮川のところに行くのか?」
俺の質問に藤田は首を横に振る。
「ううん、今日はお仕事があるから行けないわね~。どうかしたのかしら~?」
「いや、行く予定なら付いてこうかなって思ったんだが」
そう返答すると、藤田は「あら~!」と両手を合わせて驚嘆の声を上げる。
「香奈ちゃんの家の住所教えてあげるから、是非行ってあげて~?」
「あ、いや――」
断る間もなく、藤田はスマホを取り出し何やら操作する。時間を置かず俺のスマホが鳴り、画面を確認すると恐らく宮川の住所らしきものが送られてきていた。
「ちょっ――」
「じゃあ、またね~」
反論の隙を一切与えないまま藤田は嵐のように去っていった。
「やるねー唯ちゃん」
何がやるねーなんだよ。
俺は一つ息をついて、席を立ち上がる。
「まあ……行くかあ」
「おう、香奈ちゃんによろしくな!」
俺は相槌を打ちながら手で合図をして教室を後にした。
学園を出た頃、もう一度スマホにメッセージが届く。
『香奈ちゃんのお母さんには連絡しておくから、そのまま向かって大丈夫』
相変わらず気配りの出来る人だこと。
藤田から貰った宮川の住所のもとへと向かう。初めて向かった土地だからか、多少迷子になりかけたが無事辿り着くことができた。
一応、再度貰った住所と合ってるかの確認と表札を見てからインターホンを押す。
『はい』
インターホンからは女性の声が聞こえる。
宮川とは違う声だから母親だろうか。
「宮川香奈さんのお見舞いに来ました」
『木崎君ね。今出るわね』
そう声が聞こえてインターホンから出ていたノイズが切れる。ほどなくして玄関のドアが開けられる。
「いらっしゃい。藤田さんから話は聞いてるわ」
「はい、木崎修斗です」
そう挨拶をすると、宮川母に中へと通してもらう。
「来てもらって悪いんだけど、今日は香奈ずっと寝ててね」
廊下を歩きながら宮川母が言う。
「体調悪いんですか?」
夜中に通話したときは、普段ほど元気ではないにせよ、そこまで体調悪そうな感じはしなかったが。
「いいえ。むしろ体調良いくらいじゃないかしら。あの子、ずっとちゃんと眠れていなかったみたいだったから」
「……そうなんですか」
アイドル学園に来なくなってからの様子は藤田が断片的に話してくれた部分しか知らなかったから、実際の状態をこうして聞くと言葉を失ってしまう。
宮川母の後を歩いて二階へと上がる。二階のいくつかある部屋の扉のうちの一つの前まで歩き、そこで止まる。
「ここが香奈の部屋なんだけど……」
そう行って宮川母は音を立てないように扉を開けて、部屋の中の様子を窺う。
「まだ寝てるみたいね」
こちらを振り向いて小声でそう言った後、部屋の扉を静かに閉めた。
「せっかく来てもらったのにごめんなさいね」
「いえ、少しずつ良くなってるみたいなら良かったです」
宮川母は俺の言葉に微笑んだ後、俺の隣を通って一階へと降りていき、俺もそれに付いて階段を降りていった。
「朝からずっと寝ててもうすぐ起きるかもしれないから、もし良かったらゆっくりしていって」
「はい、ありがとうございます」
俺は宮川母に案内され、ダイニングテーブルに座るように言われて席につく。
「お茶しかしないけどいいかしら?」
キッチンの冷蔵庫を覗きながら言う宮川母。
「はい、大丈夫です」
「はーい」
宮川母が透明なグラスにお茶を注いでいるのを横目に、俺は手持ち無沙汰で周囲をぐるぐると見回してしまった。
「はい、どうぞ」
グラスを持った宮川母が俺の目の前にグラスを置く。
「あ、ありがとうございます」
軽く会釈をして出されたグラスに口を付ける。宮川母がテーブルの正面に座り、同じく持ってきたお茶の注がれたグラスを口につける。
「ごめんね。本当なら香奈が今日は寝てるからお見舞いはいいかもって伝えてあげるべきだったかもしれないんだけど」
突然そう切り出す宮川母。
要領が掴めず頭上に疑問符を浮かべながら話を聞く。
「もしかしたら来る頃には起きてるかもしれないし、もし起きてなくても私が木崎君とお話ししてみたいなと思って」
「俺とですか?」
思わず聞き返してしまう。
宮川が何か話していたのか、ここに通っている藤田が何か話したのか。宮川母とは話こそしていないが、一応学園祭の時に顔を合わせては居るからその時にそう思ったのだろうか。
「ええ。知ってるかもしれないけれど、香奈は前の学校でちょっと大変なことになってね。その時も今回みたいな学校に行けない状態になってしまったの」
やっぱりそうだったのか。
「時間をかけて普通に生活する分には何ともないくらいにはなったんだけど、それでも学校に行くのは難しかったみたい」
宮川母が当時を思い返しているのか少し悲しそうな顔をする。
「それから当時の担任の先生と私で話して、もし香奈が学校に行く勇気が少しでも出るようなことがあったら、アイドル学園への転入の話をしてみようってことになったの」
だから俺と同じ変な時期の転入だったのか。
「香奈に負荷をかけたくはなかったから、私たちから学校のことを話すことはなかったわ。もしかしたら今後ずっとそんな機会はないかもしれないと思っていたけど……」
けど、たぶん想定よりもずっと早く宮川は学校の話をしたんだろう。このまま家族に心配をかけ続けないようにと。そういう奴だろうことは分かる。
「香奈が学校に行くって言い出した時は嬉しさよりも心配が勝っちゃったわね」
そう宮川母が苦笑するのに、俺は同情した。
俺でも想像できてしまうことが家族の――まして母親に分からないことはない。
「私はアイドル学園のことを勧めたわ。……勧めたまでは良かったんだけど、その後もまた大変でね」
「迷惑をかけると渋ったんですか?」
俺がなんとなく宮川が言ってそうなことを想像して口に出す。すると宮川母がテーブルを平手で叩く。
「そう! やっぱり傍から見ても分かりやすい子なのねぇ……」
まあ宮川ならそう言うだろうな……。
「何回も説得し続けてようやく折れてくれて、アイドル学園に転入することになったの」
そこからは俺も知っている部分になるだろう。
「いくら学校が変わって周りもアイドルが多いとはいえ、やっぱり学校は学校だから最初は私も不安だったわ。けど、全然杞憂。元気に通ってくれてたわ。まあ、元気に頑張りすぎて倒れたりして、心臓止まるかと思ったりもしたけど」
俺の体がびくりと反応する。
止められる立場であった俺が倒れるまで頑張らせてしまった。当時は宮川のことを全然知らなかったこともあるが、知ってたとか知らなかったとかじゃなく、人として止めるべきだったんじゃないかと今でも思う。
「その時よね。私と木崎君が会ったのは」
「そうですね」
一瞬しか会ってないのに覚えてもらってたのか。
「急いで香奈を迎えに行ったら、医務室の中から楽しそうな声が聞こえてきてね。目が覚めた香奈がお友達と話してるのかなと思ったら、中に居たのは香奈と男の子! 本当にびっくりしたわ」
考えてみれば宮川母が入ってきたタイミング的に当然ではある。が、アレを聞かれてたのか……。
気まずくて視線が泳ぐ。
「香奈はずっと貴方に感謝してたわ。『修斗さんに助けてもらった』『修斗さんに勇気を貰った』って」
「……そうですか」
助けたというにはあまりにも中途半端な結果だったし、勇気を与えたんじゃなく選択肢を与えてほんの少し誘導しただけだ。
それを宮川はずっと良いように言う。
「そして今回も貴方に助けてもらったって」
違う。今回も"中途半端な結果"に終わったんだ。
「……いえ、俺は助けられてないです。彼女が散々酷い目に遭った後の現場に着いて、感情的に八つ当たりしただけで」
自嘲的に話す俺の言葉を聞いて、宮川母はにっこりと笑った。
「俺、何かおかしいこと言いましたか……?」
「ううん。何でもないわ」
明らかになんでもないことないと思うのだが。
しかし、それ以上追求しても宮川母は答えてくれそうにはなかった。




