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私立アイドル学園 ~全国からアイドルが集まる学校に一般人として転入して、ひっそりと平穏に学生生活を過ごしたい話~  作者: 天野杓子


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026「アイドル少女、通話する」

『……宮川か。どうした?』


 どうして修斗さんにかけたのかは自分でもよく分からない。

 悪夢を見て目が覚めて、怖くて布団の中でうずくまっていたはずなのに、気がついたらスマホを操作して修斗さんにかけていた。

 助けを求めるにしても家の中に居る両親の方が近いし、連絡するにしても唯ちゃんの方が最近はずっと近い関係だ。

 一ヶ月前に私が病院に行く時に別れてそれ以降は会っていない修斗さんをどうして……?


『眠れないのか?』


 ううん。どうしてじゃない。

 私自身のことだ。例え自分の理性じゃない本能による行動だったとしても、少し考えたら答えなんてすぐに分かる。


『……宮川?』


 私はこの人の声が聞きたかったんだ。


「修斗さん……」


 私はまだ少し恐怖に震えている体を抑えつけて、もう一度彼の名を呼ぶ。


『……ちょい待て』


 そう言うとスマホがどこかに置かれた音がして、何かを起動したようなピッという音が聞こえた後、少し遠くでフローリングの上をキャスターが転がるような音がする。


『悪い、待たせた』


 それまでよりも少しはきはきとした声で再び修斗さんの声が聞こえる。


『さてと、何から話すか』


 修斗さんは悩ましげにうなる。


『あー……そうだ。お見舞いとか一回も行ってなくて悪かったな。なんていうか、どう声かけてやればいいかむずくて行けなかった』


 私にとっても難しいと思う。

 今でこそ唯ちゃんが来てくれるのをありがたく思っているけど、最初の頃は今よりも精神的にどん底でやっぱりちょっと苦しかった。

 きっと唯ちゃんにもそれは伝わってしまっていたと思うけど、それでも唯ちゃんはずっと来てくれた。本当は凄く忙しいはずなのに感謝してもしきれない。


『けど、近いうちに行くよ。あんたが嫌じゃなければだけど』

「嫌じゃ、ないです……」


 返答を絞り出す。

 少しは良くなってきたとはいえ、こんな姿を見られるのは嫌だと言う気持ちがないわけではない。でも、「嫌じゃない」という返答は驚くほどすんなりと口にできた。

 修斗さんの「そうか」という相槌が聞こえる。


『そういえば、神無月との勝負は無効になったってよ。理由はなんかよく分からんが』


 神無月さんと話したことを思い出す。


――ずっと自分本位だった彼の性格が、これからどう変わっていくのか大変興味が湧きました。


 勝負を無効にした理由に神無月さんはそう語っていた。その理由までは修斗さんに伝えなかったのだろう。

 あの時、神無月さんに修斗さんのことをお願いされたけど、その直後から私はこんなことになってしまったから、全く果たすことはできていない。

 そもそもこんなことにならなくても私に何ができたというのか。


『あのお嬢様の考えてることは、前からずっと分からん』


 呆れ混じりに愚痴をこぼす。


「きれっ――」


 声を出そうとして掠れて咳き込んでしまう。私は近くに置いてあった水筒を手に取り、水を口にする。

 そこで手が震えていないことに気づいて、体の震え自体も止まっていることを自覚した。


『大丈夫か? 無理して喋らなくてもいいぞ』

「いえ、大丈夫です」


 私は小さく咳払いをしてもう一度声を出す。


「綺麗な女性のお付きの人も居ましたし、お金持ちって感じでした」

『……女性のお付きの人? 運転手のことか?』


 心当たりがないと言いたげな修斗さん。

 まさか神無月さんしか見ていなかったのだろうか。


「いえ、最初に神無月さんと校門で会った時に居たじゃないですか。ショートヘアの」


 覚えていた特徴を交えて話す。

 会ったのは一度だけだけど、とても綺麗な人だったから印象に残っている。

 すると、修斗さんは納得したような声を出した後、笑い声を堪えるようにクックと笑った。


『あれはお付きの人なんかじゃねぇよ。神無月とは関係ないバスケ部の奴。あと男な』

「えっ!?」


 思わず大声が出てしまい、夜中であることを思い出して慌てて口を手で塞ぐ。


美浜みはま琴之助きんのすけ。俺たちと同い年で、俺が転校する前の学校で同じバスケ部。そしてれっきとした男だ。まあ男に見えないのは同意する』


 何回言われても信じられない。

 私よりもほんの少し背が小さくて、目がぱっちりとしていて、快活そうな雰囲気でありつつも、上品さのある綺麗な人だった。


『あれのちょっと前に偶然美浜と会うことがあってな。アイドル学園に転入したこととか話したんだよ。大方、それを言いふらしてたら神無月に嗅ぎつけられて、道案内がてら引きずられてきたんだろ』

「そうなんですか……」


 あれで男の人……。きっと唯ちゃんや優さんも勘違いしているんじゃないだろうか。それくらい女性にしか見えなかった。

 でも、よく思い返せば喋ったときの感じは――いや、中性的な声だったし、判別はできなかったと思う。


『今度美浜に会うことが会ったら勘違いされてたって伝えとくわ』

「や、やめてくださいっ」


 意地悪に笑いながらそう言う修斗さんに抗弁する。


『……少し元気になったみたいで安心した』


 打って変わって優しい声色。


「本当にご心配をおかけしました。あと、急に連絡してご迷惑もかけてしまって」


 窓の外はまだ真っ暗で、改めて非常識とかいう次元ではない時間にこんなことをしてしまったことを実感して反省する。


『気にするな。それに、あんたが人をちゃんと頼れてるのは偉いと思うぞ』

「……はい。ありがとうございます」


 私が辛い時は、いつも修斗さんが優しく受け止めてくれる。


『ああ、あと、ちょっと良くなったからって無理して外出ようとしたり、まして登校しようとするなよ? まだゆっくり黙って休んで甘えられる人には甘えとけ』


 そして、私が無理しがちなのを分かってて先に釘を刺してくれる。


「はい。ゆっくり休みます」


 なんとなく心が穏やかになっていくような気がする。

 私は焦っていたのかもしれない。早く治さなきゃ、迷惑をかけてしまってるって。


『……眠れそうか?』

「はい」


 神無月さんは、修斗さんにとって私は特別なのだと。そういうようなことを言っていた。

 けど、それはたぶん違う。

 実際は、私にとって修斗さんがあまりにも特別な存在なんだ。つい頼ってしまったり、無意識の内に寄りかかってしまっているのを、修斗さんが受け止めてくれているだけ。


『そうか。じゃあ、またな。今度お見舞いに行くから』

「はい、おやすみなさい。修斗さん」


 電話口から「おやすみ」と声が聞こえて通話が切れる。

 私は通話終了画面が表示されているスマホの画面を消し、枕元に置いて布団に入り直す。

 ゆっくりと目を瞑って、微睡まどろんでいく。

 その眠りは、久しぶりに心地良いものだった。

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