025「一般少年、思い悩む」
事件から一ヶ月。
部外者の俺には事件以降は特に何もなく、ほとんど当事者たちで話が進んだ。
過去のイジメが今回に紐づいて発覚したことで、主犯格の女はまあまあ重い処分を受けたらしい。取り巻きは過去にも直接手を下したことはなかったらしく、主犯格ほどは重い処分を受けなかったとか。
事件自体に関しては、藤田が気を回したのと、それを受けて神無月が動いたことで、今回の件はメディアに取り上げられることはなかった。藤田曰く、「あまり広まると被害者の香奈ちゃんの方にも悪影響が出ちゃうかもしれないでしょ?」とのこと。
そういったこともあり、事件は急速に収束へと向かっていき、俺たちの生活も元に戻っていった。
ただ、ずっと空席のままの隣の席を除いて。
「以上でホームルームを終わります。お疲れ様でした!」
ちぃちゃんのその声で、ぼうっとしていた意識が戻ってくる。
生徒たちの喧騒を聞きながら、なんとなく立ち上がる気になれなくて、頬杖をついて深く息を吐いた。
「修くん、さよなら~」
既に帰る準備を終えた藤田がそう俺に挨拶をしてくる。
「ああ、またな」
俺は頬杖をついたまま、反対の手で合図しながらそう返して、教室を後にする藤田を見送る。
藤田はあれから放課後の空いてる時間は宮川の家に通っているらしい。俺も何度か誘われたが、どんな顔して会えばいいのか分からなくて断っている。
事件があった日から宮川は一回も登校していない。
宮川自身の体は大事には至らず、当日に神無月に連れられて行った病院でもそういう診断をされた。後から泥水を飲み込んだとか聞いて俺たちは戦慄していたが、その後も容態は安定しているようだった。
問題だったのは、メンタルの方だ。
宮川の元へ通っている藤田が、宮川の両親から聞いた話によると、帰ってきた当時は平気そうだったが、夕食後に様子がおかしくなり当時をフラッシュバックして過呼吸になったという。しばらくすると症状は収まるらしいが、それが不定期に発症しているらしい。
藤田が見舞っている間にも起こったことがあるらしく、藤田が懸命に声をかけるもその間は宮川には全く聞こえていないらしかった。
「心配だな、香奈ちゃん」
軽森がやってきて俺の前の席に座る。
「ああ、そうだな」
俺はそう返す。
それ以上はお互いに何も話さずしばらく沈黙が続く。
教室の喧騒は生徒が教室を後にする度に収まっていき、やがて静寂へと変わっていった。
「最近さ」
軽森が口を開く。
「俺は香奈ちゃんに何をしてあげられるんだろうってずっと考えてた」
普段の軽森からは想像もできないほど低く落ちついた声。
「友達じゃないとまではいかないけど、修斗や唯ちゃんほど仲が良いかと言われるとそんなこともない。今の香奈ちゃんの気持ちが分かってあげられるような経験もない。そんな俺が香奈ちゃんに何ができるんだろうって」
軽森もそうだったのかと内心驚く。
「唯ちゃんから香奈ちゃんのこと聞いて、唯ちゃんとお見舞いに行ったんだよ。でも、香奈ちゃんに会ったら俺が見てもちょっと無理してそうだなって分かる状態で、その時既にちょっと何も考えずに来たのちょっと後悔しかけてた」
軽森は自嘲するように笑って続ける。
「そしたら、香奈ちゃんの発作が起こって、唯ちゃんと香奈ちゃんのお母さんが対処してるのを傍観してた。本当に情けないことに苦しそうにする香奈ちゃんを前にして俺も内心パニックになっちまった。香奈ちゃんが落ち着いた後も声をかけることも出来ずに、持ってきたお菓子を香奈ちゃんのお母さんに預けて、ほとんど何もせず帰ってきちまった」
次の瞬間には泣き出すんじゃないかってくらい思い詰めた顔で話す軽森。
「それからずっと考えてた。でもこんな俺に出来ることなんて限られてるんだよな」
軽森は自分の両頬を叩いて活を入れる。
「アイドルとしてもっと真剣に活動する。もし香奈ちゃんがBORDERLESSを見かけてくれた時に、元気とか勇気を与えられるように! 今の俺にはこれくらいしかない!」
そう宣誓するように叫ぶ。
「……いいんじゃないか」
どれだけ親身になるのか、どれだけ見守るのか、そんなのに答えはないと思う。まして家族でもない他人には。
「俺は一人の人間としての宮川香奈は知ってるとは言えないけど、アイドルとしての宮川香奈は人よりも知ってると言い切れる。アイドル宮川香奈はきっともっと多くの人を魅了できるはずなんだ。だから俺は彼女が見て『またアイドルがやりたい』って思えるようなアイドルであろうと思う」
人に与える存在であるアイドルとしての一つの模範解答なんじゃないかと思う。
「それは素直に応援するよ」
アイドルでもなんでもない俺にはそもそも選択肢として存在しないやり方。
何がきっかけになるか分からない中で自分なりの方法を取るのは間違いじゃないと思う。
軽森は「ありがとな」と俺に笑い、立ち上がり鞄を背負う。
「じゃあ善は急げってことで。自主練しに行くわ!」
そう言い残して軽森は走って教室を出ていった。
教室は再び静寂に包まれる。
「自分なりの方法、ね……」
俺は重心をずらして椅子に浅く座り、背もたれに体重をかける。
そのまま何を考えるわけでもなく、ただ座ったまま時を過ごす。
「なに一人で黄昏れてんのよ」
そんな声がして我に返る。
声のした教室の入口の方を見ると、黒をベースにピンクのハイライトが入ったベリーショートの少女が立っていた。
「あー……っと」
「玉城理緒菜。名前忘れてんじゃないわよ」
確かネットアイドルだかなんだかだったか。
うろ覚えの記憶を引っ張り出すも、あんまり覚えてはいなかった。
「悪かったな。で、何の用だ?」
「何も用はないわよ。帰ろうとここを通ったら、なんか一人で黄昏れてたから、そんなタイプじゃないでしょって」
「余計なお世話だ」
自分でもそんなタイプじゃないことは分かっている。
事実、別に思い悩んでいた訳では無い。だって何も考えてなかったのだから。傍から見てそう見えただろうことは否定しないが。
「何かあったの?」
「僕も気になるなぁ、それ」
玉城の後ろから桜庭蒼空が飛び出してくる。玉城はぎょっとして飛び退く。
次から次へと集まってくるんじゃねぇ。
「なんであんたがここにいんのよ!」
玉城が怒鳴りつける。
「え? 偶然だけど」
嘘こけ。
玉城も俺と同様の感想を抱いていそうな表情だった。だが、桜庭はそれ以外の言い訳をするつもりもなさそうだ。
「それより修斗君だよ。一体どうしたの?」
面倒くせえなあ……。
諦めてくれないか少し様子を見るが、桜庭も玉城も俺の方を見て俺の返答を待っている。
……まあこいつらなら言いふらしたりはしないか。
俺は諦めて一つため息をついた後、一連の流れを掻い摘んで話した。
「なるほど。それは辛いね……」
桜庭は目を伏せる。
「香奈の自己肯定感がずっと極端に低かったのはそれのせいなのね」
「恐らくな」
自分は可愛くない・アイドルに相応しくないと言動に出ていた部分の原因はこれだと思う。
それでもアイドルになりたいと思う本心の部分が強かったからこそ、宮川はギリギリ正気でいられるバランスを保っていたんだろう。でも今回の件で心にダメージを負いすぎてバランスが崩れた。
「とはいえ心の問題は簡単には解決できることじゃないよ」
「そうね。下手に関わろうとすると悪化することも考えられるわ」
三人寄っても名案が浮かぶわけでもなく、むしろ頭を悩ませる人間が増えただけだった。
「そういえば、修斗君はお見舞いに行ってあげたの?」
ふと思い出したように桜庭が尋ねてくる。
「いや。行ってないが」
「一度会ってみてあげたら?」
いつもの何か企みのありそうな言い方ではなく、純粋な提案のようだった。
「君が思ってるよりも、君はきっと宮川さんにとって特別な人だよ。だから、行ってみてほしいな」
俺は「ああ、わかった」とは返事することはできなかった。
仮に桜庭が言うように俺が宮川にとって多少特別だったとしても、俺自身が宮川に会ってもどうしたらいいのか分からない。
「無責任なこと言うわね。けど、私もお見舞いに行って顔見せるくらいはしてもいいと思うわ。慰めの言葉をかけてあげろとまでは言わないし。貴方が香奈にとって特別だろうが特別じゃなかろうが、友達ならそのくらいはしてもいいんじゃない?」
正論だと思う。
「……考えておく」
それでも首を縦に振るのはまだためらわれた。それに対して玉城は不満そうにしていたが、それ以上言葉を口にすることはなかった。
二人は一通り言いたいことを言って満足したのか、それぞれ挨拶を言い残して去っていった。
俺もようやく帰る準備をして、教室を後にした。
家に帰って、夕飯を食べて、適当に時間を潰して、良い頃合いになったらベッドへと入って就寝した。
◇ ◇ ◇
目が覚めたのは鳴り響くスマホの着信音に叩き起こされたからだった。
ベッドに転がったまま近くのスマホに手を伸ばす。まだ視界がぼやけていて誰がかけてきたのかは見えないが、とりあえず画面を操作して通話に出る。
「はい、もしもし……」
あまりにも寝起きすぎる掠れた声で電話に出る。
しかし、通話の向こう側から返答はない。
間違えて拒否の操作をしたのかと思ったが、耳に当てたスマホから人の呼吸音のような音は聞こえる。
いたずら電話か……?
「あのー、もしもし?」
一応もう一度声をかけてみる。
しかし返答はない。
まだ眠かったのもあり、もういいかと通話を切ろうかと思い立った時だ。
『修斗さん……』
眠すぎて目を瞑ったまま電話に出ていた俺の目が見開く。
聞こえてきたのは宮川の声だった。




