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私立アイドル学園 ~全国からアイドルが集まる学校に一般人として転入して、ひっそりと平穏に学生生活を過ごしたい話~  作者: 天野杓子


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023「アイドル少女、任される」

 その後、時間を置かずに優さんが息を切らして駆けつけてきた。

 ただでさえ血相を変えた状態でやってきたのに、頭からつま先までずぶ濡れで泥で汚れてさえいる私を見て優さんは急激に青ざめる。私を背負ったままの修斗さんに大丈夫なのか問い詰めて「大丈夫じゃない」と返答され、更に慌てふためいて修斗さんに「静かにしろ」と一喝されていた。

 落ちついた優さんは修斗さんの知る範囲の情報を共有してもらっていた。当事者の私が一から十まで話すべきなのに、優さんも修斗さんにしか聞かないし、私が話そうとすると修斗さんに止められてしまった。

 私の様子と共有された情報から、優さんはフェイスシートと水をくれた。フェイスシートで顔を拭いて、水で口をゆすいだ。おぶられたままでやりにくかったけど、修斗さんは下ろしてくれるような気配は全く無かった。

 しばらくすると、パトカーがやってきて警察官が降りてくる。

 神無月さんが警察官に概要を説明。その後、警察官が三人に事実かの確認を取り、三人も特に抵抗することなく認めたようだった。私は警察官に後日事情聴取に来ることを知らされる。話を終えた警察官は三人はパトカーに乗せられて連れて行かれてしまった。

 パトカーと入れ替わりくらいで見るからに高級そうな車が来て、降りてきた女性の運転手の人と神無月さんが二三にさん話した後、私たちの方へと歩いてくる。


「宮川さん、でしたわね。どうぞお乗りになって」


 運転手さんが何やら作業をしている後部座席の方を指す神無月さん。


「ど、どこに行くんですか?」


 これからどうするのかとかは特に話していた様子もなかったから、どこに連れて行かれるのか不安で尋ねてみる。


「病院」


 修斗さんはそう端的に答えると、私を背負ったまま車の方へ向かう。


「あのあのあの! 私、今ずぶ濡れで! しかも泥で汚くて!」

「見たらわかりますわ」


 表情一つ変えずに言う神無月さん。


「いや、私が乗ったら車汚れちゃいますって!」

「後で掃除すればいいですわ。そもそも座席にシーツを敷かせましたし、貴女が車内で暴れたりしなければそこまで酷いことにはならないでしょう」


 修斗さんが車の近くに着くと、運転手さんがシーツを敷き終えてける。

 私はその場に降ろされて、そのまま修斗さんにされるがまま後部座席に座らされる。


「あんた、されたこととか痛みがあるとかは隠さず医者に伝えろよ?」

「こ、子供じゃないのでそれくらい分かってます!」


 あんまりな扱いに憤慨するも、それすら鼻で笑われて車のドアを閉められる。

 続けて運転手さんと、助手席に神無月さんが車に乗り込む。


「では、行きますわよ」


 神無月さんの言葉に運転手さんは頷いて車が発進する。

 後ろを見ると、優さんが手を振っていた。


「座席にタオルと着替えを用意してありますわ。服の方はサイズが合う保証はできませんけれど」


 そう声を掛けられて座席の空いてる側に置いてあるタオルとこれまた高そうな紙袋が置いてあるのを見つける。


「わざわざ運転手も女性を頼みましたし、窓も外からは見えませんので病院に着く前にある程度綺麗にしておきましょう」


 至れり尽くせりだ。しかも私がずぶ濡れだなんて予想できたとは思えないから、あの短時間で全て用意してくれたってこと。私と神無月さんはそんなに関係も深くないのに本当に感謝してもしきれない。


「ああ、対向車からは見えてしまうかもしれませんので、脱ぐ時はそこはお気をつけて」


 そう言われると怖いのだけれど。

 とはいえ、ずっとこのままで居るのも嫌なのは確かなので、隠れながらタオルで体を拭いて用意された服に着替える。

 用意された服、なんかまるで新品みたいだったけど……気の所為せいということにしておこう。


「何から何までありがとうございます」


 着替え終えた私は座席に座り直してお礼を言った。


「木崎修斗に恩を売っておくのは悪くないですから。宮川さんは気にせずともよろしいですわ」


 そう言われると逆に気になってしまう。私のせいで修斗さんに不利益がこうむってしまうのは心苦しい。

 と、そこで私は重要なことを思い出す。


「そ、そういえば、勝負はどうなったんでしょうか?」

「聞きたいですか?」


 聞かない方が良かったかもしれないと思った。

 何故なら、あのタイミングであの場に修斗さんが現れたってことは――


「不戦敗ですわ。彼は勝負を投げ捨てて貴女を探しに飛び出したのです」


 頭が真っ白になった。


「貴女と連絡が取れない、着信も切られてしまった、とご友人から連絡があったようです。開始時間にはまだ時間がありましたが、当時どこに居るか見当もつかない貴女を時間までに見つけて戻ってくるのは現実的ではありませんでしたわね」


 神無月さんが事実を淡々と述べる。


「飛び出そうとする彼を私は勿論もちろん止めましたわ。同時に、時間までに戻れなければ不戦敗扱いだとも」


 あの時、修斗さんが助けに現れてくれて、私は嬉しかった。でも嬉しがっちゃダメだったんだ。本当は、私にだけはそんな権利がなかったんだ。


「そうしたら彼、何と言ったと思いますか? 『好きにしろ』ですわよ? 私、久しぶりに大笑いしてしまいましたわ」


 車内に神無月さんの思い出し笑いが静かな車内に響く。

 私は意を決して、運転席と助手席の間に身を乗り出す。


「あのっ……原因の私がこんなこと言うのも虫が良すぎるとは思います。思うんですけど……もう一度、修斗さんにチャンスを与えてくれませんか?」


 私の言葉を聞いて神無月さんの思い出し笑いが止む。


「残念ですがそのお願いは受け入れられませんわね」


 泣きそうだった。いや、一滴溢れていたかもしれない。


わたくし、彼をチームに入れないことにしましたので」

「へっ……?」


 思わず頓狂とんきょうな声が出てしまう。

 一連の流れを聞いていた運転手さんが「お嬢様、性格が悪いですよ」とたしなめる。


「すみません。あまりにもわかりやすく顔に感情が出てらしたので、嗜虐心しぎゃくしんが刺激されてしまいましたわ」


 口に手を当てて楽しそうに笑う神無月さん。


「えと……つまり……?」


 未だに一人混乱している私は説明を求める。


「木崎修斗は神無月グループのチームに入ることはありませんわ。今回の勝負は私の権限で無効と致しました」


 ようやく思考が追いついて、私は乗り出した体を座席に戻してぐったりする。


「よかったぁ……」


 本当に良かった。もし不戦敗になっていたら自己嫌悪で死んでしまうところだった。


「彼が自分よりも他人を優先する決断をするとは思いませんでしたわ。しかも即断即決」


 神無月さんは感慨深そうに話す。


「最初、彼が飛び出していった時は不戦敗にしてしまおうと思っていましたわ。彼の行動自体に驚きはありましたが、これはツキが回ってきたのだから逃がす手はないと」


 神無月さんのこの間の修斗さんへの執着を見ていれば、そういう決断をしてもおかしくなかったと思う。

 勝負のルールに関しても、素人が聞いても圧倒的に修斗さんに不利な内容。それほどまでに神無月さんは修斗さんにバスケットボールを続けて欲しかったんだ。神無月さんが条件を譲らなかったとはいえ、呑んだ修斗さんもおかしいと思ったけど。


「けれど、貴女を探す手伝いをするために彼について行ってわかりました。彼が変わったから貴女を探す決断をしたのではなく、貴女を探すために彼は決断しただけなのだと」


 ……どういうこと?


「それは何か違うんでしょうか?」

「違いますわ。仮にあそこで行方不明になったのが私や貴女以外の友人であれば、きっと彼はその捜索を他人に任せていたでしょう。多少気にかけることはあったとしても試合を放棄してまで飛び出しはしなかったと思いますわ。つまり、宮川さん、貴女だったからなのです」


 そうなのかな……?

 神無月さんに言われても、私はそれを実感することはできなかった。純粋に信じられないという気持ちと、それを認めるのは自惚うぬぼれてるような感じがして。


「彼と貴女がどのような関係なのかは推し量ることもできませんが、貴女の影響を受けて彼が変わっているのは確かなのだと思いますわ」


 どのような関係というほど私と修斗さんには関係がないと思う。修斗さんが変わるほどの何かをしてあげたような覚えもない。

 むしろ私が変えて貰った方なくらいだ。

 本当に偶々《たまたま》同じ日に転入して、本当に偶々関わることがあるだけの、席が隣のクラスメイトというだけ。


「ずっと自分本位だった彼の性格が、これからどう変わっていくのか大変興味が湧きました。なので今回の勝負は無効として、彼には今の環境を変えずに過ごしていただきたいと思っています」


 神無月さんはこちらを振り返ってほがらかに笑う。


「だから、彼のことよろしくお願いいたしますわ」

「ぜ、善処します」


 私は苦笑しながらそう答える。

 けど、何をよろしくお願いされたのかは全く分かっていなかった。

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