020「一般少年、待ち伏せられる」
冬休みが終わって一週間。
「はあ~。平穏っていいな~」
最早定位置になりつつある俺の前の席に座って、俺の机に頬杖をつきながら軽森はしみじみと呟く。
学園祭後から続いていた仕事の山は片付いたらしく、軽森も藤田も年越し前の忙しない様子ではなくなっていた。
軽森は忙しそうにしたり愚痴を吐いたりはしていたが、どのような仕事をしていたのかは俺自身が興味がなく聞かなかったこともあり詳しくは知らない。
だが、年末年始に自宅のリビングで流れていたテレビを見ればその一旦は垣間見ることができた。テレビに長時間齧りついていた訳でもないのにこれなのだからあの時期は本当に忙しかったのだろう。
「同感だな。たまの休暇なんだからゆっくり休むといいぞ」
俺は席を立ち、鞄を肩にかける。
「え、遊んでくれないのかよ!」
「なんで俺がお前と遊ぶんだ」
今まで遊んだこともないのに。
「俺たち、友達……だよな?」
確かめるように恐る恐る尋ねる軽森。
「知人ではある」
「距離あるぅー!」
軽森が顔を覆いながら叫ぶ。
軽森とは話す回数自体はそこそこあるし、アイドル学園やアイドルについて教えてほしい時に大体近くに居るから、そういう意味では世話になっていると言えなくもない。が、どこかに遊びに行ったりみたいなことはない。
この間のライブもあってか藤田の方が関わった印象があるような気すらしている。
「うおおおお! 決めた! 俺は修斗の知人から友達にレベルアップするぞ!」
そう叫びながら勢いよく立ち上がる。
「そうか。頑張れよ」
「すっごい冷たいじゃん」
軽森が気づいているのか気にしていないだけなのかわからないが、軽森が親しげに話しかけてくる間、クラスのあちこちからちょいちょい視線を感じるんだよな。いくらアイドルが多い学校とはいえ、アイドルでトップ中のトップのメンバーと得体のしれない一般生徒が話していると気にもなるだろうというのは察するに余りある。
最近では俺自身そういう視線に慣れてきたのもそうだし、周り自体も慣れてきたのもあって見られることも減ってきてはいるとは思う。
こういうこともあって、俺の平穏な学生生活が脅かされる可能性のあることに自分から乗り気になることはないということだ。
俺と軽森は教室を後にして玄関へと向かう。
「気づいたら付いてきてるが、どこに引きずり回すつもりだ?」
玄関へと向かいながら隣を歩く軽森に問いかける。
「人聞き悪いこと言うなって。まずは一緒に帰るところから始めようって話」
スキップするような軽い足取りで歩きながら答える。
知人から友達にレベルアップするというのを本気で――しかもまあまあ時間をかけるつもりで実践するつもりらしい。
それから俺達は雑談を交わしながら――ほとんど軽森が喋り倒して俺は適度に相槌を返すくらいではあったが――玄関まで辿り着く。
俺が靴を履き替えていると、「あら~」と最早聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「修くんと優くんも今から帰り~?」
声のした方を見るとニコニコとした藤田。そして宮川が居た。
「そ。俺と修斗、俺が思ってるよりも仲良くないらしいから一緒に帰るところから始めてんの」
外履きに履き替えながら軽森が答える。
「確かに優くんは仲良いと思ってそうだけど、修くんはそうでもないって雰囲気だものね~」
「……やっぱ外からもそう見えてんの?」
酷くダメージを受けたような淀んだ表情になる軽森。そんな軽森を他所に上履きから外履きに履き替える藤田。それを見てなんて声をかけたらいいか困ってそうな宮川。
「その点、私たちはこれから駅前のカフェでお茶する予定だものね~?」
「えっ!?」
軽森との差を自慢するように胸を張る藤田。それを聞いて「嘘だよな?」と言わんばかりの表情を宮川に向ける軽森。
「は、はい! 唯ちゃんおすすめのチーズケーキがあるカフェに連れて行ってくれるみたいです」
急に話を振られて慌てた様子で答える宮川。それを聞いて白目を剥いて固まる軽森。
人気アイドル同士のマウント合戦。いや、こんなしょうもないことでマウント取り合うなよ。
「修斗ぉ……俺悔しいよ……」
「俺は悔しくないぞ」
涙目で訴えかけてくる軽森を一蹴し、玄関から外へ向かって歩き出す。
気づけば藤田と宮川も自然に合流し四人組となった俺たちは軽森と藤田のマウント合戦の続きを聞きながら歩いていた。
「あれ……見かけない人が立ってますね」
学園の校門に近づくと、アイドル学園の制服ではない人物が二人ほど立っていることに宮川が気づく。
「……なんかめっちゃこっち見てないか?」
軽森は額のあたりに手をかざしながら遠くの人物の様子を見ている。
まだ距離があるためはっきりはしないが、二人のうちの一人は腕を組んで仁王立ちしているように見え、その視線は真っ直ぐこちらに注がれているように見えた。
「誰かの知り合いかしら~」
藤田はそう言いながら俺たちに投げかける。軽森も宮川も当然知らないといった顔。
俺も知らん顔ができたらよかったのに。
そんな会話をしながら歩いているうちに間に目視でも顔が分かるくらいの距離になる。
俺はこれから起こるであろうことを予期して一つ大きくため息をつく。
それと同時だった。
「木崎修斗!」
仁王立ちしていた方の人物が馬鹿でかい声で俺の名前を叫ぶ。軽森、藤田、宮川からの視線が注がれる。俺は右手で右目覆うようにして頭を抱え、もう一度ため息をついた。
視線を少し左にずらした先には、気まずそうな顔をして俺を見る美浜琴之助。
こいつ、この間のこと喋りやがったな……。
「貴方にお話がありますわ!」
色ムラのない金髪。ドリルのようなツインテール。水色の虹彩。漫画アニメでしかみないような盛りに盛った見た目。十人に聞けば十人が"いいとこのお嬢様"だと直感で理解できる。
「神無月のお嬢様がこんなところで一体どうしたんだ?」
あくまでしらばっくれるように問いかける。すると彼女は眉尻をぴくりと震わせる。
最近こういうのスルーされてるから直球で効くの久しぶりだな。
「おい、修斗。神無月のお嬢様って……」
いち早く察したような軽森が俺に耳打ちする。それに気づいた神無月が一歩前に出て口を開く。
「申し遅れました。私、神無月朱鷺子ですわ」
そう膝を落としながらスカートの裾を摘むカーテシーの動作で自己紹介をする。
「か、神無月って、あの神無月ですか……!?」
今度は宮川が俺に小声で問いかける。
「神無月グループの社長、神無月宗介の一人娘。母親はイギリス人で、本人も日本人とイギリス人のハーフ。神無月グループ傘下の一つの経営を任されていて、女学生社長という呼び名で有名」
これ以上耳打ちでいろいろ聞かれるのも面倒なので、神無月の知ってる情報をまとめて喋る。
「まだ私のことを覚えていて頂いて光栄ですわ」
神無月は嫌味もなくそう笑う。
見た目も経歴も一度覚えたら忘れたくても忘れられないだろ。
「さて、本題に入りましょうか」
まだ俺以外の三人が呆気に取られている間に、神無月は話を進める。
「木崎修斗、私は貴方を迎えに来ました。貴方のような才能を放って置くほど私の目は節穴ではありません」
あんたの目は節穴じゃないのはわかりきってるから、放っておいてほしいんだが?
本当にどうしてこうなったのか。
美浜に喋ったのが悪かったのか? いや、そもそもあの日バスケをしてたのが悪かったのか? もっと根本的なところで、学園祭に出て体が鈍ってることに危機感を覚えたのが悪かったのか?
「貴方が成葉高校のバスケットボール部に居る間はこういった行動には出るまいと思っていましたが、転校した挙句にその先でバスケットボールもやっていないと知れば私の怒りを分かっていただけますでしょう?」
「分かっていただけません」
「貴方の不安はわかっているつもりです。私は何も成葉高校に戻れと言っている訳ではありません。神無月グループの所有するチームにお誘いしているのです」
「そんなに評価してもらえるのは光栄だね。それで気持ちが変わることはないが」
「どうしたら考え直していただけますか? 貴方の才能は貴方自身が一番よく分かっているのではないのですか?」
「どうしたらも何もない。俺はバスケが好きなだけで、勝つために必死になるのは好きじゃないんだよ」
「そんなッ――」
神無月が返す言葉に詰まる。
数秒の静寂の後、藤田が俺と神無月の間に割って入ってくる。
「ちょっといいかしら~」
藤田の喋り方と雰囲気によって、押し問答で張り詰めていた空気が少し緩む。
「修くんって一体どんな人なのかしら~?」
神無月とその隣の美浜が揃って怪訝そうな顔をする。
「彼がどんな人なのか知らないのですか?」
「そうね~。修くん、自分のこと話したがらないから~」
そう言いながら目を細めて俺を一瞥する。美浜は「人が悪すぎるぞ」と呆れ混じりに呟く。信じられないと言った顔で俺を見る神無月だったが、一つ咳払いをした後に口を開く。
「彼は、過去に二度――」
神無月が話し始めた直後。辺りにそこそこはっきりとした腹の音が鳴り響く。
音のなった方に全員の視線が集まる。
「ご、ごめんなさい……」
そこには両腕でお腹を隠しながら、顔を真っ赤にしてそう謝罪する宮川の姿があった。




