019「一般少年、旧友と出会う」
年が明け、三が日も過ぎ、世間の正月ムードも落ちついてきた頃。俺は屋内のバスケットコートで一人ボールをついていた。
アイドル学園転入前から自主練習の場として使っていた施設で、有料施設だからなのか立地的な問題なのか混雑していることが少ない。そのため、部活が休みの日などはここに通っていた。
部活でいざこざがあってからはバスケ自体から離れていたこともあってここに通うこともなくなっていたが、学園祭のダンス練習をした際に体力の低下をありありと感じてしまい、危機感から週に一度体を動かす目的で再び通い始めた。
今日は三が日直後なのもあってか他の利用者がおらず、実質貸し切りのような状態だった。
適当にドリブルしながらゴール前まで行き、レイアップシュートでゴールに入れる。落ちてきたボールをキャッチして反対側ゴールへ。今度はゴールから少し離れた場所からジャンプシュート。
ほぼ貸し切りなのを良いことに、そうやってコートを往復しながら走り回る。上手くなろうという目的もなく、ただただボールをついているだけの時間。見る人が見たらキレられるだろう力の抜けた動き。
実際上手くなろうとなんて欠片ほども思っていないし、体を動かす目的でしかないから極論外をランニングで良い。それでもわざわざ有料の施設まで足を運んでまでバスケをしているのは好きだから以外の何物でもない。
最早数えるのも面倒になるほどコートを往復した後、一度往復をやめて立ち止まる。
時計を見ると、気づけば一時間くらいやっていたらしい。
俺は壁際に置いていたスポーツドリンクに口を付けて半分ほど飲み下す。
五分ほど小休憩した後、立ち上がってボールをつきながら再びコートの中へ歩く。センターサークルまで着くとゴールを見据える。
手なりでついていたボールを強くつき、ゴールに向かって飛び出す。
それと同時に入口が開く音がして誰かが入ってくる。
俺は一瞬だけ視線を入口に移したが、すぐさま正面に戻し、ジャンプシュートの体勢に入る。
「ああーっ!!」
急にでかい声を出されたせいでビクリと反応して手元が狂う。放られたボールはリングに弾かれ、声を出した人物の元へ跳ねていった。
声の主は転がってきたボールを拾い、自らが持ってきたであろうボールと合わせて両脇に抱える。
「修斗!!」
そう俺の名前を呼んだのは、転校前に同じバスケ部だった美浜琴之助だった。
センターパートのショートヘアで、目も大きめでぱっちりとしている。身長は百五十センチほどで、一見すると女性と見間違えてしまうような容姿。だが、男である。
「美浜か」
俺が顔を見てそう呟くと、美浜は俺のボールを勢いよく投げつけてくる。顔をめがけて真っ直ぐ飛んでくるボールをキャッチして、腰と手首の間にボールを挟む。
「『美浜か』じゃないわぁ!!」
足を踏み鳴らしながらこちらを指さして叫ぶ。関わるのも面倒なので、腰に挟んでいたボールを落としてそのままドリブルへ移行する。
「無視やめい!」
美浜が持っていたボールが投げつけられ、それをひらりとかわす。体育館の奥の方へとボールが転がっていく。
「……何の用だ?」
本当に面倒くさいのだが、無視していても面倒くさい絡みをされ続けるのは変わらないようなので観念して言葉を返す。
「何の用も何も何もかもを聞きたいんだが!?」
何何うるせぇ。
「じゃあ何から聞きたいか言え」
そう投げかけてその場からシュートを放つ。ボールはリングにかすることもなくネットを通過する。
「まず絶対聞かなきゃなんないのは、学校やめた理由だ!」
そう言って美浜は奥へ転がっていったボールを取りに走る。ゴール下で跳ねている自分のボールを取りに行きながら、体育館の奥へ走っていった美浜の様子を見る。ボールをつきながらスリーポイントのラインの外まで歩いた頃に美浜も戻ってくる。
「別に転校しただけで学校はやめてないからな?」
「一緒みたいなものだろう」
全然違うだろうが。印象が。
これ以上訂正するのも面倒になった俺は、小さくため息をつき話を続ける。
「転校を決めた理由は、お前みたいなのがうるさいからだよ」
そもそもの時系列。
高校二年の四月頃、下級生としてバスケ部に入ってきた奴に因縁を付けられたのが始まりだ。
因縁を付けられた理由はあんまり覚えてない。俺が"天才"と呼ばれてたからとかそんなんだったような気がする。天才だと呼ばれてたことに誇りも何もなかったし、それに因縁を付けられることも心底どうでもよかったのだが、それが一ヶ月も続けば流石にウザくもなる。
そんな折に事件は起こった。
試合形式の練習中、そいつは同じチームの俺のプレイが気に入らなかったらしく怒鳴りながら詰め寄ってくる。因縁を付けられ始めてからはずっとこんな感じだったので、いつものように適当にあしらっていたら右ストレートが飛んでくる。当然予期してるはずもなく綺麗に右ストレートを貰う。
ここで終わってればギリギリ平和に終われたのかもしれないが、なんだかんだ俺もイライラしてたんだろう。考えるよりも先に殴り返していた。
こうなっては本当に終わりで、呆然とする他のメンバーをよそにノーガードの殴り合いに発展する。
結局我に返ったチームメイトに押さえつけられる形で騒動は終わり、俺とそいつは仲良く一ヶ月ほどの停学を貰うことになった。
「儂みたいなのって……」
何を言ってるのかわからないといった様子の美浜。
騒動から一ヶ月後、無事停学明けした俺はどうやら部全体から邪魔だったらしく、騒動以前から俺を気に入らないと思ってたらしい当時の部長を中心に迫害のような扱いを受ける。
心底くだらないと思った俺は迷うことなくバスケ部の退部を選んだ。
「俺がバスケやめるの勿体ないって思ってただろ?」
俺は美浜にそう問いかけて、スリーポイントラインの外からシュートを放つ。ボールはリングに二回ほど当たって、ゴールに入ること無く美浜の方へと飛んでいった。
「それはそうだろう! 儂は一年生でスタメンになってそのまま全国制覇したお前の凄さを眼の前で見てきたんだから」
飛んできたボールを片手で止めた美浜は、そのまま床にバウンドさせるようにして俺にパスする。
バスケ部を退部した後は、そこそこ平和な日々を送っていたんだが、どうしても避けられないものもあった。
それは「バスケやめるの勿体ない」という視線や雰囲気だ。
美浜のように直接訴えかけてくるのは勿論、クラスのそんなに話したことない生徒にもなんか心配そうな目で見られたりもした。
「そういうのが面倒になったんだって。そもそもバスケ部に戻る気は全く無いし、それに対して未練もない。けど、俺が何を言っても俺という存在にバスケが纏わりついてくる。だから、俺を知ってる奴が居ない場所に逃げた」
美浜から送られてきたボールをキャッチする。
逃げ道があったのは俺にとって幸運だった。しかもお誂向きに俺の存在を知る人間がいなさそうな上に俺に興味を持つ暇もないであろう人間が集う学校。
まあ実際は超厄介な人間に俺の存在を知られていた上に、俺に興味を持つ人間がちょいちょい居る環境になってしまったのだが。
「そうか。でも……それでも儂は勿体ないと思うけどな」
美浜は自嘲気味に笑って言った。
俺はもう一度スリーポイントラインの外からシュートを放つ。今度はリングにかすらずゴールネットを通過する。
「まっ、別に部活じゃなくてもこうやってバスケ自体はできるしな。試合はできんが」
俺はそう言ってボールを取りに行く。
「もうバスケ部入ることってないのか?」
そう問われて少し思考する。
アイドル学園って部活とかあるのか?
「どうした?」
変なところで固まったのを不思議に思ったのか美浜が尋ねてくる。
「いや……今行ってる学校ってバスケ部とかあるのかなって思ってな」
そう口にすると美浜は訝しげな顔をする。
「通ってる学校にバスケ部があるかわからないことってあるか?」
あるんだよなぁこれが。
実際アイドル学園で部活動とかそういったもののことは聞いたことがないし、そもそもあっても大半の生徒はアイドルなんだから入ってる暇はないだろう。
俺のようなアイドルではない生徒もいるとは聞いているが、俺自身会ったことはないし数もそんなに多くないだろう。そんな少数のために部活動があるのかは疑問だ。
「わからんがたぶん部活動自体ないんじゃないか。聞いたこと無いし」
訝しげだった顔が驚愕に変わる。
「え、お前どんな学校行ってるんだ!?」
「アイドル学園」
美浜の動きが完全にフリーズする。
どうやら処理能力限界を越えたらしい。
十秒ほどの静寂の後、美浜が再起動する。
「えっ……と。アイドルに、なった、のか……?」
未だ美浜のCPU使用率は百パーセント付近を保ったままらしい。
「んなわけない。妹がアイドルやってて、その伝手で転入しただけだ」
「は、ははーん。ほーん、へぇ~」
理解されたのか理解されてないのか判断しかねるような返事が返ってくる。
まあ俺もつい半年前まで同じ学校に通っていた奴が、半年後に再会したときに「アイドル学園に通ってる」なんて言い出したら頭抱えただろうなとは思う。
「応援してる、ぞぉ~?」
「違うからな?」
その後、美浜に俺の現状を理解させるのに一時間ほど要した。




