018「一般少年、クリスマスライブに参戦する」
少し時間を潰してから待ち合わせ場所の最寄り駅へと向かう。
クリスマスの夕暮れ時だからか電車内や駅構内には人が多く、特にカップルのような男女二人組が目立つ。
しばらく電車に揺られ目的の駅へと付いた俺は、ICカードをかざして改札を抜ける。改札から少し離れたところで立ち止まり、藤田との待ち合わせ場所を探す。
いくらか辺りを見回すと、鍔広帽を被り丸メガネのサングラスをかけたウェーブボブの女性がこちらを見て手を振っていた。
恐らくあれがそうだろうと確信した俺はその女性の元へと向かう。
「修くんお疲れ様~」
聞き覚えのある声と口調が聞こえる。俺は「ああ」と相槌を返す。
藤田はポケットからスマホを取り出して、画面の時間を一瞬だけチェックしてから再びスマホをしまう。
「開場時間に丁度いい時間だし、これからまっすぐ会場に向かっちゃうけどいいかしら~?」
「問題ない」
そう返答すると藤田は進む方向を指さしてから歩き出す。十分ほど歩くと目的地と思われるライブハウスが見えてくる。
建物の入口まで来ると、藤田は「ここでちょっと待っててね~」と言って一人中へ入っていく。数分して藤田が外に出てきて、持っているチケットのうちの一枚を俺に差し出してくる。
「はいこれチケットよ~」
差し出されたチケットを受け取り、建物の中へと入る。
中にはまだ開場時間になったばかりだと言うのにそこそこの人が居て賑わっていた。
「修斗さん、唯ちゃん!」
ふと視界外から声をかけられて見やると衣装に着替えた状態の宮川が立っていた。
宮川を視界に捉えた藤田は帽子とサングラスを仕舞って宮川に駆け寄る。
「あら~、香奈ちゃん。可愛い衣装じゃない~!」
宮川の衣装を見た藤田が、数年ぶりに会った親戚の娘を可愛がるように宮川の両頬を両手で挟む。
「い、いはいえす……」
宮川の抗議なのかうめき声なのかわからない声を聞いてハッと気づいた藤田は宮川を解放する。
「ごめんね? 香奈ちゃん」
「いえ、大丈夫です」
両頬を擦りながらもにこやかに笑う宮川。それを見た藤田は「優しい子ね~」と言いながら頭を撫でる。
「お二人とも、今日はわざわざライブに来てもらって本当にありがとうございます」
藤田の手が頭から離れると、宮川は姿勢を正してそう言って深々とお辞儀をした。
「いいのよ~。元々今日はオフだったし、他の予定もなかったからね~」
「俺は半分強引に連れてこられただけだしな」
俺たちの返答を聞いた宮川は、首と両手を横に振りながら大袈裟気味な動きで否定する。
「それでも時間を割いて見に来てもらったということに変わりありませんから!」
宮川の言うことは正しい気はする。藤田に捕まって連れてこられたのは実際正しく、あれがなければこうして足を運ぶことはなかっただろう。ただ、断った場合の藤田に恐怖したからというのは満点の回答ではない。これは"半分強制"と表現した理由でもある。
もう半分の理由は、アイドル自体に興味が出てきたのではないと自分では思っているが、こと今回に関しては"アイドル宮川香奈"が気になったのは間違いない。
それは宮川香奈という人間を知ったからなのか、学園祭で彼女の努力を知ったからなのか。はたまた、自分が救おうと思った人間が本当に救えたのか自分の目で確かめたかったからなのか。
どれが宮川を気になった理由なのかは自分でも答えが出せないし、なんなら全部含めたものが答えなのかもしれない。
「また舞台上でぶっ倒れるのだけはやめろよ」
いろいろ考えてるうちにふとそんな言葉が口をついてしまった。
宮川は一瞬目を丸くした後、胸を張って微笑む。
「大丈夫です! 今日は元気、あります!」
本当は元気がなくてもそう言うだろと思ったが、口には出さず一応は信頼することにした。
「頑張ってねぇ。応援してるから~」
「はい! 唯ちゃん、それに修斗さんも。今日は楽しんでってくださいね!」
宮川はそう言い残して舞台裏の方へと戻っていく。途中、ファンらしき人に声をかけられて軽く挨拶を交わしている様子も見て取れた。
「はあ……いいわね~、香奈ちゃん」
頬に手を当ててうっとりした顔でそう呟く藤田。
「そんなに宮川のこと気に入ってたんだな」
意外、というとちょっと語弊があるが、そんなに入れ込むほど関係値があったり、アイドルとしての宮川を知ってるとは思っていなかった。
「確かに会って半年も経ってないし、特に最近は忙しくて話す機会も少なかったけどね~」
俺自身の感覚と概ねズレてはないようだ。
「やっぱり印象的だったのは学園祭よね」
そういえば、あの日の俺たちの出番の直前は藤田たちのグループだったな。ということはあれを会場のどこかで見てたわけだ。
「まあありゃ嫌でも印象に残るだろうよ」
「んー? ああ、そうじゃなくてね~? 香奈ちゃんのパフォーマンスを見て感動したのよ~」
俺が何を言いたいか理解した藤田はそれを否定する。
「あの日の香奈ちゃんが確かに百パーセントの全力じゃなかったのは私でもわかったわよ? でもだからと言って香奈ちゃんの良さがゼロパーセントだったとは思ってないの」
茶化しもお世辞もない至って真剣な顔でそう話す。
「あんなに飾り気も何もない真っ直ぐで、そして真っ直ぐすぎて危なっかしいほっとけないと思わせる子、私とっても好きなのよね~」
宮川を評する"真っ直ぐ"という言葉、ちょっと前にも玉城がそんなようなことを言っていたなと思い出す。宮川を見て人が持つ印象はほとんどブレがないらしい。わかり易すぎるということでもあるか。
藤田は戯けるような顔で続ける。
「修くんも香奈ちゃんのこと、ほっとけないって思ってるでしょ~?」
「そりゃ視界の隅で危なっかしいことされたら気にもなるだろ」
揶揄うような聞き方をされたことに辟易しながら言い返す。が、藤田はそれに対して「そうよね~」と意に介することもなく一人で喜んでいた。
次第に会場内にも人が入ってきて、満員というほどじゃないもののステージ前のエリアにはファンがびっしりと集まっていた。
すると間もなくステージ上に五人組のアイドルが出てきて会場のファンの歓声で盛り上がる。同時にインストが流れ始めてライブが始まる。
アイドルに詳しくも何ともない俺には当然見たこともないアイドルだったが、会場に居るファンのほとんどは知っているみたいだった。
一曲パフォーマンスを終えた後は、挨拶だったり自己紹介だったり軽い雑談だったりのMCを挟みつつ、二曲目のタイトルコールをして再びパフォーマンスが始まる。終わった後は感謝の言葉を述べて舞台袖へ捌けていく。
一グループの流れは大体こんな感じで、最初に出てきたタイミングでMCから入ったりと順番が違ったりするもののおおよそパターン化されてるみたいだった。
そうしていくつかのグループが終わった後、宮川が出てくる。
それとほぼ同時に藤田が俺の手を掴み、薄く光る棒状の何かを二本握らせる。急な行動に動揺していると次は腕を掴まれる。
「前行くわよぉ」
そう声が聞こえると、とんでもない力で引っ張られる。
『こんにち――えっと、こんばんわですかね。宮川香奈です!』
宮川のMCが聞こえる中、引きずられて観客エリア前列周辺のファンの真後ろまで連れてこられた。
ステージ前のエリアはステージとの仕切り柵の部分に横一列にファンが並んでいる。
これまでの様子を見る限り、最前列付近のエリアは出てくるグループによって多少観客が入れ替わっている。熱狂的なファンがここまで来てパフォーマンスを盛り上げるという流れなのだろう。席が用意されている形態ではないからこそ起こる現象。要するにこのエリアに集まっている人数が精力的なファンの数だと言える。
勿論全てのファンがそうではないだろう。しかし、トップバッターでパフォーマンスしていたグループなどはかなりの数のファンが集まっていたし、会場自体の盛り上がりもかなりのものだった。
会場から出ていく客はいないが、それでもちょっと残酷な文化だなと思うなどする。
『ステージに立つのは半年ぶりくらいなんですけど、間が空いてしまった分今日は精一杯頑張りますので、目一杯楽しんでください! CherryBlossom!』
タイトルコールと同時に曲が流れて宮川が踊り始める。
周りの観客はパフォーマンスに合わせて盛り上げる。隣の藤田も同様だ。
俺はサイリウム――藤田に握らされた棒状のもののこと――を持って周りの見様見真似で動く。
『ときめいてCherryBlossom! 新たに一歩踏み出そう』
サビに入って更に盛り上がる。宮川が取んだり跳ねたりすると衣装が風に靡く。
さっき客席で話した時はアイドル衣装なのは認識していたが、それ以上に何か思うことはなかった。それがステージに実際に立っている姿を見ると随分と受ける印象が違う。
キラキラとした装飾がステージの照明の光を反射して眩しいくらいに輝く。
『まだ知らない景色をひとつずつ見つけたい』
楽しそうに――
『輝いてCherryBlossom! 未熟な今も宝物』
――そう。本当に楽しそうに歌って踊る少女。
『いつの日か実を結ぶその瞬間を信じてる』
気づけば俺はサイリウムを掲げたまま動きを止めて、ステージに立つアイドルに目を奪われていた。
◇ ◇ ◇
「いいライブだったわね~」
会場から出た先で伸びをしながら藤田がしみじみとそう零す。
「修くんはどうだったかしら~」
こちらに背を向けていた藤田が振り返って問いかけてくる。
「"いいライブだった"んじゃないか?」
藤田の零した感想と同じものを返す。
良い悪いを比較できるほどアイドルのライブというものを知らないから曖昧な評価しかできない。BODERLESSのライブと今日のライブは規模感も形態も全然違ったから比べるものではないだろうし。
「香奈ちゃんとチェキも撮ったし大満足よね~?」
藤田はポケットから手のひらサイズくらいの写真を取り出して見せびらかす。
写真には藤田と宮川がツーショットで写っていて、赤いペンで今日の日付と「ありがとうございました!」という文言が綴られている。
それと同じようなものが俺のポケットにも入っている。写っているのは藤田と宮川ではないが。
「あんたが撮れって言ったんだろ……」
「だって言わないと撮らないじゃない~?」
「当たり前だ」
いくらアイドル学園が特殊な学校とは言え、クラスメイトの――しかも異性とのツーショットなぞ気まずいどころの騒ぎではない。
気まずかった雰囲気を思い出して頭を抱える俺を傍目に、抑えきれないといった様子を笑みを零しながらチェキをポケットにしまう藤田。
「修くん、今日は付き合ってくれてありがとねぇ。とっても楽しかったわ~」
「そりゃどーも」
最初は俺を巻き込むためだけの思いつきかと思ってたが、今の藤田本人の様子もそうだし、なんならライブ中からもずっと楽しそうではあった。
俺が全く知らない宮川以外のアイドルのことも知っていた感じだったし、やっぱり藤田自身もアイドルが好きだからアイドルになったということなんだろう。
「また香奈ちゃんのライブがあったら今度は三人でチェキ撮りましょうね~?」
「絶対嫌だ」




