017「一般少年、アイドルについて話す」
暇かと問われても勿論予定があるわけもないため、この方面で断ることはできない。予定があると嘘を押し通す選択肢がないこともなかったが、軽森ならともかく藤田にはその場しのぎの嘘が通るような想像がしにくかった。
前に軽森のところのライブに参加した時の先手を打った手紙の用意は、藤田自身の温和なイメージに似合わず強かで、敵に回したくはないと思わせるのに十分だった。
一応の抵抗として、チケットもないだろうにどうやって参加するのか問いかけてみたが、藤田の「当日券があるはずでしょう?」と一蹴される。更に宮川によるマネージャーへの確認で当日券が販売されることが確定して完全論破される。
そんなこんなで藤田の思いつきにより、宮川の出演するライブに参加することになった。ライブの開場時間が十六時頃かららしく、一度解散してから最寄り駅で待ち合わせることになった。
そんな会話を聞いていた軽森の「ずるい~俺も行きたい~」という恨み言を無視して俺は帰路につく。
家に付くと母さんが昼食を用意してくれていたのでそれを摂る。
「今日の夕方からちょっと予定あるから帰ってくるの遅くなる」
昼食を摂りながら母さんにそう伝える。
この間、連絡しろと言われたからな。あれは『必要ないなら言え』という意味だとは思うが、ライブの終了時間を考えると普段の夕飯の時間までに帰ってくるのは難しいし、かと言って夕飯がいらない訳でもない。
すると母さんは目を丸くして「あらっ」と声を漏らす。
「彼女?」
「違う」
いたずらっぽく笑って言う母さんに対して、即否定を返す。
「そうなの。でも考えてみれば当たり前か。周りはアイドルに真剣な子ばっかりでしょうし、恋愛にうつつを抜かす暇なんてないわよねぇ」
一人で納得した後、つまらないとでも言いたげな顔で昼食の炒飯を口へと運ぶ母さん。
「恋愛にうつつを抜かすアイドルが居てもいいって?」
俺の突拍子もない言葉に思わず吹き出す母さん。
「貴方凄いこと言うわね。いくらなんでもアイドルに興味なさすぎよ」
「アイドルになれるほど魅力的な人間なら恋人が居るくらいおかしくないんじゃないか?」
そう言うと、「そりゃそうだけどね」と呟いて、持っていたスプーンを皿に置いて頬杖をつく母さん。
「アイドルっていうのは、人に元気とか勇気とかいろんなものを与えて、そのお返しとしてファンの人から応援されるものなの。そして貰った応援の声を活力にして、アイドルがまた人に与えてっていうサイクルね。どっちか片方だけじゃ基本的には成り立たないと思うわ」
「それは分かる気がする」
俺はアイドルでもないしアイドルにさほど興味があるわけじゃないから感覚として理解することはできないが、論理的にそうだろうという理解はできる。
アイドルが"与える者"であるのは、一般的な感覚として違いないはずだ。
同時に、人がアイドルを目指すのは与えられて自分も与えたいと思うからだろう。ここはそうじゃない人もいるかもしれないが。
ファンの応援がアイドルの活力になるというのも、アイドル学園に来るまではピンと来なかったと思うが、BORDERLESSのライブの観客を見て少しだけ分かった気がする。
ファンの応援が必要なのも多少は理解したつもりだ。与える側であるアイドルが無償で与え続けるだけだったなら、そんなものは続けられるはずがない。これはここ最近ずっと忙しそうな軽森や藤田の様子を見てて思うことだ。
「この二つの関係と相性が悪いのよ。"アイドルの恋人"って」
なるほど、なんとなく分かってきた。
「応援し甲斐がなくなる、みたいなことか」
「そう。アイドルに恋人が居ることで活動がおざなりになるから~みたいな点よりも、ファンの応援が本当にアイドルの活力になっているのかという疑問。ファン側の心理としては当然と言えば当然ね」
ファンの応援よりも恋人の方が活力になっているのではないか、その疑念が純粋な応援する気持ちを萎えさせるということなんだろう。
「昔から『アイドルは恋愛禁止』なんて言われたりするのにも割とちゃんと理由があるってことよ」
「なるほどな」
俺はそう返事をし、炒飯の最後の一口を口に運ぶ。
「でも私は賛成だけどね。アイドルが恋するの」
母さんは再びスプーンを持って、そのスプーンで俺を指しながらそう発した。
「今までの話はなんだったんだよ」
そう吐き捨て、俺は小さく「ごちそうさま」と呟き、皿とスプーンを持って席を立ちキッチンへ向かう。
「恋人になっちゃうといろいろ不都合があるけど、アイドルが恋するのは別にいいんじゃないってこと!」
「屁理屈すぎる」
その状態はファンの応援が活力になっていないかもしれないという話じゃなかったのか。
皿とスプーンを軽く水で流してから流しにそれらを置く。
「胸のうちに秘めた片思いならセーフよ。実際付き合ってなければ証拠もないし証明も出来ないし」
「それそのうち炎上しそうだな」
そう言うと、母さんは眉を寄せて険しい顔で考える。
「うーん、それはそうかも」
認めるなよ。そう呆れ半分に鼻で笑う。
俺はキッチンを出て部屋に戻ろうとすると、母さんが「あっ」と声を出す。
「晩御飯、用意していいってことね?」
「ああ。そんなには遅くならないと思う」
俺の返答を聞いて炒飯を食べながら「フッフーン」と鳴く――恐らく「オッケー」と言ったのだろう――母さんの返事を聞いて、俺は自室へと向かった。




