015「一般少年、ネットアイドルと出会う」
学園祭を終えてから一週間ほど。
学園祭の結果は終了後の週明けには発表されていて、俺達のグループは特に何か表彰されるようなこともなかった。
アイドルでもないド素人が混ざっていた上に、センターのアイドルがステージ上でぶっ倒れてたらそりゃあ評価もしにくいだろうという話ではある。
学園祭の結果を受けて、宮川は責任を感じていたようだったが、俺自身は最初からそもそも結果が出せるような状況・条件ではなかったと思っていた。学園祭の結果が出てから桜庭に会う機会がなかったから本人がどう思ってるかは不明だが、奴の性格的にも結果に愚痴愚痴言うようなことはないだろうし、まして宮川に不満をぶつけるようなこともないだろう。
宮川がぶっ倒れた件に関しては、イベントの大トリだったこともあってか直後は各所でそこそこ話題になっていたらしく、宮川本人も学園で何人かに心配の声を掛けられていたところを見かけたりもした。しかし、それも数日続いた程度で、学園祭から一週間もたった今では大分落ち着いてそういうこともなくなっていった。
俺はというと、平穏な日々が戻ってきて、学生生活を満喫している。本当に何もない登校して、授業を受けて、帰るだけの無色透明な学生生活。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒が各々放課後の活動に向けて動き出す。
こんな生活もそのうち飽きるかもしれないが、バスケから離れるために自ら選んだ生活であるし、飽きたらその時に考えればいい。
「木崎修斗って人、居る?」
少なくともこの学園では、平穏な日々が俺の意思に関係なく破壊されそうな出来事が向こうから勝手にやってくるのだから。
声のした教室の入口に目をやると、黒にピンクのハイライトが入ったベリーショートで、気の強そうな顔をした女子生徒とばっちり目が合ってしまった。
どうやら俺が探していた人物だろうと確信したようでズカズカとこちらに向かって歩いてくる。そして俺の眼の前でぴったり止まる。
「私、玉城理緒菜。貴方が木崎修斗?」
「はい、そうで~す!」
いつの間にか前の席に座っていた軽森が勝手に返答する。玉城と名乗った女子生徒は軽森を一瞥すると、すぐに俺に視線を戻してじろじろと品定めするように観察する。
「失礼だよ、理緒菜」
凝視してくる女子生徒の後ろから、腰辺りまで伸ばした黒髪に前髪を水平一直線に揃えた女子生徒が現れる。
次から次へと一体何なんだ。
「何よ、結局悠希も来るんじゃない」
悠希と呼ばれた女子生徒は、俺と目が合うと軽くお辞儀をする。
「えっと、初めまして。私は岩井悠希。理緒菜とU-rioという名前でネットアイドルしてまーす」
見た目の清純さからはちょっと外れたような軽い調子で挨拶をする。
「ネットアイドル?」
挨拶の中に出てきた聞き慣れない単語を聞き返す。
「インターネットを主とした活動をするアイドル。彼女たちU-rioにおいては動画サイトで活動してることが多いな。U-rioに関しては、再生回数が一千万を越える動画もいくつも持ってて、ネットでは"超"が3つは付く人気売れっ子アイドルだ」
音声認識型アイドル用語辞典から、疑問点が全て解消される気遣いの行き届いた返答が返ってくる。
自分たちの詳細を説明されたのを聞いた玉城は感心したような声を漏らす。
「よく知ってるじゃない、軽森優」
「軽森君がアイドルオタクが高じてアイドルになったことは有名だから、私たちを知ってても不思議じゃないけどね」
二人の会話を聞いて軽森は小さな声で「あざっす」と呟く。
「それで、そんな超超超人気売れっ子ネットアイドル様が一体何の用だ?」
説明を貰って尚、彼女たちに声を掛けられる理由がわからない俺は、面倒くさくなったので単刀直入に聞いてみる。
「用って言われても一目見ておこうと思っただけではあるのよね。だから別に声かけるまでもなかったけど、コソコソするのが性に合わなかったってことよ」
コソコソ見られるだけだった方がこっちとしては面倒くさくなかったんだが。ただまあ、実際コソコソされたらされたでダルいのは変わらなさそうではあるな。
「学園祭を見て理緒菜と話してたんだ。私たちの代わりに香奈ちゃんと組んだこの人たち誰なんだろうねって」
"学園祭"というワードが出たことで、この二人が誰なのか思い当たった。
「あんたたち、宮川と学園祭に出るはずだった二人か」
俺がそう言うと、玉城は腰に手を当てて鼻で笑う。
「そのくらいは知ってたみたいね。思い出すのおっそいけど!」
一週間ほど前の学園祭後に桜庭と話をした時のことを思い出す。
この二人が、桜庭が言っていた"ビビっときた"アイドル。
「なるほどな。けど、悪いが俺はアイドルでもなんでもない一般人だ。あんたたちが気にかけるような人間じゃないぞ」
教室に現れた時の様子から、恐らく俺の顔も知らない感じだった。万一にでもアイドルだと勘違いされて下手なことに巻き込まれる前に先手を打っておく。
「一般人ねぇ……」
俺の言葉に怪訝そうな反応を見せる玉城。
「アイドルじゃないのは間違いないよ。けど蒼空様と仲良いし、そもそもなんか顔見知りだったっぽいし、一般人かは怪しいな」
こいつ、余計なことを……。
「桜庭君と……? どうして?」
玉城に続いて岩井までもが訝るような表情を見せる。
「仲は別に良くないし、顔見知りだった訳でもない」
「でも転入初日にわざわざ蒼空様が会いに来てただろ?」
気絶してたはずの癖にしっかり覚えてやがる。
話を聞いていた玉城が何か思い当たったように「あー」と呟く。
「ちょっと前に桜庭が二年棟に来たって騒ぎになってたの、木崎に会いに来てたのね」
そんなに――いや、確かにあの時は周りも粛然としてて異様な空気だった記憶はある。むしろあれがあったにも関わらず、学園祭に巻き込まれたこと以外はそこそこ平和に過ごせてたのは幸運だったのかもしれない。
「なんか知らんが俺のことを見かけたことがあったらしいだけで、俺は向こうと全く面識なんてなかったから、一番ビビったのは俺だよ」
「それなのに桜庭君が会いに来るのってやっぱり普通じゃないよね」
岩井が興味深そうに聞いてくる。それを聞いて玉城も頷く。
「そうね、あんた結構面白そうだし、私らの動画出てみない?」
「断る」
食い気味に即答する。
「あーこいつアイドル興味ないっぽいからそういうのは出ないと思うよ。俺個人としてはアイドル好きになって欲しいけどな~」
「え、学園祭は出たのに? どういう理屈よ」
「それはわかんね。実際なんで出たんだ?」
もっともな疑問ではある。しかし説明に困る質問だ。どうしたもんかな……。
「あんたたちが事故に遭った後、うちの担任が宮川のこと探しててな。それを手伝った時に宮川が学園祭に出られなくなりそうって話を聞いたんだよ」
「そっか。あの時期から一緒に出てくれるアイドル探すのなんてほぼ無理だもんね。それで出てあげることにしたんだ」
岩井の言葉に俺は頷く。
"出てあげることにした"というのは若干語弊があるものの、正しい説明をしようとすると桜庭の存在を明かさなきゃならない。学園祭は終わったとはいえ、元々出禁の人間が実は名前と顔隠して出てましたはそれはそれで問題な気がするし。
現状ですらもう一人は謎の存在すぎて、内情を知ってるこっちとしては不自然すぎないかとひやひやしてるところはある。
「優しいところあるじゃない。アイドルに興味ないらしいけど、誤情報?」
玉城が軽森に問いかける。
「いや、アイドルに興味ないのはガチだって! 学園祭に出たのは香奈ちゃんだったからじゃないか!? 転入も同時だったし」
軽森の必死の弁明を聞いた岩井が不思議そうな顔をする。
「木崎君、香奈ちゃんと仲良いんだ?」
「……学園内だと話す機会多い方ではあるが、仲が良いかと言われると疑問だな」
特段意識して仲良くしてるつもりはないが、思えば関わる機会が多いのも事実。学園祭前までは少し関わりがあった程度でしかなかったが。
「でも良かったわ。私らが運悪かったせいで香奈が学園祭出れなくなったら、ちょっと後悔引きずってたかもしれないから」
玉城はホッとしたような顔を見せる。
「ステージで倒れてまた心配することになったけどね」
玉城の言葉に応じるように岩井が口を開く。
やっぱりあれはテレビやら配信にも映ってたんだな。あまりにも直後すぎたから当然と言えば当然か。
「そういえば、U-rioの二人はどこで香奈ちゃんと知り合ったの? それまで一緒に居るところとか見たことなかったのに」
軽森が思い出したように二人に問いかける。
「私らネット活動がメインだし、二人組だしで学園祭出るの面倒だったのよね。一人探すにしても他の子たちと関わりもないし。ただ毎年ファンからは『出ないんですか?』って聞かれるから、一回くらい出るかなって話はしてたのよね」
玉城はそう話しながら俺の隣の空いてる席に座る。
今更座るのか……。
「そしたら悠希が『最近転入してきた子はどう?』って言うからそれで誘ったってわけ」
「宮川のこと知ってたのか」
同クラスならまだしも別クラスにも知られてるんだな。
「香奈ちゃんを知ってた訳じゃなくて、"転入生だから知ってた"ってことだね。こんなタイミングで入ってくるの珍しいんだ。大体の子たちは4月だから」
いつの間にか玉城の座っている席の前の席に座っていた岩井が補足する。
そういえば転入初日に軽森が話しかけてきた時もそんなようなことを言いかけてたなと思い出す。
確かに変な時期ではあったのは間違いない。だが、俺の一般的な学校の基準でこそあるが、たまにあるよなくらいの感じではあると思う。もしかしたらまだ俺の知らないシステムがあって、その兼ね合いだったりするのか?
「なーんだ、U-rioの二人も香奈ちゃんに目をつけてた仲間だと思ったのに」
がっくりと肩を落とすようなリアクションをする軽森。
「目をつけてはなかったけど、今回ので目をつけはしたわよ」
そう語るのは玉城。
「お、マジで。お目が高いねぇ」
「ああいう真っ直ぐ努力する子、嫌いじゃないわ」
"真っ直ぐ努力する子"という評価は個人的には多少複雑だ。もちろん、宮川の良さの一つではあるのは間違いないが、それでああなっちゃ欠点と評されても仕方ないだろう。
「だた、努力の仕方には問題ありね。香奈と学園祭に出た木崎も分かってるでしょうけど」
まるで心内を読まれたかのように振られて喫驚する。
「それはこれから覚えていけばいいと思う。そういうことも覚えられる環境なのがこの学園だし」
岩井も香奈の性格は把握しているようで、その上であまり深刻には考えていないようだった。
「なるほど、努力の仕方ね」
新たな情報をどこかに書き込むように呟く軽森。
おそらく書き込んだ先は脳内なんだろうが。
「さて、私らはそろそろ帰るわ。定期配信の日だし」
そう言いながら席を立つ玉城。続けて岩井も同様に立ち上がる。
「結構楽しかったわ、木崎修斗、軽森優。またいつか機会があれば話しましょ」
「ああ」
そんな機会が来るのかは怪しいが。
そう言ってさっさと去っていく玉城と、数回手を降ってから先に行った玉城を追うように小走りで教室から出ていった岩井を見送る。
「アイドルにモテんなあ、修斗」
「本当にな」
一体全体どうして平穏に過ごすことができないのか。謎は深まるばかりだ。




