表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私立アイドル学園 ~全国からアイドルが集まる学校に一般人として転入して、ひっそりと平穏に学生生活を過ごしたい話~  作者: 天野杓子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/50

014「一般少年、答え合わせをする」

「なんだ居たのか。帰ったのかと思った」


 医務室を出た俺は、そのすぐ先で立っていたステージ衣装から私服に着替えた桜庭と目が合う。


「酷いなぁ。僕がそんな人でなしに見える?」


 わざと軽薄そうに笑いながら桜庭は言う。


「そうじゃねぇよ。日本一のアイドル様はどうせ明日から通常営業だろ? こんな時間にこんな所に居ていいのかよ」

「良くないよ。明日も朝一から忙しいんだから」


 渾身の皮肉も大真面目に返されて、本気で一発殴ったろうかなと思案する。


「ただ、流石に眼の前であんな倒れ方されちゃったら心配にもなるでしょ?」


 "あんな倒れ方"と言われて、ステージ上での出来事を思い出す。

 ステージパフォーマンスを終えて、あとはステージから捌けるだけというところで、宮川はまるで電池が切れたみたいに両腕をだらりと下ろした受け身もクソもない状態で倒れた。

 確かにあれを見て心配にならない人間はそう多くはないだろう。


「まあな。宮川ならついさっき目が覚めたよ。まだ中に居るだろうから気になるなら入ったらどうだ?」


 俺は背後の医務室の扉を指さして桜庭に言った。


「僕がここに来た時、丁度先生と親御さんが中に入ってくの見たから今度でいいかな。今日は早く休んで欲しいし」

「そりゃごもっとも。じゃ、俺も疲れたし帰るわ」


 そう言って歩きだそうとすると、桜庭に肩を掴まれる。


「ごめん、もうちょっといいかな?」


 ――修斗君も僕に聞きたいこととかあるでしょ?

 そう言われて俺達は場所を変えて、学園の庭にあるベンチへと移動した。

 季節は秋。時刻は二十二時を回ろうかということもあり外は肌寒い。ベンチに座った俺は、冷たい空気から逃がすようにポケットに手を入れようとしたところで、自分がまだステージ衣装を着たままだったことに気づく。

 帰る前に着替えなきゃダメじゃねぇか。ごたついててすっかり忘れてた。


「さて、僕から誘ったわけだし、先に聞きたいことがあれば修斗君からいいよ」


 ベンチの隣に座る桜庭が手のひらを俺の前に差し出し順番を譲るような仕草を見せる。

 俺が聞きたいことか……。


「そうだな。まず聞かなきゃならないのは、"何故学園祭に出る"なんて言い出した? まさか俺にアイドルの真似事をさせたかった訳じゃないだろ」


 こんな機会を設けられて、これを聞かずに帰るわけにはいかなかった。今回の学園祭に関して、桜庭はあまりにも意図不明な行動が多い。

 最初は俺への妙な執着の延長かと思ったが、そもそも桜庭自身がアイドルとして忙しすぎて会うことがほとんどなかった上に、実際に顔を合わせている間もそういった行動はなかった。むしろ、期間中は宮川のことの方がよっぽど気にかけていたし、宮川のための行動も多かった。なんなら俺ですら宮川のための行動を実行する駒として使われたきらいすらある。


「まあそうだね。君にアイドルが向いてるとは思ったことはないよ。もしなろうと思えばなるだけならできないことはないと思うけど」


 できないことはないとか、また微妙に訳のわからないことを言い出しやがって。


「じゃあ何故だ? あの時のあんたは宮川のことも全く知らなかったはずだろ」

「それは違うんだよね」


 全く想像していなかった部分で反論されて面食らう。

 桜庭が宮川を知っていた……?


「は? まさかスポーツ観戦に加えてアイドル鑑賞まで趣味だって言うつもりか?」

「流石の僕もそこまで暇じゃないよ。正確に言えば宮川さんのことは名前を知っていたくらいで顔はほとんど知らなかった」


 桜庭でも名前を聞いたことあるくらいの知名度だってことか?

 いや、アイドルオタクだった軽森はまだしも、藤田から宮川を全く知らない様子だった。宮川自身の軽森や藤田への対応を見ても明らかに格上の存在として接しているのは端から見てもわかる。知名度のあるアイドルの振る舞いじゃあない。


「よりもっと正確に言うなら、元々僕が知っていたのは岩井さんと玉城さんの方さ。伊東先生が宮川さんに電話した時に名前言ってたでしょ?」

「……あぁ、宮川と同じユニットで学園祭に出るはずだった二人だな」


 名前は覚えてなかったが、ちぃちゃんが宮川に電話した時と言われて思い出した。


「そうそう。あの二人とは前にイベントで一緒になってね。僕のセンサーにビビっときたのもあって、それからずっと注目してたんだ」


 日本一のアイドルのお眼鏡にかなうアイドル。一体どんなアイドルなのか想像もできんな。


「で、その二人の学園祭ユニットに居たから宮川の名前を知ってたってことか」

「そういうこと」


 なるほど、全く分からん。


「よりわからないな。他のアイドル経由で宮川の名前を知っただけのお前が、どうして宮川が困っているあの場面であんな訳のわからない提案をして、あんな訳のわからない条件を呑む?」


 桜庭は俺の疑問の意味が分からないといった顔で蟀谷(こめかみ)に人差し指を当てて悩む素振りを見せる。


「いやだって純粋に気になるじゃない? トップアイドルになれるかもしれないと思っているアイドルと学園祭で組んでて、更に木崎修斗とも知人のアイドルの卵」

「ちょっとバスケが上手いだけの人間の何がアイドルを測る上での指標になるんだよ」

「でも実際にあんな提案をしてあんな条件を呑んだのは、宮川さんと対面して彼女のことが気になったからだよ」


 呈した苦言を完全スルー決められ、かなりムカついたが今は話の本筋の方が重要だと思い直す。


「センサーって奴か」

「センサーっていうか……。うーん、まあ確かにセンサーといえばセンサーなのかもしれないけど、岩井さん玉城さんとはまた違う感じ」


 ここにきて随分と歯切れの悪い言い回しをする桜庭。

 濁しているというよりは、本人ですらはっきりとしていないぼんやりとした引っ掛かりを感じたということなのかもしれない。


「変な子だなと思ったんだよね」

「極々普通の女子高生って感じだと思うが」

「そういう変じゃないよ。宮川さん本人の言動と纏っている雰囲気のズレが変だと思ったんだよ」


 意味わかんねぇ。

 と、一週間までの俺だったらそう思っていただろう。特に今日の宮川の様子からは尋常ならざるものを明確に感じた。


「率直に言うとさ、アイドル辞めちゃいそうだなって感じたんだよ」

「今日の――いや、思い返せば学園祭期間中はちょっと様子が変だった。ああいうのは辞めるタイプなのか」

「タイプってカテゴライズできるほど見てきたわけじゃないけど。でも、きっといろいろなものに押し潰されてアイドル続けられなくなっちゃうのかもとは思った」


 今日の昼の様子は、まさにプレッシャーやらなんやらに押し潰されてダメになっていくパターンの典型例ってことなんだろう。

 桜庭は続けて口を開く。


「彼女がああなった根本の原因が何かまでは僕にはわかりっこないから、今回は荒療治みたいな方法を取ったけど、効果があったのかはわからないね」


 荒療治とは、試着室に押し込んで服を着せ替えては褒めてを繰り返していたアレだ。

 それまでの宮川は外から見るとなんでアイドルやってるのか分からないほど、自己評価が低かった。自己評価が低い癖に、真面目でひたむきに努力する。努力している癖に、自分が成功する未来を全く想像できていないような言動をする。

 こうして考えてみると、桜庭が言ってたように内と外がズレている。


「それで? 宮川はあんたのお眼鏡にかなったのか?」


 俺の問いかけに桜庭は腕を組んで目を瞑って唸る。


「わからないねぇ。アイドルをこれからも続けられるのか、そもそもアイドル向いてるのかも断言できる感じじゃないね。でも、もう少し彼女を見てみたくなったのは本当かな」

「そりゃ今の宮川にとっちゃとんでもない褒め言葉になるだろうな」


 お眼鏡にかなうとまではいかないものの、日本一のアイドルの興味を引けたなら、多くのアイドルにとって光栄なことだろう。俺がアイドルについて語る意味はわからない話ではあるが。

 すると桜庭は何かを閃いたように「そうだ」と呟く。


「今度から修斗君が宮川さんの様子気にしてあげてね」

「なんで俺が」


 また面倒事を押し付けられる流れなことを察して陰鬱な気分になる。


「ほら、今回のことで君も宮川さんのことをほっとけなくなったでしょ?」

「そもそも全部あんたのせいだろうが」

「えぇー?」


 そんなことないよー、とでも続けそうな口ぶりでにへらと笑う桜庭。

 学園祭に巻き込まれたこと自体は勿論、今日の昼間に一旦スタジオから解散した後「宮川さん、たぶん一人で練習しちゃうだろうから様子見てあげてくれない?」と俺に押し付けてきたのもコイツだ。

 ここ一週間、一連の出来事で宮川にそこそこの回数感謝された気がするが、そのほぼ全てが桜庭の手引きによって起こさせられた行動に起因している。


「でも会って数日な上に忙しくて僕は様子見てあげられないから、修斗君の方が適任じゃない?」


 クッ……もっともらしいこと言いやがって……。


「……はあ。わかったよ。ただ、言っても俺はアイドルじゃない一般人だから、今回の学園祭みたいなイベントには関わりにいったりしないぞ」

「大丈夫大丈夫。お世話してあげてねって話じゃなくて、本当に危ない時に助けてあげるだけでいいから。それに、アイドル関係のイベントだったとしても、彼女にとって君の助けが本当に必要なら今回みたいに君の意思に関係なく勝手に巻き込まれると思うし」

「恐ろしいこと予言をするな」


 本当にそうなってもおかしくない予感が自分でもするのが本当に良くない。どうかそんな未来が来ませんように。

 それから数秒ほど会話が途切れ、話題の終わりを察知した桜庭がベンチに座り直しながら口を開く。


「さて、聞きたいことはまだあるかな?」


 そう問われて少し逡巡(しゅんじゅん)する。


「いや、もうないな」


 いくつかの細かい引っかかりこそまだあるが、おおよその疑問は解消された。納得はしていないが。


「じゃあ、僕からいいかな?」


 うーん……。


「……仕方ないな」

「本当に仕方なさそうにしないでよ」


 こっちも聞きたいことがあったから誘いに乗ったものの、この期に及んで一体何を話したいことがあるのか。


「で、何が聞きたいんだ?」

「修斗君はさ、もうバスケットボールをすることはないの?」


 何を聞かれるのかと内心戦々恐々としていたが、思ったよりもなんてことのないことだった。

 しかし、改めて問われると少し回答に悩む質問だ。


「あー……まあ、ボールを触るくらいはするだろうがたぶんこれはあんたの欲しい回答ではないだろうな。質問への回答なら、『試合に出るようなことはない』になるだろうな」


 俺自身にその気がないのもそうだし、部活やチームに所属していない現状の環境を考えても俺のやる気でどうこうなる問題ではない。


「そっか」


 桜庭は小さくな声で呟くように言った。

 この間のように勿体ないとでも説得されるのかと思ったが、そうではないらしい。

 桜庭は顔を上げて俺に向き直る。


「なら、僕がバスケットボールをする機会を用意したらやってくれる?」


 急に意味不明すぎる。


「せっかく憧れのプレイヤーに会えて知り合いにまでなれたなら、一度一緒にプレイしてみたいなと思うのは当然でしょ?」


 至って真剣な表情を崩さない桜庭の様子から、伊達や酔狂で言ってるんじゃなさそうなのは理解した。


「……その時に気分が悪くなけりゃいいぞ」


 俺がそう答えると、桜庭は少し驚いたような顔をする。


「こう言っちゃなんだけど、即答で断られると思ってたよ」


 失礼な奴だ。とは思いつつ、バスケじゃなきゃ即答で断ってたろうな。


「前に言ったろ。俺は遊びでやるようなあっさいバスケが好きなんだよ」

「じゃあ、何かを賭けたりしたらやってくれないってこと?」


 どうしてちょっと不穏な方向に行くのか。


「別にジュース賭けるとかそんなんなら構わんが。あんたがそう言うってことは、そんなもんじゃないんだろ?」


 俺の「始まったよ……」というような雰囲気を感じ取ったのか、桜庭は慌てた様子を見せる。


「あ、何か思惑があって言ってるわけじゃないよ。ただの確認」

「ロクなことにならなさそうな確認だな」


 どうロクなことにならないのかは、考えたら実現しそうなのでやめておく。

 言霊、とか言うしな。思考に対して引用するのが正しいのかはわからんが。


「そんな疑わないでよ。なんにしてもここからはしばらくは僕も本当に忙しいから、もし機会を用意するにしても先にことになるしね」

「期待せずに待ってるよ」


 バスケをする機会を用意してくれるってのは、実際ありがたい話ではある。

 バスケと距離を置きたいからアイドル学園に来たのは正しいが、それはバスケが嫌いになったからではない。"バスケットボールプレイヤーとしての木崎修斗"が嫌になったからだ。

 まあプレイヤーとしての自分から逃げた先で、プレイヤーであったおかげでバスケに誘われるのは複雑な感情ではあるが。

 当たり前の話なんだろうが、バスケに関わるなら切り離すことはできないものなんだろうなという諦観(ていかん)はある。


「さて、僕は明日もあるし、そろそろお(いとま)しようかな」


 そう言いつつ、桜庭はベンチから立ち上がる。


「修斗君も今回はお疲れ様」

「ああ、お疲れ」


 別れの挨拶を交わし、桜庭はにっこりと笑って手を振ってから校門の方へと歩いて行った。

 俺も帰るか。

 そう思って立ち上がったところで、自分がまだステージ衣装のままだったことを思い出した。


「面倒くせぇー……」


 誰に届くでもない愚痴を呟きながら俺は校舎へと歩を進めて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ