013「アイドル少女、少年と過ごす」
それからしばらく経って。私と修斗さんは二人で特に宛もなく街中を歩いていた。
カレーを食べてその後ももっと話したいという彩華ちゃんたちに連れられて場所を変えようとカレー屋を後にした私たちだったが通行人のファンの方が彩華ちゃんと麻由ちゃんにサインを求めて来た。それに対応したのを見た他のファンの人たちが一人また一人と集まって来てしまい、あっという間にサイン会が始まってしまったという訳だ。流石に道のど真ん中では迷惑なのもあってか二人は場所を移すことにしたようで、その時に私たちとは別れることになった。ついでのように帰り際に「また今度いろいろ話したいから」と言われお二人共と連絡先を交換した。
アイドル学園に来る前の私に今の私の連絡先一覧を見せても私のスマホだと信じてもらえないだろうな。
「さて、残りの時間どう潰すかね」
そんな訳で次の行動が決まらないまま街中を歩いている。
時間的にも十八時までまだ結構あるから何もせずボーっとしてる訳にもいかない。何をしようか考える度に脳裏にちらつく「練習」の文字を何度も振り払いながらいろいろ考える。
「あっ」
しばらく唸っていた私だったが、ふと思い出したことがありその場に立ち止まる。私が立ち止まったのを見て修斗さんも立ち止まる。
私はカバンの中から学園祭のパンフレットを取り出し、パンフレットのタイムテーブルのページを開いて、現在時刻とタイムテーブルを照らし合わせる。
現在時刻が十二時半。タイムテーブルの十二時半の付近に出演する生徒の名前を一人ずつ確認していく。見落としがないように慎重に名前を見て行って、恐らく目当ての名前である『木崎 未来』の名前を見つける。
「あった!」
出演時間を見ると十二時四十五分。もうすぐだ!
「修斗さん!! 学園祭見に行きましょう!」
「は?」
「見たいグループがあるのを思い出したんです!」
私は修斗さんの手首を取ってアイドル学園へと走り出す。
私が見つけた『木崎 未来』の名前が本当に修斗さんの妹さんなのかは分からないけど、修斗さんに確認したら勘付かれてしまうだろうからそれはできない。でもさっき修斗さんに電話をかけてきたってことは出番がある程度近いからなんじゃないかとは推測できる。幸いなことに付近には木崎の苗字が付く生徒は他に見当たらなかった。
中々の全力疾走の末、十分程度で学園には着くことができた。
「はあ……はあ……! ふうぅぅー……!」
着くことはできたが全力で走りすぎて軽く倒れそうになっていた。おまけにさっき食べたカレーが胃に溜まってたせいでお腹もとんでもなく痛い。
「大丈夫かよ……」
同じ距離を走って来たはずなのに、片や肩で息をしながら半分死にそうになっている私、片や軽いランニングでも済ませてきたかのような修斗さん。私も体力に自信がある方ではないけど、それでも人並みくらいにはあるという自負はある。私の体力がないのではなく修斗さんの体力がちょっとおかしいのだ。いや、そうであってほしいと切に願っている。
少し息を整えた後、私たちは学園内にあるライブステージへと向かう。
アイドル学園のライブステージは収容人数二千人ほどの一学園の施設としては異常な――アイドルのための学園であることを考えればあってもおかしくはないのかもしれないが――キャパシティを誇る建物だ。学園の校舎とは完全に切り離されていて『敷地内にあるイベントホール』というのが正しい表現だと思う。
会場へと入ると当然のことながらライブの真っ最中。学園祭はスケジュールの関係で途中で何回か挟む休憩以外ではステージ間のインターバルがほぼない。ステージが終わったら即捌けて次のグループにステージを譲る、次のグループはすぐ準備をしてステージを始める。ステージ上での忙しさで言うなら人気アイドルの単独ライブのようなイメージが近い。
それだけせわしない中でもステージ上では慌ただしい様子は一切見せず、会場と中継越しのファンへアイドルとして最大限のパフォーマンスを行う。祭とは言うけれどアイドルにとってステージである以上ここは戦場でもあるのだ。
会場に流れていた曲が終わり、次の五人組グループと入れ替わってすぐに次の曲が始まる。時間的には恐らくこのグループが修斗さんの妹さんが居るグループのはずだ。
だが、生憎と修斗さんの妹さんの容姿が分からないためステージ上に居る五人のうちがその人であるか分からない。
……ここまで連れてくることに成功しているなら聞いても大丈夫だろうか。
「あの、修斗さん。どれが妹さんなんですか?」
うるさいくらいに大音量で歌が流れている会場で聞こえているか心配だったけど、ちょっと怒ったような「分かっててこのタイミングで連れてきたな」と言いたげな顔で修斗さんが振り向いたため聞こえていたのだと察する。
「右から二番目。黄緑の衣装の奴」
修斗さんは耳元に少しだけ近づいてそう呟いて元に戻る。普通に喋ったのでは聞こえにくいので当然と言えばそうなのだろうけど、修斗さんの顔が急に近づいてきてちょっと驚いたのは秘密だ。
余計なことに満たされた思考を振り払うように頭を数回振ってステージに目を向ける。教えてもらった黄緑の衣装の子に注目してみる。ホールの最後列あたりなのでステージの顔が見える訳もなく、ステージ後ろのモニターにたまに映るので顔を確認する。
半袖ワイシャツに金のラインが入ったベスト。黒のニーハイソックスに正面からだけ脚が見えるようなフィッシュテールスカート。そして要所に金物を使ったステージライトの光に映える衣装。妹さんの衣装のイメージカラーである黄緑の明るさに負けない快活な印象を与えるショートカット。
こう言ってはなんだけど無愛想が服を着て歩いているような修斗さんとは、本当にきっかり百八十度真逆な快活で人当たりの良さそうな子に見える。人によってはステージ上ではアイドル然とした印象でもプライベートでは口数が少ないような人も居るけどそういう感じではなさそう。人より少しアイドルをたくさん見てきた私自身の所感でしかないけど。
最初こそ妹さんに注目して見ていたけどいつの間にかパフォーマンスにのめり込んでいて一アイドル好きとして心を奪われていた。パフォーマンスが終わってステージが暗転してそこでふと我に返る。
私にはこんな風に人を魅了できるようなステージを作り上げられるのだろうか……。
沼に嵌っていくようにネガティブなことを考え始めたと同時に修斗さんに手首を掴まれて引っ張られる。そのままイベントホールの出口へと連れて行かれる。ホールの扉が背後で閉まる音が聞こえたと同時に次のグループの曲がかかり始めるのが微かに聞こえ始めた。
「あの、修斗さん……?」
急に連れ出された理由が分からなくて恐る恐る修斗さんに尋ねる。すると修斗さんはくるりと振り返り、私に人差し指を突きつける。
「こんな風に私はできるのかな、みたいなこと考えてたろ。あんたは天秤に掛けてたもの選んだんだろうが」
いつもと変わらない声のトーンだけど言葉の節々から少し怒ってるのは察することができる。
「ごめ――」
「悪い今のなし。間違えた」
「……え?」
なんだか何が起こってるのかわからないまま混乱していると、今度は修斗さんは右手で目元を覆っていた。
「あの、ごめんなさい。修斗さんの言う通りです。練習のことは考えないって決めたんでした」
「……いや、こっちこそ悪かった。別に怒ってる訳でも謝ってほしかった訳でもないんだ」
気まずい空気が流れる。気を緩めたらまた謝罪の言葉が漏れ出してきそうなのを必死にせき止める。
「自分を信じられずに戦う前に自分で自分を折るってヤツ、嫌いなんだよ。けど今回は宮川自身が折れないようにするための練習って行為を捨てさせてるから不安になるのは当たり前だって話。なのに俺のエゴであんたが折れかかったのにイラついちまった。だから、本当……悪かった」
修斗さんはそう言って頭を下げた。
ここ数日で修斗さんの印象が本当に変わった。最初出会った時は他人に興味がなさそうな冷たさを感じたくらいだったのに。学園祭に出られなくなりそうになっていた私を助けてくれたり、洋服屋では私の容姿を褒めてくれたてシュシュを選んでもらったり、今日は苦しんでいた私に手を差し伸べて励ましてくれた。少し不器用なところはあるかもしれないけれど。
きっとこの修斗さんが本来の修斗さんなんだと思う。……たぶん。
「いいえ。私は修斗さんにたくさん助けてもらっています。今のもびっくりしなかったと言えば嘘になりますけど、修斗さんがいなかったらきっとあのまま底なし沼に沈んでいってました。今回も助けてくれてありがとうございます」
私がお礼を言うと、修斗さんは一瞬ギョッとしたあと息を吐くようにため息をつく。
「……今から悪口言うな」
「えっ」
「あんた、マジで変」
「えっ」
困惑している私に構うことなく言いたいことだけ言って修斗さんは歩いて行ってしまった。
「ま、待ってください! 修斗さーん!!」
私は小走りで修斗さんを追いかけた。それから私達は食堂に行って飲み物を飲みながら休憩することにして時間潰しも兼ねてゆっくりしていた。
食堂内はお昼時を微妙に外した時間なこともあってかそこまで人は多くなく、お昼時に出番だった生徒が数グループほど遅めの昼食を取っているくらいだった。
「あー! お兄ちゃん!」
つまり先程出番だった修斗さんの妹さんは昼食がまだだったという訳で。
食堂の入り口には私達の方を見て大きく手を振っている黒髪ショートカットの少女。
「げ」
呼ばれた修斗さんが妹さんに気づいて知らないフリをするように顔を逸らし、妹さんがそれを見て憤慨した様子でずかずかと歩み寄ってくる。
「げ、とは何よ! 可愛い妹と会えたんだからもうちょっと嬉しそうな顔してよね!」
「ならもうちょっと可愛い妹を演じてくれ。顔を合わせる度に延々と『学園祭のステージは絶対見に来てよね』と言って来ないような妹」
「だって言わないと可愛い妹の晴れ舞台を見に来てくれないじゃん!」
実際私が提案してなければ絶対見に来てなかったと思う。
会話を聞きながら小さくうんうんと頷いていると妹さんと目が合う。
「……あれ、デート中だった……?」
「えっ!?」
「違うが」
突然キラーパスどころかお腹に直撃するボールが飛んできて脳内の私が吹っ飛ばされる。現実の私も少し仰け反っていたかも。
「なんだ良かった。妹の晴れ舞台を見に来ないどころか彼女とイチャイチャしてるのかと思って手が出るかと思ったよ~」
「仮にそうだとして学校の食堂をデートスポットに選ぶような人間が兄でいいのか?」
「まあお兄ちゃんならミリくらいの可能性はあるかもしれないかなって」
「引っ叩くぞ」
傍から聞いてる私の背筋が思わず伸びるほどのドスの効いた修斗さんの声。でも妹さんは特に意に介することもなく「きゃ~こ~わ~い~」と笑っている。
ああ、これ日常なんだ……。
「で、お兄ちゃん。彼女さんじゃないならどういう関係なの?」
「どういう関係って――」
「宮川香奈といいます。修斗さんとは席が隣というだけのただのクラスメイトですっ!」
自己紹介くらいは自分でやろうと修斗さんの言葉を遮る。
「宮川香奈さんですね、よろしくお願いします! 私は木崎未来。もう分かってるかも知れないですけど木崎修斗の妹です! 気軽に未来って呼んでください!」
「はい! よろしくお願いします、未来ちゃん!」
そう自己紹介をしてお辞儀をする未来ちゃん。それを見て私も半ば慌てるようにお辞儀を返す。
「あっ、学園祭のステージ見ました! とても良かったです!」
「本当ですか!? 嬉しいです!!」
「本当です! 修斗さんもそう思いますよね!?」
折角一緒にステージを見たのだから共有したいと思って修斗さんにも聞いてみる。
食堂で頼んだウーロン茶を飲んでいた修斗さんは私に一度目配せした後、ウーロン茶をテーブルに置いた後口を開いた。
「良かったってもな。俺が生で見たアイドルのステージなんてさっきの未来のとBORDERLESSのくらいだからな……」
「ちょっ、そんな上澄みも上澄みと比べるのは私たちに酷すぎない!?」
そうだった。そもそも修斗さんはアイドルにそこまで興味があった訳では無いのだ。
少しの沈黙が流れて私はやってしまったと反省していたが、修斗さんの方からふーんと考え込んでいたような声が聞こえる。
「まあ、そうだな……。歌いながら踊ってステージ上を駆け回ってるのは素直に感心したな」
「……ぷっ。なにそれっ!」
修斗さんが考えた末に出した感想に未来ちゃんは吹き出して笑う。
確かに変な感想ではあるけど、結構本心から出た感想なんじゃないかとも思う。学園祭の練習で修斗さん自身もステージに立つための練習をしていく中でたった一回のステージがどれだけ大変なのか身をもって体感した。今回の私たちは未来ちゃんのグループのような激しい踊りも駆け回ったりもないから、その苦労と比較して感心したということなんだろう。
「お兄ちゃんっぽい感想で笑ったよ。褒めてくれるのは伝わった。ありがと」
「そりゃ良かった」
そう笑い合うところを見て、全く似てないと思っていた二人の兄妹である所以を見た気がした。笑顔は似ていないのに不思議な感じだった。
その後は少しして未来ちゃんのグループの人たちがやってきて、未来ちゃんはそっちの方で昼食を取ると私たちの元を離れていった。まだ十八時まで時間を持て余した私たちは修斗さんの「買いたい物があったのを思い出した」の一言から再び街中へと向かいショッピングモールへ向かった。修斗さんの買い物を済ませながら私も気がついたものを買ったりして気がついたら時刻は十七時を回ろうとしていた。
「す、すみません……。荷物持ってもらって……」
アイドル学園に転入してから環境に慣れたり学園祭準備が始まったりとゆっくりと買い物をする時間なんてなくて、気がついたらリミッターが外れて「ちょっと買い物する」のレベルを超えた買い物をしてしまっていた。その荷物の一部を修斗さんに持ってもらっていた。
「元々時間は持て余しててどうしたもんかなと思ってたくらいだから別にいいけどな。十八時までに終わるのかという不安は多少あったが」
「面目ない……」
しっかりした性格ではない私だけど、それでも修斗さんの前で失態を犯すことが多すぎるような気がする。
そして丁度良い時間になったということで私たちは荷物を持ったまま桜庭さんと約束していたスタジオへ向かっていった。




