第三百八話
お待たせしました。
第三百八話です。
各王国からの代表者達による宴。
言い換えるなら立食パーティと言うべきか、そんな場違いどころではない場所に参加することになった僕は先輩に加えて、シエルさんと護衛となった……まあ、コーガと共に会場へと向かっていた。
「……なんでコーガさんなんですか!? 私、アーミラさんにお願いしたんですけど!?」
「はっはー、俺に魔王様の護衛を一人で任せるのは不安だってよ」
「うぅぅ……貴方、頼りなくて不安なんですけど……」
「おいおい、元軍団長だぞ?」
コーガがそう言うとシエルさんは首を傾げる。
「? ……貴方の強さと人間性は、関係ないと思うのですが?」
「お前、結構口が悪いよな……」
とりあえずは、会場に参加するのはシエルさんとコーガとなった。
まあ、この男は適当なところはあるが、やるべきことはやってくれるだろうからそれほど心配しなくても大丈夫だろう。
「宴というからには、何か着るように言われるかと思いましたが……まさか、団服のままでいいとは思いませんでした」
「ある程度の正装は必要みたいだけどね。私も君も、今の姿が立場としての正装みたいなものだからさして問題はないんだろうね」
先輩は、勇者として着ている白を基調とした戦闘服。
僕はいつもの団服だ。
正直言って、この服装が一番楽なので助かっている。
内心で安堵していると、僕と同化していたネアがフクロウ状態のまま飛び出し、黒髪赤目の少女の姿へと変わる。
「フフフ、パーティとあっては私もドレスを着るべきかもと考えたけど、やっぱりここは貴方と合わせて、団服で行くことにするわ……!!」
『団服っつても、お前の改造してんじゃん……』
「改造じゃないわ。アレンジよ」
それってどう違うのかなぁ。
今のネアは、上は団服、下はスカートという服装で、二の腕部分に切れ込みが入れられたり、ベルトがつけられたりと、僕やローズの団服と違いが見られる。
「どう、可愛いかしら?」
「ん? ああ、似合っているよ。うん」
「まあ、分かり切っているけどねっ!!」
じゃあ、なんで聞いたんだ……?
救命団の団服としては動きにくく、見た目重視のアレンジとも言えるけど……まあ、ネアは後方支援担当だからな、そこらへんは自由にさせてもいっか。
「ウサト君、やっぱり私も救命団に入れてくれないか?」
「突然、どうしたんですか」
「私も団服ほちい」
「動機がアレすぎませんか……?」
先輩は救命団でも普通にやっていけそうではあるけど……この人は勇者だからなぁ。
二足の草鞋を履かせて、負担をかけさせるのも悪いし……。
「正直さ、私にとって今の勇者の肩書ってそれほど意味がないって思っているんだよね」
「え? そう、なんですか?」
「ほら、私ってもう勇者としての使命を終えてしまったし」
「でも他にすることもあるんじゃないの?」
ネアの指摘に先輩は苦笑しながら首を横に振る。
「魔王軍との戦いが終わった今、戦う必要はないんだ。城の仕事も、そりゃあできるけど、私はそういうことをするには向いていないからね」
「……」
「それに、私はレオナのように“勇者”として部下を率いて戦うつもりはない」
できるけど、向いてないか。
先輩の性格を考えると理解できるな。
それに、悪魔という存在はいても、これからは魔王軍のように戦わなくてはいけない相手がいない。
だから、勇者という肩書の意味はそれほどない。
「あ、カズキ君にとっては意味があるよ。なにせ、彼はセリアと、ね?」
「カズキは違う?」
どういうことだ?
しかも、セリア様とってことは……ああ、そういうことか。
「カズキには勇者としての肩書が必要になる、ということですね」
「まだ分からないけれどね。でも、カズキ君とセリアの仲がいいのは周知の事実。なによりロイド様も認めていることだ」
カズキがこの世界に残り続ければいつかはリングル王国の王様になるかもしれない、か。
そんなこと一度も考えたことなかった。
きっとロイド様が治めている今のように良い国になるだろうな。
「だから、救命団にですか」
「うんうん」
「……うーん」
思っていた以上に込み入った話になってきたな。
これは、僕の一存じゃ決められないな……。
「ロイド様は、私の自由にするといいと言ってくれた。後は、君とローズさんだね」
「……僕としては、止める理由もありませんね」
「まあ、そんな理由があったら……ねぇ」
『結構、考えてんだなお前』
「私の評価、低すぎない……?」
ネアとフェルムの評価に先輩は頬を引き攣らせる。
「さっき団服が欲しいと言ったのは半分本音で半分冗談だけど」
『半分本気なのかよ……』
「戦うためではなく、人を助けることをしたいというのは本心だよ。私は……できるなら、もう誰の命も奪いたくはないからね……」
魔王軍との戦いの時の話、か。
勇者として戦った以上、襲い掛かってくる魔族を手にかけることは避けては通れないことだったけど……。
思いつめた面持ちになってしまう僕に先輩が、慌てながら人差し指を立てた。
「そ、それにさ、訓練するにしても私の魔法の特性上、訓練の相手になる人が限られてしまうんだ」
「あー、さすがに一般の騎士さんでは雷獣モードを使った貴女の訓練は難しいでしょうね」
城で先輩と模擬戦ができる相手といえばカズキとシグルスさんだろうか?
二人とも忙しい身だから、時間も限られてしまうのだろう。
「うん。正直、ここでの模擬戦で久しぶりに雷獣モード3を使ったんだ。それまでは、満足に訓練できなくてね……あはは」
「満足に、訓練……できない……!?」
先輩の現状が僕が想像していた以上に深刻なことに気付き、ショックに口元を押さえる。
「それは……辛いですね……本当に」
「初めて君にそんな顔をさせてしまったような気がする」
『こいつ訓練バカだからな』
先輩が勇者としての肩書をなくす、か。
普通ならそんな簡単に外せないと思うだろうが、ロイド様は僕達の意思を尊重してくれる方だから、許可してくれてもおかしくはない。
「よし分かりました。僕から団長に推薦をしましょう」
「本当に!?」
「救命団副団長の肩書にかけて……!!」
「な、なんか、そこまで賭けられると逆に怖くなってくるんだけど……」
一応、僕も怒られる覚悟を決めなければならないな。
「救命団の所属が魔境化してるのは気のせいかしら……?」
『元からだろ。ローズとこいつがいる時点で、今と状況は変わらん』
「でも、そろそろ部屋が足りなくなるわよね。そろそろ、もう一つ宿舎を作ってくれないかしら」
とりあえずこの話はここまでにしよう。
先輩も大変なんだなぁ、としみじみと思いながら僕はなにやら失礼なことを口にしているフェルムに話しかける。
「フェルムは外に出なくても大丈夫なのか?」
僕と同化しているフェルムに声をかける。
『ああ、平気だ。飯があったらのせた皿ごと同化させろ。中で食うから』
「ははは、なんでもありだな」
『……いや、お前だけには言われたくないんだけど……』
「マジなトーンで返すのはやめろ」
こっちが真顔になったわ。
肩を落としながら、今一度メンバーを確認する。
シエルさんにコーガ。
そして、先輩にネアに、フェルムと同化した僕。
「まあ、今くらいは肩の力を抜くか……」
今日までずっと気を張り詰めていたし、少しくらいは休息を取るのもいいだろう。
そう思いながら僕は、会場へと進んでいくのであった。
●
到着した会場――というより、会談で用いられた建物の内部に作られた大広間に到着すると、既にその場にはたくさんの代表の人々が集まっていた。
僕達が到着してからすぐに宴が始まるようで、最初にミアラークの女王であるノルン様が、用意された壇上に上がり挨拶を行った。
『此度の会談。多くの問題こそありましたが、今日この時を迎えることができたことをとても嬉しく思います』
それからノルン様、ロイド様と挨拶が続いた後に、会場の奥からたくさんの料理が運ばれてくる。
『驚きだ。君は本当に人間なのか?』
『魔力回しは、歴史的に見て大きな発見となるでしょう。お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?』
『実は亜人とのハーフだったりしない?』
『治癒魔法とは?』
『正直、人間離れした動きだった……』
話しかけられる人たちの話の半分が僕が人間かどうかを疑う話なのはどういうことなんだ。
ある程度来るとは思っていたけど、半分は多すぎじゃない?
「ほら、フェルム」
『ありがと』
皿に適当に料理を盛りつけた僕は、壁際に移動し団服の裏側の闇魔法に皿を飲み込ませる。
内側から引っ張られるように皿が消えたところで、僕は手に持った飲み物を口にする。
「はぁぁぁ、慣れないなぁ」
『むぐぐ、大変だな』
「代わって欲しいよ、まったく」
『ムリだから諦めろ。……コーガとシエルは?』
「近くにいるよ」
僕から十メートルも離れてない場所で、シエルさんはぱくぱくと料理を口にしている。
どことなくコーガのげんなりとした様子からして、中々に振り回されてるように見える。
先輩とカズキは、ロイド様に付いているだろうし……ん?
「ネアは……?」
『そういえば、あいつどこ行った』
さっきまで近くにいたのにいつの間にかいなくなっている。
その場で会場内を見回していると、すぐにネアを見つけたが……何やら、三人ほどの男性に話しかけられているようだ。
口説かれてでもいるのだろうか?
『あの方です』
『『『えっ』』』
ん? なんで僕を見る?
作り笑いを浮かべたネアが掌で僕を指し示したことに疑問に思っていると、三人から離れた彼女がこちらへ戻ってくる。
「ふぅ、生まれ持った美貌って罪よね」
『ウサト、こいつ闇魔法でぶん殴っていいか?』
「やめなさい。それで、なにかあったのか?」
「見たまんまよ。口説かれちゃったのよ」
まあ、ひいき目なしに美少女だもんなこいつ。
ちょっとポンコツなところはあるけども。
「え、じゃあ、さっき僕の方見て何て言ったの?」
「え、貴方がご主人様って。そう言ったら諦めてくれたわよ」
「誤解されすぎる事実を口にするな!?」
前提として君が魔物だってことが分かってなきゃ絶対勘違いされるやつじゃん!?
そりゃ使い魔と主の関係なんだから間違いじゃないよ!?
でも君、人の姿だから僕があらぬ認識を持たれることになるって思わないのか!?
「おう、ウサト」
「っ、ハロルド様、オウカ様」
額を押さえている僕の元にニルヴァルナ王国の王様であるハロルド様と彼の息子であるオウカ様がやってくる。
どうやらハイドさんはこの場にいないようだ。
「この場に貴様がいると聞いてな。最後に顔を合わせようと思ったのだ」
「申し訳ありません。本来はこちらから伺うべきでしたのに」
「このような場に不慣れなのだろう? この程度のことに目くじらを立てる俺ではない」
心が広いなぁ。
感嘆していると、オウカ様が僕の隣にいるネアに気付く。
「おや、ウサト。そちらの少女は?」
「ああ、彼女は……」
見た目じゃ絶対分からないだろうし、ここはちゃんと使い魔として紹介しておくか。
そう考えていると、何を考えたのかネアが僕の腕に抱き着いてきた。
「妻です♪」
「は!?」
弾んだ声で爆弾発言を飛ばしたネアに僕だけではなく、ハロルド様とオウカ様も固まる。
「「……」」
どうしてくれんだ君、この空気。
ぴしり、と空気が凍ったことにニヤリと笑みを浮かべたネアは、すぐに腕から離れる。
「冗談。実は使い魔でーす」
ぽんっ、という軽快な音と共にフクロウに変身したネアが僕の肩に留まる。
それに目を丸くさせたハロルド様だが、すぐにくつくつと笑みを浮かべる。
「まさか、噂に聞いていた人型の使い魔か。俺がまったく気づけないとは」
「そんなにすごくないですよ。ただの300歳児のポンコツ吸血鬼です」
ばしーん!! と頬を翼で叩かれるが無視。
効かないと分かったのか、今度は嘴でカカカッ、とキツツキばりに頬を突いてきたが、これも無視。
「仲も良好、か。人型の魔物は数も少なく、使い魔になった例自体少ないはずだが……」
「無理やり契約させられたようなものですけどね……ははは」
本当に僕の意思とか関係なしに契約させられたからな。
今となって、ネアがいてくれてよかったとは思ってはいるけども。
「ウサト」
「はい? なんでしょうか? オウカ様」
「様はつけなくてもいい。義兄上でも構わないぞ」
やっべぇ、義弟にされる。
これはいよいよはっきり断った方がいいかもしれないな。
すると、今度はハロルド様が険し気な顔で話しかけてくる。
「先日の活躍をこの目で見て確信した。ウサト、娘をもらってはくれないか」
「そんな深刻な顔で言われても……申し訳ありませんが……」
すっごい切実な表情をさせられたんですけど。
ニルヴァルナもやべぇけど、ハロルド様にこんな顔をさせてしまう娘も相当やばくないかこれ?
くっ、こうなったらコーガを生贄に捧げてこの場を逃れるしか手はない……!!
「おっと、そこまでにしておけ、ウサトが困っているじゃないか」
「む、貴様は……」
第三者の声。
僕とハロルド様がそちらを振り向くとそこには見知ったお方が立っていた。
「ルーカス……! この狸め……!」
「随分と面白い話をしているじゃないか、ハロルド。いや、筋肉ジジィ」
とんでもない罵倒が口から飛び出したんですけど!?
場所的に隣国でもおかしくない位置にあるサマリアールとニルヴァルナ王国の二人の王が、火花を散らすように睨み合っている。
……地獄絵図かな?
『この隙に離れたほうがいーんじゃないかー?』
「そうしようか」
「そうした方がいいわね」
いつの間にか人の姿になったネアと共に静かにその場を離れる。
失礼かもしれないが、なんとなくこのお方たちにはこれくらいが丁度いいかなと思えてしまった。
本当に失礼だけれども。
「おい、シエル。お前食いすぎだぞ」
「今のうちに食べておかなきゃやってられませんよ……!」
「お前、普段どんだけストレス溜め込んでんの……?」
一方のコーガは、皿一杯に盛り付けた料理をものすごい勢いで食べているシエルさんにドン引きしていた。
あいつもあいつで大変だな……。
良くも悪くも場をかき乱していくネアでした。
先輩の“異世界を楽しみたい”という根本的な考えと、勇者としての立場は地味に噛み合っていないので、いっそのこと勇者としての肩書を降りてしまおうという結論に至った先輩でした。
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