第三百九話
前日に引き続き、二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
第三百九話です。
宴は本当に大変だった。
ルーカス様とハロルド様が火花を散らしながら笑顔で口論を交わしていた時なんて、本当に生きた心地がしなかった。
その場から離れていたおかげで会話はあまりよく聞き取れていなかったが、恐らく僕に関わることが話されていたことは確かだろう。
状況が落ち着いた後は、僕から今回、最も苦労したと思われるノルン様に挨拶しに向かった。
間近に見たら、目の淀み具合がカロンさんが暴走していた時くらいにやばかったので、了解を取ってから握手をする一環で治癒魔法を施した。
その後も、代表者の方たちに話しかけられたりもしたわけだが……なんだか普通に訓練する以上に疲れてしまったような気がする。
「アマコはナギさんと一緒に一旦里帰りするんだね?」
「うん」
宴を終えてから一日が過ぎた。
会談を終えた各国の代表たちはそれぞれの国に帰る中、ヒノモトへ帰るハヤテさん達についていくアマコの見送りに僕は来ていた。
港に停泊している船で、ナギさんの隣にいたアマコは僕の言葉にこくりと頷いた。
「そろそろ母さんにお仕置きしてこなくちゃ」
「どういうこと……?」
「気まぐれに街を徘徊してハヤテさんを困らせてるから、娘として怒ってくる」
あー、ハヤテさんも苦労してたもんなー。
まあ、アマコと久しぶりに会えるというならカノコさんも嬉しいだろう。
「ウサトは魔王領に向かうかもしれないの?」
「あれ、知ってるの?」
「ううん、そういう話があるって聞いたから、選ばれるならウサトかなって」
「正解。でもあまり言いふらさないように」
「分かってる」
まあ、別にすぐ行くって訳じゃないんだよな。
短くて半月後くらいなので、帰ってからも時間はある。
「ナギさんも久しぶりの故郷を楽しんできてください」
「……」
「ナギさん?」
ナギさんに声をかけてみるともなぜかボーっとしている。
彼女にしては珍しいなと思いながら、もう一度声をかけてみると彼女はすぐにハッと我に返る。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、ああ、ごめん。聞いていなかった」
「……。なにか気がかりなことでもあるんですか?」
この人がボーっとしているなんてあまり考えられない。
そう確信した僕は、そう尋ねてみる。
「……。殺された悪魔のことなんだけど、さ。やっぱり誰がそいつを殺したのか気になっちゃって……ね」
「悪魔を殺せるのは、ヒサゴさんの光魔法による系統強化だけだった……という話でしたからね。もしかしたら、彼は――」
「いや、それはない。絶対にそれはないよ、ウサト」
生きているのかもしれない、と口にしようとするとナギさんが違うと断言した。
「ヒサゴの持つ技なら可能だろう。彼の系統強化は、敵対者の生命エネルギーすらも自分のものにすることもできる。……でも、あいつは頑固で、いっつも暗いし、おっさんだし、食べれるものだったら虫でも食べるやばいやつだし……」
「カンナギ、数百年ものの愚痴が零れてる」
「ああ、ごめんごめん」
なんかこの怒涛の不満の言葉に親近感を覚えてしまった。
僕もナックとアマコに、同じような感じのニュアンスで言われたことがあるからな……。
「でも、どれだけ腐っても根っこはお人よしなんだ。それに、あいつは私に未来を見ろって言っていたから……あいつ自身は、長く生きるつもりはなかったんだと思う」
「そう、ですか」
長く生きるつもりはなかった、か。
彼の過去を魔王に見せられた身としては、彼のその後の話が気になるが……ナギさんが封印され、一人になってしまった彼の行く末を考えると……。
「本ッ当に腹の立つ奴だよね……! あのオッサン……!!」
「えぇ……」
目を剣呑なものにさせたナギさんの言葉に唖然とする。
「だって、私、封印されなかったら姉さんの婚約を祝うはずだったのに……!! 目が覚めたら、あれだよ!? こんなちっちゃくなった姉さんを見て、すごく混乱したんだよ!?」
「小さい? 今、小さいって言った? ねえ? カンナギ?」
「まさか、姉さんの子孫だったなんて……! しかも、私の技が今も残っているし、傍迷惑な魔王が復活してるとか、その上、目覚めた私の他にもう一人の私っぽい人格の魂がいるしでもう色々ありすぎて混乱しまくりで大変だったんだよ……!!」
そ、それは大変そうだ。
剣呑な雰囲気を放つアマコとナギさんの間に入りつつ、苦笑する。
「……ごめん、取り乱した……」
「ナギさんが大変な目に遭ったことは分かってますから。気にしていませんよ」
「私は気にしてる」
さらりと根に持つアマコ。
「確実に言えることは、ヒサゴがこの時代にまで生きているとは思えない。だからこそ不可解なんだけれど……」
「ヒサゴさんの魔法以外にも、悪魔を滅ぼす方法があったとか……?」
「それもありえるね。……まあ、こればっかりは今考えてもどうにもならない。そういうのは、ファルガ様や魔王に任せよう」
それもそうだ。
ファルガ様も魔王も頭がいいからな……。
「ヒノモトですが、やっぱりナギさんにとっても楽しみですか?」
「大分様変わりしていると思うけどね。ははは」
ナギさんにとっても思い出深い場所だろうからな。
「とりあえず、カンナギはリンカの実家に連れて行こうと思う。そこでカンナギの像を見せる」
「本当にやめてね!? 私、悶え死んじゃうからね!?」
「ははは」
そういえばナギさんの銅像があったなぁ。
本人からしてみれば、自分の銅像が作られているって中々に複雑な心境だろう。
「アマコとカンナギの見送りかな?」
「ハヤテさん、リンカ」
「やっほー、ウサトー」
二人と話していると、この場にハヤテさんとリンカがやってくる。
ウキウキした様子でこちらに駆けてくるリンカに微笑ましい視線を送るハヤテさん。
「いやぁ、問題こそ起こったがこうして無事に会談を終えることができてよかったよ」
「お互いに、大変な会談でしたね……」
「ははは……」
獣人族の長としてこの場にやってきたからな。
周りの偏見や差別も合わせて、精神的に辛いものもあったはずだ。
「私は会談の時にいなかったけど、ウサト凄かったんだよね!」
「そこまでじゃないよ」
「絶対嘘だね!」
「どうして断言するの……?」
しかも笑顔で嘘だとリンカに言われてしまった。
あれか? 治癒飛拳の元となった技、治癒キャノンを編み出した時のことを言っているのかな?
この子今でも僕が拳圧を放ったと思っているの……?
「くっ、マスコット共の悪意ある言葉よりも、純粋なリンカの言葉が心に響く……!!」
「そう言われるウサトに問題があると思うの」
「お黙り……!」
さらっとツッコミをいれるアマコに返事をしながら、苦笑しているハヤテさんへと向かい合う。
「……そろそろ出発ですか?」
「ああ。君の方はどうかな?」
「僕もこの後に。また二日間魔王と同じ船の中ですよ、ははは」
「た、大変そうだね……」
あの人、なんか戦いが終わってから開き直っている節があるからな。
僕を弄んで楽しんでいるのだ。
「あの人、すっごい性格悪いんですよ? 絶対僕を玩具か何かだと思ってますよ」
「ウサトの行動は見てる分には、楽しそうなのは分かる」
「おっと、君も魔王かな?」
まさかアマコに同意されるとは思わなかったぜ。
がっくりと肩を落としていると、アマコ達の乗る船が汽笛を鳴らす。
「時間だね」
「ええ」
「君とまた会えてよかった」
ハヤテさんの言葉に頷く。
彼と、ナギさん、そしてアマコとリンカが船に乗り込んでいく。
「またね、ウサト」
「じゃあねー!」
アマコとリンカに手を振りながら、彼女達を見送る。
ハヤテさん達が乗り込んだ船が湖の中を進み、先の対岸の方へ進んで行ったところで僕は、その場を離れて僕の乗る船へと向かう。
船着き場自体はそこまで遠い場所にあるわけじゃないのでゆるやかな足取りで進んでいると、僕と同じ方向に向かう三人の人影がいることに気付く。
「……あれ? レオナさん、カロンさん?」
歩いていた三人のうち二人はレオナさんとカロンさんだ。
レオナさんは、帰りの船でも同行する予定なんだけど……カロンさんは見送りに来てくれたのだろうか?
「お、ウサト。今、君の見送りに行こうと思ったんだ」
「あ、ありがとうございます、えぇと、そちらの方は?」
もう一人はレオナさんとカロンさんと同年代に見える、亜麻色の髪とおっとりとした雰囲気が印象的な人だ。
カロンさんは僕に後ろにいる女性を紹介してくれる。
「こいつは妻のミルファだ。君と顔を合わせたいって聞かなくてな。見送りがてら連れてきたんだ」
「はじめまして、ウサト君」
「あ、はじめまして、ウサトです。そうですか、貴女がカロンさんの……」
話には聞いていたけど、美人な人だ。
慌てて挨拶を返すと、カロンさんがからからと笑顔を浮かべる。
「そんなにかしこまらなくてもいいぞ。こいつ、元は俺とレオナと同じ騎士だから、結構凶ぼ——」
おっとりとした笑顔のまま、おもむろに後ろを振り向いたミルファさんの掌底がカロンさんの腹部に直撃する。
あぁ、尻に敷かれてるってそういう意味だったんだ……。
「カロン、私言ったよね? 彼は貴方の命の恩人なんだから、ちゃんと挨拶したいって」
「お、おお、悪い」
呻くカロンさんに話しかけるミルファさん。
レオナさんとカロンさんと同じ騎士というからには、実力的にも凄いのかもしれない。
実際、さっきの掌底はすごかった。
「相変わらずだな、こいつら……」
「珍しいことではないんですね」
「ああ」
二人のやり取りを見て呆れたため息を零しているレオナさんに声をかける。
彼女は苦笑しながらも頷く。
「こういうところも含めて仲がいいということなんだろう」
「はは……」
「それを間近でずっと見せられると流石にイラっとするがな」
「……」
さりげなくレオナさんの本音が垣間見えたような気がした。
ここはスルーしておこう……。
すると話を終えたのか、ミルファさんがこちらを振り向くと、深く頭を下げてきた。
「カロンが我を忘れてしまった際は本当にありがとう。君のおかげで、夫は命を落とさずにここにいてくれてるから……」
「いえ、そんな……」
驚く僕に、ミルファさんは続けて話す。
「思っていた以上に、普通の子でびっくりしたよ。もう、カロンもレオナも大袈裟に話すものだから……」
「よ、よく言われます。……ちなみにレオナさんはなんて?」
「ウサト!?」
びくりと肩を震わせたレオナさんに気付きつつ訊いてみる。
「いつも予想外の行動に出るから目が離せないって」
「レオナさん、なんかすみません……」
「い、いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだぞ!? おい、ミルファ!」
「ふふふ、ごめんなさいね」
普通に心配されているだけだったぜ……。
いつも見た目で騙すとか、化物、怪物、オーガだとか、最近は、悪魔とか悪魔殺しとか滅茶苦茶になってきているし。
向かう場所も同じことだし、僕はカロンさん達と共に船着き場へと向かうことになった。
「これからが大変だな、ウサト」
「……ご存知なんですか?」
「ああ、ファルガ様からな、魔王領に派遣とは大変だろう」
「とんでもないところに派遣されるんだね……」
カロンさんとミルファさんの言う通り、大変なところなのは確かだ。
つい半年ほど前は敵地だった場所に派遣されることになるのだ。
きっと、沢山の問題が立ちはだかるだろう。
「僕としては怖がられてないか不安でもありますけどね」
「君の人柄はよく知っている。うまくやれるさ」
「ありがとうございます」
そうか、カロンさんは知らないのか。
まあ、うん……知らなければそれでいいな、わざわざ教えるほどでもないし。
「あっ……」
「……レオナ? どうしたの? そんな察したみたいな顔して」
「い、いや、なんでもない」
どうやら、レオナさんは僕が怖がられているかもしれない理由を察したようだ。
半分魔王のせい、もう半分は僕自身の自業自得とも言えるけど、魔族の人たちには悪魔として認識され怖がられてしまっている。
魔王は面白半分だが、僕にとっては早く誤解を解きたい気持ちだ。
「まあ、僕もリングル王国、救命団の副団長です。派遣された先でも、僕は僕で救命団としての活動を行っていくつもりです」
「はっはっはっ、その意気だ」
僕の背中を軽く叩いたカロンさんは明るく笑いかけてくれる。
そこでようやく、帰りに乗る船へと到着する。
船の前には、フェルムと……なぜか頭の上にフクロウ状態のネアを乗せている先輩の姿が見える。
「ウサトのやつ、やっと来たぞ」
「あ、おーい! ウサトくーん!」
手を振ってくれる先輩に手を振り返しながらその場に到着すると、先輩の頭の上に乗っていたネアが僕の肩に飛び乗る。
「遅いわよー」
「ごめんごめん、少し長話をしちゃってね」
ネアに謝っていると、次にフェルムが話しかけてくる。
「アマコは無事に出発したか?」
「ああ、ナギさんもいるし心配はないと思うよ」
「お前の荷物はもう積んだ」
「え、そうなの? ありがとう、フェルム」
「……なんかこのやり取り見てると、いい意味で普通じゃない子ってのが分かるね。ちっちゃいフクロウと魔族の子と親し気に話してる……」
「そうだろう?」
「なんで貴方が誇らしげなの……?」
フェルムに答えながら、僕はカロンさんと彼の奥さんであるミルファさんのことを先輩達に紹介する。
先輩はミルファさんがカロンさんの奥さんだってことに驚いていたようだ。
「では、そろそろ僕達も出発します」
先に先輩達を船に乗せてから、僕はカロンさんとミルファさんに別れの挨拶をしていた。
カロンさんが僕の肩に手を乗せ、人の良い笑みを浮かべる。
「気をつけてな」
「今度は落ち着いたときに、ミアラークに遊びに来てね」
「はい」
カロンさんとミルファさんに頷く。
僕が頷いたのを見たカロンさんは、僕の隣に立っているレオナさんへと話しかける。
「じゃ、レオナ、後は頼んだぞ?」
「言われなくても分かっている。お前こそ、ミルファに隠れて部下達と酒を飲んでいるのがバレないようにするんだな」
「お前がこいつの目の前で言わなければ隠し通せた話なんだが!?」
「カロン?」
「うわぁ、怒ってる!?」
大柄なカロンさんが、ミルファさんに怯えているシュールな光景を目にして苦笑する。
今度は、使命もなにもないままでミアラークに来たいな。
心の底からそう思いながら、今一度カロンさんとミルファさんに別れの言葉を告げた僕は、レオナさんと共に船へと乗り込んだ。
「今回の会談は、大変だったな」
「ええ、本当に。まさか悪魔殺しって呼ばれるようになるとは思いもしませんでしたよ」
「……君には“殺し”という言葉は似合わないと思うけどな……」
「え?」
遠ざかっていくミアラークの街並みを瞳に映した彼女は、穏やかに微笑む。
「君は人を生かすことのできる人間だ。敵を殺すこともできない覚悟のない者と嘲る者もいるだろうが……それは違う。それこそが君の強さなんだと、これまでの君を見てきてそう確信しているよ」
「……ありがとうございます。レオナさん」
レオナさんの言葉を心に刻みつけ、そのまま船から湖面を眺める。
僕の、強さか。
あまり自覚はしていなかったが、不思議と自分でも納得することができたな。
「魔王領でも、頑張らなくちゃな……」
未来のことは僕には分からない。
もしかするならば、魔王の時のように選択を突きつけられることもあるかもしれない。
でも、それでも僕は自分を曲げずに進んでいければいいなと、心の中でそう思うのであった。
カンナギは、もしヒサゴと再会するような事態になったらとりあえずボコボコにするくらい不意打ちで封印されたことを根に持っています。
これにて第十三章は終わりとなります。
閑話をいくつか更新した後に第十四章【魔王領編】に入ります。
今回の更新は以上となります。




