第二百九十四話
前日に続いて二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
基本的に僕達は魔王のいる場所から離れられないと思っていたが、どうやら思いのほか自由に動けそうだ。
その一つの理由としては、ここにはファルガ様がいるということだ。
ここは既にファルガ様の領域であることから魔王も迂闊な真似もできず、加えてレオナさんとカロンさんが近くで待機しているということから、ある程度僕と先輩にも自由に動ける時間ができていた。
「フェルムが来ないのは意外だったな」
「あの子もあの子なりに考えているんでしょうね」
ミアラークに到着した次の日。
同じ建物が並んだ人気のほとんどない通りを歩きながら、つい先ほど交わした会話を思い出す。
周囲の建物と自分が泊まっている建物の位置を把握すべく、自由時間を使って外に出ることになったが、その際にフェルムは外に出ることを断った。
『ボクがついていくと騒ぎが起こるかもしれないだろ。迷惑かけたくないし、今日のところはここで大人しくしてる』
恐らく、フェルムは僕に気を遣ってくれたのだろう。
彼女の気遣いをありがたく思いながら、肩にフクロウ状態のネアを乗せたままほぼ人気のない道を歩いていく。
「都市を広げるってのは不思議な感覚よね」
「この下に湖が広がっているって考えたら不思議な気分にさせられるよ」
今歩いている場所は、この前まで水の上だった。
都市を広げ、その上に新たな建造物を作り出すという無茶苦茶なことを可能にさせる魔法は本当にすごいと思わされる。
元の世界の技術で、これほどの速さで作ることは絶対に無理だろう。
「人気が少ないのはいいわね。私が喋っても怪しまれないし」
「明日か明後日になれば、色々と違ってくるだろうけどね」
明日から本格的に各国の代表がやってくる。
僕の知る国から、遠く離れた場所に存在する国からも沢山の人がやってくるのだ。
「……」
不安なのは、やっぱり亜人差別だ。
今回の会談にはエルフ族、獣人族、そして一番敵意を抱かれやすい魔族が参加することが分かっているのだ。
魔族は魔王という弱っているのにやばい奴がいるからそれほど心配はしていないが、他が心配だ。
「周り見なくてもいいの?」
「……ああ」
「こんな時くらい、肩の力を抜いたらいいのに」
肩にいるネアに窘められる。
たしかに息抜きすることも大事だな。
「なら、噂の訓練場を見に行くか!」
「どういう肩の力の抜き方よ」
自分からは行くことはないと思っていた訓練場。
こういうタイミングでしか行けないから、今のうちに見に行こう。
今なら人もいないだろうし。
「心が躍るな……!」
「貴方の童心おかしいわー。……ま、貴方が行きたいならいーんじゃないの?」
「決まりだな」
そうと決まれば、このまま真っすぐ訓練場に行こう。
ミアラークに増設された土地はかなりの広さがあり、訓練場も丸々収まるほどに広大だ。
しかも宿が多く建てられている区画のど真ん中にあるので、かなり目立っている。
「……いや、大きいな」
観客席も用意しているのか、訓練場周りはちょっとした競技場くらいに高い壁に包まれている。
「やっぱり見栄えとか大事にしたんじゃない? 一応娯楽用の施設みたいだし」
「お抱えの護衛を比べ合うって感じかな?」
「見栄の張り合いが起こりそうねぇ」
そうなったら怖いな……。
魔王の悪乗りで僕と先輩が巻き込まれないか心配だ。
どうやら扉などは解放されているようなので、中へと足を踏み入れる。
「おお……」
入ってみるとかなり広い。
きっちりと整地された地面に、端っこに設置されている的。
木剣のような訓練用の武器もしっかりと用意されており、訓練をする場として申し分ない場所に思えた。
「……よく考えたら、ここに来ても意味ないよね僕? 勝手に使っていいわけじゃないだろうし」
「たしかに、貴方の立場上強引にここに入るのは駄目ね」
……。
まあ、見るだけ見れたからいいか。
「僕は訓練をする場所は選ばないからな……」
「理解したくないけど、貴方との付き合いが長いせいで理解できてしまう理不尽……」
旅の間も場所を生かした訓練をしていたからな。
むしろ、ちゃんとしたところでやっていた方が少ないくらいだ。
「———ん?」
客席に位置する場所から訓練場を眺めていると、ふと背後から誰かの視線を感じ取る。
先輩じゃないな……誰だ?
「どうしたの? ウサト?」
「そこに、誰かいるのか?」
やや警戒しながら背後の入り口に声をかけると、通路の先から一つの人影が出てくる。
僕の知る誰でもない気配と姿に身構えると、出てきた人物は慌てて両手を掲げながら光の当たる場所まで出てくる。
「ご、ごめん。警戒させるつもりはなかったんだ」
「君は……」
出てきたのは特徴的なローブを纏った少年であった。
先日と変わらず、腰には鞘に納められたカトラスに似た剣を装備している。
その中性的な容姿と武器を見て、昨日街中で目にした少年だということに気付く。
「や、昨日目が合ったよね? 覚えてるかな?」
「ああ、昨日街中にいた……どうしてここに?」
警戒を解かずに彼がここにいる理由を聞きだす。
「ああ、オレがここにいるのは――」
そう言葉にしながら僕の前にまで歩いて来ようとした彼は、地面の段差に足を取られそのまま転んでしまう。
無防備に転んだ彼に、呆気にとられながらも駆け寄った僕はそのまま彼を起こす。
「だ、大丈夫。心配ない! あ、ご、ごめん! オレ、たまにどん臭くて……! 田舎者だし!」
「怒ってないから気にしないで。立てる?」
「あ、ああ」
怪我をしていないことを確認しながら彼を立たせる。
すると、起こす際に取った右手に包帯が巻かれていることに気付く。
剣を持ち歩いているとは思えない華奢な手に巻かれた包帯には、血が滲んでいる。
「手、怪我をしているのか?」
「いや、これは……転んで……」
「転んで怪我したものじゃないだろ……。治癒魔法で治すけど、いいかな?」
「う、うん」
この人が誰だか知らないが、かなり酷い傷だ。
近くにある観客席の一つに彼を座らせ、包帯を取る。
「どう見ても、転んでついた怪我じゃないな」
「……」
手の先から肘の下くらいまでいくつもの裂傷が刻まれている。
この傷に見覚えがあった僕は、気まずそうに顔を背ける少年に声をかける。
「系統強化をしたのか?」
「……分かるの?」
「危ないから駄目だよ? 暴発した魔力は君自身を傷つけてしまうからね。下手をすれば二度と動かなくなってしまってもおかしくない」
どの口が言うんだ、というネアの視線を受けながら、治癒魔法で彼の傷を癒す。
最近できた傷なのかすぐに治ったが……常人にはこの怪我はかなり痛かったはずだ。我慢していたというなら、あまり褒められたことではない。
一応、彼自身にも治癒魔法をかけておく。
「ありがとう。名前も名乗ってないのに……」
「いいんだ」
未だにこの少年が怪しいことは変わらないが治癒魔法使いとして怪我をしている人は放っておけなかった。
まあ、あえて怪我をして僕に近づいたってことも考えられるが、今目の前の彼を見ても演技とは思えない。
一応、口元に手を当て肩にいるネアにも聞いてみる。
「ネア、演技に見えるか?」
「……いいえ」
ネアが言うなら、演技ではないことは確かか。
……勘ではあるけど、この人は悪い人には見えない。
「ウサト、分かってるわね?」
「……油断するなってことだろ?」
耳元で囁いてきたネアに頷き、隣にいる彼へと視線を向ける。
すると、傷の癒えた右腕を摩っていた彼が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。
「オレはシア。シア・ガーミオっていうんだ」
「えと、僕は……」
「ウサトでしょ? ウサト・ケン。君のことはよく知っているよ。リングル王国、救命団の治癒魔法使いで……魔王との戦いを終わらせた功労者」
「……」
ちょっと待って、素直に怖いんですけど。
僕の知らないところで僕のことが知られているという事実にビビる。
「どうしてって顔をしているけど、君は有名人だからね。むしろ知らない方がおかしいと思うよ」
「いや、普通僕よりも先輩とカズキ……二人の勇者の方が有名だと思うけど……」
「オレにとっては、そうじゃないから」
やけに真剣みを帯びた声でそう呟かれる。
待てよ、僕のことだけではなく救命団のことも良く知っていると言うことは―――、
「つまり、入団希望者……?」
「自分から地獄に入るバカがどこにいんのよ……」
口元を手で押さえ、そう呟くとシアのいる方とは反対側の肩にいるネアが翼で頬を叩いてくる。
僕の名前が広がることによって、入団希望者が増える。
そんなことは魔王との戦いが終わってから一度たりともなかったわけだが、今この場でそれが起きようとしている可能性が……?
「旅をしているんだ。ここで連合国会談が起こるって知らなかったから、君を見たときはすごく驚いたんだ」
「そういえば、驚いていたね」
「うん。会えればいいかなって思ってそこらへんを歩き回ってた」
「無計画すぎない?」
それで僕と遭遇するってすごいな。
ナチュラルに運がいいのか……?
「こいつ何者なのよ……」
「でも悪い人ではなさそうだ」
小声でネアと会話しながら本題へと入る。
悪い人には見えないが、僕に近づいてきたことは確かなのでその理由を探っておかなければならない。
「どうして僕を探していたの?」
「理由の一つとしては単純に会ってみたかったから。あの魔王と戦ったから、どんな人なのかなって」
「一つってことは他にもあるの?」
「うん」
こくりと頷いた彼は、一瞬だけ悩まし気な表情を浮かべる。
「君に恩があるから、かな」
「……初対面だよね?」
「うん、初対面」
……どういうことだ……!?
ものすごく嬉しそうに微笑む彼に困惑するしかない。
僕が助けた人? いや、こんな印象に残る人に覚えがない。
もしかして救命団員として助けた方の親族? その可能性は高い。
「あ! 言うの忘れたけどオレ、女だよ」
「……エッ?」
「はぁ、やっぱりそうだと思ったわ……」
困惑しながらも思考に耽っている僕に、さらに畳みかけてきた……!?
え、嘘……女の子なの……!?
ネアが納得したようなため息をついているけど、僕にとっては予想外すぎる事実なんだけれど。
「よいしょ、と」
シアは自身の着ていたローブを脱ぐ。
ただそれだけで少年っぽい印象から、少女へとガラリと変わってしまった。
赤みがかった……いや、これはメッシュというやつか?
黒髪に赤髪が混じっているような髪に照れながら触れた彼女から気まずげに視線を逸らす。
「も、勿論、分かってたよ」
「本当かなぁ? まあ、オレは慣れてるから別にいいんだけどね」
「……後でレオナに告げ口しようかしら……」
ネアの不穏な呟きを聞き流す。
いや、オレと呼称しているから普通に男だと思うじゃん……!
ローブでほぼ首から上以外隠れているから勘違いするじゃん……!
「それに一人で旅をするには、男と勘違いされた方が楽なんだ」
「そうなの?」
「といってもまだ、半年ぐらいしか旅をしていないんだけどね」
「一人でなら凄いことだと思う」
書状渡しの旅でさえ、三ヵ月なのだ。
半年だとしたらその二倍だから、その時点で凄い。
「どうして旅を?」
「……あー、自分から出たわけじゃなくて、その……必要に駆られてね」
「?」
なにかしら事情があるのか?
さすがに今日会った人に、そこまでの事情を話させるのも悪いからそれ以上は聞かない方がいいか?
すると、やや狼狽した彼女は露骨に話題を逸らすように僕と向かい合った。
「そ、それよりさ。その……君の籠手を見せてもらってもいい?」
「籠手って、この腕輪のこと?」
「その腕輪がそうなの? でも籠手って形じゃないけど……」
……籠手のことについては知らない?
そういえば、ミアラークの事件を解決した際、籠手をつけた僕のスケッチが新聞? に使われていたって話を先輩から聞いたな。
そこから得た情報なのかな?
「これがなんだか知っているの?」
「よくは知らないけど、すごいものなのは知っているから。……記念に触ってみたいなって」
「記念て」
観光地みたいな言い方だな。
……まあ、見せるくらいなら別にいいか。
だんだんとシアへの警戒を解きつつ、右腕に籠手を纏わし彼女へと見せる。
「これが……」
「ずっと一緒に戦ってきた僕にとっての相棒だよ」
ミアラークの時から頼ってきた籠手。
ファルガ様が作ってくださったもので、これが無ければ危なかった場面も何度もあった。
恐る恐る右腕に触れた彼女は暫し、籠手を見つめる。
「……」
見回すわけでもなく、ただ彼女が籠手を眺めている時間が過ぎる。
一分ほど経った頃だろうか。
なんともいえない表情で籠手を見ていた彼女の目に涙が浮かんでいることに気付く。
「シア?」
「……っ、ごめん」
泣く要素なんてあったか!?
自分で言うのはなんだけど、ただ硬いだけの籠手だよ!?
「なんだか、嬉しくて……ありがとう……ありがとう」
「えぇ……」
泣きながら何度もお礼を言われてしまう。
意味の分からないお礼は逆に困惑しかしない。
「ウサト、やばいわよ、こいつ。情緒が不安定すぎる……」
さすがのネアも様子のおかしいシアにドン引きしている様子だ。
僕の籠手を見たくらいでこんなに感情を揺るがす人なんて他にいな……いや、すぐに先輩の姿を思い浮かべれたけど、逆にあの人以外にいたことが驚きだ。
「落ち着いた?」
「うん……うん、ごめん。わたし……安心しちゃって」
「……安心?」
泣き止みはしたものの意味深な発言をするシア。
この子は何かを抱えている。
この一年間の経験でそれを察した僕は、軽く深呼吸をする。
「……よし」
自分が悩みを抱えた人を引き寄せてしまう運命にあることは自覚している。
まだ受け入れたとは言えないが、今隣にいる彼女が何かしら大きな悩みを抱えているなら、話だけでも聞いてみるべきだ。
そう決意した僕は改めて俯いている彼女へと向き直る。
「君がなにかしら悩みを抱えているのは察した」
「え……?」
「僕にできることがあるかは分からないけど……話してみないか?」
どうだ……?
緊張しながら様子を伺うと、シアは呆気にとられた表情を浮かべた後に、逡巡するように視線を下に落とす。
暫しの沈黙。
無言のまま葛藤していた彼女が話してくれるのを待っていると、
「……あのね、ウサト。オレの魔法は―――」
『おーい、ウサトー。いるかー』
「っ!」
シアが何かを僕に話そうとした時、先ほど彼女がやってきた通路から聞き慣れた声が聞こえる。
その声に振り返ると、通路の方から複数の足音が近づいていることに気付く。
「カズキ?」
「おーい……って、おっ、本当にいた」
「アマコの言う通りだわ……」
「言ったでしょ。訓練場にいるって」
出てきたのはカズキとフラナさんとアマコであった。
カズキとフラナさんはともかくなぜアマコがいるかは分からないが、彼らがここに来たことに驚く。
「カズキ、どうしてここに……!?」
「会いに来たんだよ。ようやく俺も休める時間ができてな。お前と先輩のところにいったら、外に出てるって聞いたから探してたんだ」
「アマコは?」
「カズキと同じだよ。……宿まではカンナギも付き添ってたから大丈夫」
つまりアマコもカズキと同じように宿まで来ていたわけか。
僕達のいる宿にはナギさんと来て、その後にカズキと一緒に僕を探しに来たというわけか。
耳を隠すためにフードを被っているアマコは、身体を傾けて僕の隣を見て首を傾げる。
「……そこに誰かいたの? 話してるのが聞こえたけど」
「え?」
振り返ると、先ほどまでシアが座っていた場所には誰もいなかった。
彼女の腕に巻かれていた血の滲んだ包帯すらも消えており、周囲を見回しても彼女の姿はどこにも見えなかった。
「シア……?」
「ウサト、どうしたんだ?」
「ここにさっき、女の子がいたんだけど……」
「私達がここに来た時は、君達以外に誰もいなかったよ?」
フラナさんの言葉に首をひねる。
たしかに、彼女はそこにいた。
減った魔力量がそれを物語っているし、なによりネアという証人がいる。
「幻を見せられた?」
「それはない。君に催眠をかけるとか、ほぼほぼ不可能だと思う」
「そこまで言うか……」
フラナさんに断言されてしまった。
幻影魔法の使い手が言うのならそうなんだけど、釈然としないな。
「貴方以外の全生物が催眠にかかったとしても、貴方が間違いというなら自分の認識より信じるわ」
「それって喜んでいいの……?」
言外に化物呼ばわりされたような気がしてならない。
そこまで話していると、今度はアマコがネアへと話しかける。
「ネア、何があった?」
「またウサトが引き寄せた」
「……はぁぁ……」
すっげぇ重いため息を吐かれたな。
説明の手間が省けるのはいいが、僕にとっては結構厄介な問題なんだけど。
「察するのが速くない……!? どういうことなの!?」
「ウサトは、変人ホイホイ」
「意味が分からないんだけど!?」
事態が呑み込めず一人混乱するフラナさん。
———正体不明の少女、シア。
思い返してみれば、彼女のことは名前以外にはほとんど分からなかった。
意図的に自分の素性を隠しているようにも思えたし、僕に助けを求めているようにも思えた。
彼女が誰かは分からない。
しかし、彼女からはこれまでに僕が関わってきた人々とは違った―――危うさのようなものが感じられた。
新キャラはあえてちぐはぐな印象を与えるように描写しました。
今回の更新は以上となります。
次回の更新をお楽しみにー。