第二百九十五話
お待たせしました。
第二百九十五話です。
シアと名乗った黒と赤の不思議な髪色を持つ少女の登場は、僕にとっては少なくない疑問を残すことになった。
彼女は何者なのか。
どうして、僕に恩があると口にしたのか。
彼女は僕に何を言おうとしていたのか。
「痴話喧嘩にこの私を巻き込むな」
「違いますだろ、魔王」
シアに会った次の日の朝。
朝食の後にちょうど魔王に呼び出された僕が、ついでにシアについて相談してみることにしたのだが、彼の返答は僕の予想を超えて酷いものだった。
言葉を乱れさせる僕に、魔王は呆れた表情を浮かべられる。
「いや、事実そうだろう?」
「真面目に聞いてください……!」
「おう、真面目に聞いたぞ。つまりあれだろう? お前はここで女を見つけた」
「すごく人聞きが悪い言い方はやめろぉ!!」
傍に控えているシエルさんがものすごく引いているじゃないか!
思わず、敬語も吹っ飛んでしまう僕を、楽しそうに見ていた魔王は、顎に手を当てる。
「……。ウサト、そいつは本当に女だったか?」
「ええ、最初はローブを着ていた男と勘違いしていましたが」
最初は本当に少年という印象だったのだ。
この世界でも髪が長くても男性という場合が多いし。
でも、最初の手の華奢な感じからして女性と察せなかったのは僕が悪い。
「ふむ、つまりじっくり見ていたと」
「見ていません! さっきからもう……! 貴方はオヤジか何かですか!」
「年齢でいうなら、既存の生物の域を超えている。ふむ、だがそういう呼ばれ方もまた面白い」
「もうやだこの魔王……」
ものすごく疲れる……。
この人と命がけの戦いをした時は、もっと魔王っぽい人だったのに……。
「……」
思わず肩を落としていると、魔王が何かを考え込むような仕草をする。
先ほどの僕をからかうような表情ではなく、思慮深く冷徹な印象を抱かせる“魔王”としての表情を浮かべた彼は、不意に僕へと視線を戻す。
「よし、ここを出るか」
「「へ?」」
僕とシエルさんの声が重なる。
今、魔王はなんといった? ココヲデル?
「いやいやいや! 今日は他国からたくさんの人が来ているんですよ!?」
「そうですよ魔王様! 私達魔族の評判ってすごく悪い話じゃなかったんですか?」
「囀るな、この私がその程度のことを分かっていないはずがないだろう」
僕とシエルさんの抗議の声に煩わしそうな反応をする魔王。
「こちらから問題を起こさなければいい。むしろ、他の国の連中に私の存在を知らしめねば会談どころではない。そうだろう?」
一理は、ある。
だがそれだけだ。
この魔王がそんな思惑で動くはずがない。
「何が、目的ですか?」
「なに、これといった思惑があるわけでもない。ただ……そうだな、反応を見たいと言うべきだな」
「反応……他国の人々の、ですか?」
「ああ」
僕の言葉に頷いた魔王は、四本の指を立てる。
「リングル王国、サマリアール王国、カームへリオ王国、ニルヴァルナ王国の四王国は我々魔王軍の実質的な被害を被っている。それは理解できるだろう?」
「え、ええ……」
「ならば、それ以外はどうだ?」
「……脅威、と見られている?」
「その通りだ」
リングル王国が魔王軍について知らせたことで、各国は魔王軍を脅威に思っている。
「だが、脅威以外にどう思われているか分かったものではない」
「……確かに、ではそのために?」
「ああ」
思惑自体は本当だろう。
そもそも、魔王が無駄な行動をするということ自体考えられない。
やろうと思えば、魔術でミアラーク全体を見渡すことすら可能だろうからだ。
「……分かりました。ノルン様とファルガ様に許可をいただけるようにお願いしてみます」
「ああ、そこは任せる」
まあ、宿の前に待機しているミアラークの騎士さんに言伝をお願いするだけなんだけどね。
さすがに忙しいノルン様とファルガ様に直接会う訳にもいかない。
「そういえば、魔王。以前お願いした魔術を応用した訓練の話ですが―――」
「話は終わった。シエル」
「は、はい。ウサトさん、部屋までお送りしますっ!」
「え、ええ」
同じ場所に泊まっているのに送っていくとは?
微かに口元を引き攣らせた魔王に露骨に話題を逸らされた僕は、退室を余儀なくされる。
「魔王も忙しいのかな」
「そういうことじゃないと思うんですが……」
「ああ、部屋に戻らず下のラウンジに行くので、ここまででいいですよ」
「あ、はい。分かりました」
下の階へと続く階段の手すりに手をかけながらそう言うと、シエルさんは恭しくお辞儀をしてから魔王のいる部屋へと戻っていく。
やはり魔王の従者さんというだけあって、肝が据わっているし全く物怖じしないのは素直に凄いと思う。
感嘆としながら下の階へと降り、ラウンジに辿り着くと―――、
「ああぁぁ! くそぉぉ!!」
フェルムが苦悶の声を上げながら頭を抱えていた。
見れば、一つのテーブルに先輩、コーガ、アーミラさん、フェルムの4人が座っており、その中の先輩とフェルムが四角い板の上に白黒の駒のようなものを置いて遊んでいるのが見えた。
「どうしたの? ……先輩、それって囲碁……いや、リバーシですか?」
「うん。暇だから。ミアラークの人に素材を貰って、作った。居合斬りで」
「才能の無駄遣い……!」
「えへへ」
真面目にこの人にできないことがあるのだろうか。
元の世界でも文武両道の完璧超人みたいなところがあったし。
「ウサト。なんとかしろよ。こいつ」
「え?」
「こいつ、さっきから俺ら相手に大人げなく勝ちまくっているんだぜ」
フェルムを見ると、やや涙目でこくこくと頷いている。
次に先輩を見ると、満面の笑みでサムズアップをされる。
アーミラさんを見ると、真顔で腰に携えた剣をチャキチャキしてる。
うーん、この不思議空間。
「先輩、楽しいですか?」
「うん!」
「初心者に大人げもなく勝負して勝って楽しいですか?」
「うん!!」
マジかよ、先輩。
大人げなさすぎる先輩に一瞬唖然とする。
「おい」
「あ、アーミラさん」
「お前は、奴に勝てるのか?」
中々の握力で肩を掴んできたアーミラさんに少し引く。
「いや、そんな大袈裟な……」
「これは戦いと同じだろう! 奴に敗北の屈辱を与えられるのは貴様だけだ……!」
「そ、そうですね……」
引きながらコーガに声を潜めて話しかける。
「すっげぇ思い込み激しくないか、この人」
「訓練もできずここでジッとしてたからな……ストレスが溜まってんだろ」
「あぁ、なるほど」
フラストレーションが悪い方向に爆発しかけているということか。
……。
「なんでお前が常識人みたいになってんの?」
「周りの奴らと比べたら、俺は幾分かまともだろ」
「……?」
「なんで、お前にそんな顔されなきゃなんないの俺……?」
驚愕に目を見開くコーガ。
目が剣呑としているアーミラさんとフェルムにため息を零す。
「仕方ない。僕に任せてもらおう。フェルム、場所を代わってくれ」
「や、やれるのか!?」
「知っているかフェルム? このゲームは角を取った方が優利なんだぜ」
フェルムと場所を代わり、先輩の前の席に座った僕はオセロの駒の丁度半分を手元に置く。
先輩はというと、余裕の表情でテーブルに置かれている飲み物を口にしている。
「フッ、先輩。いつまでも無双できると思わないでくださいよ」
「やはり、最後の相手は君か」
「リバーシなら僕も知っていますからね……!」
僕は元の世界に居た頃からルールを熟知している。
そしての必勝法も。
ならば、ここで勝負の行方を左右するのはお互いの実力に他ならない。
「なら、この勝負で罰ゲームを設けるというのはどうかな?」
「面白い。やりましょう」
「負けた方がなんでも言うことを一つ聞くね」
……はい?
そういう方向の罰ゲーム!?
「ちょっと待ってくださ―――」
「先行は私がいただいた! 私が黒だァ!!」
「なにぃ!?」
お互いの順番も決めずにばちーんと木製の駒を置く。
問答無用で開始させた先輩に唖然とする。
だがしかし、始まってしまったからにはやめられない。
「勝負……!」
やるからには勝つ。
僕は駒を持ち、不敵な笑みを浮かべている先輩へ相対する……!
●
「……おい」
「……」
「さっきの自信はなんだったんだよ」
盤面、ほぼ真っ黒。
先輩に敗北し、項垂れる僕に困惑顔のコーガが肩を揺すってくる。
「お前も一方的に負けてるじゃないか……!」
「どういうことだ、ウサト……! 貴様、私より酷い盤面で負けているではないか!」
アーミラさんとフェルムにも追及され、視線を逸らす。
正直、途中から「あ、これは勝てないな」とは悟っていた。
具体的には二つ目の角を取られたあたりから。
「ふ……普通に負けた」
「なんっでだよぉ! そこは勝つだろ普通!」
「先輩の方が頭がいいんだよ! いつもあんなだけど、滅茶苦茶頭がいい才色兼備の残念な人なんだよ……!!」
「あ、あれれ? これ、褒められてる? 私、勝っているのにどうしてこんな気持ちになるんだろう」
完全に失念していた……!
普通に負けるということを頭に入れていなかった……!
「さあ、ウサト君。罰ゲームの件は忘れていないだろうね」
「くっ……!」
仕方がない。
先輩なら無茶ぶりはしてこないだろう。
覚悟を決めて立ち上がろうとすると、不意に僕の肩に何者かの手が置かれる。
「ウサト、代わりなさい」
「ね、ネア……!?」
「随分と面白いことをしてるじゃない。この私抜き、で」
「ね、ネア……!?」
「やりましょう? その“りばーし”っていうの」
ニヤリと吸血鬼としての尖った歯を見せると、途端に先輩の顔色が悪くなる。
まさか、先輩はあえてネアを呼ばなかったのか?
「……生憎、そろそろ休もうと思っていたんだ。君の相手はアーミラさんに任せよう」
「負けたら、こいつが聞く命令を三つにしてもいいわよ」
「おいちょっと待て」
「先行はいただいたァ!!」
「先輩も待てぇ!!」
またばちーん、と黒色の駒をおいた先輩。
いや、なぜに僕の罰ゲームが重くなったの!?
「その代わり、貴女が負けたら罰ゲームはなしね」
そう言ってネアは勝負を始める。
一手一手悩みながら勝負を進める先輩と、間断なく白い面の駒を置いていくネア。
前半は先輩の黒い駒で盤面が埋まっていくが、肝心の彼女の顔色が悪い。
そして、後半になるにつれて黒色の駒が、ネアの白い駒により塗りつぶされていく。
「ほらほら、どうしたのかしら。スズネ」
「くっ……」
「そうねぇ。そこしか置けないわよねぇ。あら! 貴女が置いてくれたおかげでこの角取れるわね。いただきー」
「こ、この私が操られてる……!? 勇者の私が!? イヌカミ・スズネが……!? そんな、まさかありえない……!」
すげぇ、負けを確信してフラグ立てはじめている。
勝っても負けても美味しいとか無敵すぎないかこの人。
「はい、終わり」
「くっ、負けました……。くっ、ネア以外になら負けないはずだったのに……」
「まあ、あえて私を外したのは正解だったわね」
ネアは魔術三つ覚えられるほどに頭がいいからなぁ。
しかも見た目は少女でも、約300年は生きているだろうし。
「悪は滅びたな」
「ぐ、わ、私が倒れても第二第三の私が君達の前に立ちふさがるだろう……!」
「ツッコミが足りないので増えないでください」
「きゃうん」
実際、増えたら大変だろう。
戦力的には逆に強すぎるけれども。
「まあ、楽しかったからいっか」
「あら、ウサトへの罰ゲームは諦めるの?」
「あくまでおまけだよ。勝負を盛り上げるためのね」
「真顔じゃなければ説得力があったのにね……」
いったい、僕になにをさせるつもりだったのだろうか……。
……考えないようにしよう。
「おい、今度は俺と勝負しようぜ。お前になら勝てそうだ」
「上等だ。ぶん殴ってやる」
「リバーシだぞ?」
コーガに冗談を言いながら席から立ち上がる。
リバーシもまだ続けたいが、それより先にすることがある。
「その前に警備の兵士さんに言伝を頼まなきゃな」
「なにかあんのか?」
「魔王を含めた僕達の外出許可を頼むんだよ。魔王にも色々考えがあるらしいからね」
「ようやく、この退屈な場所から外に出られるんだな」
あくまで一時的な外出だけどね。
魔王の言う通り、他国の反応も気にするべきだ。
怖がられるのは目に見えているけど、魔王が何もしないということを事前に知ってもらえればいい。
ミアラークの兵士さんにノルン様への言伝を頼んだ後、僕はコーガ達とのリバーシを再開させた。
先輩を除いた、僕、フェルム、ネア、コーガ、アーミラさんの5人での総当たり戦を行ったが……なぜか、一番戦績が悪いのは僕であった。
というより、全戦全敗であった。
……なぜだ!?
ギャグ回で才能の無駄遣いをする先輩でした。
将棋やチェスは難しくても、オセロなら作るのも遊ぶのも簡単かなと思い出してみました。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




