第二百八十九話
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第二百八十九話です。
魔王を船に乗せて、ミアラークにまで護衛&監視する。
もうそれを聞くだけで胃に空きそうな任務ではあるが、それが僕達にしかできないことは分かっているので、文句はないわけだけど―――、
「それで、なぜ僕はここにいるんでしょうか?」
「話し相手をしろ」
「ここまで横暴なことあります……?」
船に案内するなり呼ばれたわけだが、まさか話し相手をするように言われるとは。
ネアとフェルムはあてがわれた部屋で休むと言っていたけど、連れてくるべきだったかなぁ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
紅茶を差し出してくれたシエルさんにお礼を言う。
そういえば、なんだかんだでこの人に自己紹介をしていなかったな。
お盆を抱えている彼女に向いた僕は軽く頭を下げる。
「改めまして、ウサト・ケンと申します」
「あ、これはご丁寧に。魔王様の侍女、シエルです。少し前は敵同士で言えませんでしたが、以前遺跡で守ってくれてありがとうございます」
「こちらこそ、キーラを守ってくれてありがとうございます」
「いえいえ」
「いえいえ」
「永遠に続きそうだ」
互いに遠慮し合うようなやり取りを交わしていると、魔王が辟易とした様子で紅茶に口をつけている。
キーラ、元気にしているかなぁ。
もう少し落ち着いたら、コーガ経由で手紙を出してもらおうかな。
「……」
暫し、気まずい沈黙が続く。
僕は紅茶を口にしながら魔王を見る。
以前のような緊迫感こそないが、やはり距離が取りづらいな。
ここは臆せず、質問してみよう。
「魔王領は今、大丈夫なんですか?」
「……心配はいらないだろう」
静かに魔王は答えてくれる。
「信頼する部下達がいることもそうだが、なによりネロがいる」
「あの人なら心配ないですね……」
とんでもない力を持っている剣士、ネロ・アージェンス。
彼がいるなら、誰が来ようとも魔族に手を出すことはできないだろう。
「それに、ハンナもいる」
「あ、ハンナさんですか。彼女はお元気ですか?」
「ああ、以前と比べ、迷いなく己の業務をこなしているぞ?」
僕が言うのもなんだけど、安心した。
ハンナさんは、あのまま魔王領を出ると思っていたけど、最後は魔王領に残ることにしたようだ。
その決断がなし崩し的なものか、それとも自分で選んだものかどうかは分からないが、僕達が巻き込んでしまった彼女が生きていることに安堵する。
「貴様はどうだ?」
「どう、とは?」
「此度の会談、我々以外の亜人もやってくるそうだが、貴様はどう思っているんだ?」
「驚きはありましたが……まあ、特には」
他の人にとっては色々思うところがあるだろうけれど、亜人の方々が来ることには特に思うところはない。
露骨に亜人差別されるている場面に出くわすようなことがあれば何かしら関わることにはなるだろうけど。
「あ、ハヤテさん……獣人の国の代表の方には挨拶したいなとは思っていますね」
「……そういえば、貴様はヒノモトの長と知己の間だったな」
「ええ、まあ、あくまで個人的なもので、手紙のやり取りをするだけですが」
「……個人的? ふむ……」
少し驚いた様子で考えこむ魔王。
なにかおかしいことを言ってしまったか?
「魔王?」
「貴様、中々に便利だな」
「はい?」
「獣人族は、他種族に対して閉鎖的な種族だ。多少なりとも繋がりがあればと思っていたが、まさか個人的な親交まであるとはな」
「珍しいことではありますが、そこまでおかしいことでしょうか?」
僕がそう言うと、魔王は呆れた様子で僕からシエルさんに視線を移す。
「シエル。獣人族の長とも個人的な親交があり、この私や他の魔族を前にしても平気な顔をしていられるこいつを見てどう思う?」
「普通におかしいと思います」
シエルさん、なんでそんなに笑顔なの……?
亜人に対して偏見を持っていないという意味でのおかしいってことか。
「いずれは、獣人族ともパイプを結ばねばならないのだが、貴様がいるのなら話が早い。種族間の問題をものともしない貴様は、まさしくうってつけの存在というわけだ」
「獣人族とも交流するつもりだったんですか?」
「ああ。魔物の領域のこともあり、そちらに戦力を割くわけにはいかなかったが、魔王軍が解体された今、そちらの開拓に人員を割くことができる」
「なるほど……。ですが僕の独断ではすることはできませんよ?」
「分かっている。だが、いずれにしても獣人族との交易は我々にとって、そしてあちらにとっても必要なことだ」
必要……?
首を傾げる僕とシエルさんに魔王はちゃんと説明してくれる。
「ヒノモトはこれまで変わらず文明を紡いでいくことができたが、それはあくまであらゆるものを停滞させてきたからこそ、できたことだ」
「停滞、ですか?」
「不必要なものを取り込まず、ヒサゴに与えられた知識そのままを反映させ続けたのだ。まあ、それはそれで生きていけるだろうが、これからはあらゆる意味で我ら亜人への認識が変わることになる」
……つまり時代の変わり目、ということなのか?
「獣人族も今の停滞したままではいられないということだ。だからこそ、我々魔族と同じように変化していかなければならない」
「だからこその交易というわけですか」
「大地の実りはないが、幸いにして鉱山資源はありあまっているからな。加えて、私の知識を対価にすることもできる」
魔王も先を見越して考えているんだな。
そういうことなら僕も力を貸したいが、まずはしっかりと許可を頂いてからだ。
……そういえば、僕の方からも聞きたいことがあったんだ。
「質問させてもらってもいいですか?」
「構わん」
「死者を蘇らせる魔術は存在するのですか?」
「いいや、ない」
即答する魔王に目を丸くする。
魔術を操ることにおいて右に出る者がいない魔王ならもしかしてとは思っていたけど、彼でも無理なのか。
「死後間もない、それこそ死後数分、十数分までならば蘇生することも可能だろうが。それ以降は魔術といえども不可能だろう」
「……そうですか」
「悪魔に奪われた亡骸のことか?」
「……はい」
リングル王国の墓地から盗まれたローズの部下だった人たちの亡骸。
悪魔がその亡骸を利用しようとしているなら、それを予測しておかねばならない。
「そうだな。魂を呼び込む魔術は存在する」
「それは、貴方も使えるんですか?」
「封印される以前は使えたが今は不可能だ。……貴様の使い魔のネクロマンサーのように亡骸を動かす魔術は使えるが、恐らくそれは悪魔の使うであろう魔術ではない」
「それは、生前強かった人の肉体を奪う必要がないからですか?」
「その通りだ」
ネアにも教えられたが、ネクロマンサーのような力で死体を操るとしてもただ死体を魔力で動かしているだけに過ぎないから、特別強いゾンビができるわけじゃない。
「……忠告しておくが、仮にお前の前にその死体が生前の姿のまま現れたとしても、それは生前と同じ人間とは限らない」
「なぜですか?」
「外法によって呼び戻された魂は、どこかしら歪むからだ。貴様のようによほど精神が強くない限りは、精神に異常をきたし、多くの場合はただ命令を聞くだけの肉人形と化す」
……。
心のどこかで、話せないかとは思っていた。
例え無理やり生き返らされたりしても、ローズの部下だったすごい人たちのお話を聞きたいと、そう思っていたが、それは叶わない。
「ウサト、悪魔は恐怖、悪感情で力を増す魔物だ」
「はい」
「奴らと相対することになれば、まず心の強さを試されることになる。もし揺らぎ、折れるようなことになれば、奴らはそれを突いてくるだろう」
魔王の忠告に頷く。
なら強い心を持って悪魔と相対することが大事ってことだな。
「……まあ、お前に関してはそこまで心配してはいない。むしろ悪魔に恐怖を与える側だ」
「台無しなんですけど」
僕としては悪魔より貴方の方がずっと怖いんですが。
その上にマジギレローズという絶対不動の大魔王がいるけれども。
しかし、アウルさん達と戦うかもしれない可能性が上がってしまったな。
その事実に気が滅入りそうになりながら、もし彼女たちが現れたときにすぐに対応できるように心構えをしっかりしておかねばならない。
「あ、そういえば……貴方にお願いしたいことがあったんです」
「……お前……いや、まあ、構わないが……」
「魔王様、気兼ねなくお話しできる方ができてよかったですね」
「うるさい……」
「?」
にこにこ顔のシエルさんに、額を押さえる魔王に首を傾げる。
気を取り直して、ついさっき頼もうかなと思ったことを尋ねてみる。
「魔王。重力の魔術って今も使えますか?」
「……一応確認するが、なぜそれを訊く?」
「いえ、船の中とか暇なので護衛中はそれをかけて負荷トレーニングしようかなと思いまして」
照れながらそう言うと、さっきニコニコしていたシエルさんに引いたような表情を浮かべられる。
我ながらおかしなことを言っているのは分かるが、試してみたいと思ったのは事実だ。
――その後、曖昧に頷かれた僕は、そのまま退出を許可された。
シエルさんに見送られ、部屋を出た僕は背後で扉が閉まる音が聞こえると、悩まし気に腕を組む。
「さすがにいきなり重力負荷トレーニングはやりすぎか……?」
「もしかして、お前はバカなのか……?」
「あ、アーミラさん」
扉の隣で警護していたアーミラさんに呆れ顔でそんなことを言われる。
腰に剣を差し、背筋を伸ばして立っている彼女へと振り返る。
「そういえば、コーガは?」
「奴は休憩中だ。……まあ、見張りをサボる可能性が高いがな」
「……あの、大丈夫ですか?」
「フフッ、かつての敵に心配されるとは……」
自嘲気味な笑みを浮かべるアーミラさんに僕は頬を引き攣らせる。
なんだろう。
このどことない苦労人気質。
「よければ、連れてきましょうか?」
「……いや、そこまでしなくてもいい。お前が行くと船で戦闘が起こりそうだ」
どういうことだ。
さすがにいきなり船の上で襲い掛かってくるようなやつじゃ……な、ないはずだけれど。
まあ、そうなってきた場合には僕にも考えがある。
「安心してください。その時は僕が責任を持って奴を船外に放り投げます」
「コーガが関わる時だけ人格が変わっていないか?」
やや引いた様子のアーミラさん。
船外ではなく、グルグル巻きにして甲板に転がすべきだったか……?
「……お前と話していると調子が崩される」
ため息をつくアーミラさん。
どこか力のない笑みを浮かべる彼女に、僕も苦笑する。
「アーミラさんは、ネロ・アージェンス……ネロさんの弟子……なんですよね?」
「ああ。そういうお前はローズの弟子だろう?」
確認するようにそう訊かれ、僕は頷く。
「語り合うとすれば、戦いの最中だと思っていたんだがな。まさかこのような形になるとは思いもしなかったよ」
「話すとしても苦労話ばっかりになりそうですけどね」
「フッ、確かに……。そう考えると、私とお前は似た者同士かもしれないな」
強い師匠に師事する同じ立場であるので、シンパシーのようなものを感じているのは事実だ。
「でも、魔王との戦いが終わった直後にいきなり斬りかかってくるとは思いもしませんでしたけどね」
「それは忘れてくれ……」
「その後も暴れてましたけど」
「お前、実は結構根に持っているのか……?」
それほどまであの時はびっくりしたんだ。
突然襲い掛かってきたと思えば泣きながら、自害しようとした人なんて他にいなかったから。
だけど、今普通に話しているところを見れば、あの時はちょっと情緒が不安定なだけだったのだろう。
魔王に特に心配されていないウサトでした。
まあ、悪魔の天敵といってもいいメンタルお化けだからしょうがない。
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