第二百九十話
昨日に続き、二話目の更新です。
前話を見ていない方は、先にそちらをー。
第二百九十話です。
ミアラークまでの二日間の船の旅。
それまで僕達は魔王の護衛兼監視を行うことになるのだが、常にそれを行うわけではなく当然交代制になっている。
魔王が暴れるとは思っていないが、船に乗っている船員さんと騎士の皆さんのために僕達はするべきことをしなければならない。
「……それで、なんでお前がここにいる」
「んあ?」
レオナさんと見張りを交代し自室で休もうとした僕だが、そんな僕の元になぜかコーガがやってきていた。
ベッドに座り、魔力回しをしながら読書をしている僕に、椅子に座ったコーガがこちらへ振り向く。
「暇だからな。遊びにきた」
「出てけ」
「まあまあ、落ち着けよ。何度も戦ってきた仲じゃねーか」
「だからこそじゃないの?」
同じ陣営で共に戦ったとかならまだしも、激闘を繰り返した相手だからね?
「ぶっちゃけ、船内うろつくと怖がられるしな」
「あー、なるほど」
「それにあてがわれた部屋で暇してると、アーミラが乗り込んでくるから逃げてきた」
「真面目に働け」
こいつ、アーミラさんから逃げてきたな?
呑気な様子のコーガは、僕の行っている魔力回しに興味を持ったのか、そちらに注目している。
「で、何してんの?」
「……はぁ」
ため息をつきながら魔力回しを行っている左手を見せる。
速く、滑らかに指から指へと移動する魔力を目にしたコーガは感心したように頷く。
「魔力操作の訓練か? 相変わらず変なところに目をつけるな」
「悪かったな。変なところで」
「いや、普通に褒めてるぞ? ぶっちゃけ俺はそういうのを見つけるのが苦手だからな」
そう言ってコーガは右手に魔力を集める。
といっても闇魔法の性質上、魔力弾と言うよりコブのようなものを作り出し、それを指から指へと移動させていく。
「おお、意外と難しいな。これ」
「そう簡単に成功されてたまるか。まあ……コツとしては、無理に動かすんじゃなくて……水の流れで移動していくようなイメージでやるといいかもしれない」
「なるほど」
……いや、なんで僕はこいつに魔力回しのコツを教えているんだ。
またこいつを強くしてしまうことになるんだけど。
「お前は今、どれくらいできんの?」
「本を読みながら無意識にぐるぐる回せる……くらいかな」
片腕を掲げながら高速で魔力回しを行うと、コーガは引いたような表情を浮かべる。
「え、なにそれきっも……」
「治癒加速指弾」
「危ねぇ!?」
魔力回しで加速させて打ち出す治癒指弾を、頭を傾けて避けるコーガ。
チィ、当たらんか。
壁に当たり霧散した治癒加速指弾を見て冷や汗をかいたコーガは、頬を引き攣らせながらこちらへ振り返る。
「あ、危ねぇだろ。船内だぞ……」
「治癒魔法だから大丈夫だ。それに、君……頑丈だろ?」
「笑顔!? そんな嫌な方向に信頼されたの初めてだわ!?」
満面の笑みの僕に、衝撃を受けるコーガ。
「君がどれだけ頑丈かは多分君以上によく知ってる」
「だろうな。散々、俺を棍棒代わりにしてたもんな」
僕の弾力付与を習得しているこいつは以前と比べて耐久力が遥かに増したといってもいいだろう。
元からしぶとい奴だったが、今は僕の技術のせいでより面倒な奴になっている。
……なんだかそう考えるとむかむかしてきたな。
「ほら、避けてみろ。回避訓練だ」
「おおお!?」
両手を指鉄砲の形にさせながら、魔力回しによる治癒指弾を連続で放つ。
それほど威力もなく、ただ速いだけの魔力弾なのだがコーガは律儀にそれを必死に避けていく。
「そういえば、お前魔王軍で兵士達に訓練を教えていたそうだな」
「え、なんで知ってんの?」
「お前の部下らしき兵士さんから聞いた」
魔王城でアーミラさんとの戦闘の後に戦った兵士達。
他の兵士とは明らかに練度が違うし、なにより連携もうまかった。
「ああ、あいつらか俺の訓練ついでに鍛えたんだよ」
「どんな風に鍛えたの?」
「え? そりゃ、模擬戦闘とかだな。俺の訓練にもなるし」
模擬戦か。
コーガの訓練は実戦形式ということなのかな?
「ま、さすがにお前相手じゃ厳しかったな。あいつら、結構落ち込んでいたんだぞ?」
「いいや、うまく連携されれば僕も厳しかったよ。そうされる前に一人ずつ無力化していったようなものだし」
無理に突破することもできたが、それではかなり消耗していたことは確かだろう。
そういう意味では彼らは強かった。
心なしか満足そうな表情のコーガは、今度はそちらから話しかけてくる。
「お前は普段どんな鍛え方してんだ?」
「え? 主に走ってる」
「……言葉にするだけなら短いが、お前の場合は中身が違うんだろうなぁ」
中身が違う、か。
いや、訓練以外にも人間と魔族では違うところが多すぎる。
僕でさえもその全容を理解しきれていない。
「あ、ならよ」
「ん?」
「船の中じゃ暇だから、なんか体動かせることあるか? お前、そういうの考えるの得意だろ?」
僕としては船内では大人しくしてほしいのだけれど。
ふと、上を見上げると天井にきらりと光る何かを見つける。
「お……」
それは、明かりをつける魔具を引っかける金具。
二つ、丁度いい距離に並べられたそれを目にした僕は新しい訓練をひらめいた。
「……天井に丁度いい金具があるだろ」
「ん? ああ、魔具をつるすためのあれか」
天井を見上げると、ちょうどひっかけるタイプの金具が二つある。
魔具をひっかけ、明かりを照らすためのものだが改装かなにかしたのか、照明タイプの魔具は天井に取り付けられているので、その金具に意味はない。
僕はそれを指さしながら、コーガに説明する。
「試しに指だけの力で掴んでぶら下がってみる」
「おう」
「自分の体重でも余裕で耐えられることを確認する」
「……おう」
「なら、逆腕立て伏せができる」
「ちょっと待て、おかしいだろ……!」
首を傾げる僕にコーガがツッコミをいれてくる。
「逆腕立て伏せってなんだよ! 腕立て伏せの逆!?」
「まったく、しょうがないなぁ。試しにやってみるよ」
「なんで俺がおかしいみたいな顔されるの……?」
軽くジャンプし、天井の金具を指だけの力で掴み、ぶらさがる。
金具がちゃんと自分の体重を支えられると分かったところで腕力のみで体と天井を平行にさせるように起こし、そのまま天井に体を引き寄せるように腕立て伏せを始める。
それを軽く十回ほどしたら、床へと着地する。
「……改めてお前の発想のおかしさを理解したわ」
「……本当にできた……!」
「本人が一番驚くってどういうことだよ……。まあ、なんだかんだで面白そうなこと思いつくよなぁ」
またとんでんもない訓練法を生み出してしまったようだ。
再び、ベッドに腰かけながら、天井を見上げているコーガに話しかける。
「お前は、これからどうするんだ?」
「これからって?」
「魔王軍は解体されるんだろ? なら、軍団長じゃなくなるってことなんじゃないか?」
僕の質問にコーガは少し悩む素振りを見せながら頷く。
「まあ、しばらくは魔王様の元で働くことになるな。魔物の撃退と、まあ、外部からやってくる人間達への対処ってところか?」
「魔王軍があった頃とそれほど変わらないってことか」
「ああ。旅に出るって選択肢もあったが―――」
コーガが指を僕に向ける。
彼は憎たらしい笑みを浮かべたまま続きの言葉を発する。
「お前がこれから何をしでかすか見てみたいからな」
「まるで僕が騒ぎを起こすような言い方はやめろ」
「事実、起こるだろ。悪魔っつー面白そうな奴らに目をつけられてんだろ?」
魔王が教えたのか。
まあ、そりゃ教えるよなと思いながら、溜息をつく。
「戦争が終わってもお前は変わらず面倒な奴だ……」
「我ながら最初からそうだったからな。今更変えられねぇよ」
自分で言うな。
……最初にこいつと戦った時も、面倒な絡み方されたからなぁ。
それから先も、なんだかんだでこいつとの腐れ縁は続いてしまっている。
「なんか腹減ってきたな。食堂になんか食いに行くか?」
「自由すぎるだろ」
唐突にそんなことを口にするコーガに呆れながら立ち上がる。
時間的にも夕食時だ。
コーガ一人では他の船員たちに怖がられてしまうが、僕がいれば大丈夫だろう。
「騒ぎを起こすなよ?」
「わーってるって」
「起こしたら、僕が君を片付けるから」
「こえーよ……!?」
後ろからついてくるコーガにため息をつきながら扉を開けると、その先に部屋をノックしようとしていた先輩と目が合う。
「「あ」」
夕食に誘おうとしてくれたのだろうか、先輩は驚きの表情を浮かべながら、僕の後ろにいるコーガへ目を向ける。
照れた表情から一転してきょとんとした先輩は困惑しながらも首を傾げる。
「……男子会?」
「女子会みたいに言わないでください」
第一声でその言葉が出る時点ですごいわ。
すると何を思ったのか、にかっと明るく笑う。
「私も参加したい」
「貴女、女子でしょ……」
「フッ、甘いね。私は女子会にすらハブられる女だよ?」
「反応しにくいボケはやめてください」
どういう女子会なんですかそれは。
相変わらずの先輩に苦笑しつつ、用件を尋ねる。
「えーっと、先輩はどうしてここに?」
「あ、そうだ。ご飯に誘おうかなって」
「僕達も食堂に行こうとしていたんですよ。なら、一緒に行きますか?」
ちょうどいいので先輩と一緒に行こう。
後ろのコーガに目配せしつつ、部屋の外に出る。
「君はつくづく彼と縁があるね」
「自覚してますけど、こいつが勝手に近づいてくるんです」
「人聞きが悪すぎるだろ。いや、事実だけれども」
指を差してそう言うと、コーガは笑みを引き攣らせる。
先輩自身、僕と同じように魔族を怖がっていないので普通に話せるのは助かるな。
「話すのはあの遺跡以来だね、コーガ君」
「お、おう」
「君がウサト君に武器として振るわれたことはよく聞いているよ」
コーガがものすごい困った顔でこちらを見てくるが無視。
下手をすれば僕にも飛び火するからだ……!
「そ、それより遺跡ってことで思い出したんだがよ」
「露骨に話題を変えてきたな……」
余程、自分を武器にされたことを話したくないのだろうか。
こちらを向いたコーガは、笑みを引き攣らせながら必死に話題を出してくる。
「お前と一緒にいた子供がいただろ?」
「キーラのこと?」
「おう、キーラって名前だったな。少し前に俺のところを訪ねてきたんだよ」
「え!?」
キーラが!?
驚く僕と先輩に、コーガはその時のことを話す。
「闇魔法使いの子供が来てるってんで、俺も驚いたんだよ。なにせフェルム以来だったからな」
「キーラ一人だけだったのか?」
「いいや? 保護者みてーなやつがいたぞ。今どきの闇魔法使いにしては珍しく、周りに恵まれてたな」
グレフさんか……。
足の怪我もちゃんと治っているようだし、元気そうでよかった。
でもなんでコーガの元を訪れたんだ?
「“闇魔法”の扱い方を教えてくれってな」
「お前にか?」
また闇魔法が暴走した……というわけじゃないか。
僕達の時は闇魔法を自分のものにするために頑張っていたけれど、今度は闇魔法と共に生きていくためにその扱い方を、コーガから学びたかったということなのだろう。
「だが俺からみりゃ年の割にかなり使えているから、教える必要もないんじゃねーかって思ったが……それでも教えてくれっていうもんだから―――」
「だから?」
「今回の護衛の任を言い訳にして逃げてきた」
……。
僕は笑顔のまま、コーガの肩を掴み―――力を籠める。
次に先輩に話しかける。
「先輩、今からこいつを船外に放り投げませんか?」
「私とウサト君は二人で夕食を食べたってアリバイでいいかな?」
「いいですね」
「待て待て待て!?」
ものすごい慌てるコーガ。
僕はため息をつきながら、彼の言い訳を聞くことにする。
「考えてみろって、俺が人に何かを教えられる柄か? できても戦うことだぞ?」
「だからといって放置はないだろ」
「あの子は私の妹なんだぞ」
先輩、さらっとキーラを妹にしないでください。
先輩のボケをスルーすると、コーガは手を横に振る。
「ま、まあ、話は最後まで聞けって。正直、闇魔法も感覚で使っているからろくに教えることができないんで、俺以上に闇魔法のことを知ってる奴に任そうかなって思ったんだよ」
「え、誰だよ?」
「ん」
コーガが僕を指さす。
指さした先―――僕の後ろを振り向くが誰もいない。
「僕?」
「おう、お前以上に闇魔法使いに相性いいやつはいねーだろ」
「なんか含みがない?」
「気のせいだ」
気のせい……気のせいか?
ちょっとばかし悪意があったような気がしてならないんだけど。
首を傾げる僕にコーガは続けて言葉を口にする。
「聞けば、キーラに闇魔法の扱い方を教えたのもお前とフェルムだろ? なら、お前達に丸投げした方がずっといいだろ」
……たしかにそうだが、彼女はまだ魔族の子供だ。
こちらに来るには色々と厳しすぎる。
「キーラがこちらに来るには無理だ。まだ戦争が終わって時間も経っていない。この不安定な状況でリングル王国内に彼女を連れてくるのは危険だ」
キーラが心配な気持ちはあるが、彼女の身になにかが起こる方が怖い。
「なら、お前がこっちに来ればいいんじゃね?」
「そんな簡単な―――、待てよ」
僕が魔王領に行く……?
逆転の発想ではあるが、それほど悪い考えじゃないかもしれない。
「出張救命団……いや、安易に考えていいことじゃないな」
頭に浮かんだ自分の考えを取り消す。
なにをするにしても優先されるのは、リングル王国の命だ。
身勝手な行動をして、ロイド様に迷惑をかけるわけにはいかない。
「とにかく、帰ったらキーラの闇魔法をみてあげてくれ」
「あー、分かった。まあ、なんとか教えとくわ」
「こちらからキーラへの手紙も送る」
「私も送っていいかなっ!」
「はは、勿論です」
先輩に頷きながら、魔王領で頑張っているキーラのことを思い起こす。
あの子は自分の魔法と向き合い、それを磨こうとしている。
その力になってあげたいけれど、今は目の前の連合国会談に集中しなくちゃいけない。
魔王領でも頑張ろうとしていたキーラでした。
・逆腕立て伏せ解説。
腕立て伏せをしている方の画像を用意する。
↓
見つけたら、その画像を上下さかさまにする。
↓
床が天井になっているように見えたら、それが逆腕立て伏せです。
今回の更新は以上となります。




