閑話 逃れられない役目
お待たせしました。
今回は閑話、ハンナ視点となります。
———私は、人間に敗北した。
———今、この時を以て我らの戦いは終わりだ。
その知らせは、魔王軍を裏切った私にも飛んできた。
魔王様の魔術により、頭に直接伝えられた知らせを聞いた時、まず私は自身が幻を見せられていることを疑った。
魔王様のお力は、軍団長である私達がよく知っている。
たった一人で魔王領という枯渇した環境を維持させてしまっているデタラメさとあらゆる魔術を操る知識は、最早生物の枠組みすら超えているとさえ言える。
「ハンナさん、ま、魔王様が負けたなんて嘘ですよね……」
「……」
「は、ハンナさん……」
不安な様子のノノの言葉に返答できないまま、私は兵士達をかきわけて前へと進む。
この先から魔王様が出てくる。
本当なら逃げるべきだけど、なんとしてでも確認したかった私は危険を顧みずに前が見える位置に移動する。
その先に見えたのは―――、
『この人間に私達、魔族の未来を託してみることにした。……私を殴り倒した治癒魔法使いだ、まさしく悪魔のような強さだったぞ?』
魔王様に背中を押され、前に歩み出た人間のような悪魔―――ウサトの姿であった。
他の勇者達も含めて、全員がボロボロの姿であったけれど、他ならぬ魔王様本人が改めてそう言葉にしたことで、私以外の兵士達は唖然とした様子で立ち尽くしていた。
「いや、なんで勝っちゃってるんですか……?」
私自身は唖然を通り越して逆に困惑していた。
いや、百歩譲って勇者が魔王様を倒したなら分かる。
でもなんで貴方が勝ってるの!?
人間ですよね!? 治癒魔法使いですよねぇ!?
私の予想ではそこそこ粘って、私の逃げる時間を稼いでから負けてくれると思ったのに――!?
本当にどうして治癒魔法使いの奴が魔王様に敗北を認めさせているのか、本当に意味が分からなかった。
「あ、あく、あああ悪魔……!?」
私の隣で失神しかけているノノは無視。
既にウサトが悪魔ではなく、普通に恐ろしい人間だということは分かっている。
だからこそ意味が分からない。
なんで、勝っているの?
正直な話、勇者達もウサトも魔王様に倒されて終わるとばかり思っていたのに。
「いや、待って、これって私のせい……?」
勇者とウサトを下層まで案内したのは誰だ?
———私だ。
空で足止めされている光の勇者を下層に誘導したのは誰だ?
———私だ。
「やばい」
私がこの状況を作り出してしまった張本人疑惑が出てしまった。
その事実に気付き、顔を青ざめさせているとウサト達一行が魔王様の作った魔術でどこかに転移していく姿が見える。
もうここにいる理由もない。
さっさと、ここから離れてどこか平和な場所に行こう。
その場を移動しようとしたその時、強烈な殺気―――というか、視線を感じる。
「はぅ!?」
その視線の方向を見ると、魔王様の隣からとてつもない眼光でこちらを見ているアーミラさんの姿ががが。
元第三軍団長、アーミラ・ベルグレッド。
私の元上司であり、今や軍団長の任を離れているが一戦闘力だけで軍団長並みの戦闘力を誇るゴリラみたいな女だ。
なにより最悪なのが、ああいう精神が強いやつには私の幻影魔法の効きが弱い。
彼女に捕まる前にその場を離れようとすると、身体を震わせたノノが私の服を掴んでいることに気付く。
「離れなさい、ノノ……!」
「そうはさせないですよ! 自分だけ悪魔から逃れようだなんて駄目です! 私とショーンも連れてってほしいです! ならば、貴方も道連れです……!」
「分かった。分かったから、とりあえず放しなさ―――」
「おい」
ノノを引きはがそうとしている私の肩に手が置かれる。
底冷えするような声に、身体が恐怖に震える。
「奇遇だな。ハンナ」
「あ、あああ、アーミラ、さん」
「どこに行こうとしている?」
目が笑っていない私の元上司のアーミラさんが、私の肩を掴んでいる。
戦闘後でかなり疲労しているはずなのに、とてつもない握力で私の肩の骨を砕かんばかりに掴んでいる。
「え、そ、それはぁ……」
「……お前の事情もある程度理解しているつもりだ。幻影魔法に完全な耐性を持つ者を前にすれば、いくらお前でもどうにもできないだろう」
「そ、そうなんです! あれも仕方がなくて……!」
「だが、上層でお前が部下に自分が死ぬ幻影を見せたことはどう説明するつもりだ?」
「……」
お、追い詰められてるぅ……!
この人の性質悪いところはコーガ君と違ってわりかし頭が回ることだ。
挙動不審になる私に、アーミラさんはフッと笑みを浮かべながら、肩を掴んでいた手を離して私の首に回す。
「無理に説明しなくてもいい。お前もお前なりの考えがあったんだろう。お前の狡猾さは、私も評価しているからな……」
「ア、アーミラさん……!」
「だが、許すとは言っていない」
首に回された腕に力が籠められる。
首はまだ絞められていない! 絞められていないけれど、とてつもない圧迫感ががが―――、
顔を青ざめさせる私に、アーミラさんは笑みを浮かべる。
「これからは、一人でも多く人手が欲しいんだ」
「え、え?」
「逃げようなどと思うなよ? お前の裏切りには目を瞑ってやるから、これからは魔王様、いや、魔族の為に馬車馬のように働いてもらうからな」
「……はい」
もう私は逃げられないことを悟る。
いや、首の皮は繋がったんだけど、別の意味で過労死させられそうなことに……。
アーミラさんに引っ張られた私は、そこで一旦ノノと別れて魔王様の近くに連れ出される。
「む、ハンナか」
「ま、魔王様……」
魔王様が私に気付く。
この方は、私の行動を把握していたはずだ。
叱責を覚悟して俯いてしまうと、予想に反して魔王様は穏やかに声を発した。
「貴様がこの場に残っているということは、つまりそういうことなのだろうな」
「え? えぇと……」
「いや、いい。こちらの話だ。だが、こうも簡単に同胞を変えてしまうとは……やはり、不思議な人間だ」
まるで労うように私の肩に手を置いた魔王様は、そのままどこかに歩いて行ってしまう。
呆然と魔王様の背中を見送っていると、コーガ君が私に気付く。
「おっ、ハンナじゃんか」
「え、ええ……」
コーガ君が話しかけてくるが、弱々しい返事しか返せない。
「お前、ウサトに取っ捕まってたらしいな。いや、お前この迷路みたいな都市でどうやったらピンポイントであいつと遭遇すんだよ」
「いや、なんか魔力の匂いで探知されたみたいです」
「……。まっ! あいつなら何してもおかしくないわな!」
「はぁ……」
この人は本当に呑気そうで羨ましい。
こんな状況にも関わらずからからと笑っているコーガ君に肩を落とすしかなかった。
大 戦 犯 ハ ン ナ
経過はどうあれ結果だけ見ると、とんでもないやらかしをしていたハンナでした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




