閑話 怒りのカンナギ
今回は閑話、カンナギ視点となります。
魔王が自ら敗北を認めた。
最初のその事実を風を操る魔族、ネロから聞いたときは何かの罠かと思っていた。
でも、ネロが先ほどまでの闘気を納め、武器を下ろしたことから戦いが終わったことを悟った。
魔王によって作り出された魔術の帳が解けたのを確認し、急いで都市の中に飛び込んだ先に見たのは―――、満身創痍の魔王と、ウサト達。
しかし、敵対しているわけでもなく、並んで立っている。
ウサトは私を見て安堵した様子だったけど、その時の私は一種の混乱状態にあった。
いや、魔王が生きている時点でそういうことなのは理解することはできたけど、それを魔王の言葉でようやく認識した時は思わずウサトに飛びつくくらいに驚いた。
ウサトが私の力で苦しそうにしていることに気付いて、慌てて離れたが、同時に自分がしでかした行動に赤面すると同時に、凄まじい後悔が襲い掛かってきた。
『だからお前は駄目なんだよ! 見直したかと思ったらすぐにそれだ! この怪力お化け! 恋愛クソ雑魚獣人! スズネ以下!』
頭の中では、もう一人の私が思いつく限りの罵倒を叩きつけてくる。
アマコの目もめっちゃ怖かったし、動けないスズネの暴れ具合も後々怖いし。
だけど、それほどまでの衝撃だったんだ。
私はヒサゴと魔王の戦いに立ち会うことなく、ヒサゴに封印された。
あいつが何か目的があって、魔王軍と戦いながらコソコソと何かをしているのは知っていた。
『恨んでくれて構わない』
ヒサゴのやろうとしていることも、憶測ではあるけど分かっていた。
過去の人間に絶望したあいつは、未来に試練を残した。
今、この時代を生きる人間が過去の戦いを求めていた奴らと変わっていなければ、そのまま魔王に滅ぼされればいい。
変わっていれば団結して戦い、魔王を討てばいい。
バカ野郎だと思う。
なんてことしてくれたんだ、と思う。
生きているあいつと会う機会があったら、私はひたすらに罵倒を叩きつけて、ぶん殴っていたことだろう。
……でも、そうしたくなる気持ちも分かってしまう私もいた。
だからこそ、ウサト達が魔王を生かしたまま戦いを終わらせたという事実が、とても尊いものに思えて仕方がなかった。
「で、お前は何を考えているんだ?」
「貴様は私が常に悪だくみしているとでも思っているのか?」
ウサト達が都市を出た翌日。
魔王を見張る役目として、都市に残ることになった私は魔王の魔術によって変形させられた城の地下に位置する一室で、魔王と相対していた。
傷だらけの服から、魔族の慣れない服に若干、窮屈な思いをしながら、長テーブルを挟んで座っている魔王を睨みつける。
「自分の行いを振り返ってみろ」
「心当たりが多すぎて思い浮かばんな。逆に」
こいつ……。
体中に包帯を巻いた魔王にイラっとしながら、手元に差し出された紅茶を見る。
思わず差し出した魔族の女を見ると、彼女はびくりと肩を震わせながら魔王の後ろに隠れる。
……遺跡に来ていたシエルとかいう魔王の侍女か。
「ひぃ……」
「シエル、機嫌を損ねない方がいいぞ。アレは獣人の中でも特異な身体能力を持つ化物だからな」
「ち、治癒魔法使いさんと同じくらいですか!?」
「ほぼ同じだな」
駄目だ……! ここでキレたら魔王の思うつぼだ……!
我慢する私を、愉快気に笑った魔王は肘をテーブルにかけながら口を開く。
「貴様が私を怪しむのは勝手だが、この結果は私にとっても予想外のことなんだぞ?」
「この状況もか?」
「ああ、私か奴ら、そのどちらかが死んで勝者が決まると思っていたからな」
戦いの時を思い出しているのか、魔王は楽しそうに笑みを浮かべる。
「今だからこそ、言えるが中々に楽しんだぞ。驚きで言えばヒサゴ以上だ」
「……そこまで?」
「さすがに、複数人の人間が融合する姿を見せられれば私でさえも驚愕する」
う、ウサト、魔王相手にもそんな戦い方してたんだ。
もう一人の私と戦った時も、ウサトは新技を繰り出し続けて予知を狂わせるというおかしなことをしていたからなぁ。
彼の場合、同化する対象によって戦い方が変わったりするから、予知魔法を持つ私から見ても本当に何をするか分からないんだよね。
「……これから、魔族は多くの苦難に晒されるだろう。人間達からの干渉、好機と見た人攫い共の脅威などに対処していかなければならない」
「まあ、そうだろうな」
「それに加えて、面倒な問題がいくつかがあるが……その一つが、私だ」
魔王が自身を指さす。
面倒な存在の塊みたいなやつが何を今更?
「ヒサゴは私の力の七割を封印したが、実のところその力は私の内には存在していない」
「……は? それじゃあ、どこに?」
「さあな。この私でさえも探知できないように封印されているらしい。それも、無駄に手を込んでな」
……それじゃあ、出鱈目な魔王の力がまだどこかに封印されているというのか?
ヒサゴの奴、マジで何やってんの?
魔王以外に脅威残しすぎじゃない?
「あぁ、もうあのバカはもう……」
「まあ、それを見つけたとしても今更力には興味はない。だが……私の憶測が正しければ、少し厄介なことになっているかもしれんな」
「厄介なこと……?」
顎に手を当て考え込むそぶりを見せた魔王は、すぐに手をひらひらと振る。
「まあ、それは後回しだ。今は、民が戻れるように都市を元に戻さねばならないからな」
「魔王様は全身ボコボコにされてますから本当は休んで欲しいんですが……」
「多少、無理はしても死にはしない」
魔王の言葉にため息をつくシエル。
封印される以前なら、もっと刺々しく無関心な感じだったが、今はこんなにも違っている。
「お前、なんか変わったな。封印される前は性格最悪のバトルジャンキーだったのに」
「ここにいる私はヒサゴと決着をつけているからな」
否定することもなく、軽く頷く魔王。
「私はヒサゴに敗北した。互いに出し惜しみなく、全ての手段を用いての死闘の末にだ。だからこそだろうか、私は既に戦いに満足してしまったのだよ」
「満足って、お前が?」
「全盛期の私と真の意味で互角に渡り合える存在は奴だけだった。邪龍も、神獣さえも私の好敵手たりえなかったが、奴には私の本気をぶつけることができた」
だから、魔王は戦いに満足してしまった、と。
ある意味で今の魔王の変わりように納得できたかもしれない。
封印から目覚めた魔王には、もう自分のために戦う理由がなく、今度は現代を苦しむ魔族達のために、力を貸していた。
「言うなれば、私の本懐はとうの昔に果たされていたというわけだ」
「魔王様は今も結構、性格悪いと思うのですが……」
「……時々、この私相手に鋭いことを言うな……お前は」
さらっとそんなことを口にするシエル。
魔王もどこか驚いている。
そんな姿を見て、ようやく私は肩の力を抜く。
「ん、そういえば?」
そこでふと、ウサトが都市を出る前に私に話したことを思い出す。
彼は魔王領に残る私にリングル王国に来て欲しいと口にした。
普通ではおかしくないが、彼は“今度こそ”という言葉を使っていたので、そこに違和感を抱いていたのだ。
「おい、魔王。ウサトが私にリングル王国に来て欲しいって言ってたけど、お前なんか彼に言ったのか?」
そう質問すると、思い当たることがあったのか魔王は顎に手を当てる。
「ああ、そういえばウサトに貴様らの過去を見せたな」
「は? どれくらい?」
「おおよそだ」
「私がいくつぐらいからだ」
「ヒサゴと遭遇した時、貴様がみすぼらしい子供だった頃だな」
私は鞘に納められたままの刀を魔王に振るう。
奴は笑いながら、魔術で防ぐ。
「お前ぇ! なんてことするんだ!!」
「ハッハッハッ」
だ、だからウサトは私がリングル王国に来てくれたら的なことを言ってたのか!
心情的にはその気持ちは嬉しいんだけど、それを含めて私の過去が暴露されたことに怒り心頭だよ!!
「貴様が荒んでる頃の姿も勿論見せてやったわ。ハッハッハッ」
「私のイメージが崩れるだろうがぁ!」
「その程度のことを気にするような奴ではないだろう。しかしなんだ? 奴に気があるのか?」
図星を突かれ、思わず呻いてしまう。
それで肯定と解釈した魔王は、にやりと口の端を歪ませる。
「面白い、戦場を駆けていた猪が、ようやくその歳になって恋心とはな。これには既にくたばってる奴も、高らかに笑っていることだろうよ。どれ? この私が手伝ってやろうか? ん?」
「……ッ! ……ッ!」
ここでキレては魔王の思うつぼ。
しかし、煽ってくる奴を一発殴らなければ気が済まない。
だが、ここで落ち着かなければならない。
肩で息をしながら、柄から手を離して元の席に戻る。
『バカンナギ! 協力してくれるなら利用しろ! くだらないプライド持って姉に先を越された時を忘れたのか! 今のお前は、姉の子孫のアマコと顔合わせてる悲惨な女なんだぞお前! おい、バカンナギ聞いているのか!』
どうしよう、内側の私の罵倒にキレそう。
しかもなんでバカとカンナギでバカンナギという酷い悪口を考えつけるんだ……!
目の前には、無駄に口喧嘩と煽りが強い魔王。
内には、私を色々な意味で追い詰めてくるもう一人の私。
色々とくじけそうになりながらも、私はここで魔王を見張らなければならなかった。
魔王にとっては、カンナギは同じ過去を知る者なので、そこそこフランクです。
戦う必要がなくなった今、めちゃくちゃ煽って楽しんでいます。
今回の更新は以上となります。
次話から、次章が始まる予定となっております。




