第二百七十七話
お待たせしました。
第二百七十七話です。
それから大変だった。
魔王の魔術によって、彼が敗北を認めたことは都市にいる全ての魔族達に知らされた。
普通なら大混乱に陥るはずだったがそこは流石の魔王、驚くべき手腕と話術で鎮めさせながら、これからの魔王軍―――否、魔族達の方針を語っていった。
それに合わせて、魔王と共に僕達は地上に上がることになった。
意識を取り戻したカズキは僕が肩を貸し、魔術で縛られて動けない先輩はブルリンの背中に洗濯物のように載せられながらネアに解呪してもらっている。
レオナさんもフェルムもアマコも、ちゃんといる。
それに加えてだが、魔王に付き従うアーミラとコーガもいる。
……改めて考えなくても、凄い状況だな……!
集まる魔族達の視線。
恐怖とも、怒りともとれる視線を集めながらも、魔王は突然僕の背中を叩くように押し出す。
カズキを倒しそうになり、魔王を睨みつつ前を向くと、魔族の兵士達の視線が集まる。
「この人間に私達、魔族の未来を託してみることにした。……私を殴り倒した治癒魔法使いだ、まさしく悪魔のような強さだったぞ?」
この時、僕に対する魔族の認識が決定づけられたのはいうまでもないだろう。
大きなざわつきを見せる魔族達に、頭を抱える僕と楽しそうに笑う魔王。
とりあえず、後ろで爆笑しているコーガに頭突きを叩き込もうとしていると、建物の上を猛烈な速さで走っている二つの人影に気付く。
その影は、僕達の前に降り立つと一人は僕、もう一人は魔王の元へと駆け寄った。
「皆、無事かな!?」
「ナギさん!」
僕の前に降りてきたのはナギさんだ。
先ほどまで苛烈な戦闘を行っていたのか、着ている服はところどころ汚れ、斬り込みが入ってはいるが大きな傷は負っていないようだ。
彼女は僕達の姿を一人ずつ確認すると安堵に胸を撫でおろした。
「戦いが終わったと聞いていたけど、これは一体……魔王も生きているし……」
魔王の方を見れば、彼の前に一人の男が立っている。
ネロ・アージェンス。
ナギさんが足止めをしていた魔族の剣士は、静かに魔王に声を投げかけた。
「……魔王様」
「ああ、ものの見事に打ち負かされたぞ。それも素手でな」
ネロはこちらを一瞥すると、驚きの表情のあとに笑みを浮かべる。
「この結末も、また運命か」
彼は腰にさしてある鞘の納められた剣を手に取る。
咄嗟に身構える僕達だが、彼はそれを地面へ投げ捨てた。
地面に落ちた剣を一瞥もせずに、ネロは魔王に膝をつく。
「私は、貴方様のお言葉に従います。今までも、これからも」
「まったく、貴様も貴様で律儀だな。……どうなってもしらんぞ?」
「お互い、治癒魔法使いに痛い目にあった身。今更です」
「ハ、確かにな」
魔族最強の剣士であるネロが武器を手放した。
その意味を理解した兵士達も、諦めるように手に持っている武器を地面に落としていく。
「魔王を生かしたまま、戦いを終わらせたの?」
「はい。……これからが大変ですけどね」
それでも半信半疑なのか、彼女は魔王を見る。
「魔王、嘘をついてるんじゃないだろうな?」
「この期に及んで騙すようなことをするはずないだろう」
「……」
「私はそこの治癒魔法使いに敗北した。勇者ではなく、ただの人間にだ。その意味が貴様にはよく分かっているだろう?」
ナギさんがこちらを振り向く。
暫しの無言の後、肩を震わせた彼女はとてつもない勢いで飛びついてきた。
最早、タックルと言われても遜色のない勢いに驚きながら受け止める。
瞬間、僕の胴体が圧倒的な力で締め付けられる。
「君達はっ……! 君はヒサゴのっ、あの分からず屋の想定を超えた!」
「そ、そう、ですねぇ……!」
「すごいよ! 魔王を殺さず戦いを終わらせるなんて!」
ローズ並みのパワー……ッ!
嬉しいのは分かりますけど、今の疲労した状態じゃ割ととどめさされそうなんですけど。
体ごと持ち上げられ、ぐるぐると回される。
その喜びようからして腕を解くのも憚られたので、されるがままにしていると、アマコがナギさんに話しかける。
「カンナギ、ウサトが気絶しちゃうからそろそろ離れて」
「あ……え、ご、ごごごめん! ……うぅ、誰が怪力バカだよぉ」
解放されて呼吸を整えていると、ナギさんが独り言をつぶやいている。
恐らく、もう一人のナギさんが何かしら言っているのだろうが、あまり触れない方がいいだろう。
本人も反省しているし。
「くっ、ボディさえ動かせればァ……! カンナギに対抗できるのに……! ボディさえぇ!」
「ネア、解呪しても拘束の呪術かけとけ」
「貴女、スズネに対して厳しすぎない?」
「ボディィィ……!」
ブルリンの上で怨嗟の声を漏らしている先輩を呆れたように見下ろしているネアとフェルム。
先輩はまだまだ復帰に時間がかかりそうだ。
「は、はは、先輩は元気そうだなぁ」
「カズキ、ごめん。肩貸すよ」
「ありがとう、ウサト。……だけど、問題はこの後だよな」
「うん、そうだね」
もう一度、カズキに肩を貸しながらレオナさんへ話しかける。
ナギさんとも合流できたことだし、ここで今後どうするべきかレオナさんに相談してみよう。
「レオナさん、戦い自体は終わったのですが、これからどうすればいいですか?」
「戦いが終わってもここは敵地であることには変わりない。魔王が敗北を認めたとしても、襲撃に遭う危険があるので、長居するべきではないだろう」
幸い、先輩以外は疲労しているだけだ。
だけど、ここでの問題はこのまま全員で帰ることだ。
僕と同じことを考えていたのか、先ほどまで騒がしかった先輩が顔だけをこちらに向けて口を開く。
「ここまできて、魔王を信用していないとは言わない。だけど、ここを見張る者が必要だね」
「僕が残りますか?」
「マジで、お前残んの!?」
コーガの楽しそうな声で一気に残りたくなくなった。
残ったらきっとこいつの襲撃に遭うんだなぁ、とため息をつく。
最後まで魔王と戦ったという点と、治癒魔法ですぐに元気になるという点では僕が適任だと思う。
「いや、私が残るよ」
「ナギさん?」
「私は予知魔法を持っているからね。不測の事態でもすぐに対応できる。……それに」
ナギさんが魔王を横目で見る。
その視線は依然として鋭いままだ。
「——魔王と、話すべきこともあるからね」
「……分かりました」
たしかにナギさんなら適任だ。
それに、魔王となにか話したいらしいので、止める理由もない。
だけど―――、
「ナギさんにはこの時代のリングル王国に来て欲しいので、できるだけ速く帰れるようにします」
「ん、どうして?」
「今度こそナギさんにはリングル王国に来て欲しいですから」
「……んん? 今度こそ?」
ついには、ヒサゴさんとナギさんが向かうことのなかったリングル王国。
時代こそ違えど、僕達の知るリングル王国は穏やかな国だ。
ヒサゴさんはいないけれど、せめてナギさんにはリングル王国に来て欲しいと思う。
首を傾げるナギさんに苦笑しながら、魔王へと向かい合う。
何度も殴り合って、お互いボロボロだけど、それでも僕達は生きたまま立っている。
その事実だけが、この戦いの最良の結果とも言えるだろう。
「ナギさんがこの場に残ります」
「当然だな。見張りの者がいなければ、こちらから言わなければならなかったぞ」
魔王の言葉に苦笑する。
魔王側にとっても体裁というものがあるだろうからな。
誰も置いて行かずにここを出たら、逆にリングル王国や他の国に警戒されてしまう可能性がある。
「恐らく、そう遠くないうちにまた顔を合わせることになるだろう」
「そう、でしょうね」
「貴様が私に口にした通りに動くならば、貴様の行動には責任が伴うことになる。それを肝に銘じておけ」
「……はい」
頷くと、魔王が掌を翻し、白い渦のようなものを作り出す。
白い渦の先には、見覚えのある森と切り刻まれた木々が見える。
僕達が最初にネロに襲撃された場所―――それを認識すると共に魔王を見る。
「ここを通れば、都市から出ることができる。本来なら、魔王領の外に繋げることもできるのだが、魔力もなくてな。これで我慢しろ」
「いえ、歩くのは慣れてますから」
書状渡しの旅も、ここまでに来る旅路もずっと歩いてきた。
そこに近道なんてなかったし、だからこそ真っすぐに目的地まで歩いてこれた。
それは帰り道も変わらない。
「最後に、貴様らにこれを渡しておこう」
すると魔王は掌に一枚のスクロールを取り出す。
それは戦いの前に僕達に見せた、ヒサゴさんのために用意されていた元の世界への帰還術式が記されたスクロール。
魔王はそれを僕に手渡す。
「本物、だったんですね」
「私が紛い物を渡すとでも思ったのか? ……ファルガにでも渡せば、貴様らを元の世界・時代に戻せるように調整できるだろう」
「だけど、これは先代勇者……ヒサゴさんのために用意されたものだ」
カズキの声に魔王は頷く。
「たしかに奴のために用意されたものだ。このスクロールにもヒサゴのいた世界と時間が情報として刻まれている。だが、それを白紙に戻し新たに貴様達の情報を刻めば、スクロールは機能するだろう」
「情報?」
「形のあるものではない。強いて言うならば“匂い”というべきか。それが貴様らにとっての座標となる」
……正直、良く分からないがこれで元の世界に戻れるかもしれないというのは本当のようだ。
手の中にあるそれを目にして、目を瞑る。
脳裏に移るのは元の世界に残してきた“心残り”
それら全てを思い浮かべて、顔を上げる。
「僕には、必要ありません」
「……決意は揺るがないか」
「もう、決めたことですから。これが使われるとしたら、僕ではないでしょう」
スクロールを団服にしまう。
肩で支えているカズキが難しい表情をしているけど、これはカズキ自身が決めることだ。
僕が下手に口をだすべきじゃない。
それに、もしカズキや先輩にそんな相談されてしまったら、僕はきっと彼に残って欲しいと願ってしまうだろう。
だから、僕から二人にいうことは何もない。
「ならば、往くがいい」
「ええ、また会いましょう」
そう言葉を交わしたあとに、僕はナギさんへと振り返る。
「あとはよろしくお願いします」
「任された。君も頑張って」
「……はい」
そのままカズキを支えながら僕は白い渦へと足を踏み入れる。
一瞬にして、魔族達のいる都市から離れた場所に移動した僕達は、改めて都市へと振り返る。
「終わったんだな」
「うん」
カズキの呟きに頷く。
そう認識した途端に、身体から力が抜けてその場に座り込んでしまう。
全員が同じようで、張り詰めた糸が切れたように疲労が襲い掛かってくる。
「も、もう疲れた」
「私も、当分は予知魔法は使いたくない」
「は、はは、私もアーミラとの戦いでかなり消耗していたようだ。我ながら熱くなってしまった……」
全員が全力を尽くして戦ったからなぁ。
これは、どこか安全な場所を見つけて休息を取らなくちゃならないな。
「スズネ、私も疲れたわ……眠いわ」
「私がまだ解放されてない! あぁ、もう船漕いでる!」
「痛みのある魔術は解呪したから、あと二時間くらい我慢して……」
フクロウに変身したネアがふよふよと飛びながら僕の肩に留まる。
そのまま目を閉じると、静かに眠ってしまった。
「ね、ねえ、ウサト君。私はいつまでこのままなのでしょうか?」
「……ここまできたら先輩、腕力で壊せませんか? こう、バキィーンって」
「こ、壊せないよぅ!?」
見たところあともう一つくらいだし、なんとかできないものか。
涙目の先輩を見かねたアマコが彼女に話しかける。
「でもブルリンにずっと抱き着けるからいいんじゃないの?」
「ハッ、確かにそうだよ!? 合法的にブルリンと触れ合える!!」
「グルァ……」
「それでいいのか先輩」
言い回しが怪しすぎるんですけど。
なんともしまらない結果に肩を落としながら、引き続きブルリンに先輩を運んでもらう。
「……」
去り際に魔族達のいる都市を見る。
魔王により作り変えられた都市は、彼の魔力が戻り次第すぐに元の姿に作り変えられるだろう。
それからは、彼らは不安に苛まれながら日々を生きることになる。
「もう、同じことは繰り返させちゃ、駄目だよな」
二度と戦争なんてごめんだ。
戦いが終わっても両種族の禍根は残るだろうが、それでももう戦争は起こしてはいけない。
……まずは、休息して身体を休めてから、リングル王国に帰ろう。
それからやらなくちゃいけないことが沢山ある。
まあ、確実にローズには怒られるだろうけど、それもやむなし……!
多分、一番元気なのが先輩。
これにて魔王との戦いは終わりとなります。
いくつか閑話を更新した後に、次章へ移ります。
今回の更新は以上となります。




