第二百七十六話
昨日に続いての更新となります。
そちらを見ていない方はまずはそちらをー。
カズキ、先輩と続いて、今回は魔王の視点から始まりとなります。
ここまで追い詰められたのは、まさしくヒサゴと戦って以来だ。
血のにじんだ拳に、右肩に深く刻まれた傷。
そして、これまでにないほど消耗した魔力。
自身の状態を今一度確認した後に、私は最後の大技――魔撃の呪術を落とした空間に視線を移す。
「……」
私に残っている魔力は残り少ない。
だからこその賭けとして技を放ったが、あれで奴らは終わりなのか?
始末できる程度の威力はあったはずだ。
だが、それでも倒せたという確信が湧かない。
「……いや、立ち上がることを望んでいるのか、私は」
奴が口にした世迷言。
それは到底叶うことのないものだ。
だが、それを分かっていたとしても面白いと思う感情があった。
「———ああ、そうか」
ここまでで奴のことを知り、理解を深めた。
ならば、この煙の先でわざわざ奴の生死を確かめるまでもない。
私が知るウサトという男ならば―――、
「魔王ォォォォ!」
「当然、折れずに向かってくるだろうな」
煙の中から突撃してきたウサトの拳を受け止める。
同化は解いているのか、奴の身体を覆う闇魔法も、先ほどまで左腕に取りつけられていた籠手も消え失せ、今奴の武器ともいえるものは右腕の籠手しかない。
だが、それでも―――今の私にとっては強敵に他ならない。
「二人の仇は討つ!!」
「いや、死んでないわよぉ……!?」
「普通に生きてるぞぉ……!!」
煙が晴れた先には、ウサトと同化していた者達が倒れ伏しているが、全員生きている。
残ったのがウサトだけだとすれば、奴を守るためにそれ以外の者達が魔力弾を防ぐように尽力したということか。
最早、魔術すらもかなぐり捨てて拳を構える。
「魔術がなくとも、私は魔王だ……!」
「僕だって治癒魔法がなくても、救命団だ!」
「意味の分からないことを!」
繰り出される蹴りを脇腹と腕で挟みこむように掴み、そのまま壁へと放り投げる。
壁に激突しながらも、すくりと起き上がりながら奴は先ほどから変わらない突撃を仕掛けてくる。
———同化を解いた今、ただひたすらに肉弾戦だけを仕掛けてきている。
「だが、今の私にとっては効果的だろうな……!」
下手に策を弄されるよりも遥かに厄介だ。
そういう、下手な考えを巡らせない輩はまず躊躇はしない。
なにせ、なにも考えていないからだ。
だからこそ私も、そういう気概で迎え撃つことができる。
「フン! ヌゥン!!」
満身創痍のはずが底なしの体力と気迫で攻めてくる。
それでもなお繰り出される拳は芯に響くほどの力が籠められている。
「だがな!」
こちらも負けてやるほど優しくはない。
拳を捌き、振り回すように繰り出した肘をその顔面に叩きつける。
「どうした、貴様の覚悟はその程度か……?」
「……まだ、まだ!」
額の血を拭いながら顔を上げた奴に、もう一度構えを取る。
今の奴の姿に一瞬の賞賛の心すらも抱きながら、挑発の言葉を口にする。
「さあ、貴様の理屈を通したければ私を殺してみろ……!」
「———は?」
動きかけたウサトの動きが突然止まる。
私の繰り出した拳はそのまま奴の顔面に叩き込まれるが、奴はのけぞりもせずに受け止めた。
「ッ!」
「———」
奴が何かを呟くと同時に、強烈な打撃が腹部に叩き込まれる。
力任せに振り回された腕が叩きつけられたと認識したその瞬間には腹部の痛覚が消え、雷の勇者に刻まれた傷が癒されていることに気付く。
「貴様……! ここまで来て、私を愚弄するつもりか……ッ!」
―――治癒魔法をこの私に施した。
この勝負の最中にそのようなことをする奴に怒りを抱くが、眼前に立つ男は私以上の怒気と共にその表情を悪鬼の如く歪めていた。
「ああ!? 愚弄してんのはどっちだ、この野郎……!!」
怒りの声と共に突き出される拳。
それを両腕で受け止めるも、その強烈さに後ろに下がらせられる。
ッ、人が変わったように怒り出したな……!
「なぁにが殺してみろだぁ!! ここまで来て、僕のことを全然理解できてねぇのか貴方は!!」
「……ッ!」
「魔王ってのは強さだけかァ!? ふざけたこと抜かしやがって……!」
怒りのまま叫ぶウサト。
柄にもなく頭に血が上る。
封印される以前ですら長らく怒りを表すことのなかったが、消耗と疲労のあまり激情に支配される。
この程度のことで感情を揺るがされるのは、なんともくだらないと言いたいところだが、予想外の行動を取り続ける奴を相手に、理解しろというのはなんともまあ苛々とさせる……!
私は近づいてきた奴の襟を掴み、頭突きを叩き込む。
「訳の分からん行動しかしない貴様を理解できる者の方が少ないだろうが……!!」
「ッ、なら、今この場で理解しろ!」
私も奴も、冷静さを欠きながらも互いの攻撃を受け、避けながら打撃を入れていく。
『う、ウサトがキレてる……』
『魔王相手になにしてんだ……?』
『それでこそウサト君だ……! それよりネア、私の魔術解いて……』
『スズネ、地味に元気だよね……』
奴の左腕を掴み、奴に私の左腕を掴まれながら睨み合う。
最早、力は拮抗するところまで落ちた。
今の私と、ウサトの身体能力は同等だ。
「僕がいつ! 貴方を殺すといったんだ!! ああ!?」
「貴様ののたまう理想には、私の存在は障害に他ならないだろうが!! まさか、そのような甘い考えでよくも大言を並べられたものだな!!」
私と言う魔王が存在することで、人間は魔族にいらぬ恐怖を抱き、魔族もありもしない希望を抱く。
だからこそ、私が魔王として敗北するその時は死を意味している。
それは、ヒサゴが描いたであろう筋書き。
団結して私という巨悪を打ち倒す物語の終着点に他ならない……!
「逆だろ!」
だが、私の言葉とヒサゴの思惑は目の前の治癒魔法使いの言葉によって崩れ去る。
力任せに頭突きをし私をのけぞらせた奴は、肩で息をしながら声を荒らげる。
「ここで死んで楽になろうとしてんじゃねぇぞ……!! 貴方にはなぁ、もっと魔族のために頑張ってもらわなきゃならないんだ!! だから意地でも生かして倒す!!」
「な、に……!?」
「僕の見据える未来には、貴方の存在が不可欠だっつってんだよ!!」
地面を蹴り向かってくる奴に、動きが鈍る。
攻撃を受けながらも、ハッと我に返った私は逆にウサトの腕を掴み地面に叩きつける。
「ぐはっ……!」
「私に、この先の世を生きて苦しめとでもいうのか……!」
「ッ、それが貴方への罰になる!」
「ふざけるな……!」
頭を潰すつもりで足を振り下ろすが、すぐに起き上がり回避される。
再び肉弾戦が繰り返されるが、その最中私の頭は思考の渦に呑まれかけていた。
ああ、ふざけているとも……!
目の前の阿呆はどれだけ異常なことを考えているのかを理解した上で実行しようとしている!
魔族のため、人間のため、あらゆる障害を乗り越え、破壊するつもりで困難極まりない未来を進もうとしている!
未来のために現在を諦めたヒサゴ。
未来のために現在を生きようとするウサト。
その在り方は既にヒサゴを―――、
「オ、オオオォ!」
「ッ!」
気づけば、私の腕は奴が振り上げた左腕にかちあげられる。
一瞬の思考の空白―――露わになった胴体にウサトの右腕がめり込み、強烈な痛みが脳に伝わる。
膝をつきかけるが、なんとか耐えた私が奴を見上げると―――、
「貴方を……ッ、ぶん殴って、勝つ!!」
―――肩で息をしたウサトが、掲げた左腕を振り下ろそうとしていた。
「食らえ!!」
憎悪もなにもない、強い意思が込められた瞳。
籠手を纏われていない、治癒魔法が纏われた拳。
防御しなくてはと思うが、身体が動かない。
余力がないわけではないが、他ならぬ私自身が今この時———、
「治癒パンチ!!」
———この男を前にして、敗北を認めていた。
そう認め、瞳を瞑った次の瞬間、頬に衝撃が貫いた。
●
渾身の、文字通りに最後の力を籠めた治癒パンチ。
それは膝をつきかけた魔王の顔面を殴り抜き、そのまま大きく吹き飛ばした。
「———う……」
拳を振り抜いたまま前のめりに倒れかけると、僕のすぐ傍に跳躍してきたブルリンが身体を支えてくれる。
「グルァ!」
「ブルリン、ありがとう」
「ウサト!」
その後すぐに先輩達のところにいたアマコが駆け寄ってくれる。
アマコだけが唯一まともに動けるんだったか。
先輩は、ネアに解呪されているから時間がかかるんだろうけれど……。
「アマコ。……魔王は?」
「そこに……」
魔王の方へ視線を向けると、そこには殴り飛ばされたまま床に背をつけた魔王が倒れ伏しているのが見える。
意識はあるようだが起き上がってくる様子はない。
ブルリンに支えられながら、魔王の元に歩み寄ると彼は虚空を見上げたまま自嘲気味な笑みを浮かべる。
「まさか、治癒魔法使いに殴り飛ばされるとはな……」
「魔王……」
「敗北を認めよう。貴様の勝ちだ」
その言葉を一瞬理解できなかった。
数秒かけてその意味を理解すると、魔王は穏やかな表情を浮かべていることに気付く。
「完膚なきまでの敗北ではあるが、今ではそれでいいと思っている」
「いいんですか?」
「貴様の行く末を見届けてみるのも、面白そうだからな。ここで死ぬよりはさぞ愉快なことになりそうだ」
愉快とか酷い言われようだな……。
そのまま上半身を起こした魔王は、掌に小さな魔術を浮かべる。
すると、この空間で浮かび上がっていたブロックが元に戻っていく。
僕達が乗っているそれらも、ゆっくりと床に降りていく。
「まずは、戦いを終えたことを知らせねばな」
「……起きて大丈夫なんですか?」
「戯け、先ほど治癒魔法で私を攻撃しただろうが。嘗めたマネをしおって……」
恨み言を口にする魔王に、苦笑いを返しながらブルリンの背に手をつきながらなんとか身体を支え、後ろを振り返る。
カズキは気絶して、先輩はネアに魔術を解呪されている最中だけど、それでも全員生きてくれている。
「———終わった、のか」
ついに、魔王との戦いが終わった。
魔王を殺さないことが、この先どのようなことが起きるかは分からないけれど、今はこの結果に満足するしかない。
「魔王軍は解体。その後、降伏する旨を記した書状を送ろう」
「……はい」
「必要があれば私自らが投降しよう。それから先は、貴様らリングル王国に委ねる」
いや、むしろこれからが本番だ。
あくまでこれは第一歩でしかない。
今後は、休む暇がないくらいに奔走する羽目になりそうだな。
「だけど、今は休まなくちゃな……」
とにかくもう今にも気絶しそうなほどに疲れているので、とりあえずブルリンの背に身体を預けようとしたその瞬間―――元の形を取り戻した大広間の扉が、勢いよく蹴り破られる。
「魔王様ッ!」
「待て! アーミラ・ベルグレッド!! まだ戦いは終わってないぞ!!」
飛び込んできたのは赤い髪の魔族、アーミラ・ベルグレッドと、その後ろから追ってきたレオナさんであった。
戦いは続いていたのかどちらも煤やら解けた氷でみずびたしであったが、アーミラは僕の前に傷だらけで座り込んでいる魔王を目にして、怒りの表情を浮かべるって……ん?
「貴ッ様ァァ――!」
「ちょ、ちょちょちょ!?」
「魔王様は、やらせん!!」
炎をまき散らしながらアーミラがこちらに飛び掛かってくる。
レオナさんとの戦いで疲労しているのか、剣にしか炎は纏われてはいないが、それでも疲労しきっている僕には受け止められるか怪しい。
アマコとブルリンから離れて剣を避ける。
「ま、待ってください! 戦いは終わったんです!」
「黙れ! 貴様を道連れにして私も自刃する!!」
「なんで!?」
駄目だぁ!? 完全に状況を勘違いしてる!?
魔王も止めようとしているが、頭に血が上ったアーミラに声が届いていない。
続けて繰り出される斬撃を籠手で受け止めようとした―――次の瞬間、僕とアーミラの間に黒い何かが割り込み、炎に包まれた剣を受け止めた。
「やめろ、アーミラ!」
「なっ!?」
闇魔法に包まれた左腕でアーミラの剣を防いだのは、コーガであった。
彼は剣を受け止めながら、後ろにいる僕を見てニヒルに笑いかけてくる。
「へっ、間一髪だったな」
「お……」
「お? なんだ感謝か?」
「お前なんぞに助けられるとは……!」
「酷くない? 命の恩人だよ?」
ガチで悔しがる僕に、頬を引き攣らせるコーガ。
しかし、アーミラは怒りの形相のまま剣を押し込み、コーガを睨みつける。
「コーガッ! そいつに味方するつもりか!!」
「いや、ちげーよ……頭に血が上るのは分かるが周り見ろ」
「……は?」
そこで我に返ったのか、アーミラは周囲を見回し魔王様の姿を見る。
満身創痍ながら、戦いの時とは違った穏やかな表情の彼を見て、彼女もその剣を下ろした。
「アーミラ、もういいのだ」
「で、ですが……!」
「私は、そこの治癒魔法使いに敗北した。この通り、生かされてな」
「……!」
「私達の戦いは終わったのだ」
魔王の口から発せられた言葉に、アーミラはその手から剣を取りこぼす。
僕と魔王を交互に見て、瞳に涙を浮かべた彼女は振り絞った声を震わせる。
「……じ、自刃します」
「は?」
「「いや、なんでだ!?」」
呆気にとられる魔王と、奇しくもコーガと声が重なってしまった僕。
泣きながらナイフを取り出したアーミラを、なぜか僕とコーガが全力で止めにかかる。
「離せぇ! 私に生き恥を晒せというのか!!」
「ウサト! ナイフッ! ナイフとれ!!」
「ハッハッハッ! あぁ、なんともまあ、しまらないな」
「あんたも笑ってないで止めろぉ!!」
笑っている魔王に怒鳴りながら、アーミラからナイフを奪おうとする。
ここで意味不明な人死を避けなければ……!
魔王を倒したあとなのに、なんでこんなヒヤヒヤさせられるんだ!?
『ネ、ネア! 早く解除してくれ! あっちが楽しそうなことになってる!』
『スズネ、私もね、疲れてるのよ? 魔術でその口縫い付けるわよ?』
『やってしまえ! ネア、やれぇ!』
『ひぃ!?』
そんな愉快な先輩達の声が聞こえるが、なんとかアーミラからナイフを取り上げた僕はそれを床に投げ捨てながら、その場に座り込む。
それでアーミラは大人しくなったが、衝撃のあまりまだ立ち直れそうにないようだ。
「ウサト! じょ、状況は分からないが無事だったか?」
「レオナさん……!」
こちらに掛けよってきたレオナさんの姿を見て、安堵する。
彼女に差し出された手を掴み、立ち上がるとアマコとブルリンもやってくる。
「ははは、見ての通り、戦いは終わりました」
「うん、ウサト達の勝ちだよ」
僕とアマコの言葉にレオナさんは、生きている魔王の姿を見てなにかを言いたげにしたが、すぐに笑みを浮かべる。
彼女は手に握りしめていた槍をペンダントに戻すと、今にもふらつきそうな身体を支えてくれる。
「なんともまあ……君らしいな」
「これが正しいのかは分かりませんけどね」
「……私の知る勇者の物語では、魔王は倒されている。間違っても魔王を生かしたなんてことは記されてはいなかったが――」
そのまま先輩達の元に進んで行きながら、レオナさんは続きの言葉を発する。
「こういう結末は嫌いじゃない。君らしいと、心の底からそう思う」
「……ありがとうございます」
「フフ、礼を言うのはむしろこちらの方だがな」
厳しい戦いは終わりを迎え、僕達は勝利を手にした。
だけど、魔王軍との戦いは終わりを迎えたけれど、僕にとっての戦いはまだまだ続いていくのだろう。
「その前にまずは……」
「スズネ、お前今後同化出禁な」
「そんな!?」
「当然よ。騒がしいったらありゃしないわ……」
「これが同化内パワハラ……!?」
気絶しているカズキと、騒がしい仲間達の元に行こう。
先輩達の様子を見て呆れた顔のアマコと、苦笑しているレオナさんに眠そうに欠伸をするブルリン。
そんな彼女たちの姿を見て、安堵しながら僕は歩みを進めていくのであった。
激怒ウサトの渾身の治癒パンチでの決着。
魔王を相手に全てを使っての勝利となりました。
そしてなぜか相棒面のコーガェ……。
今回の更新は以上となります。