第二百七十五話
第二百七十五話です。
前回はカズキからの視点で始まりましたが、今回は先輩からの視点で始まります。
―――元の世界には帰らない!
その言葉を聞いたその時、私は頭が真っ白になった。
まさか、今の時点で彼がそこまでの覚悟を持っていただなんて思わなかったし、自身の理想のために人生までを賭けようとしているだなんて想像もしていなかったからだ。
『ウォォ!』
魔王に電撃を纏わせた両拳を振るい続けるウサト君。
魔王もこれまでの戦いを楽しむ余裕は捨て去り、真正面から彼の攻撃を受け止め、魔術で反撃を行っている。
どちらも力を出し尽くすつもりで戦っている。
この戦いの勝者を決めるために―――、
「もう、決めたんだね……」
彼はもう後ろを振り返らず、ただ未来だけを見据えている。
元の世界に未練のない私とは違って、ウサト君には再会したい友達や家族がいるはずなのに、彼はこの世界の人々のために生きることを選んだ。
それが、どれだけの覚悟がいるかは想像もできない。
「なら、私も腹を括ろう!」
戦闘中の彼に聞こえないだろうが、それでも言葉にする。
元の世界には未練はない。
だけど、それでも君が元の世界を選んだとしたら、私はきっと迷いなく君のいる世界を求めるだろう。
「君が、ウサト・ケンがいない世界なんて耐えられないか―――」
「どさくさに紛れて、なに宣言しようとしてんだお前!!」
「ぐふぅ!?」
横からどつかれ、市場のマグロのように不思議空間の中を転がる。
かろうじて動く左手で頬を押さえながら顔だけそちらを見ると、笑みを引き攣らせたフェルムが私を見下ろしていた。
「い、今、心構え的な大事な宣言をしようとしてたのに!?」
「そんなの後でやれぇ! さもないと追い出すぞ!」
「スズネ、ちゃんとやって!」
「は、はぁいっ!」
ウサト君内のヒエラルキー最下位の私……!
フェルムとアマコに叱咤され、戦闘に意識を向けた私は先ほどから並行して行っていた魔力の供給を、さらに複雑化させる。
「ウサト君! 私の魔法の一部を委ねる! 思う存分使っちゃって構わないからね!!」
『はい!』
私の言葉通りに、ジャキンと腕から闇魔法の刃を伸ばしたウサト君が、刀身に電撃を纏わせる。
足元を薙ぐような魔王の攻撃を跳躍で飛び越えた彼は、空中で剣を振るう。
『ライトニング治癒破裂斬!』
わ、私の要素が入った技!?
刃から放たれる三日月状の電撃。
虚を突いたのか、動揺しながら魔術で防ぐ魔王。
「だささの悪夢再来!?」
『お前嘘だろォ!?』
なぜかネアとフェルムが悲鳴を上げ、アマコが額を押さえているがとにかく隙は作れた。
だが、そこでアマコがウサト君に止まるように指示を出し、下がらせようとすると、瞬時に魔術を浮かべた魔王が右腕に左手を添えながら、大量の魔力を籠めていることに気付く。
『複合魔術、火炎・魔転の呪術……!』
ウサト君の周囲に展開される黒色の文様。
これは、天嵐の呪術を使った時と同じ……!?
私が声を上げる前に、先で予知でしったアマコが声を上げる。
「ウサト! 熱線がくる! それも周りからたくさん!」
『全てはじき返す!』
両の掌を開き、縦に並べるように構えたウサト君が、魔王の攻撃を待ち構える。
次の瞬間、魔法陣から機関銃を連想させるほどの、熱線が連続して放たれる。
『いや、これ死ぬわ! 耐性の呪術はかけるけどもぉ!』
『いいや!』
ネアを庇うように半身に構えた彼は、両腕に紫色の電撃を纏わせる。
ッ!? 部分的に雷獣モード3を発動させた!?
いや、なんでできるの!?
『僕が護る!!』
全方位から迫る熱線を前にして、ウサト君の防御に構えた両腕が紫電と共に掻き消える。
瞬間、彼に迫った赤い閃光が見えない壁にはじき返されるように無作為に跳ね返り、周囲のブロックに直撃し大きな爆発を引き起こす。
『———ッ!』
尋常じゃない速さでウサト君が熱線を籠手で跳ね返していく。
数秒ほどの攻防を繰り返していると、カズキ君の魔力弾が彼を取り囲む魔術を破壊していく。
『ありがとう! カズキ!!』
『お前は一人じゃない!』
弾力付与で跳躍したウサト君は、一気に魔王と肉薄する。
彼の籠手と、魔王の腕を覆う魔術が激突し、今にも額がぶつかりそうな距離にまで近づく。
『同じことを考えてしまうな……!』
『何がです!』
『貴様はヒサゴとは違うとな!!』
『ええ! 彼の過去を見た今、違うと断言できるでしょうね!!』
互いに腕を弾き飛ばし、回し蹴りを叩き込む。
防がれた反動で反転して地面に着地したウサト君は、至近距離で電撃を放つ。
『ヒサゴさんは一人だった! 一人で悩んで、一人で戦って! たった一人で全てを背負ってしまった……!』
『それを可能にする力があっただろうからな!』
電撃を打ち消され、繰り出された拳を額で受け止める。
後ろに下がりかける彼だが、あろうことかそのまま首の力だけで拳を押し返す。
『だけど、僕は一人だけじゃただの力が強いだけの治癒魔法使いだ! きっと、一人では貴方に太刀打ちすらできなかったでしょう!』
『っ!』
のけぞった魔王にウサト君が一気に接近する。
そうはさせまいとばかりに瞬時に熱線を放ってくる魔王だが、あろうことかウサト君は胸にいるネアを守るように籠手を構えながら、熱線に飛び込んだ。
『ッぐ……! だけど、僕には仲間がいる! 信頼する仲間達がいる! だから、ヒサゴさんとは違う!!』
肩と脇腹、足に直撃を受けながらも魔王の懐に飛び込んだウサト君は解いた両拳に紫電を纏わせ、目にも止まらないラッシュを叩き込む。
瞬時に魔王の身体を覆う魔術が破壊され、最後に両拳を魔王の身体に突き出す。
『食らえ! 電撃・連撃双拳』
『ぐ……!?』
魔王の身体に電撃と衝撃波が叩き込まれる。
ようやくの一撃。
身体を痺れさせた魔王だが、即座に体勢を立て直す。
『この程度で私は倒れん!!』
『がっ……!?』
幾重にも重ねた魔術をウサト君に叩きつけ、吹き飛ばした魔王が一列に並べた魔法陣から多種多様の魔術を放つ。
前方に逃げ場のない広範囲に及ぶ攻撃!
転がりながらも着地したウサト君は籠手に包まれた両手を大きく広げ、電撃と治癒魔法の魔力を纏わせる。
『治癒ッ、猫騙し!』
魔力を纏わせた猫騙し。
ただのそれだけの技のはずが、打ち鳴らされた手はけたたましい金属音を鳴り響かせながら、前方に衝撃波と電撃を放ち、魔術を吹き飛ばした。
『ッ、ぐ』
「ウサト!」
「ウサト君!?」
そのまま膝をつくウサト君にとっさに声をかけるも、彼の表情は優れない。
ここまでの戦いで消耗しすぎているんだ。
だけど、それは魔王も同じだ。
『まだまだ……!』
膝に手を置き無理やり立ち上がったウサト君は、魔王と向かい合う。
依然として戦いは拮抗しているが、そのバランスが崩れるのも時間の問題だ。
●
魔王が弱ってきている。
戦っていて、それがよく分かる。
元々、弱体化した状態で戦っていることもそうだし、何より魔王自身、先の戦争での魔術で消費した魔力がまだ回復しきっていないのだろう。
だんだんとではあるが、魔術の威力が落ちてきている。
「……ッ」
だがそれは僕も同じだ。
なんとか魔力を節約してきたつもりだったが、ここまで連戦続きだったこともあり着実に魔力がなくなってきている。
そもそも、弱体化した状態で先輩とカズキを同時に相手どれる時点で規格外すぎるのだ。
「ぬん!」
「ハっ!」
拳と魔術が激突し、互いに吹き飛ばされる。
ブロックに背中を打ちつけ、立ち上がりながら同じく満身創痍な魔王を睨みつける。
「しぶとい!」
「それはこちらの台詞だ!」
僕も、カズキも限界が近い。
元から魔力切れの症状が出ていたカズキが、これ以上無理をしてしまったら命に関わる。
だから、できるだけ僕達だけで戦わなければならない絶望的な状況だけど! まだ心は折れてはいない!
「ハァッ!」
最早、魔王は魔術の鎧すらも発動していない。
それ以外の魔力を攻撃に回すほどに、魔力を節約している!!
ピンチなのはあっちも同じ!
なら、根性と気合がある方が勝つ!!
『駄目! ウサト、避けてぇ!!』
「む?」
魔王の拳が眉間に突き刺さり―――衝撃を発する魔術か何かを叩き込まれる。
頭を揺るがす衝撃。
後ろに倒れかけながら、逆に魔王の腕を掴み取る。
「我……慢……ッ!」
「頭を振動されて、まだ意識を保つのか……!?」
背中の力だけで、上半身を起こす。
この程度で、頭を揺るがされた程度で僕が意識を失うはずがない。
魔王の腕を掴みながら、足を大きく引く。
「僕はなァ! この世界に来たその日から! 救命団に放り込まれた!!」
「……ッ!」
「だから、頭を振るわされるくらい、団長のげんこつで何度も何度も経験してるんだ、よォ!!」
力の限りの右の回し蹴りを魔王の胴体に叩き込む。
手ごたえアリだ!!
「がっ……!?」
腹部を蹴り飛ばされ、後ろに吹き飛ばされた魔王。
そのまま、ブロックに激突するかと思いきや、その身体は空中で停止する。
腹部を押さえながら口の端の血を拭った彼は、右手を上に向ける。
「———魔撃の呪術」
すると、魔王の掌に現れた黒色の魔力弾のようなものが風船のように膨れがあっていく。
あれは、まずい……!?
「これは自身と周囲の宙を漂う魔力を集めただけの球だ。なんの特性もない、威力があるだけの魔術。……ただ、魔力効率がいいだけの生涯二度と使わないと思っていたものだが……」
巨大な球体へと膨れ上がった魔力弾。
それが、見掛け倒しのものではないのは一目瞭然だった。
「これが最後の大技だ」
「……くッ!」
「受けられるものなら、受けてみろ」
掲げられた右手がこちらへ落とされる。
すぐさま、雷獣モードでその場を逃れようとするも右足が動かない。
「拘束の呪術……!」
「さっきの蹴りの時に仕掛けられた!? 駄目、間に合わない!!」
既に魔力弾は放たれた。
呑み込まれれば、間違いなく戦闘不能に陥る。
だが、これを耐えなければ終わりだ。
「治癒爆裂―――」
迎撃すべく残りの魔力を振り絞ろうとしたその時、僕の身体に纏われた闇魔法の衣が壁のように変形する。
それに合わせて僕の前に現れたフェルムとネアを前にして、声を荒らげてしまう。
「フェルム! ネア! 何やってんだ!!」
「これしか方法ないだろ!!」
「ええ! これしかないわね!!」
フェルムが作った闇魔法の壁にネアが耐性の呪術をかけている。
同化が解けたせいか、僕の後ろにはアマコと魔術で動けない先輩が現れるが、こんな状況で同化を解いたらどうなるか分からないはずがない!!
「今すぐ、こっちに戻るんだ!」
「ボク達、魔族のために、動いてくれるんだろ!!」
「……!?」
「なら、お前を勝たせなきゃ駄目だろうが!!」
魔力弾は目前にまで迫っている。
フェルムとネアが衝撃に備えようとしていると、彼女たちの傍にカズキが現れる。
彼は、自身の光魔法で魔力弾を受け止めながら膝をつく。
「俺も、いる……!」
「カズキまで……!」
「ここで役に立たないで、なにが勇者だ!!」
血反吐を吐きながらも掌を魔力弾に押し込んだ彼は、最後の光魔法を放ち魔力弾を削り取る。
そのまま後ろに倒れたカズキを支えると、今度はフェルムとネアの張った壁に魔力弾が激突する。
「ッカズキ!」
「ウサト……!」
カズキが僕の手を掴む。
彼は朦朧とした意識のまま、僕に必死に何かを語り掛けようとしている。
「俺達じゃない……!」
「え?」
「俺と先輩が魔王を倒せば、その意味が違う! 勇者じゃないお前が、魔王と決着をつけることに意味があるんだ……! だから……ッ、勝て、ウサト!!」
そこまで口にしてカズキの身体から力が抜ける。
背後からフェルムとネアの耐えている声が聞こえる。
「———ッ」
気絶した彼と、アマコと先輩を庇うようにしながら僕は背後から迫る衝撃に備えるのであった。
これでようやく一対一。
次回、決着……ッ!
今回の更新はこれまでとなります。
次回の更新は、できるだけ早くしたいと思います。




