第二百六十四話
昨日に引き続き二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
予期せぬ魔王との対談。
本来は会ったその場で戦うはずの相手なのだが、どういうことか彼は僕との会話を望んだ。
正直、罠か本当に話がしたいのか分からない。
というより、普通に僕の名前を呼んだことに驚きしかない。
恐らく、軍団長か傍らにいるシエルさんから聞いたのだろうけど、普通に心臓に悪い。
「ふむ。やはり、闇魔法使いを隷属しているわけではないのだな」
「!?」
「貴様は黒騎士か。人間側についたと報告にあったが……なるほど、これは面白い」
魔王の視線にフェルムが顔を青ざめさせる。
彼女はこちらを見て助けを求めているが、僕も同じ立場であるので助けられない。
次に魔王は不遜な様子で椅子に座っているネアを見る。
「そして、ネクロマンサー……いや、吸血鬼か? とすると、邪竜の躯を所有せしめた変わり者の夫婦の娘か。これはまた、随分と珍しい」
「ウサト、助けて」
不遜なのは態度だけかよ。
声だけは弱々しいネアに思わず肩を落としかけるが、魔王が威嚇しているブルリンに目を向ける。
「グルァー!」
「……ほう」
魔王の圧を前にして、一鳴きするブルリン。
ブルリンも気圧されているようだが、ローズに鍛えられているせいかネアとフェルムと比べれば、まだ勇ましい。
最後に魔王は僕を見る。
「やはり、貴様が最も珍妙な存在だな」
「僕は人間です」
「クク、面白いことを言う」
全然面白いことなんて言ってないんですけど。
むしろ真面目に言ったんですけど。
しかし、魔王は愉快気に笑いながら、傍に控えている侍女に話しかける。
「シエル、お前はあれが普通の人間だと思うか?」
「いえ、それは……」
ちらりと僕を見るシエルさん。
ちょうど視線が合うと、彼女はその場で腰を抜かして座り込んでしまう。
「ヒッ!?」
なぜか分からないが、怖がられている。
なぜだ、全く身に覚えがない……! どうして僕はこんなにこの人に怖がられているのだろうか!?
「さすがは悪名高き治癒魔法使いだな。まさか映像越しに、他者に心の傷を刻みつける術を持っているとはな」
「映像……?」
なんのことを言っているんだ?
魔王の言葉の意味が分からない。
「私からしてみても貴様は不可思議な存在だ」
組んだ手に顎を乗せた魔王が僕を見下ろす。
その視線からは敵意ではなく、僕に対する好奇心が感じられた。
「貴様は魔族、それも闇魔法使いを仲間としている。なぜだ?」
「……理由が必要ですか?」
「ああ、必要だ。力を得るためか? 我々を理解するためか?」
どうしよう何も考えてない。
そもそも彼女を仲間にすることに特に理由なんてなかった。
力を得るって言ったって、仲間になった後から同化できるようになった感じだし、フェルムの同化がなかったら今も変わらず殴る蹴るが僕の武器だろうし、え、魔族を理解するため? コーガとフェルムという極端な例を理解して、簡単に魔族を理解できるとは思えないんですけど。
あれ、理由ってなんだ?
やべぇ僕って、こんなに何も考えてない……?
「ふむ、これは何も考えていないという顔だな。そのような者もいるのか」
「はっ!?」
「そうか、無自覚の善性というやつか」
僕の表情を見て察した魔王が、顎に手をやりながらそう呟いた。
「ならば、貴様は魔族に対してどのような認識を持っている?」
「……厳しい土地を生きる人々」
「だろうな。貴様ならそう言葉にするだろう」
予想通りの答えだったのだろう。
つまらなさそうに背もたれに背を預ける魔王。
「だが、貴様以外の大多数の人間は“敵”と答える」
「そう、でしょうね」
いくら理由があったとしても魔族は戦争を仕掛けた側だ。
その事実はどうあっても消えないし、許されていいはずがない。
「察するに、貴様達は先代勇者の生きていた時とは、異なる時代から召喚されたのだろう。戦いにおいての認識も甘いのがその証拠だ」
「……」
「特に貴様に関しては、魔族に対して同情すらしている」
その通りだ。
僕は魔族に対して同情してしまっている。
だからといって、ここで止まるだなんて思ってもいない。
「魔王領が限界に近いと気づいた時点で、魔族には戦うという選択肢しか残されていなかったんですか?」
「……まさか、貴様がそんなくだらないことを聞いてくるとは思わなかったぞ」
ここで初めて魔王が驚きに目を丸くする。
呆れたようなため息をついた彼は、やや失望の混じった瞳を僕に向ける。
「もし魔族が人間に助けを求めたとして、この大陸に住む人間達がそれを許すと?」
「……」
「ウサト、貴様自身が既に答えを知っている問いかけを私にするな」
ああ、魔族側がそれができなかった理由を、僕は既に知っている。
だが聞かずにはいられなかっただけだ。
「魔族が私という存在に頼るしかなかった理由は、かつて私が人間に仕掛けた争いにより生じた、軋轢によるものもあるだろう。だが、もう一つ人間に頼ることができない理由があった」
「……亜人差別」
「そうだ。人間は亜人を差別し排斥するどころか、隷属していたのだよ。この時代でもな」
亜人差別の中で顕著なのは獣人への差別だろう。
ルクヴィスで人目を避けた場所で生活するキリハ達。
旅の最中に訪れたサマリアールで、被ったフードを外すことはなかったアマコ。
リングル王国という場所が特殊だっただけで、亜人に対しての差別は確実に起こっている。
「今は多少はマシになっているようだが、未だに亜人を奴隷として攫い、扱う者がいる。そのような者達を魔族が信用し、素直に助力を求めるはずがないだろう。下手をすれば、奴隷として扱われる可能性すらあったのだからな」
「それでも、なぜリングル王国を最初に攻めたんですか? あそこなら、まだ希望はあったはずです」
「ああ、たしかにリングル王国ならば、亜人差別もほぼないだろう。それは私がこの時代に目覚めてから、即座に把握したことでもある」
リングル王国と聞いて、魔王は何かを懐かしむそぶりを見せる。
魔王が目覚める前としたら、数百年前のリングル王国ということか?
「あの国は、私が封印される以前の時ですら能天気をそのまま人の形にした王が治めていた国だったからな。なにがどうしてあのような国が戦いの時代で生き残っていたのかは、この私ですらも理解に苦しんでいたよ」
「……の、能天気……」
「ひ、酷い言われようね……事実だけど」
フェルムとネアが頬を引き攣らせているが、僕としてはあの国が何百年も昔も今と変わっていない事実に、安心してしまった。
だからこそ、その上でリングル王国に攻めてきた理由が気になった。
「ならなおさら、リングル王国に助けを求めればよかったのでは?」
「ただの国一つがこの大陸に蔓延する亜人差別をなんとかできるはずがないだろう。例えそれが実現したとしても、周囲の王国がそれを許すはずもない。いやそれ以前に、悠長に大陸に住む人間の亜人への差別意識が消えるのを待っている時間は魔族にはない」
分かっていたが、どうあっても魔族は人間に戦いを仕掛けることになっていたんだな。
そもそもの問題がかつての戦いによる人間と魔族との確執と、人間側の亜人差別にあった。
「見れば見るほど、先代勇者とは違う」
「僕は勇者ではありません」
「異世界人としてだ。予知魔法を持つ獣人を連れていることから、似ている存在とばかり思っていたが……貴様は、根底から奴とは異なっているようだ」
そりゃ、何百年前の人と僕が同じなはずがない。
そう言葉を返すよりも速く、魔王が言葉を発する。
「だが、そうだな。異常という共通点はあるだろうな」
「異常……?」
「これまでの貴様の行動と、今言葉を交わしたことでおおよそ理解できた。それも挙げればキリがないほどだ」
……どうして魔王にここまで言われなきゃならないんだろうか。
変わり者なのは自覚しているけど、異常とまで言われるほど――。
「ウサトがおかしいなんて今更だろ……」
「治癒魔法で殴る奴なんてよく考えなくても異常よ……」
「人を振り回して武器にする人が普通なわけないじゃないですか……」
なんでこんな敵と味方から攻撃されるの?
あれ、もう攻撃は始まっているのかな?
フェルム、ネア、シエルさんの言葉に僕は頬を引き攣らせる。
「似通った点はあれど、決定的に違っているのは……奴は諦めたという事実があることだな」
「……諦めた?」
「人間の悪意に晒されてもなお、人の側に立ち光を見出そうとしていたが、見せられたのは―――醜悪な人間の本性と、残酷なまでの現実であった。悪意に晒され続け、それでも人間を守る使命に囚われた奴は、その末に……」
そう言葉にした魔王は僕を見て何かを思いついたような表情を浮かべた。
魔王の手に何重にも重ねられた魔術が展開され、回転する。
それを目にした僕は、椅子から立ち上がり警戒を露わにする。
「慌てるな、少しばかりの余興だ。私の口から話すよりも、実際に見たほうが早いだろう」
「何を……!?」
「邪竜、そしてサマリアール、貴様が解決してきた騒ぎに繋がる―――ヒサゴが辿った凄惨なる旅の道筋の一部を、見せてやろう」
魔王が手の魔術を宙に放り投げる。
瞬間、広間の中に魔王の魔力と思われる粒子が降り注ぎ、それらは人影と景色を形作り、色づいていく。
「どれ、この広間の範囲のみ時間の流れも変えてやろうか」
魔王が自身の記憶を再現しているのか!? なんて手間のかかることを!?
広間の景色は大きく変わる。
過去の景色すらも再現しているのか、外から太陽の光が差し込む大広間が再現された場所には―――多くの人が作り出される。
その中で、金の装飾が施された高価なローブを纏っている老人の前に、見覚えのある男性が呆然と膝をついていることに気付く。
「———この人は……」
男性の身なりは、僕達のような現代人のそれとは全く異なっていた。
大河ドラマで見るような鎧姿。
しかし、その鎧はボロボロでところどころが欠けており、夥しい血に塗れていた。
『勇者よ、おぬしは我がヘイガル王国の救世主として今、選ばれたのだ』
『きゅう……せいしゅ? なんだ、そりゃ……』
まるでその場にいると錯覚してしまうほどの魔術。
召喚されたヒサゴ……いや、ヒサゴさんは、自身が置かれた状況を理解できず呆然としている。
これは、この状況は僕達が召喚された時と同じ―――、
『魔王が攻めようとしている。汚らわしい亜人共が、我らを脅かそうとしている。おぬしには奴らと戦う栄えある使命を担ってもらう』
———いや、違う。
なんだ、この気持ち悪い感じは。
周りの視線も、他ならぬヒサゴさんの前にいる王様らしき人でさえも、誰一人としてヒサゴさんを見ていない。
「傑作だったぞ」
目の前の景色の異様さに吐き気すら感じていると、魔王がヒサゴさんの前にいる王を嘲笑った。
「勇者召喚が行われると聞いて、興味本位で使い魔を送らせたが……全く以てして、この時代の人間は己の欲望に忠実だった」
「なぜ、傑作だと?」
「ヘイガル王国は勇者など召喚する必要がなかったからだ」
———は?
いや、さっきヘイガル王国の王は魔王を倒すためだって……。
「元より、当時の私から見たとしてもヘイガル王国など、眼中にもないほどに矮小な国だった。恐らくその時代の他国から見ても同じような認識だっただろうな」
「それならどうして勇者召喚を……!」
「戦力を得るために決まっているだろう? むしろ、それ以外の目的がどこにある」
そんな理由で、彼を異世界から無理やりつれてきたのか……!?
ただただ呆然としている僕の隣で、ネアだけが苦々しい表情を浮かべている。
「この時代は人間同士が領土、資源、様々なものを奪うために争い合っていた時代だ。ヘイガル王国は他の王国の競争相手とすらも認識されず、ただただ細々とおこぼれにあずかることしかできなかった」
「でも、ヒサゴという“勇者”を召喚することに成功したことで、力を手に入れた……よね?」
「まあ、そのおかげで私という存在に目をつけられる間抜け共であったがな」
ネアの言葉に頷く魔王。
この感情をなんて表現していいか分からない。
このような悪意は何度か経験したことがある―――今、ヒサゴさんを取り囲んでいる人達は、サマリアールの魔術師たちと同じだ。
自分の目的のために関係のない誰かを利用し、使い捨てようとしている。
「つまり、ヒサゴがこの世界に召喚されたそもそもの理由は、人間同士で殺し合わせるための消耗品だったということだ」
僕達と同じで、全く異なる立場として召喚された勇者、ヒサゴさん。
あまりにも過酷な状況にたった一人で放り込まれた彼を、僕はただ見ていることしかできなかった。
使い捨ての道具として召喚された勇者ヒサゴ。
誰も助けてくれないし何も教えてくれないので、召喚時から難易度ルナティックとなります。
ヒサゴ関連の話は書籍版とは少しだけ内容が変わりますが、本編にはそれほど影響はありませんのでご安心をー。
次回の更新は明日の18時を予定しております。
次回はカンナギの視点となります。