第二百六十二話
これまでは、一話4000から6000文字ほどで更新していきましたが、一話の文字数を3000文字前後に納めれば、殴りテイマーのように週五日更新とまではいかなくとも、早めの更新ができるかもしれません。
しかし、来月の上旬ほどまで忙しくなってしまうので、実践するのはちょっと先になってしまいます。
前日に続いて二話目の更新です。
今回はコーガ視点となります。
天井を突き破った。
瓦礫に呑まれる体。
反転し、下から上へとかかる重力。
平時とは異なる感覚に苛まれながらも俺は眼前のウサトから視線を外さない。
―――最初に戦った時、異様なほどに硬い籠手を持つ治癒魔法使いだった。
身体能力に特化した闇魔法使いであるはずの俺の動きを目で追えるほどの動体視力。
魔族すらも上回る身体能力。
それに加えて、魔力の暴発と自身の肉体を武器にし“相手を癒しながら無力化”するバカでも思いつかねぇような戦い方をおこなっていた。
倒すはずの敵を癒して気絶させる。
相手を殺すことを忌避している部分もあるのだろう。
だが、それを情けないと思うか?
殺す覚悟もない半端者と嘲笑うか?
いいや、違う。
そんな上辺だけの感情で吐き出す言葉じゃ、その異常さを言葉にすることはできない。
そのバカ力を振るってまだ誰も殺していない方がおかしいのだ。
少なくとも、食らった俺は死ぬほど痛い。
破壊と再生を一瞬で繰り返される感覚は、形容できない不快感を抱かせる。
「———ッ」
この俺ですらも防御しなければ危うい拳を、並みの兵士が受ければまず致命傷だ。
骨が砕け、内臓が破裂し、一瞬で四肢の自由を奪われる。
治癒魔法を使って攻撃しなければ、こいつは容易く人を殴り殺せてしまうのだ。
だが、それでも魔王軍でこいつに殺された兵士もいないし、それを目撃した兵士もいない。
……いや待って、もしかして俺だけこの威力で殴られてる?
「治癒加速拳!!」
肘から衝撃波を発し、加速しながらの拳。
系統強化の暴発―――ただの危険な自爆行為を一つの戦略にまで高めた埒外の拳が、俺のみぞおち目掛けて突き進む。
それを真正面からクロスさせた腕で受け止める。
衝撃。
常軌を逸した力により、俺の身体が背の天井の壁を突き破り上へと押し上げられた。
『———なんだ!? だれ!?』
『し、下からコーガ様と、く、黒い化物が突き破ってきた!?』
上階には別の部隊の兵士達がいたのか、唖然とした様子で俺達を見上げている。
それも当然か。
なにせ、硬質な床をぶち抜いて、俺達が飛び出してきたんだからな。
「ウサトォ!」
腹に叩き込まれた腕を掴んだ俺は自身の身体からいくつもの帯を展開させ、ウサトへと襲い掛からせる。
このまま串刺し―――といきたいところだが、ウサトの背中から翼を模した腕が現れ、帯とぶつかり合う。
「フェルム! 一緒に対処するぞ!」
同時に繰り出した攻撃により俺とウサトが空中で弾けるように吹き飛び、壁へと激突する。
「けほっ、あー、あの怪力は厄介だな」
罅の入った壁に背を預けながら、今のウサトの姿とその力について思考する。
フェルムの同化により闇魔法の恩恵を受けられるようになったことは知っていたが、今のあいつはさらに他者を取り込むことによって能力を拡張させているようだ。
今のウサトの中には魔術を操っていたフクロウがいることは確かだろう。
あともう一体はあの頭の耳と怪力から、あいつの仲間のブルーグリズリーと見た。
「こ、コーガ様! ご無事ですか!?」
「ん?」
壁に背を預けている俺に武器を持った兵士が駆け寄ってくる。
見るからに戦闘をする身なりってわけじゃねぇから、兵士というより文官だろう。
そこでようやく俺は、この部屋の床に散らばった書物や紙片に気付く。
「おお、ここは書庫か。悪いな、戦闘に巻き込んじまって」
「いえ! それより加勢を―――」
「いんや、必要ない。むしろお前らは逃げたほうがいい。巻き込んじまうかもしれねぇからな」
「ですが……!」
「気持ちだけありがたく受け取っておくよ。ほら、さっさと逃げろ」
兵士を追い返しながら立ち上がった俺は、ウサトが吹き飛ばされた壁の方を見る。
俺と同じように罅の入った壁の前で、ウサトはこちらを伺うように床に膝をついていた。
「……なんだよ?」
「いや、なんでもない。続きを、やろうか」
立ち上がったウサト。
その前に変形させた左腕を槍のように突き出し、伸縮させる。
「遅い!」
伸ばした左腕を跳躍と共に回避したウサトは、さらに俺の左腕を足場にし跳躍。
空中で一回転しながら繰り出された強烈な回転蹴りを身体を逸らして避けながら、接近戦へと移る。
「フンッ!」
「ッ!!」
正直、真っ当な肉弾戦じゃこいつに攻撃を通すのは厳しい。
なにせ異常な反射神経と、異常なほどにかてぇ籠手に、魔術での防御で完璧に対応されるのだ。
戦っているこっちからすれば、中々に理不尽な防御力だ。
「ぬん!」
「ぐぅ……」
防御の隙間をかいくぐる縦拳。
それをみぞおちに真っすぐに叩き込まれながら、三歩程後ずさった俺は腕と胴体に魔力を溢れさせる。
「大盤振る舞いだ……!」
『ウサト!』
「ああ、これは避けられない!!」
「食らえ!」
魔力を一気に解放し、暴発。
そのまま視界の全てを貫く棘を前方へと放つ。
必殺の一撃―――だが、ウサトは毛皮のように変化させた黒色のコートで棘を受け止め、破壊しながら突撃してくる。
「呆れるほどになんでもできるなお前!」
「それは、こっちの台詞だ……!」
再び繰り広げられる接近戦。
決め手にならない攻撃を延々と繰り返している中で、俺はウサトの襟を掴み、力の限りに壁へと叩きつけた。
「オラッ! これなら効くか!?」
「この程度団長の攻撃に比べれば痛いの範疇に入らないわ!!」
「お前は普段どんな拷問を受けてんだ、よッ!!」
罅の入った壁が軋む音を鳴らす。
その音を耳にした俺は、さらに力を籠めてウサトを放り投げるように壁へとぶつけてみせると、壁は呆気なく破壊され、ウサトの姿は白煙の奥へと消えていく。
続けて聞こえるのは、壁を連続して破壊されていく音と―――恐らく別室にいたであろう兵士達の悲鳴。
「これならどうだ……?」
乱れた呼吸を整えながら、壊れた瓦礫から舞い上がった砂煙で満ちた部屋の先を覗き込む。
———反応はないし、話声も聞こえない。
これは、気絶したか?
そんな考えが頭に過ったその瞬間、砂煙で視界すらも朧気になった場所から音もなく銀色に輝く腕が俺の襟を掴んだ。
「随分と楽しい目に遭わせてくれたなぁ、オイ」
「れ、礼はいいぞ?」
現れたのは額から血を流した鬼、じゃなくてウサト。
結構ダメージがあったようだが額の傷も全て治癒魔法で癒しながら、奴は固く握っていた左拳を俺の腹部に打ち込んだ。
防御は間に合った。
だが、衝撃を押さえ込めずに俺の身体は僅かに宙へと浮き上がる。
その一瞬で、俺の足を掴み取ったウサトは―――そのまま俺の身体を振り回しながら、逆方向の壁へと駆ける。
「お返しだぁぁ!!」
「お、おい、それはやめろ!? ちょ、うおおおお!?」
いつかのごとく、武器のように振り回され―――壁に全身が激突する。
全身が叩きつけられる衝撃。
「この程度じゃ効かないのは分かってんだよ!」
「ぐぇ!?」
衝撃で身体を痺れさせた俺の、さらに右足と左腕を持った奴はそのまま猛牛のごとく壁へと突進し、壁を破壊しながら地下空間を突き進んでいく。
てか普通に痛ぇ!?
「オラァ!」
「ぐは!?」
ようやく広い空間に出たのか、最後に奴が俺の身体を放り投げる。
地面に叩きつけられながら周囲を見ると、どうやら通路に出てしまったようだ。
「まだやるか?」
「ハハッ、ああ、まだやるに決まってんだろ……」
「そうか」
仰向けで倒れてる俺に、ウサトは問答無用で拳を振り下ろす。
ごろごろと転がりながら、慌てて避けると奴は舌打ちしながら、床から拳を引き抜いた。
「お、お前は本ッ当に容赦がねぇな!?」
「お前と戦うと疲れる」
「———はは、そうか? 俺は楽しいけどな」
そもそも、俺と正面切って戦える奴は多くない。
光の勇者でさえも、俺の戦いに対する貪欲さを前にして露骨な嫌悪感を示した。
だが、お前は違う。
あの日、最初に戦ったヒノモトで戦いしか知らない俺に正面から立ち向かった。
「もう少し、か」
選択の答えは既に出ているのかもしれない。
俺がこの先、どうするべきか。
魔王様も恐らく、俺の心情を理解した上で扉を護る任を任せてくれたのだろう。
「やっぱ、お前は強いな」
「僕だけの力じゃない。フェルムと……頼れる仲間がいたから、今の僕がある。僕一人だったら、きっとここまで来れなかった」
魔族と友情を結ぶことができる時点で、お前は他の人間達よりも違う視点に立っている。
それは人間と魔族の一つの可能性とも言っていい。
「……まだ、やるのか?」
立ち上がった俺に、そう問いかけてくるウサト。
「俺もお前もそれほど消耗してねぇだろ。もう少しだけ、付き合ってもらうぞ」
「……」
静かに拳を構えるウサト。
相変わらず律儀で、面倒な生き方をしているな。
……いや、それは俺も同じようなもんか。
そう自覚し、笑みを零しながら黒い魔力に覆われた拳を、構えるのであった。
レオナ(なんだか近くで物凄い音がするな……)
アーミラ(他の勇者が暴れているのか?)
今回の更新は以上となります。
※私のもう一つの作品『殴りテイマーの異世界生活』第1巻が今月25日に発売となります。
web版の方も引き続き更新させていただいておりますので、ウサトとは違う新たな形のオーガをお楽しみいただけたらと思います。