第二百五十九話
お待たせしました。
第二百五十九話です。
今回は二日に分けて二話ほど更新する予定です。
炎の剣士、アーミラ。
かつて共に旅をした仲間、アルクさん以上の炎と剣技を持つ女性である。
現在、レオナさんと交戦している彼女に、ネアに耐性の呪術を施してもらいながら僕は籠手に包まれた右腕を振るう。
「レオナさん! 援護します!!」
「ああ、共に戦うぞ! 彼女は強い!!」
「そうでなくては……!」
剣を大きく振るったアーミラが前面に炎を放つ。
それに合わせてレオナさんが冷気を放ち、相殺させると同時に僕が飛び出し、肉弾戦へと持ち込む。
「恐れずに飛び込んでくる!」
「ここで引くわけにはいかないんです!」
アーミラの身体を炎が包み込む。
これは、ネロ・アージェンスと同じ魔法の鎧か……!
だけど、それでも!
「力技で!」
「やってみるがいい!」
僕の拳を身体を逸らして避けた彼女の持っている剣が、灼熱を帯びる。
「っ!?」
それを目にすると同時にとてつもない悪寒に苛まれた僕は、咄嗟に闇魔法に包まれている右腕の籠手で、首を守るように構える。
次の瞬間には、真っ赤な軌跡を描いた剣閃が、先ほどまで僕の首があった場所を通過する。
「この威力は……!?」
「防ぐか! ハハハ、これを防いでくれるのか!」
耐性の呪術と防御に回した闇魔法の衣ごと切り裂かれた!? 籠手じゃなかったら腕ごと首を両断されたぞ……!
アーミラの右手に握られている剣は、血の色を思わせるように赤熱している。
『ウサト! あれヤバい!』
『当たると問答無用で焼き切られるぞぉ!?』
「そんなもん言われなくても分かってる!」
「独り言を口にしている暇があるのか!」
「うぉぃ!?」
頭から一刀両断するように振り下ろされる剣は、床へと直撃すると同時に、煙をあげながら溶かしてしまう。
———ッ、剣以外に彼女が纏う熱も高くなってきている。
このままじゃ、まともに呼吸もできずに喉が焼け付いてしまうだろう。
「当たれば僕でも致命傷……! なら生身で当たらなければいい!!」
そのための訓練はずっとしてきた!
洗練された剣技から繰り出される斬撃を、大きく突き出した右腕で弾いていく。
八度の斬撃―――最後の下から振り上げられる一撃を拳を打ちつける形で激突した僕とアーミラは互いに後ろへ下がる。
「フゥゥ……!」
「フッ、もっと早くお前と戦うべきだったな……業腹この上ないが、コーガが執心する理由が理解できる」
僕と同じく構えをとったアーミラが楽しげにそう口にする。
『変人ホイホイ……』
『バトルジャンキーのおもちゃ……』
『グァー』
「この小動物共、後で覚悟しておけよ……!」
内も外も僕の敵しかいないのかな?
さすがにコーガみたいのがもう一人増えると僕が死ぬ。
直感的にアーミラもそういうバトルジャンキーな部分があると察したので、よりそう思った。
「ウサト!」
続いて僕に剣を振るおうとしてくるアーミラに、レオナさんが放った巨大な氷の塊が迫る。
しかし、彼女は氷塊に視線すら向けずに、灼熱色の剣を軽く薙ぐだけで一瞬にして氷を溶かしてしまう。
「ネア、熱に対する耐性に集中! フェルムは盾を作ってくれ!」
『まずはあの剣をなんとかするんだな!』
背後から槍から剣へと変えたファルガ様の武具を持って走ってきたレオナさんと並走するように、アーミラへの突撃を仕掛ける。
まずは僕が赤色の剣を籠手で対処しながら、波のように放たれる炎を左腕の盾で受け止める。
「防ぎます! レオナさんは攻撃に集中してください!!」
「ああ、頼りにしているぞ!」
僕があの剣を全力で押さえ込みながら、レオナさんは剣でアーミラへと斬りかかる。
それに合わせて、複数の氷の剣を作り襲わせる。
「剣群よ!」
「その程度の冷気が私に届くか!」
しかし、氷で作られた剣はアーミラに届く前にその圧倒的な熱により溶かされてしまう。
必然的に遠隔での魔力を封じられた状態での近接戦闘が行われる。
「小細工を!」
「ぐっ」
アーミラが剣を地面に叩きつけ、衝撃波と見間違うほどの熱風が放たれる。
それに吹き飛ばされながらも着地した僕は、レオナさんの前で盾を構え熱風を受け止める。
「ぶっつけ技……! 治癒破裂……盾!!」
盾の前面の部分から治癒魔法破裂掌の要領で魔力を暴発させ、正面に放射状の衝撃波を放つことで、熱を吹き飛ばす。
盾を解除し、前方を見るとそこには先ほどよりさらに大きな炎を剣に纏わせたアーミラが、今まさに剣を振り下ろそうとしていた。
「もう一撃……!」
アーミラが眼前を焼き尽くすような炎を放つ。
僕はレオナさんと視線を合わせてから、足に移動させた弾力付与の魔力で跳躍し、迫りくる炎を飛び越える。
「捕える!」
「ッ、上か!」
「いいや、こちらもだ!」
炎を切り裂いたレオナさんが、冷気を刃へと凝縮させた剣で斬りかかった。
「私と同じ技か……!」
「これならば、貴様と打ち合えるはずだ!」
アーミラが、剣を受け止めたところで空中にいる僕が左腕から黒い魔力を伸ばしてアーミラを縛り付ける。
「くっ!」
「ネア!」
『拘束の呪術!』
拘束の呪術で動きを押さえ込んだ!
背中から伸ばした二つの腕を右腕に重ねて無理やり強化させた治癒飛弾を放つ!
「くらえ、治癒三撃弾!」
『させるかぁ―――!』
『撃てぇ―――!』
身動きの取れないアーミラへ一撃を叩き込もうとしたその時、横方向から宙にいる僕へ向かって槍が飛んでくる。
「槍!?」
『う、ウサト! 気をつけろ!』
空中で身体を捻り、向かってくる槍を回避しながら一本だけ掴み取る。
「ぬんっ!」
そのまま続々と向かってくる投げ槍を、掴んだ槍で弾きながら着地すると、僕の前にはアーミラが連れてきた精鋭と思われる魔王軍の兵士たちが立ち塞がった。
「治癒魔法使い、ここで全力で食い止める……!」
「アーミラお姉さまを、やらせはしない……!」
「魔に落ちた恐ろしき人間が相手、か。フッ、命を懸ける理由としては十分だ」
……なんだか、とてつもなくキャラが濃い人たちだ。
だが、明らかに他の兵士とは違う雰囲気がする。
レオナさんと分断されてしまった。
兵士達の壁の向こうでは、冷気と熱気をまき散らしながら彼女達が戦っている。……早く加勢しにいかなくちゃな……!
「そこを通してもらう」
「我々の意地と誇りにかけて、貴様をここから先には通させん!」
魔王軍の精鋭部隊の集団が、槍を投擲してくる。
弓矢じゃ掴まれるから、迎撃に動きを止められる槍って―――いや、違う。
この槍、よく見ると普通のものじゃないぞ?
「……木?」
「かかったな!」
僕の足元に突き刺さった先端の尖った木製の槍は、突如として床に根付くように成長し、僕の身体に巻き付いていく。
木の系統魔法!?
前を見れば、掌に濃い緑色の魔力を纏わせている一人の兵士がいる。
「このまま仕留めろ!」
「ええ!」
両足に木の根っこが巻き付き動きを封じられたところで、アーミラを姉と慕っていた女性兵士が剣を片手に俊敏な動きで襲い掛かってくる。
とりあえず、上半身にまで上ってきた木の拘束を引きちぎり、急所目掛けて突き出された剣の先端を拳で軽く弾き、体勢を崩させたところ手甲にあたる部分を掴み取る。
「嘘ぉ!?」
「ネア、拘束の―――」
『ウサト、前だ!』
「ウォォォ!」
今度は全身鎧の兵士が大きな足音を立てながら体当たりを仕掛けてくる。
当たる必要はないのでその場を離れようとするも、足元の床が泥のように変質して動けなくなっていることに気付く。
「ッ、ハイドさんと同じ土系統の魔法……」
「! 放せぇ!」
「おわっ!?」
女性兵士を掴んでいた手甲が軽くなる。
自分から手甲を外したのか、こちらを射殺さんばかりに睨みつけた女性兵士と入れ替わるように、大柄な全身鎧の男が前に出てくる。
「この岩塊の鎧を止められるかァァ!」
「岩を纏っている……?」
これも土系統の魔法か?
走りながら鎧のように岩を纏った男が全速力での体当たりをぶつけようとしている。
ぬかるんだ地面に足を取られ回避がとれない―――が、問題はない。
「フンッ!」
両腕を突き出し、足に力をいれて、真正面から岩を纏った男を止める。
「後ずさりもしないとは……! なんという膂力……!」
「今更、力比べをしている暇はない!」
そのまま腕力のみで体ごと持ちあげ、地面への叩きつけで意識を奪おうとするも、今度は先ほどの女性兵士により邪魔される。
『ウサト、連携されているわよ!』
「さすがに、延々とこれをやられると厄介だ……!」
僕の足を止める魔法使い。
そして、速さに特化した兵士と、力が強く重量のある壁役。
他にも支援している兵士達もいるので、僕一人でやるとなるとかなりやりにくい。
足元の泥を避けながら、次々と襲い掛かってくる投げ槍と、女性兵士が振るう剣に対処していく。
「いくら貴方が化物じみても、たった一人じゃあねぇ!」
「……!」
周りを動き回る女性兵士を目で追いながら、挑発に無言で返す。
木でできた槍はまだ投げられ続けているので、それを避けながら周囲へ目を向ける。
「私達は魔王軍第二軍団の、第二軍団長の元で厳しい訓練を潜り抜けてきた!」
「厳しい訓練か! 具体的にはなんだ!!」
「え!? えーと……」
魔王軍の訓練方式。
人間よりも高い身体能力を有する彼らの訓練―――興味がある。
そんな質問をされると思わなかったのか、機敏な動きをする兵士は困惑した表情を浮かべる。
「延々と肉弾戦漬けにされて、貴方みたいな化物の動きは慣れっこってことだよ!」
動きに慣れさせる?
それはつまり、殴って避けられるまで殴られ続ける訓練なのか?
……。
「クッ、まさか僕と同じ訓練をコーガがやっていたとは……!」
『断言する。お前と同じではない』
コーガ、やはり侮れない奴だ。
僕の技を悉くマネした上に、ローズと似た訓練法までもを独自に作り上げるとは。
「やはり、あいつとは一度決着をつけなければならないようだな……!」
「その前に、貴方は私達の戦法の前に敗れ―――」
「だが、まずは目の前の状況をなんとかする! フンッ!!」
そう言葉にされる前に、地面を思い切り足で踏み砕く。
ブルリンの膂力によって底上げされた脚力は、震脚として床を大きく揺れ動かす。
地面が揺れたことで、何人かがバランスを崩し、その隙に拘束の呪術を籠めた治癒魔法乱弾を放り投げる。
「皆!?」
「まずは足の速いお前からだァ!」
足に力を籠め、一息で移動を続ける女性兵士の前へ移動する。
咄嗟に方向を変え移動する彼女だが、即座に弾力付与での加速を用いて先回りする。
「嘘、速ッ―――」
「治癒拘束弾!」
「———え?」
治癒拘束弾により足の動きが止まった女性兵士はそのまま転ぶ。
起き上がった彼女は自身の足が動かなくなったことに気付くと、取り乱したように足に触れる。
「あ、足が、動かない……? な、なんで……? ヒッ!? や、やめ―――」
すぐさま肩に手を置き、拘束の呪術を施し体全体の動きを止めさせる。
動かなくなった兵士から視線を逸らすと、まだ戦意を失っていない兵士達の姿が見える。
「このッ、化物が! ぐへぇ!?」
「食らえぇぇ! ぐはぁ!?」
剣が振り下ろされる前に、連続して拳を振るい向かってきた兵士を昏倒させる。
白目をむいて膝から崩れ落ちる兵士から視線を戻しながら、レオナさんの方へと向かう。
「気絶したい奴からかかってこい……!」
警告がてらそう口にしながら、前へ進もうとすると僕の前に全身鎧の大柄な魔族が立ち塞がる。
先ほど、岩の鎧を纏っていた兵士だ。
「ここから先へは通さん!」
身の丈ほどもある大槍を振り下ろしてくる兵士。
瞬時に、弾力付与で足を踏み出し一息で懐に入りこんだ僕は魔力回しにより、右拳に移動した弾力付与を剥き出しの胴体へと叩き込み―――治癒連撃拳を発動させる。
「治癒破弾拳」
「ぐっ!? ———ガァッ!?」
拳が突き刺さった次の瞬間、弾力付与の魔力と暴発により遅れて衝撃が叩き込まれ、後方に吹っ飛ばされる全身鎧の男。
それを見てもなお戦意を衰えさせずにこちらを強く睨みつけた兵士は、僕へ木でできた槍を投げつけてくる。
「恨むなよ……!」
槍を左手で弾きながら接近―――治癒爆裂弾を掌底に合わせて叩き込み、後ろの兵士を巻き込むように突き飛ばす。
次の瞬間には治癒爆裂弾が弾け、周辺にいる兵士達を吹き飛ばした。
「……よし、道ができた」
『ボク、目の前の光景を見て、まだ弱い頃のお前に倒されてよかったと思うわー……』
フェルムのげんなりとした声をスルーする。
緑色の粒子に満ちた空間を突き進みながら、ようやくレオナさんの元へ到着する。
「無事ですか!」
「ああ……! だが、厳しい状況だ……!」
よかった、大きな怪我はしていないようだ。
彼女の隣に移動すると、少し離れたところに依然として健在なアーミラの姿がある。
彼女を警戒しながら、レオナさんに治癒魔法をかける。
「彼女は強い。君と二人で戦えば有利だが、それではこちらの消耗が激しすぎる」
「なら、僕が彼女の足止めをします」
迷う必要などなかった。
僕とレオナさん、どちらかを優先させるならば彼女に決まっている。
どう突き詰めようとも治癒魔法使いでしかない僕よりも、実力的に上のレオナさんがこの先へ行くべきだ。
「レオナさん、ここは僕に任せて先に―――」
「……そういう迷いのないところが、実に君らしいな。だがな、ウサト……!」
僕を見て小さく笑みを浮かべた彼女は、何を思ったのか僕の肩を強く引き寄せ後ろへ下がらせた。
何を……!? と思った次の瞬間、僕とレオナさんを遮るように氷の壁が作り上げられた。
系統強化による壁!?
「レオナさん!?」
「スズネとカズキ殿には君が必要だ。私はここでアーミラ達を押さえる。だから、後は任せた」
氷の壁が完全に通路を分断させると、次の瞬間には分厚い氷の壁の先で燃え上がる炎の音と、鉄を打ち合うような金属音が響いてくる。
「……ッ!」
『ウサト、グズグズしている暇はないわよ。まだ敵はいるんだから』
「ああ、分かってる」
ここで悔やんでも意味がない。
レオナさんが足止めを買って出てくれたのなら、僕達は彼女の覚悟を無駄にしないように前に進むだけだ。
「……」
氷の壁に背を向けると、視界には警戒を露わにした兵士達の姿が入りこむ。
今の今までレオナさんとアーミラの戦闘の余波に巻き込まれないようにしていたようだが、彼らの目標は僕へと変わっていた。
「ネア、フェルム、これからは格闘だけで行く」
『大丈夫なの?』
「君達の力は魔王と、次の相手まで温存する」
前方の兵士が動くよりも先に接近しながら、腹部に拳を叩き込み意識を刈り取る。
隣の兵士が気付く前に、胸当てを掴み取り地面へ叩きつける。
殴って、投げて、殴り続けながら目に移る兵士達を治癒魔法を用いずに気絶させていく。
「……」
及び腰になる兵士達を睨みつけながら、再び前へ踏み込む。
兵士達を相手にしている間も、通路の先から増援と思わしき足音が近づいてきている。
そして、その先にいる―――フェルムと似た甘い魔力の匂いも感じ取れた。
考えるまでもなく、それが何者なのかを僕は理解していた。
「お前との決着をつける時が来たか。コーガ」
きっと、お前はいつものように不敵な笑みを浮かべて待ち受けているんだろう?
僕がその場に来ることを確信しているあたり、本当に厄介な奴だと思う。
今回登場した兵士達は、第六章《閑話 戦いの後》に登場した人たちです。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




