第二百五十八話
前日に続いての更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
ハンナさんの言葉に、僕だけではなくレオナさんも思いつめるように沈黙していた。
滅ぶことができた。
その言葉にどれほどの感情が込められているか、想像もできなかったからだ。
「貴女は、今日まで魔族という種族が生きながらえていることが、間違いだったと思っているんですか?」
「そこまでは思っていません。ただ……下手に希望を見せられるよりも、いっそのこと滅んでしまえたらいい、とは思っています」
この人は一体、何を見てきたんだ?
ここまで来ると、どこか歪んでいるように見えてしまう。
「魔王様が復活する以前の魔王領は……私の故郷は、とても酷い有様でした。その日の食料でさえも満足に調達できないことなんてよくありましたし、何より……皆生きるために、誰かを騙し、蹴落とすような毎日が続いていました」
「……」
「だけど、子供の頃の私はバカだった。そんな日常の中で、善意なんていういらないものを持ってしまったのだから」
前を歩くハンナさんが俯いたまま、続けて言葉を発する。
追い詰められて精神的に不安定になってしまっているのだろうか、口調もどこか投げやりになっている。
「折角、たった一人の妹のために木の実を集めてきたのに……行き倒れていた子供に自分の分を分け与えて……気づいたら、後ろから頭を殴られて……」
「……ハンナさん?」
声をかけてみるも聞こえていないのか、彼女は続けて言葉を発する。
「目覚めたときには、行き倒れていた子供なんていなかった。必死な想いで集めた食べ物も全部取られていた……。妹は、もう何日も食べ物なんて口にしていないのに、それすらも……ッ!」
そこでようやく我に返ったハンナさんがこちらを見る。
まるで、知られたくないことを話してしまったことを悔やむように口元を押さえた彼女は、口調を整えながら小さく声を発した。
「優しさなんて持っていても、所詮は踏みにじられるだけです。だから私は騙す側に回ったんです。どれだけ生き汚くても、罵られようとも、生きていたいから……」
「……」
「……私、何を話しているんでしょうね。懺悔のつもりなんでしょうか……悪魔相手なのに……」
そう言葉にして自嘲するように笑う彼女になにも言えなくなる。
本格的に本物の悪魔扱いされていることは、スルーするとして魔族には魔族の事情があるということを嫌というほど理解させられてしまった。
分かってはいたけれど、いざそれを耳にすると思い悩まないわけがない。
すると、ネアがハンナさんに話しかけようとしていることに気付く。
「……妹は?」
「死にました」
たった一言、その言葉でさらに心が重くなる。
その後、全員が一言も言葉を発さないまま、新たに見つけた階段を降りていく。
いやに長いそれを降りた先には、大理石のような床と柱が並ぶ幅の広い通路に出る。
何度か階段を降りてはきたが、ようやく城っぽい内装になってきた。
「まだ、魔王までは遠いのかしら?」
「この通路を抜け、最後の階段を降りていけば最下層となります。さすがにここからは兵士を避けて通ることはできないでしょう」
「……ここまで気持ち悪いくらいに兵士と遭遇しなかったわね」
たしかに、兵士の気配こそ感じられたが、その数は少なく思えた。
まさか上方の捜索に兵士達を集中させているはずがない。
考えられる可能性としては、魔王のいる最下層と、その周辺に―――ッ!
「———止まってください」
ブルリンと同化したことで強化された嗅覚が、敵の反応を捉える。
こっちに真っすぐ進んできている?
「ウサト、どうした?」
「こちらに沢山の人が近づいてきています。その中に―――とてつもなく、先輩とカズキに劣らないくらいの甘い匂いもします。……フェルム、同化を強めてくれ」
『ああ』
ブルリンとの反映強化を強めることで、僕の頭に獣耳が生える。
隣でハンナさんが驚きの声を上げているが、それを無視して相手の反応を確かめる。
「足取りに迷いがない。先頭にいるのは……恐らく軍団長です!」
僕達がここにいるのを分かっている動きだ。
僕の探知を聞いたネアは、あわあわとしているハンナさんの肩を掴む。
「避けられない?」
「む、無理です。ここは一方通行ですし、何よりこの先以外の階段を行くには、大きく遠回りしないといけません!」
「ならば、戦うほかに道はないだろう」
フードを被ったままのレオナさんが腰に隠すように装備していた剣を槍へと変える。
僕も、とりあえずは獣耳を引っ込め、魔族の変装をしながらいつでも戦闘に発展してもいいように気持ちを切り替える。
なるべく自然を装いながら慎重に通路を進んで行くと、前方から兵士達の集団を引き連れた赤色の髪の魔族の女性が現れる。
「ふむ。とりあえず、化けの皮を剥いでおくか……」
同化により強化された聴覚がそんな呟きを聞き取ると同時に、いつの間にか剣を引き抜いた女性―――アーミラ・ベルグレッドは、眼前を覆いつくすほどの巨大な火炎を僕達へと放っていた。
「ウサト!」
「はい!」
フードを脱いだレオナさんが槍を薙ぐように構え、冷気の波を前方へと放つ。
それに合わせて僕は両手を前に突き出し―――治癒爆裂波を放ち、冷気を後押しし、その勢いを加速させる。
火炎と緑色の粒子を纏った冷気の壁が激突し、轟音が響き渡る。
「随分と深くまで入りこんだようだな」
「アーミラ・ベルグレッドか!」
立ち込める水蒸気を払いながら前へ歩み出たアーミラは、僕達の姿を見て顔を顰める。
背後の兵士達は、地上にいた兵士達とは違い、僕の姿を見ても少しも怖がったりしていない。
「ここまで散々、悪魔として魔族達を恐怖のどん底に陥れてきたウサトを恐れていない……精鋭ってことかしらね」
『ウサト、気を付けろ。こいつらは悪魔を殺す気で襲ってくるぞ』
「時々、君達が味方なのか疑う時があるよ」
真面目に考察しているあたり酷い。
僕だって好きで悪魔ムーブしてるわけじゃないんだよ!?
しかし、精鋭という言葉には同意する。
魔王までかなり近づいた今、その周囲を守る兵士達も相応の練度と強さを誇るはずだ。
厄介なのはアーミラだけじゃない……!
「お前達ならばここまで来るだろうという確信こそあったが、まさか勇者スズネではなくお前が来るとは思わなかったよ、ウサト」
「……貴女とは戦いたくなかったんですけどね」
アーミラとの相性的には最悪だ。
フェルムと同化してようやくまともに戦えるようにはなったけれど、それでもあまり戦いたくない相手だ。
そんな僕の言葉にアーミラは不敵な笑みを見せる。
「そうか? 私はお前と一度戦ってみたいと思っていたぞ? 互いに規格外の師を持つ者だ。それなりに語ることも多いと思ってな」
「まあ、そりゃ、沢山あるでしょうけれども……」
愚痴かな?
というより愚痴しかないと思うけど。
あと理不尽さくらいしかないな。
「それにミアラークの氷の勇者か。先の戦場では相見える機会こそなかったが、大型のバルジナクを葬った武勇は耳にしている」
「……」
「そして……」
無言で槍を構えるレオナさんから、僕の後ろで隠れるようにしているハンナさんに視線を向ける。
「———まさか敵に捕らわれているとはな。第三軍団長」
「っ!?」
「脅されているのかは知らないが、なんとも不甲斐ない。……いや、それは元第三軍団長だった私が言えたものではないか」
動揺するハンナさんを見て、自嘲するような笑みを浮かべたアーミラは、すぐにその目つきを鋭くさせる。
「しかし、不思議だ。上の情報ではお前は光の勇者の魔法で消滅したと聞いていたのだが……なぜ、彼らに囚われているんだ?」
「そ、それは……」
「魔王様はお前の考えを既に見通していた。だが、その上で我々を裏切り、勇者達をこの場へ案内したのならば―――」
言い訳が見つからないのか、口ごもるハンナさん。
話の流れからして部下に自分が死ぬ幻影を見せてから逃げたのか。
返答することすらできない彼女を見た、アーミラは一瞬だけ苦々しい表情を浮かべた後に、剣の切っ先をこちらへ向けてくる。
「———最早、言葉は不要だ。勇者と治癒魔法使い諸共、裏切り者を葬る」
「来るわよ!」
瞬間、眼前で爆発と見間違うほどの勢いで炎が燃え上がる。
……! 凄い炎だ!
少なくとも、以前に見た炎よりも格段に強く、熱い!!
吹き荒れる熱風を防ぐべく、自身と背後のハンナさんを守るように黒い魔力で作った盾を作り出し、防御していると―――僕の隣にいるレオナさんが、冷気を纏いながらアーミラへ槍での刺突を繰り出していた。
「この程度の熱さなど!」
「氷の勇者か!!」
繰り出された刺突と、振り上げるように振るわれた剣がぶつかり、甲高い金属音が通路に響き渡る。
弾かれた自身の武器を見たアーミラは笑みを、レオナさんは険しい表情を浮かべ、剣と槍での剣戟を交わしていく。
「面白い!!」
「強い……!」
レオナさんとアーミラ。
互いの得物が振るわれるごとに炎と冷気がぶつかる。
熱気と冷気―――もう熱いのか寒いのか分からない突風を前にして、僕からも援護しようとすると、戦闘の余波でしりもちをついていたハンナさんが、背後を向き走り出した。
「い、今なら……!」
反射的というべきか。
僕達に背を向け逃げ出そうとするハンナさんに手を伸ばし、そのまま腕を掴む。
「……ッ!」
「あっ……」
僕に捕まれた腕を見て、彼女の表情は絶望に染まる。
その時、先ほどの彼女の話を思い出した僕は、少しだけ葛藤しながらも―――掴んだ手を離す。
振り向きざまにレオナさんの魔法で相殺しきれなかった炎を治癒魔法破裂掌で消し去る。
「心まで悪魔になった覚えはッない!」
「……な、なんで……っ!」
「ここまで、ありがとうございました! 後はもう大丈夫です!!」
自由になった手と僕を見て呆然としている彼女にそう言い放つ。
そのまま後ろを振り向かずに、変装を解いた僕はフェルムの闇魔法を纏う。
「ウサト! ハンナが逃げたわよ!?」
「追わなくてもいい! ネア、同化だ!!」
「……。ええ! 分かったわ!!」
フクロウに変身したネアが僕の身体に飛び込み、同化する。
彼女の存在が内にいることを確認していると、内にいるフェルムから声がかけられる。
『ウサト』
「フェルム、準備はできているか!」
『いや、心まで悪魔じゃないってさ。お前、一応人間なのに言外に自分が悪魔だって認めたようなもの―――』
「レオナさん! 援護します!!」
うっかり口にしてしまった言葉に猛烈に後悔しながら、レオナさんと戦っているアーミラに向かっていく。
言葉の綾でついに自分が悪魔だと認めてしまった人間(?)。
言葉って難しい。
今回の更新は以上となります。
Twitterにて、第11巻の表紙の方を公開いたしました。
第11巻発売は、今月、25日発売予定です。




