第二百六十話
前日に引き続き二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
……ウサトは行ってくれたか。
背後の氷の壁から彼の気配が遠ざかっていくことを確認した私は、目の前の強敵へと意識を向ける。
炎を操る戦士、アーミラ・ベルグレッド。
軍団長ではないが、それと同等の力を持つ魔族。
この短い間の戦闘で、彼女がどれだけの強さを持っているか嫌というほど理解させられた。
「行かせてもよかったのか?」
「……」
「奴と共に戦えば、私に有利に戦えたものを」
純粋に疑問に思ったのか、炎を纏った剣を払ったアーミラの言葉に無言を返す。
たしかに彼女のいうことも事実だろう。
ウサトがいれば、アーミラが相手でも有利に戦いを進めることができるだろう。
彼にはそれを可能にする能力と、治癒魔法がある。
「信じているからだ」
「ほう?」
「攻める力だけならば、私の方が上だろう。だがそれでも、私という一人の人間の間違いを正し、愚直なまでに前へ進もうとする彼のその姿に―――私は勇気をもらってきた」
思い出すは、ミアラークでのカロンとの戦いだ。
カロンの一撃を食らい気絶し、目覚めた私の視界には龍の力で自身の身体を崩壊させながら暴れるカロンを必死で救おうとしているウサトがいた。
彼は失意のままに自棄になりかけていた私を奮い立たせてくれた。
そんな彼に思い焦がれた。
「たしかに彼は突拍子な行動に出ることもある。さきほどは悪魔のような姿になって兵士達を投げ飛ばしていたりはしたが、それはほんの一部に過ぎない」
「……ほんの一部なのか? あれで?」
心なしかアーミラの口の端が引き攣ったような気がする。
だが、この短い旅の中でさえも悪魔の姿が一部なのは事実なので訂正はしない。
「彼の行動は常に予想を遥かに超えてくる。長い間を共に戦っている仲間ですらも未だにそうなんだ」
「それは味方としては問題なのでは? そういうのは事前に伝えておくべきなのでは?」
「フッ、なにせ、その場で思いつくからな」
「それはもっと問題なのでは? いいのかそれで……」
系統強化の暴発。
弾力付与による応用。
彼の用いる技術のほとんどが既存のものとはかけ離れたものだ。
「だからこそ、彼を行かせたことに意味がある」
「魔王様を相手にしたとしてもか?」
「いいや、魔王を前にしたとしても彼は変わることはないだろう。それがウサトという男なのだからな」
そう断言すると、アーミラはやや呆れたような笑みを零す。
「なるほど、やはり師匠のローズと同じで厄介な人間だな。だが、先に行かせたとしても真っすぐ魔王様の元にたどり着けると思うなよ?」
そうだろうな。
私とウサトが分かれるのを目の前で見ていたアーミラが止めるそぶりを見せなかったのは、この先にも彼女と同等の実力を持つ軍団長がいることを意味する。
その者は恐らく―――ウサトと因縁のある者だ。
「それでも、彼は進むさ。今私がするべきことは、ここで貴様を倒すことだけだ」
「フッ、抜かせ。倒れるのは私ではなく、お前の方だ」
薄く纏うようにさせていた炎の鎧を強く燃焼させる。
奴の持っている剣が灼熱色に染まるのに合わせて、私も剣に冷気を凝縮させて纏わせる。
刹那の静寂。
その次の瞬間、炎と冷気、互いが繰り出した斬撃が眼前で激突する。
目と鼻の先にまでアーミラと顔を近づけさせた私は、彼女と鍔迫り合いをしながら啖呵を切る。
「まだ、名乗ってはいなかったな! 私はレオナ……! ここで貴様を打ち倒す勇者だ!」
「フッ、その威勢がどこまで続くか見物だな! レオナァ!!」
私は身に襲い掛からんとする炎を打ち消すために冷気を放出し、アーミラは自身を凍らそうとする冷気を炎に変えるために熱を上げ続ける。
「やはり、私とお前は相反する属性を持つ魔法を持っているようだな!」
「……!」
身体能力は魔族であるあちらに分がある。
真正面から打ち合わずに剣を捌き、最大まで冷気を集めた剣を叩きつける。
「凍てつけ!」
数歩ほどの距離が離れると同時に、剣先を地面へと突き刺し魔力を解放させる。
地面から巨大なつららが眼前に出現してゆき、アーミラへと襲い掛かる。
「何度も同じ手を! 貴様の氷は私には効かん!!」
しかしアーミラはただの剣の一振りで、つららを一瞬にして溶かして蒸発させる。
———! 水蒸気で視界を封じた!!
右手に握りしめた勇者の武具に、力を送り込み、自身の周囲に八つの剣を作り出し、水蒸気の壁の先にいるアーミラへと突撃する。
「———ッ!!」
強烈な冷気を纏った九つの斬撃。
当たれば確実に致命傷を与えるであろうソレを、繰り出そうとしたその時―――水蒸気の先にいるアーミラが、迎え撃つように赤い輝きを帯びた剣を放とうとしていた。
———考えていたことは同じか!!
引いている余裕はない! このままぶつける!!
「食らえ!」
「燃え尽きろ!!」
一瞬の閃光。
次の瞬間には、私の身体に爆発と見間違うほどの衝撃が襲い掛かり、後ろへと吹き飛ばされた。
「うぐ!?」
そのまま大きく吹き飛んだ私は、ウサトを送り出すために作った壁に背中からぶつかる。
地面に落ちる前になんとか着地した私は、自身の身体を確認する。
よ、よかった、大きな怪我はしていないようだ。
「やはり、私に似た剣士だな……」
剣を支えにしながら立ち上がり、前を見る。
アーミラ・ベルグレッドは私に近い戦い方をする剣士だ。
技術と魔法、そして多くの場数を踏んだであろう実戦経験に基づいた実力からもたらせる戦闘力は類まれなものがある。
それに、魔族の身体能力があるというのだから厄介だ。
「やりにくくはあるが、戦いやすくもある……」
矛盾した言葉を口にしながら、砂煙と蒸気が晴れた先を見る。
視線の先では、ほぼ無傷のアーミラが立ち上がろうとしている。
相手は間違いなく、最大の強敵。
だがそれでも臆してはならない。
ここから先へ、誰一人として通すわけにはいかないのだから。
●
立ち塞がる魔族の兵士達を無力化し進んで行った先に見つけた螺旋階段。
そのまま階段を下りると―――先ほどと同じ広い通路へと出る。
ブルリンの能力を解放させ、敵を探知するとどうやらこの階層にも沢山の兵士達がおり、その中の一つに奴がいることも分かる。
「敵は居れども姿は見えず、か」
『この地下空間自体かなり広いらしいから、上に通じる別の階段の警備に当たっているかもしれないわね』
周囲を警戒しながら通路を進んで行く。
大理石の壁と柱には点々と明かりをともす魔具が取り付けられており、暗さは感じられない。
そもそもここにいると外が昼か夜かすら忘れそうになるので、色々と不便そうでもある。
「似てるな」
『なにが?』
僕の呟きにフェルムが反応する。
「いや、あの魔王と勇者が戦ったって言われてる遺跡と似てるなって……」
『もしかしたら、あの遺跡も元は城だったものを魔王が魔術で改造したものかもしれないわね』
だとしたらあの複雑さも納得がいくな。
先代勇者と同じ戦法を僕達にも使ってくるか、中々に因果なものを感じてしまうな。
「魔王、か」
あの遺跡での遭遇が初めてだが、とてつもない存在感だった。
あれだけでも消耗しているんだから全盛期はどれだけって話だけれど、逆を言えばそれだけ消耗してもなお魔王———魔族は僕達と戦おうとしていたんだよな。
その理由は、死にゆく大地に生まれた魔族達の生存戦略に他ならない。
意識的に考えすぎないようにはしていたけれど、先ほど見逃したハンナさんの話を聞いて、嫌でも考えさせられてしまった。
「……」
もう、両勢力が無傷で和解できる段階は過ぎている。
というより、そんな甘ったるいこと口にしている余裕も僕達にはない。
でももし、人間と魔族、その二つの種族の未来に繋がる選択肢があるとするなら―――、
『———ウサト、何考えているのかしら』
「!」
そこまで思考しているとネアが声をかけてくる。
我に返った僕は苦笑しながら返事を返す。
「いいや、なんでもないよ」
『そう……ま、貴方のことだから大体は答えは出ているんでしょうけど』
ネアは、何かを察したように呆れた声を漏らす。
その次には、フェルムが話しかけてくる。
『それで、本当にコーガがいるのか?』
「……ああ、君と同じ魔法の感覚がしたからな」
『まあ、魔王軍で闇魔法を持つ実力者はあいつくらいしかいないか』
ここで新たな闇魔法使いとか出ても厄介なことにしかならない。
コーガだけでも厄介の極みみたいなものだ。
「しかも、ご丁寧に僕達の方には敵を配置しないときてる」
僕の眼前の通路には兵士の姿はない。
ブルリンの嗅覚の範囲にはいるのだが、この通路ではなく階層の別の部分に集中しているようだ。
『どうする? 壁ぶち破って迂回する?』
「さも、僕がこの壁を壊せる前提で話すのやめてくれない?」
試してみないと分からないよ……?
敵の匂いからして他に部屋があるのは分かるが、壁を壊して移動するのはあまり現実的な作戦じゃない。
「いや、どちらにしろ壁をぶち破ってもあいつは僕を追ってくるだろう。下手をすれば、アーミラと戦っているレオナさんの元に行くかもしれない」
『……そうね』
「そして奴は、戦闘を避けようとする僕をそれで脅してくるだろう」
『性質悪すぎない?』
僕の性格を分かった上でそんな方法をとってくるから性質が悪い。
さすがは自称性格最悪といったところだ。
これから起こるであろう展開に辟易としながら通路を進んで行くと、視線の先に大きな扉が見えてくる。
これまで見たものとは明らかに異なった荘厳な雰囲気を放つ扉。
その扉の前に、誰かが立っている。
「……はぁ」
目を凝らして見るまでもなく予想通りの人物にため息。
扉の前に立つ男―――コーガの姿が鮮明に見える距離にまで近づいたところで、僕は足を止める。
「よっ、待ってたぜ」
まるで十年来の友人にするような気軽さで、手を振ってくるコーガに肩を落とす。
いや、待っているのは分かっていたけど心のどこかで外れて欲しい気持ちもあった。
「はぁぁぁぁ……」
「その反応は俺も傷つくよ? 普通に嫌がられるより、これみよがしな溜息の方が人は傷つくからな?」
「チッ」
「すっげぇ感じ悪いな、お前」
獣人の国ヒノモト。
魔王軍との戦い。
魔王の遺跡での遭遇。
こいつとは本当に敵ながら縁のある奴だ。
「待ってた甲斐があったぜ」
「……」
「だが、確信はあった。お前のような奴なら、必ずここまで来るってな」
へらへらと笑うコーガ。
僕は額を押さえていた手を離して前を向く。
「おい」
「ん? なんだよ?」
「友達ヅラするな」
「終いにゃ泣くぞオイ」
嘘つけ、と声には出さずに睨みつける。
話をするだけならそれでいい。
だけど、今までの経験からして、話し合いでなんとかして素通りさせてくれるような簡単な相手じゃない。
「話をするためにここで待っていたわけじゃないだろ」
「ま、そうだな。当然、これからお前と戦うわけだ」
「……」
……なんだ? いつものコーガとは違う。
これまでの奴なら、意気揚々と襲い掛かってくるはずなのだが……。
「何を、企んでいるんだ? お前」
「企んではいないぞ。俺も、これからのことを考えて迷っているだけさ」
「……魔族の行く末か?」
「いや? 違うけど」
違うのかよ。
よくよく考えれば何より戦いが好きなこいつが魔族の行く末を愁うほどに殊勝な性格をしているわけないじゃないか。
……本当にこいつ軍団長か?
「お前を前にしても、まだ俺の中では答えは出ない。なら、次にやることは一つしかねぇだろ」
「!」
コーガを纏う雰囲気がようやくいつもの好戦的なものへと変わる。
僕も拳を構え、いつでも動けるように備える。
「俺の中の迷い。それをお前と戦って明確なものにさせる」
「こっちはいい迷惑だ」
「敵同士なんだろう? なら、お前の都合に付き合ってやる道理はない」
それ以上の言葉は必要ないとばかりにコーガの足元から黒色の魔力が滲みだし、彼の身体を包み込んでいく。
つま先から頭のてっぺんまで覆われた黒い魔力は、コーガの身体を二回り以上に大きくさせ、さらにその姿を異形のものへと変えていく。
“獣”の闇魔法。
何度も戦い時には共闘したが、成長し仲間の助けを経て強くなった今でも油断してかかっていい相手じゃない。
「フェルム、ネア、ブルリン……全力で行くぞ」
『ええ!』
『コーガ、ぶっ飛ばす』
『グァー!』
四肢を黒色の魔力が包み込み、頭にクマの獣耳が生えてくる。
そこからさらに反映強化を強め、両腕の肘から先、そして首元から頬に黒い魔力で作られた漆黒色の毛皮が伸び、僕の身体は獣人のような見た目になっていく。
互いの肉体の変化を終えると同時に、僕とコーガは全力で前へ飛び出す。
「全力でぶん殴る!」
「俺を楽しませろ!」
激突する拳。
衝撃で震える空気。
今ここで、コーガと決着をつけてやる!!
獣(熊)VS 獣(闇)
今回の更新は以上となります。




