第二百五十七話
お待たせしました。
感想が返信できず、本当に申し訳ありません。
治癒魔法、殴りテイマー共に感想の方は全てに目を通しておりますのでご安心ください。
曲がり角で魔王軍の兵士を捕まえようと思ったら、なぜか第三軍団長がいた。
出会い頭に当てられた幻影魔法を気合で解いたら、恐怖の表情を浮かべられながら命乞いをされてしまった。
「なにが一体どうなっているんだ……」
「ウサト、彼女が例の第三軍団長か?」
「ええ、そう……ですね」
レオナさんの視線が壁に座り込んでいる女性へと向けられる。
頭に生えた魔族特有のねじ曲がった角。
片方の角の中をサイドテールのように通した薄紫色の髪の女性、ハンナさんは僕の視線に気づくとかたかたと震えだす。
「……本当に?」
「そのはず……です」
トラウマを抱えすぎでは?
怯えるハンナの様子を見たネアは、声を潜めて話しかけてくる。
「ま、こいつがこんな風になっているのは私が原因みたいだから、私が尋問するわ」
「分かった。……ブルリン、索敵を頼む」
足から影のように魔力を広げ、ブルリンを出す。
足元から召喚されるように出てきたブルリンにさらに怯える彼女に、身をかがめたネアが見下ろすように話しかける。
「また会ったわね?」
「……え?」
「あら、思い出せないかしら? なら、この姿の方が分かりやすいかしら?」
ネアが黒いフクロウへと変身すると、ハンナさんは驚きながらその場を後ずさる。
「あ、あの時のフクロウ……!?」
「ええ、今から貴女に対していくつか質問をするけど、正直に答えなさい」
怯えながらも頷いたハンナさんに、再び魔族の姿に戻ったネアは質問を始める。
「自分の所属を言いなさい」
「……魔王軍第三軍団長、ハンナ・ローミアです」
「どうしてここにいたのかしら?」
「……」
「言いなさい。それとも、後ろのご主人様に任せてもいいかしら?」
「こ、こここ、ここから逃げ出そうとしていました!」
あくどい笑顔を浮かべたネアが僕を指さすと同時に、白状するハンナさん。
僕の扱いにだんだんと納得がいかなくなってはきたが、それよりも……。
「逃げ出す……?」
「どういうことかしら? ちゃんと説明しなさい」
彼女曰く、彼女は僕達と魔王軍との戦いが本格化する前に逃げ出そうとしていたらしい。
なぜ第三軍団長の彼女が? と疑問に思ったが、魔王軍―――魔族の状況は僕達が考えている以上に悪く、先がないと判断した彼女は魔族を見限ろうとしていたところを僕達に捕まって今に至ったようだ。
「魔族が、そこまで……」
逃げ出したいというならこのまま……いや、情報だけは聞き出しておくべきか。
どちらにせよ、こちらを害する気がないのなら―――、
「ウサト、甘く見ちゃだめよ」
「……ん?」
「貴方が今考えていることくらい分かるわ。どうせ、情報を聞き出したら見逃してもいいとか考えているんだろうけど―――」
じろり、とハンナさんへと顔を向けるネア。
そのまま視線を逸らそうとするハンナさんの両頬を手で押さえ込み、無理やり視線を合わせる。
「ふ、ふむぅ!?」
「こいつはね、自分の保身のためならどんなやつだって裏切るわよ。きっと、今は従ったふりをしていても、嘘の情報を握らされるか、敵に居場所を知らせたりするかもしれないわ」
ネアの瞳を間近に見た彼女の瞳が一瞬だけ輝くが、数秒ほど経つと途端に青ざめさせる。
「ほら、今私に幻影魔法をかけようとしたでしょ?」
「ち、違……」
「違わないわよ? でも、残念。私悪魔の眷属だから効かないの」
「ぁ、うぅ……」
僕はいったい何を見せられているのだろうか?
悪女VS悪女かな? より性格の悪い方が勝ちそう。
まあ、幻影魔法が効かないのは、ネアが耐性の呪術を前もってかけていたからなんだよな。
「正直に、話した方が身のためよ。私達には時間がないの。場合によっては、貴女の最も嫌がることをしなくちゃならないけど……どうしてやろうかしらねぇ」
「ひ、ひぃぃ……」
普通に怖い。
ナチュラルにその嫌がることの内容に僕が組み込まれている気がしなくもないのは、どういうことなのだろうか。
しかし、さすがにやりすぎだとは思った。
「待て、ネア」
「……なによ?」
ハンナさんから視線を外してこちらへ振り返るネア。
「恐怖だけじゃ、駄目だと思うんだ」
「……?」
一瞬、何を言っているのか分からないと言った表情のネアが首を傾げる。
「恐怖の権化が何か言ってるわよ」
『デビルジョークかな? ボクはそういうの嫌いじゃないぞ』
「グァー」
「やかましい小動物共」
おっといけない、ここでムキになっては駄目だぞ。
小さく深呼吸をしながら、ネアと交代して座り込んだ彼女と視線を合わすように、地面に膝をつく。
「ハンナさん」
「は、はぃ……」
「正直に情報を教えてくだされば、貴女を解放します」
「……え?」
彼女の言葉が本当だとすれば、そもそもこの戦いに参加したくなかったということになる。
その理由は分からないが、きっと戦いを避けるほどに嫌なものなのだろう。
幻影魔法という強い魔法を持つ彼女が逃げ出したくなるほどの理由を想像したくはないけれど、彼女の言葉に嘘がなければ、解放してもいいんじゃないかと思う。
「ここから出たいというならそうすればいい」
「に、逃がしてくれるんですか……?」
「はい。嘘はつきません」
できるだけ自然な笑みを浮かべると、ハンナさんも落ち着きを取り戻す。
よし、僕だっていつまでも悪魔とばかり呼ばれているだけじゃない。
このまま情報を教えてもらおう。
「こ、ここの地形は―――」
その時、頭上で微かな羽ばたき音が響く。
それに即座に反応し、後ろに振り向くと同時に右手に籠めた治癒魔法乱弾を投げつける。
「そこかァ!」
放たれた治癒魔法乱弾は、バババ、という炸裂音と共に壁にぶつかり緑の粒子となって消える。
その後、空から落ちてきたのは一枚の黒い羽根。
やっぱり、誰かが見ているな。
「逃げられると思うなよ! 次は確実に落としてやる……! ……あ、すみません。それでさっきの話の続きなんですけど」
「わ、私が案内します! 傍についてます!! だから逃がした後に殺さないでぇ!!」
「え、えぇ?」
……やばい、やってしまった。
必死な様子で同行しようとするハンナさんに頷くと、ネアがにこにことした笑顔を浮かべていた。
「さすがね。見事、協力をとりつけたわね! よっ、悪魔!」
『しょうがないのは分かるが。その変わりようは普通に怖い』
「ウサト……」
引いているフェルムと、額を押さえているレオナさん。
そして、僕の足に縋りついているハンナさん。
改めて自分の状況を確認した僕は、腕を組み目を瞑る。
「よし、出発だ!」
考えた結果、もうこのまま進もう。
この時ばかりは僕は思考を放棄することにした。
●
その後、おどおどとしているハンナさんの案内に従って、僕達は魔王の魔術によって組み替えられた都市内部を進むことになった。
出発する前にフェルムが、ネアの吸血鬼の力でハンナさんを操れないかと提案していたが、それは無理らしい。
幻影魔法という精神に作用する魔法を持っている彼女には、同じ系統の術は効果が薄く、下手をすれば話すらも聞き出せない状態になってしまうとのこと。
そういうこともあって彼女を先頭にしているわけだが、当然巡回している兵士とも遭遇する。
「ハンナ様!? なぜここに!?」
「……わ、私自ら勇者の捜索に臨んでいるところです。貴方達も引き続き、捜索を続けなさい」
「は、はい!」
しかし、さすがは第三軍団長。
当然のように怪しまれずに遭遇した兵士と別れることができた……のだが、その際にネアが別れ際に兵士の肩にポンと手を置く。
「そっちも頑張りなさいよ?」
「は!? あ、ああ!!」
「それじゃ」
気軽な様子で兵士に手を振ったネア。
彼女の不可思議な行動に首を傾げていると、前へ向き直ったネアはハンナの肩を掴む。
「貴女、怪しいことしなかった?」
「! ち、誓ってそんなことしていません……」
「へぇ……じゃあ、これは何?」
ネアが見せたのは小さな紙きれのようなもの。
それを見たハンナさんは「ひぅっ」と上ずった声を上げる。
「これがさっきの兵士の鎧に挟まっていたけど、いったいこれはなんなんでしょうねぇ?」
「……」
「あら!? これよく見たら布だわ! 無理やり引きちぎった形をして、たすけて、って書いてあるわ!」
「……」
「あらあら!? そしてよく見たら貴女の服の裾も破れてるわ大変! どうしてかしらね! さっきまでは破れてなかったのにー!」
顔面蒼白。
最早視線すら合わせずに俯いてしまった彼女に、ネアは先ほどから変わらない笑顔のまま耳元に口を寄せる。
逃げられないように首に腕を回した上でだ。
「次やったら分かるわね?」
「……ぁい」
怖いよぉ!?
僕とレオナさんに一切気付かれずに兵士に助けを求めたハンナさんも、それを一瞬で見抜いた上で脅しにかかるネアも怖いよ!?
僕達の意識の外で戦いのようなものが起こっている事実に素直に恐怖する。
「君の使い魔は、怖いな」
「ええ、多分僕より怖いんじゃないかと思います」
「……。そうだな」
レオナさん、今の沈黙はなんですか?
隣を歩く彼女の反応を気にしつつ、ハンナさんの案内に従って進んでいく。
一際開けた場所にたどり着く。
相変わらず黒い壁に周囲を覆われた場所だが、中央の地面に鉄製の扉のようなものがある。
大きさは大体三、四メートルくらいか……結構大きいな。
「ここが、地下の城へと通じる入り口です。ですがここを開くには人手が―――」
「ウサト」
「はいはいっと」
大きな扉に指を差し込み、力を籠める。
……これくらいなら闇魔法は必要ないな。
「むん!」
扉を持ち上げ、そのままひっくり返すように地面へと倒す。
扉を退かした所を見ると、奥に階段があるのを確認する。
「よし、入れるよ」
「流石ね。行きましょう、レオナ」
「ああ」
「……」
目を点にさせているハンナさんの背中を押しながら、ネアとレオナさんが地下へと続く階段を降りていく。
階段を少し降りると石柱や石畳の並んだ古めかしい通路に出る。
「随分と古めかしい場所に出たわね」
「……こ、ここは作り変えられた城の中です。魔王様は城の上階……今にあたり最下層におります」
だとしたらもっと下層に降りないといけないな。
さっき、僕が逃がした黒いアレが僕達の動きを監視するものだとしたら、できるだけその場に留まらずに行動するべきだろう。
「じゃあ、案内して」
「……で、でも、さすがに私がここを歩いてたら怪しまれ……っ、はい! 案内させていただきます!」
僕と同じことを考えていたのか、ネアがハンナさんを急かしている。
ブルリンの能力で索敵を行い、通路を歩き、入り組んだ階段を降りながら着実に地下を進んで行く。
ネロ・アージェンスと戦っているナギさんは無事だろうか?
空で戦っているカズキは、大丈夫だろうか?
先輩とアマコは、ちゃんと地下に入れただろうか?
自分たちの足音しか響かない場所を歩いていると、いやに思考を巡らせてしまう。
「ハンナさん」
「っ、な、なんでしょうか?」
「どうして魔王軍を抜け出そうとしたのか、教えて欲しい」
「……ァ、アナタノセイデス」
「ん?」
「なんでもないです!」
一瞬の硬直のあとに何かを小声で呟いた彼女に笑顔のまま首を傾げると、ぶんぶんと首を横に振られて訂正させられる。
なぜかハンナさんのすぐ後ろで噴き出したネアに治癒デコピンを叩き込みながら、小さく深呼吸をした彼女の言葉に耳を傾ける。
「もうずっと前から、魔族は終わっているんです」
「……終わっている?」
ある意味で初めて魔族側の内情について聞くかもしれない。
フェルムはそこらへん無頓着だったし、今余裕があるうちに訊いておくべきだな。
「魔王領の土地は死にかけています。それはいつからかは分かりませんが、大地は実りを失いながら、着実に私達を滅びへと向かわせているのです」
「……僕達がここに来るまでは、そこまでの兆候は見れなかったけど」
確認するようにそう口にする。
ここで、憶測に過ぎなかった話を正確なものにしていくか。
「それはっ……それは魔王様がつい最近まで大地に魔力を流し、豊穣をもたらせていたからです。先の戦いで私達を逃がすために力を使ってしまった魔王様は……」
「大地に魔力を流せないくらいに弱っている。これはファルガ様の推測通りだな」
言い淀んだハンナさんの言葉に、レオナさんが納得したように頷く。
魔族達を逃がすため、か。
あの最後に落とした火球がそうなんだろうな。
「……本当は、魔王様がお目覚めにならなければ……私達は夢を見ることもなく、滅べたのかもしれませんね」
……これまでハンナさんの言動は怯えたものであったが、今言葉を発した彼女は少し違っていた。
先を想像することすらできない絶望に打ちひしがれた顔。
最初に遭遇したその時から、狡猾で卑怯な手を使う人という印象だったけれど、この時ばかりはその印象も大きく変わっていた。
魔術の施された使い魔で一瞬だけウサトの姿を捉えた魔王とシエル。
シエルには、怯えるハンナを笑顔で見下ろしているウサトが見えていました。
その次の瞬間には、ぐりん! と首を回し、怒りの形相へと変えたウサトと視線が合い―――、
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