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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第十一章 最終決戦、魔王都市ベルハザル
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閑話 力を振るう意味

四日目、四話目の更新となります。


今回も閑話、アーミラ視点となります。


 先の戦いで、私は雷を纏う勇者に敗北した。

 奴は紛れもない強者であった。

 実戦経験こそ少ないように見えたが、それを余りある才覚と戦闘の最中で手に入れた細長い剣のような武器を以てして、私に手痛い敗北を与えた。

 私は己の力不足を恥じた。


「ここまでにするぞ」

「……っ! ありがとう、ございました」


 周囲が岩に囲まれた広場。

 焼け焦げた岩と、風でなぎ倒され火がついている木々の中で、膝をつき肩で息をしていた私は―――今日まで修練を施してくださった師匠、ネロに頭を下げた。


「礼を口にするな。そもそも俺はお前に師匠と呼ばれる資格なぞない」

「しかし……」

「俺の教えの断片のみで魔法を纏う術を身に着けたのはお前のたゆまぬ鍛錬の成果だろう。俺はあくまで、その足りない部分を補ってやっただけだ」


 私は師匠の技術を自分なりに工夫し、会得するに至った。

 生半可な道ではなかったが、それでもまだ師匠には遠く及ばなかった。


「短い間ではあるが、お前に不足している技術を補う術を授けた。それを生かすかは、お前の手にかかっているといってもいい」


 だが、手痛い敗北を喫した戦いの後、師匠は数年ぶりに私に訓練を施してくださった。

 正直、雷の勇者、スズネに斬られた傷が滅茶苦茶痛かったが、それでも受ける価値は十分以上にあった。

 それになにより、久しぶりに師匠からの稽古に嬉しくないはずがなかったのだ。


「勇者がこの都市にやってくる以上、戦力の一つであるお前が戦わない選択肢はない」

「はい! 魔王様の元には誰一人、通さないつもりです」


 勇者達が魔王様のいるこの都市に攻めてくる。

 三人の勇者と一人の治癒魔法使い。

 たった数人程度しかいないが、兵士がいくら束になっても敵わない相手だ。

 力だけは抜き出ている自覚がある私がすべきことは、勇者達を魔王様の元へ向かわせないために、戦うことしかない。


「……絶対に、魔王様をお守りしなくては……」


 先の戦いでの雪辱を果たす、そういう気持ちもなくはない。

 だが、自身の私情以上に魔王様に危険が及ばないようにしなくてはならない。


「……師匠、一つお聞きしたいことがあるのですが、構わないでしょうか?」

「ああ、構わないぞ」


 師匠は近くの岩場に腰を下ろす。

 私は、先の戦いが終わってから聞きたかったことを聞いてみることにした。


「師匠は、未だに戦いへの衝動に……囚われているのですか?」

「……」


 師匠は、ローズに敗北した。

 師匠の象徴でもある赤色の魔剣を折られ、その上で彼女の拳をまともに受けた彼はかなりの怪我を負ってしまっていた。

 傷は戦いの後にすぐに癒えてしまったが、師匠の様子は以前と比べて少し違っていた。

 今の師匠は、戦いが起こる前のような常に研ぎ澄まされた感覚が消え失せてしまっていたのだ。


「いや、もうそれはないな」

「……理由を、お聞きしても?」


 師匠はあれほどまでにローズとの戦いを望んでいた。

 その衝動が消え失せるほどの何かがあの戦いであったのか?


「ローズとの戦いで俺は、満足してしまったということなのだろう。結果としては魔剣を折られ、重傷を負い、敗北しただけだが……俺の中の執着は、殆ど消え失せてしまっていた」


 実のところ、私は一度たりともローズと戦ったことはない。

 その力も生半可なものではないとしか理解できていない。


「奴は既に過去を乗り越えていた。俺との戦いをただの障害としか見ていなかった」

「……」

「だが、今ではそれでよかったと思える」


 座ったまま、師匠は腰から鞘に納められた剣を取り出す。

 柄を掴み、僅かに刃を引き出した彼は、自身が映し出された剣を見つめながら続けて言葉を発する。


「怒りで目が曇っていたのは俺だった。魔剣の力に頼り、執着していた時点で負けて当然だったのだ」

「魔剣を失ったことが正解だったと?」

「少なくとも俺自身はそう思っている」


 ———師匠の扱っていた魔剣は、傷つけた箇所の魔力の流れを阻害する呪いを付与するものだ。

 一度それに斬られてしまえば、治癒魔法も回復魔法すらも効果を為さなくなる強力な武器。


「ローズに渾身の一太刀を浴びせた時、心のどこかで勝ちを確信し、油断してしまっていた。そしてその油断を突かれ、無様な敗北を喫した。情けない話ではあるが、それがあったからこそ目を覚ましたといってもいいだろう」


 おもむろに立ち上がった師匠は、近くの大きな岩の前に立ち、剣の柄に手を添える。

 試し切りでもするのか? と思い、彼の動きを目で追おうとした時には、既に師匠の剣は鞘から抜かれており、その切っ先は脱力するように地面へと向けられていた。


「剣なぞ、どれを使っても変わらない」


 その言葉と同時に、師匠の眼前の大岩が斜めにズレる。

 地響きをさせながら地面へと倒れる大岩を見て、私は呆然とするしかなかった。

 剣を振るった動きすらも見えなかった。


「魔剣なぞ頼らなくても生物は皆、斬れば死ぬ」


 そう言葉にした師匠は、剣を鞘に納めるとそのまま私に背を向ける。


「———先に戻っている。お前も魔王軍にとっては重要な戦力だ。早めに戻り、休養をとっておけ」

「は、はい」


 歩きながらその場を後にする師匠。

 雑念のない彼の剣技は、今や誰の追随も許さないほどに洗練されている。

 魔王軍最強―――その肩書が、今や揺るぎないものになったことに、自分のことのように高揚しながら、私は、再び自身の剣をとる。


「……もう少し、鍛錬を積んでおくか」


 私は、魔王軍最強の剣士、ネロ・アージェンスの弟子だ。

 その名に恥じないように、これからやってくる勇者達に負けないように、今以上に強くならなければならない。

ローズにぶん殴られたことで、ある意味で正気に戻ったネロでした。


以上で、今回の更新分は終わりとなります。


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