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第二百三十四話

第二百三十四話です。

前話を見ていない方はまずはそちらをー。


前話との温度差がやばい。

 ウサト、キーラ、スズネ、カズキが謎の渦に吸い込まれ、この空間から姿を消した。

 私がもっと予知に集中していれば、避けられたはずだった。

 自分の不甲斐なさに嫌気がさしながら、彼らが渦に吸い込まれた場所で、痕跡を探しているネアとブルリンに声をかける。


「ネア、ブルリン、なにか分かった?」

「グルァ……」


 ブルリンは首を横に振る。

 匂いは完全に途絶えてしまっているようだ。


「……魔術が使われた痕跡があるわね」

「出所は分かるか?」


 周囲を警戒しているレオナさんの声にネアは頷く。


「かろうじてだけど残っているわ。でもこの濃度の魔力で辿っていくのは、かなり時間がかかるかもしれない」

「手がかりがあるだけで十分だ。それを追えば、ウサト達を見つけられるんだな?」

「ええ、ウサト達はまだここにいる」


 そう口にしたネアは、床の石板に手を添える。


「多分この魔術は短距離型の空間転移でしょうね」

「ボクがファルガって奴にミアラークに連れてこられた時みたいのか?」

「……いいえ、使い手は相当な力を持っているだろうけど、それにしては魔術の構成に粗が目立っているわね」

「つまり、どういうことだ?」


 フェルムと同様に私も首を傾げると、ネアは悩まし気に口元に指を当てて唸る。

 なんと言っていいか迷っているように見える。


「ちぐはぐなのよね。力はあるのに、それを扱い慣れていない感じ。これを仕掛けたのが誰だか全く見当がつかないけど……正直、異様だわ」

「……まずは、その痕跡を辿って渦に吸い込まれた皆を探しに向かおう」

「そうね……。魔力の痕跡はあっちの壁から続いているわ」

「ふむ……」


 ネアが指さしたのは、ここに入った時に壁により閉ざされてしまった通路。

 彼女の指し示した方向を見て、一つ頷いたレオナさんはその手に持った槍を逆手に持ち、壁に向かって放り投げた。

 壁に突き刺さった槍は、その先端からつららのような氷を発生させ、内側から壁を破壊してしまう。


「……よし」

「ちょ、ちょっと、レオナ!?」

「時間をかけている暇はない。この際、力技で進んで行こう」


 ひとりでに戻ってきた槍を掴み取った彼女は、先へ歩いていく。

 私達も彼女の後ろについていくように、破壊した壁の先にある通路を進みだす。


「ウサト、スズネ、カズキ……それにキーラも、大丈夫かな……」

「キーラにはウサトがついているから心配はいらないだろ。それより、ウサトのやつ……真っ先にボクとネアを突き飛ばしやがって……」


 渦が表れた直後にウサトに突き飛ばされ、難を逃れたフェルムが機嫌を悪くしている。

 ネアも口には出さないが不機嫌だ。

 ウサトが真っ先に自分の身よりも、フェルム達のことを庇ったことにイライラしているのだろう。

 ウサトは、基本的に自分のことを後回しにしちゃうから……。


「次に会ったら、文句の一つでも言ってやりたいわね」

「ボクは殴りにいくぞ」

「多分効かないから別のにしなさい」


 そう言葉を交わしたネアとフェルム。

 そんな二人の背中を見ながら、私は隣を一緒に歩くブルリンに話しかける。


「ブルリン、ウサト達が心配?」

「グルァー」


 明るい声で鳴くブルリン。

 彼の声からは、ウサト達を心配しているというより、信頼している感情が伝わってくる。


「……そう、そうだよね。ウサト達なら、大丈夫だよね」

「グル」

「ふふ、ありがとう」


 私を気遣うようにもう一声鳴いてくれるブルリンの頭を撫でる。

 嫌な予感はしている。

 今回の事件は、これまでとは何かが違う。

 そんな漠然とした不安を抱えながら、私達はウサト達を探すために遺跡の中を進んで行くのであった。



 魔王軍第二軍団長、コーガ・ディンガルが私達の前に現れた直後———白い光の渦が私達の前に現れた。

 まるで私とカズキ君だけを引き寄せるように出現した光の渦に、成す術もなく吸い込まれてしまった私達が、次に目を開けた時―――真っ白な世界が広がっていた。


「先輩、ここは……?」

「あの白い光の渦に引き込まれた……ことまでは分かるけど、それ以外はさっぱりだね」


 一つ言えることは、私達を罠に嵌めたのはコーガではないことだ。

 なにせ、彼も白い渦に引き込まれていたからね。

 自身の勇者の武器があることを確認しながら、周囲を警戒していると、私達の目の前に人影のようなものが表れる。


「ようこそ、こちらの空間へ」

「何者かな?」

「私はカンナギ、今回貴方達をこの遺跡へと誘き寄せた存在だよ」


 籠手を構え、光魔法の魔力弾を放とうとするカズキ君に待ったをかけながら、続けての会話を試みる。

 いつもの私なら魅力的すぎるケモノミミではあるが、目の前の存在はあまりにも胡散臭すぎる。

 いや待て、胡散臭い系のケモミミもそれはそれでいいのでは?

 むしろこのまま取り押さえる体で、色々とかましてみるのもアリなのでは?


「……」

「フフ、警戒しているね。目が血走っているよ」

「落ち着いてください。先輩」


 おっといけない。

 意識を切り替え、改めてカンナギに問いかける。


「……なんの目的があって、私達を?」

「君達のためだよ」

「どういうことだ」


 カズキ君の言葉に、カンナギはにっこりと笑みを浮かべる。


「私は君達のことを応援しているんだ」

「応援……?」

「魔王は今度こそ息の根を止めてもらわなくちゃならない。そのために動いている君達の力になりたいんだ」

「……」

「嘘に聞こえるかもしれないけど、これは紛れもない本心だよ。私にとっても魔王は宿敵なんだ」


 猫を被っている様子はない。

 彼女は本当のことを言っているようだが、それでも信用はできない。

 聞こえの良い言葉はいくらでも吐ける。

 カンナギという女は、肝心な部分をあえて外して言葉にしている。


「ウサトには試練を受けてもらっているんだ」

「ッ、ウサトに何かしているのか……!」

「心配しないで。彼には、託したいものがあるからね。今のところは……あー、うん、とても元気に戦っているよ」


 なんで言い淀んだの?

 胡散臭い笑みを浮かべていたカンナギの表情は一瞬だけ微妙なものになる。

 しかし、託したいものってなんだ? カンナギの口ぶりから特別なものに聞こえるが、それがいいものとは思えない。


「もちろん、君達にも試練を受けてもらいたいと思う」

「……嫌だと言ったら?」

「それでも受けてもらう。だって、今のままじゃ君達は絶対に魔王には勝てないから」


 確信めいた言葉に何も言えずにいる私達を指さしながらカンナギは続けて言葉を口にする。


「君達は甘い。敵を倒す覚悟はあれど、どうしようもなく甘い。それじゃあ魔王を倒すことなんて絶対に無理だよ?」

「……」

「先代勇者の戦いに優しさなんて欠片もなかった。慈悲もなく、手加減もない。あるのは確実に相手を始末するという意思だけ。それと比べて……君達は駄目駄目だ」


 たしかに私達と先代勇者は違う。

 そもそもが荒んだ時代に呼ばれた先代勇者の在り方が、私達と異なっているのは当たり前の話なんだ。

 しかし、それでもカンナギの言葉は止まらない。


「優しさは大事だよ? でもさ、非情な決断ってのをいつかは求められる。君達二人は勇者として多くの人の幸せのために、ある程度の犠牲を許容しなければならない」

「そんなことにはさせない……!」

「カズキ。その考え方が既に甘いんだ」


 穏やかさを感じる声で、カズキにそう言い放った彼女は掌を掲げる。

 すると、どこからともなく異常な濃度の魔力が集まり、球体へと変わる。


「っ、なにをするつもりだ!!」

「遺跡に漂っている魔力を集めただけさ。攻撃には使わないよ。その代わり―――君達には悪夢を見てもらうことにはなるけどね」


 左目に手を当てた彼女は、苦し気な声で魔力を練り始めた。


「———系統強化」


 彼女がそう言葉にした瞬間、周囲の白い空間が大きく歪んだ。

 歪んだ景色は次第に色づいていき、私達が立っている場所さえも変わってしまう。

 気づけば、私とカズキ君は、どこぞと知れない戦場の真っただ中に立っていた。


「燃えてる? ここはどこだ?」


 先ほどまでそこにいたカンナギの姿はない。

 周囲に生えている木は燃え盛り、至る場所に人間と魔王軍の兵士の死体が転がっている。

 幻ではない現実の光景に思わず顔を顰めてしまっていると、カズキ君が何かに気付いた。


「先輩、あそこに人が!」


 カズキ君が指さした方向を見る。


『我らが故郷を奪還するのだぁぁ!!』

『オオオォォォ!!』


 そこにいたのは、雄たけびを上げる兵士達。

 彼らの着ている鎧はリングル王国のものではあるが、何度も使われたように傷だらけであった。

 他にもサマリアール、カームへリオ、白と水色の鎧を着た見慣れない兵士もおり、彼らは一様に同じ方向へ向かっていた。


「……あれは、リングル王国?」


 彼らが向かう先にあるのは、私達にとって見慣れた場所、リングル王国であった。

 あれだけ綺麗だった城には黒煙が立ち込め、人々の活気に満ち溢れていた城下は炎に包まれ―――その周囲には魔王軍の兵士達が、我が物顔で陣を組んでいた。


「どうして、リングル王国に魔王軍が……」

「いったい、なにが起こっているんだ……」


 呆然とする私達。

 状況が呑み込めないでいると、リングル王国が存在するその方向に―――私達のよく知る後ろ姿を見つけた。

 若干の赤色が入り混じった白い団服を着ている黒髪の少年。

 彼は、こちらに背を向けたまま何かに腰かけ、ジッと燃え盛るリングル王国を見ていた。


「……!!」

「先輩!?」


 彼ならば何か知っているかもしれない。

 そう思い、彼に駆け寄ると、彼の身体が血だらけなことに気付く。

 フェルムと同化した時のように、彼の団服の裾や両腕が赤く染まり、その団服自体も傷だらけだ。


「ウサト君! 怪我をしているのか!?」

「……?」


 ゆっくりとした動きで後ろを振り向いた彼は、私とカズキ君の姿を見て驚きに目を丸くさせた。


「先輩……? カズキ……?」

「ウサトく―――」


 怪我をしている彼に駆け寄ろうとしたその瞬間―――目の前のウサト君が私の喉へ向けて貫手を突き出そうとしている光景を目にしてしまう。

 咄嗟に、雷を纏い距離を取るが、私の頬にはウサト君の貫手により生じた小さな切り傷が刻まれていた。


「ぁ……ぇ……う、さとくん?」


 頬の傷に手を添え、僅かについた血に声が震える。

 彼が、ウサト君が―――私を殺そうとした?

 外れた手刀を見つめながら、ゆっくりと立ち上がった彼は、呆然とする私達を見て、その表情を怒りに歪める。


「ああ、あの女。やっぱり首を落としておくべきだったな。またこんな胸糞悪い幻を見せてくるだなんて……」


 頭を抱えて、悪態をつくウサト君。

 よく見れば彼が腰を下ろしていたのは丸太なんかじゃない。

 積み上げられた魔王軍の兵士の亡骸だ。

 喉を潰され、胸にぽっかりと穴を空けられ、絶命している。


「ウサト! 俺達が分からないのか!?」

「……」


 必死に本人と主張するカズキ君を冷めた目で見たウサト君は、自身の額を殴りつける。

 彼の突然の行動に、私もカズキ君も絶句してしまう。


「まだ目覚めないか。この前はこれでうまくいったんだけどな……」


 鮮血が額から滴っていくが、彼はそれにも構わず顔を上げた。


「先輩とカズキは死んだ。僕のせいで、僕が間に合わなかったから死んだ」


 感情の籠らない声。

 私達の知る彼とはかけ離れた、冷たく、凍てついた声。


「だから、僕が代わりに戦って……皆の帰る場所を護らなくちゃならない」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いた彼は、額から流れた血がにじんだ真っ赤な瞳をこちらへ向け、その拳を構えた。


「幻なら、殺せば消えてくれるかな」


 ———私とカズキ君が死んだ?

 彼の言葉が嘘とは思えない。なにせ、さっきの私への攻撃は本当に息の根を止めるつもりの攻撃だったからだ。


「彼は……私達の知る、ウサト君じゃない……」


 彼の誇りである救命団の団服は血に濡れ、つぎはぎだらけ。

 隈の目立つ目と真っ赤な手は、最早人間というにはあまりにも壮絶で―――見ていられないほどに痛々しかった。

 そんな彼を真正面から見てしまった私は、気づいてしまった。

 気づいて、理解して、とめどなく涙がこみ上げ、頬を伝っていく。


「……そんな……」


 私とカズキ君がいない世界。

 あの時、黒騎士に殺されてしまい魔王軍が戦争に勝ってしまった、もしもの時間。

 ここには、私達の知るウサト君はいない。

 いるのは、たった一人で何もかもを背負い込み、正真正銘の怪物となり果ててしまった人間だった。


「ウサト君、君は……」


 ああ、たしかに悪夢のような光景だ……! カンナギ……!!

 私達は今から―――修羅に堕ちたウサト君と戦うことになるのだから……!!


先輩とカズキの相手はIFウサトとなります。


平行世界でもやらかしてトラウマを刻み込まれるハンナさん。

メンタル強い奴に精神攻撃仕掛けたらアカン方向に覚悟完了しちゃった感じです。


今回の更新は以上となります。

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