第二百二十九話
本日『治癒魔法の間違った使い方』第十巻が発売となりました。
第二百二十九話です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
キーラの足元から彼女の背後へと浮かび上がるように出現した人型の何か。
はりがねのような痩身に、鎌のように歪んだ鋭利な爪を持ち、その頭には顔が存在していなかった。
キーラの闇魔法が生み出した怪物。
そいつが爪をキーラへと振り下ろそうとすると同時に、僕は弾力付与と魔力の暴発を用いた全力の加速で彼女を助けに向かう。
「フッ!」
キーラを抱え、爪から逃すと同時に弾力付与の魔力を籠めた足で蹴り飛ばす。
治癒弾力脚、と言いたいところだけど、キーラの近くで治癒とは言えないな。
いや、それより……!
「キーラ、大丈夫か!?」
「……ぅ」
抱えているキーラを見れば、彼女は顔を青くさせて目を瞑っている。
意識を失っている?
僕の肩にいるネアに彼女を診てもらう。
「魔力を失って気絶しているようね」
「……あれが原因か」
視線の先には木に打ち付けられ、起き上がろうとする黒い人型がいる。
ぬるりとした挙動で起き上がろうとする人型に、なんともいえない気持ち悪さを感じる。
『ごめん、ウサト。ボクが間違えなければ……こいつが、こうなることは……』
黒い人型を見て、後悔するようにフェルムが呟く。
「それを言うなら僕の方が悪い。もう少しこの子の気持ちを考えていれば……」
「反省は後でしなさい!! 来るわよ!!」
「……っ!!」
左腕でキーラを抱え、闇魔法で覆うように守り、右腕を自由にさせる。
そのまま右腕を伸ばすように構えた僕は、こちらへ飛び掛かるような態勢に移った人型を睨みつける。
『ウサト、あれの狙いはキーラだ! あれはキーラの“自分が死んだ方がいい!!”っていう感情が生み出した闇魔法の怪物だ!!』
「ああ! ネア、拘束の呪術を!」
「分かったわ!」
足元を見る限り、キーラとあの人型は魔力で繋がっている。
今彼女の魔力が吸い取られているなら、早くなんとかしなきゃならない。
黒い人型が、不気味な雄叫びと共に飛び出してくる。
「ジャァ!」
「拘束・治癒弾きッ!」
両腕を広げて飛び掛かってくる人型の腕を弾くと同時に拘束。
滑るように足を動かし人型の側面に瞬時に移動した僕は、その無防備な胴体に拳を添え、密接した状態から全力の治癒飛拳を叩き込む。
「治癒連撃拳」
相手が人間じゃないからこその一撃―――小手調べのつもりの技だったが、人型の身体は一瞬にして粉々になってしまった。
ぱらぱらと空中で消えていく黒い魔力の残滓を見て、僕も思わず呆気にとられてしまう。
「意外と脆い……?」
『一時の感情を反映しただけだから……か? だとしたら、キーラの魔法はまだ取り返しがつくかもしれないぞ!』
闇魔法の衣に包まれたキーラから魔力が発せられている様子はない。
大丈夫……とはいえないな。
事態は一層に悪化してしまったといってもいい。
「ウサト、まずはこの子を安全な場所に移しましょう」
「……ああ」
ネアの言葉に頷き、キーラを抱えながら集落への方向へと向かう。
もう、無関係ではいられない。
ここまで関わってしまったのなら、キーラの過去についてグレフさんから話を聞くべきだな。
●
キーラを連れて集落へ戻った僕は、彼女をベッドに寝かせたあと、グレフさんを呼んで話を聞くことにした。
それに合わせて森で彼女と交わした会話についても伝えると、打ちひしがれたような表情のまま彼は頭を抱えた。
「まさか、キーラがそこまで追い詰められていたなんて……」
キーラの寝かされているベッドのある部屋。
彼女の傍らの椅子に座って、うなだれている彼に謝罪の言葉を口にする。
「すみません。僕がついていながら……」
「いいや、君のせいなんかじゃない。あの子の抱える苦悩を分かってあげることのできなかった俺のせいだ……」
涙ながらに口にしたキーラの言葉。
誰も傷つけたくない。
大切な人を不幸にしてしまう。
彼女が僕達についていこうとした理由は、誰も傷つけたくなかったからだった。
彼女の涙ながらの訴えを訊いても尚、僕は彼女を連れていくことはできなかった。
僕達の使命は“魔王を討伐すること”だから、なんの事情も知らない子供であるキーラを危険なことに巻き込んでしまう。
何より僕達の目的は魔族であるキーラ達を不幸にしてしまうかもしれないものだからだ。
「グレフさん、キーラの過去について聞かせてください」
「闇魔法使いの君なら、察しはついているんだろう?」
教えてくれたのはフェルムだが、僕の中にある心当たりを口にする。
「忌み子送り、ですか?」
「……その名を聞くだけで、どうにもならない怒りが湧いてくる。自分の子供を、よりにもよって生きたまま魔物に殺させようだなんて……罪の意識すらも持とうとしない悍ましい行いだ」
怒りをおさえるように深く息を吸った彼は、続けて言葉を発する。
「キーラは忌み子送りにあって、実の親に捨てられてしまった子だ」
正直、親が子供に嘘を吹き込んで魔物に殺させようとする酷い話、当たってほしくなかった。
僕自身も感情を押さえ込みながら、グレフさんの言葉に耳を傾ける。
「……旅の道中であの子を見つけたのは、魔物の巣の中だった」
「魔物はグレフさんが追い払ったんですか?」
「いいや、魔物は既に死んでいたんだ」
誰かがキーラを助けたってことか?
そう訊いてみると、彼は首を横に振った。
「キーラはただ震えながら地面にうずくまっていたが、彼女の傍らには四足のオオカミのような黒い怪物が、巣の主である魔物の息の根を止めていた」
「オオカミのような……?」
僕の時とは形態が違うんだな。
その時の感情によって、形が変化するのか?
「黒い怪物が消えたあと、俺はキーラを連れて村へと戻った。その時の俺は、キーラが偶然魔物の巣に迷い込んだと勘違いしていたからな。……今思えば、この子を両親のいる村に連れ帰ったのは間違いだったけどな」
「……何があったんですか」
「罵られたのさ。キーラの両親に『なんで帰ってきた』だとか『余計なことをするな』ってな」
子供を生きたまま魔物に食わせようとする親だ。
まともな反応が返ってくるとは考えてなかったけれど、これは……駄目だろ。
「言葉にするのもはばかられるような残虐な言葉を、十にも満たない子供に吐き出す姿は、同じ人と思えないほどに醜悪だった……。村の連中も奴らの行いを咎めるどころか、俺とキーラを厄介者を見るような目を向けてきやがった」
「キーラは、そんな酷いことをされる理由があるんですか……? こんなの、あまりにも不条理すぎる」
もしその場にいたのなら、僕は怒りを抑えていられる自信がない。
怒りを堪えるかのように力の限りに拳を握りしめる。
「んで、それにブチ切れた俺は、キーラを引き取ったってわけだ」
「……話してくれて、ありがとうございます」
話し終えたグレフさんに頭を下げる。
彼は力なく笑うと、杖を持って立ち上がる。
「ロゼとラムの様子を見てくる。キーラの様子は俺が見ているから、君は休むといい」
「……分かりました」
グレフさんに頷くと、彼は杖をつきながら部屋をあとにする。
すると、彼とすれ違うようにアマコが部屋に入ってきた。
「ウサト、キーラの様子はどう?」
「今は魔力を大きく使っちゃったから、眠っているだけだね」
壁によりかかっている僕に並ぶように移動したアマコと共に眠っているキーラを見下ろす。
今は静かに眠っているが、起きた時が心配だ。
「僕はこの子に何をしてあげられるんだろうか……」
魔法を教えるだけならできるが、それ以上のことをすることができない。
彼女自身のために僕達の旅へは連れていけないし、僕自身キーラに対して大きな嘘をついてしまっている。
「なんだか、この子。私と似てるね」
ふと、キーラの顔を覗き込んだアマコがそんなことを口にする。
「……それって———」
「見た目じゃないし、年齢でもないし、身長でもない」
「お、おう」
怒涛の三連続。
反論すらさせないとは、どれだけ気にしているんだ君は。
「そういうのじゃなくて、私も初めてウサトにあった時、助けを求めたってこと……」
「あの時、か」
「それから色々あったけれど、私達は頑張ってそれを乗り越えてきた」
アマコに助けを求められてから、いくつもの王国を回り、最後にようやくカノコさんを助けることができた。
その道中では大きな騒ぎにも見舞われたけど、最後までやり遂げることができた。
そう考えると、この八方塞がりな状況は僕にとっては慣れたものとさえ思えてくる。
「まだ、諦めるには早いってことか」
「それ、それが言いたかったの」
『本当かよ』
ビシッと人差し指を立ててドヤ顔でそう言ってくるアマコに、ボソリとフェルムがツッコんだ。
まずはキーラが目を覚ましたら、ちゃんと話をして、その上で彼女の魔法をどうするべきか方針を決めよう。
「あのさ、ウサト」
「ん?」
「あの遺跡のことなんだけど……」
もう一度キーラと向き合う決心を固めていると、アマコが遺跡について話してくる。
「今でも遺跡にはいかない方がいいって思うんだけどさ、もしかするなら遺跡にあるっていう“勇者のカタナ”は私達にとって必要なものかもしれないって考えたら……」
「……正直、僕も君と同じことを考えてる」
あの遺跡に入れば、僕達に必要なものが手に入るかもしれないけど、入って何かあってからじゃ遅い。
しかしそう考える一方で、この機会を逃して後悔することになるかもしれない。
「あの遺跡、どう見ても危険すぎるのがなぁ。単純に刀持って帰って終わりって話じゃなさそう」
「うん……」
どちらにせよ、既に決定が出ているので遺跡に行くということにはならないだろう。
勇者の刀については心残りはあるけど、藪を突いて蛇を出すよりはずっといい。
……そろそろ、皆のところに戻るべきか。
「……ん?」
気のせいか? 今、キーラの手が動いたような。
いや、まだ寝ているようだし、起きている様子はない。
特に気にすることでもないので、彼女から視線を外した僕はアマコへと話しかける。
「キーラはグレフさんが見てくれるから、僕達は皆のところに戻ろうか」
「うん、分かった」
今一度キーラの様子を確認してから、アマコと共に部屋をあとにする。
レオナさん達にキーラのことについて話すのは気が重いけど、皆と情報を共有しなくちゃな。
●
今回の夢はいつもと違っていた。
お父さんとお母さんに嘘を吹き込まれ、魔物の巣に向かっていく私の姿までは同じ。
その次に見たのは、グレフに助けられた私が、お父さんとお母さんだった人達に罵倒されている時の記憶だった。
『どうして生きて帰ってきた!!』
『ようやく安心して生活できるのに!!』
『貴女なんて生まれてくるべきじゃなかった!!』
『大人しく魔物の餌になっていればよかったものを!!』
重ねて聞こえるような罵倒。
それを聞きたくない私は耳に手を当て、しゃがみこんでしまう。
すると次第に声は聞こえなくなって、私の目の前の光景が一変する。
「グレフ……ラム、ロゼ……」
見えたのは、私の大切な家族の笑った姿。
でも、その中に私だけがいない―――そう思った瞬間、その光景はもう一度移り変わった。
次に出てきたのは、血の海に沈む―――グレフ達の姿。
「……そんな……! 嘘……」
無残に切り刻まれた家族とも呼べる大切な人の死んだ姿。
赤に彩られた光景の中心にいるのは、血まみれの私だった。
その光景から目を背けることすらできない私は、怒りのままに声を上げる。
「違う! 私はグレフ達を、傷つけてなんか!!」
―――本当に?
いつかの声が耳元で聞こえる。
必死に否定しながら首を横に振ると、その声は続けて発せられる。
―――このままじゃ、大切な人達が死んでしまう。わたしが闇魔法を操れなかったばかりに、切り刻まれて、むごたらしく死んでしまうんだ。
「まだそうなると決まってない!」
―――残された道は、最初から一つしかない。ウサトについていくしか道はない
「無理だよ、私はウサトさんに断られて……!」
―――でも、あの獣人の子は一緒にいる。
「……それは」
理不尽だと思った。
どうしてこの子はいいのに、私は駄目なんだ。
私と同じって言ったのはあの子じゃないか。
あの子と私で何が違うの? 獣人だから? 魔族だから?
でもウサトさんは魔族だ、理由になっていない。
なんで、私ばかり拒まれて―――
―――それは私に強さが足りないせいだ。
「強、さ?」
―――私が強ければ、強さを証明すれば、彼も文句はないはず。
「そんなの、どうやって……」
淀んだ声に縋りつくように問いかける。
すると、その声は私に言い聞かせるように、ゆっくりと語り掛けている。
―――本当は分かっているはずだ。彼の話を聞いていたのだから。
「……勇者の、カタナ」
微睡みの中で聞いてしまった、ウサトさん達の話。
それはウサトさん達が近くの遺跡の中で求めているという勇者の刀の話であった。
あれさえあれば、本当に仲間として受け入れてもらえるのだろうか。
―――仲間と認めてもらえばきっと連れて行ってくれるはずさ。そしたらもう自分の力に恐れる必要もないし、闇魔法使いとしての自分を隠す必要もない。
「私が、勇者のカタナを取ってくれば、ウサトさんに……」
誰も傷つけたくない。
一人になりたくない。
見捨てられたくない。
そんな思いが頭の中でぐるぐると回っていた、私の選択は———、
●
悪夢から目を覚ますと、部屋から見える外の景色は暗闇に包まれていた。
彼方の空が、まだ色づいているところを見ると、まだ夜になったばかりだが、それにも構わず私は起き上がった。
やらなくちゃならないことがある。
不安と焦燥に押し潰されそうになりながら、私は部屋の窓に手をかける。
『―――そう、そうだよ。キーラ、君はきっと仲間として受け止めてもらえる。ええ、きっとね。……フフッ』
夢から目覚めても尚、耳元で聞こえる声は、耳に心地良い澄んだ心地の声へと変わっていた。
しかし、そんなことが気にならないほどに、私の思考は“勇者のカタナを手に入れる”という一つの目的へと収束していた。
今回の“敵”はウサト達のことを知り尽くしています。
キーラの精神が不安定だった原因は、毎日のように悪夢を見させられ不安を煽られていたからでした。
そして、ここで情報解禁。
キーラという魔族の子供は———、
・頼れる存在を探している(アマコ)
・親に見限られた(ナック)
・自分のためにウサトと共にいることを願う(エヴァ)
・大事な人(使命)のためなら自分は死んでもいい(レオナ)
・闇魔法使いの理解者を欲している(フェルム)
以上の要素を盛り込んでおります。
てんこもりですね^q^
今回の更新は以上となります。