第二百二十八話
お待たせしました。
第二百二十八話です。
今回は二日に分けて二話ほど更新いたします。
そろそろ状況が動いていきます。
今回はキーラ視点となります。
最近、同じ悪夢ばかり見る。
あの日の、お父さんとお母さんが私を暗い森に置いていった時の記憶を。
私にとって、一番うれしかった思い出であり、一番嫌いだった記憶。
『———キーラ、今日は貴女にお願いがあるの』
いつもと変わらない母さんの笑顔。
あの頃の私は、それが自然な笑顔だと思い込んでいた。
だから、子供の私を頼ってくれて嬉しかった。
『少しお使いをしてきてくれれば、また家族で楽しく暮らせるんだ』
いつもと変わらないお父さんの優しい言葉。
でもそれも、なんの感情も籠っていないただの言葉。
あの頃の私は、それを簡単に信じて、役に立ちたいって思って―――暗い森に一人足を踏み入れた。
―――私は、生まれてくるべきじゃなかった。
暗く淀んだ、心を蝕むようなそんな声が耳元で聞こえる。
誰とも知らない声———しかし、これはきっと、私の心の声なのだろう。
口に出すことのない偽りのない本音。
―――どうして、私だけがこんな目にあわなければならないの?
闇魔法なんて持ってしまったから、家族に捨てられた。
生きたまま魔物に食べられるところだった。
―――ひとりにはなりたくない。
グレフに拾われていなければ、私はどこかで野垂れ死んでいたことだろう。
ロゼとラムがいなければ、私は未だに誰にも心を開くことができなかっただろう。
でも、私がグレフ達と一緒にいれば、私の闇魔法が皆を傷つけてしまうかもしれない。
それだけは嫌だ。
それなら、いっそのこと私が……。
―――あの人なら、わたしと一緒にいても傷つくことはない。
耳元で、そんな声が響いた。
……あの人、ウサトさんは私を受けいれてくれる。
私の苦しみを分かってくれる。
闇魔法の扱い方を教えてくれる。
グレフ達と同じように、偽りのない笑顔を向けてくれる。
誰かを傷つけてしまう私の魔法を、止めてくれる。
―――彼なら、きっと私を拒まないはずだよ。
そうだ。
そうに決まっている。
その表情も、言葉も空っぽなんかじゃなかった。
だから―――、
●
「———ぅ……」
―――最悪の気分とはまさにこういうことを言うのだろうか。
夢から目覚めて、窓から差し込む太陽の光を遮るように手で目元を覆った私は、先ほど見た夢のことを思い出して、とてつもない嫌悪感に苛まれる。
自分がどれほど醜く、自分のことしか考えていないことを理解させられてしまった。
「キーラ?」
「っ!?」
ベッドから起き上がり手元を見つめていた私に、かけられた声に思わず顔を上げる。
「ウサトさん……」
開いた扉から入ってきたのは、魔物に襲われているところを助けてくれた魔族のウサトさん。
私と同じ闇魔法の使い手だけど、私と同じ魔法を持っているとは思えないほどに優しい人。
彼は、起きた私の姿に気付くと、安堵したような表情を浮かべ、近くの椅子に腰かけた。
「おはよう。気分はどう? 昨日、魔力をたくさん使っちゃって、気絶しちゃったのは覚えてる?」
「……すみません」
もちろん、覚えている。
私がウサトさんの言葉に従わず勝手に訓練をして、その末に倒れてしまった。
そして―――この人に嘘をついてしまった。
私が謝ったことに不思議そうな顔をした彼は、作りものじゃない笑顔を浮かべてくれる。
「気に病むことはないよ。僕だって倒れるまで訓練したことあるからね。むしろ、倒れてからが本番みたいな……あっ……こ、これは参考にしちゃいけないやつだね。ははは」
時々だけど、ウサトさんの会話には独特な間がある。
誰とも話していないのに、誰かと話しているような反応をしているけど、彼独特のものなのだろうか?
「キーラ、午前中の訓練は休みにしようか」
「……? え!?」
「魔力もまだ回復しきってないだろうし、もう少し休まなくちゃね」
駄目だ。駄目だ駄目だ。
こちらを労わってくれるウサトさんの言葉に対し、思わず声を荒らげて返してしまう。
「わ、私、大丈夫です! やれます!」
「いいや。……魔力もそうだけど、張り詰めたままじゃできることもできない。魔力が回復するまで午前中は休憩だ」
「私は、もう……っ」
目標はクリアしているのに。
でも、それを口にすることはできない。
私は嘘をついてしまったから、本当のことを言えない。
「もう?」
「……なんでもないです」
笑顔のまま首を傾げるウサトさんに、それ以上何も言えなくなる。
そんな私に、しょうがないとばかりに小さくため息をついた彼は、続けて言葉を発する。
「それじゃ、魚でも取りにいく?」
「……はい?」
え、さか……魚?
ウサトさんの突然の提案に私は思わず惚けた声を零してしまうのであった。
ざわざわと静かな音を立てて流れる川。
水面を覗き込めば、水底まで見えるほどに水が澄んでおり、何匹か魚が泳いでいるのが見える。
「……冷たい」
どういうことか私はウサトさんと一緒に集落の近くに流れている川にやってきていた。
川岸に座り、素足だけを水に浸けながら、川の真ん中で仁王立ちしているウサトさんへと視線を向ける。
「川と言えば釣りだけど、よく考えれば僕は釣り竿を持っていないし、作れない。ならば、逆転の発想をすればいい。釣り竿なんていらないと……!」
「ホゥ……」
「フッ、褒めるなよ」
満足気な笑みを浮かべているウサトさんは、いつの間にか肩の上にいる使い魔のフクロウを連れている。
「ウサトさん、なにしてるんですか……?」
「見ての通り、魚捕りだ」
「みての、とおり?」
……えっ、素手でですか?
さも当然の如く、靴を脱いで川に入ったことに驚いたけど、まさか本気で素手で捕まえる気ですか?
魔王って人が復活する前ならまだしも、今の魔王領の自然とそこにいる動物たちはかなり元気を取り戻しているので、川魚はそう簡単にとれるものじゃないはずだ。
「掴み取る? いいや、違う――――ネア、拘束の呪術を」
ボソリとウサトさんが何かを呟くと、彼の右手が闇魔法の黒い魔力に覆われる。
その拳を振り上げた彼は、目にも止まらぬ速さで水面へとそれを叩きつけた。
「———ゅ転倒拳!」
瞬間―――ウサトさんが拳を叩きつけたところから水面が破裂する。
水中をなにか紫色の何かが駆け巡ると、ぷかぷかと十匹ほど魚が浮かんでくる。息はしているが、どういうわけか動けなくなっているみたいだ。
「よっと……」
ウサトさんが手早く六匹ほど魚を捕ると、浮かんでいただけの残りの四匹は息を吹き返したように元気に動き出した。
「い、今のどうやったんですか!?」
「え? あ……す、水面を殴った勢いで魚を気絶させたんだ」
「それも闇魔法でできるんですか!?」
できることなら、私もやってみたい。
そんな思いを籠めて聞いてみると、ウサトさんは露骨に狼狽える。
「いや、これは闇魔法はあまり関係ないね。腕力とその他の要素でできる技なんだ」
「腕力……? ウ、ウサトさんは腕力もすごいんですか? 怪力なんですね!!」
「ホフッ!」
ウサトさんの肩にいるフクロウが翼で口元を押さえ、小さな体を震わせた。
いや、よく考えてみれば、私達をハングウルフの群れから守ってくれた時もそうだった。魔族からみてもすごい力でハングウルフを放り投げていたし、あの力を考えれば不思議じゃない。
「お、おいこら、笑うとは何事だ」
「ホーゥ」
頬を引き攣らせて怒っているウサトさんから逃げるように、肩から飛ぶフクロウ。
宙を羽ばたきながら、フクロウが向かった先は私の肩……って、ええ!?
突然、肩にフクロウが飛び乗ってきたので、飛び跳ねるように驚いてしまう。
「う、ウサトさん、ど、どどど、どうすれば?」
「こいつ、賢いところに逃げたな。……その子は大丈夫だよ。基本大人しいし、君を傷つけたりしない」
「ホッホホーゥ」
れ、冷静になってみれば確かに大人しいかも……鳴き声はちょっとおかしいけど。
肩にいるこの子に手を伸ばしてみれば頭を差し出してくるし、言葉も理解しているように見える。
恐る恐る撫でてみると、気持ちよさそうに目を細めてくれる。
「ホゥ」
「……」
あっ、これは完全に人を誑かす生き物だ。
多分、たくさんの人がこの子に魅入られてしまったに違いない。
しばらく憑りつかれたようになでなでしていると、捕まえた魚をしまったウサトさんが右手を掲げる。
すると、肩のフクロウは飛び上がり、ウサトさんの右腕に留まり、そのまま肩へと飛び移ってしまった。
「さて、魚はとれたし戻ろっか」
「……はい」
思わず気落ちした声を零してしまうが、そんな私にウサトさんは笑いかけてくれる。
「はは、帰ったらこいつを好きにしていいよ」
「いいんですか!?」
「ホワァ!?」
我ながら大きな声を出してしまったことを恥ずかしく思いながら、ウサトさんと共にグレフ達のいる集落へと続く道なき道を進む。
「気分転換になったかな?」
「……?」
「昨日の訓練、すごく焦っているように見えたからね。魔力を回復させるついでに気分が晴れればいいかなって」
たしかに私は自分の魔法を扱えるようにするために、ウサトさんの言葉を無視して訓練をしてしまった。そのせいで魔力も尽きかけるほどに無茶をして、ウサトさんにも迷惑をかけた。
「グレフさんも、ラムもロゼも心配してたからね」
「グレフ達が……」
グレフ達の名前を聞いた瞬間、嫌な想像が頭によぎる。
それは私の魔法がグレフ達に襲い掛かり、彼らを傷つけ、最後にその命を奪うという最悪の未来。
嫌だ。
そんなことにさせたくない。
ウサトさんに闇魔法の使い方を学べば大丈夫、と自分に言い聞かせるが、頭に浮かんだ想像を消し去ることはできない。
「あの、ウサトさん」
「ん?」
「私……貴方の旅に、ついていってもいいでしょうか?」
私は無意識にそんな言葉を口にしてしまっていた。
気づいたときには既に遅く、その場で立ち止まったウサトさんは無言のまま何も口にしない。
その反応に覚えのある恐怖を覚えた私は、そのまま自分の感情のまま口を開いた。
「わ、私、誰も傷つけたくないんです! グレフも、ロゼもラムも……他の誰も……っ!」
「……」
「だから、ウサトさんなら私を止めてくれるし、闇魔法のことを教えて―――」
「キーラ。ごめん、それはできない」
一瞬、ウサトさんが何を言っているのか理解することができなかった。
「僕達の旅には目的があるんだ。その目的のために君を連れていくことはできない」
「なんで、ですか……」
「大事な使命なんだ。君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
それは本当のことなのか?
適当なことを口にして断られているのかもしれない。
子供の私に嘘をついているんじゃないか?
そんな疑いの声が、頭の中に響く。
心無い言葉を押し込み、私はそれでも必死に訴えかける。
「わ、私、このままじゃ魔力の扱い方を覚えられないままなんです! だから……っ!」
「大丈夫、分かっているから……嘘はつかなくてもいいんだ」
嘘をついていることまでバレてしまっている。
このままじゃウサトさんに置いていかれてしまう。お父さんとお母さんのように、いらない私を魔物の餌にしようとした時みたいに。
駄目だ。駄目だ駄目だ。
動揺で震える私に、ウサトさんはそれでも語り掛けてくる。
「僕が間違っていた。君が信じていないのは、自分の魔法なんかじゃない。君自身だ」
「じ、自分のことなんてッ! 信じられるはずがないじゃないですか!!」
穏やかな口調のウサトさんに対し、私は声を荒らげてしまう。
面と向かって問いかけられて、気づいてしまった。
私は、他ならない自分自身を信じていなかったんだ。
「私は捨てられて当然の子だったんです! 闇魔法なんて持って生まれて! お父さんとお母さんにとって、いい子供じゃなかったから、捨てられたんです!!」
「……」
「家族だと思っていたのは私だけで、嘘だった! ただ私が怖かっただけで、ずっと嫌われてた!!」
こんなことをウサトさんに訴えるのは間違っているのは分かっているのに、心の奥底から湧きだしてくる黒い感情が止まってくれない。
「私がしぶとく生き残って、グレフに拾われなければロゼもラムも傷つく心配もなかった!! 周りの人に疎まれてグレフに苦労をかけることもなかった!! 私がいるから、皆怖がって、大切な人達が不幸になってしまう!」
「……キーラ」
「私なんて、あの時、暗い森の中で死んでしまえば―――」
「キーラッ!!」
ウサトさんが大きな声を上げたことで我に返る。
目の前にいるウサトさんが、両腕に闇魔法の黒い魔力を纏わせ、私の後ろを見ている。
「後ろを振り向くな。ゆっくりと、こっちに歩いてくるんだ」
「ウサト、さん……?」
「君の身体から出てきたそいつは僕がなんとかする。だから……!」
———すぐ後ろに、なにかがいる。
足元を見れば、無意識に発動させていた闇魔法が足元に広がり、それが私の背後へと流れていっている。
体から大量の魔力が抜けていく感覚に苛まれながら、私は思わず後ろを振り向いてしまった。
そこには———、
『———死ンデシマエ』
私の身の丈を遥かに超える、骸骨のように細い黒い人型のなにか。
それは、ナイフのような指をギャリギャリと鳴らしながら、私へ振り下ろしてきた。
キーラは、ただ誰も傷つけたくなくて必死だっただけでした。
怪しく見えた半分の理由は、闇魔法が変な動きをしていたからという……。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




