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第4話 その一歩が踏み出せなかった

 二回目のデートは、映画から一週間後だった。


 彼女は仕事が終わってから、俺のマンションまで来てくれた。


 その日、彼女は膝丈くらいのタイトスカートを履いていた。

 気のせいかもしれないが、彼女は少し照れているように見えた。

 初めて見る彼女のスカート姿に、胸の高鳴りがバレないか不安になった。


 彼女を車に乗せ、街へと走らせた。



 3月の夜。

 雪がちらついていた。


 どこかいい店はないかと、二人並んで歩いていた。


 彼女とデートするために、車も携帯電話も用意していた。

 なのに、行く店は調べていなかった。


 30分以上経っただろうか。

 なかなか店が決まらない。

 寒い中を歩かせてしまっている。

 嫌な思いをさせていないだろうか。


 そんな俺の心配をよそに――


「なかなか、いい店ないね」


 彼女は嫌な顔ひとつせず、俺の隣を歩いていた。


 結局入ったのは、大きな飲食店ビルに店を構えるアジア料理店だった。

 以前、職場の人と来たことがある、地元ではそこそこ有名な店だ。


 あの日、何を食べたのかまでは覚えていない。

 広い店内は若い人たちで溢れ、賑わっていた。

 その雰囲気を見て、最初からこの店にしておけばよかった、と思ったことだけは覚えている。


 食事を終えるころに、彼女に聞いた。

「このあと、少しだけ飲みに行かない?」


 西野さんは少し困ったように笑った。

「私、普段あんまりお酒飲まないし、飲んだらすぐ酔っちゃうんだよね……」


 思い出したように続けた。

「前に病院の慰安旅行で、カクテル一杯飲んだだけでちょっと気分悪くなって、そのまま横になって、みんなに心配されたことあるんだ」


 これは無理そうだな――そう思った。


「でも、ともくんが行きたいなら一緒に行くよ。

 ちょっとくらいなら大丈夫だと思うし」

 少し笑いながら、そう言った。



 お酒が飲めないのに、「一緒に行くよ」と言ってくれたことが嬉しかった。

 気の利く男なら、「無理しなくていいよ」と言うのだろう。

 たぶん、今の俺ならそう言える。


 でもあの時は、彼女が俺のために無理してくれていることが、何よりも嬉しかった。



 店を出て、歩いてBARへ向かった。


 ここも以前、職場の人たちと来たことのある店だった。

 夕食の店は決めていなかったけど、このBARはいつか西野さんと来たいと思っていた。


 広い外階段を上がり、ドアを開けると、一昔前のアメリカを感じさせるレトロな店内に心地よい洋楽が流れていた。


 入ってすぐ左手にあるテーブル席に向かい合って座った。


 あの時、何を注文したのかは覚えていない。

 一度しか来たことがないのに、慣れたふりをして注文した。

 それだけは覚えている。


 ずっと憧れていた西野さんとBARに行き、二人きりの大人の時間。

 それだけで俺の心は満たされていた。


 彼女は慣れないお酒を少しずつ飲みながら、楽しそうに笑っていた。

 あの日の彼女の笑顔は、俺だけしか知らない。



 店を出ると雪は止んでいた。


「寒いねー」

 二人でそう言いながら、上着のポケットに手を入れて駐車場まで歩いた。


 そろそろいい時間だったが、少しだけ俺のマンションに寄ることになり、車で向かった。



 マンションの中にある階段を上り、二階にある自宅前に着いた。

 西野さんには玄関の前で少し待ってもらい、急いで部屋の中を片付け始めた。

 2、3分で片付けを終え、玄関へ向かうと話し声が聞こえた。


「わかったから」

 玄関の外から、西野さんの声が聞こえた。


 いつもの彼女とは違う雰囲気に、少しだけ不安になった。


 少しして西野さんが部屋に入ってきた。

「ごめんね。母親から電話だった」


 母親と聞いて安心した。


 そうだ。

 とっくに日付は変わっているのだ。

 おそらく、こんな時間まで外にいることは珍しかったのだろう。

 少し嬉しくもあり、同時に申し訳なさもあった。


「今日はもう帰らないと」


「そうだね。今日はもう帰った方がいいよ」


 母親からの電話で空気も変わっていたし、無理に引き止める理由もなかった。


 部屋から玄関へ向かう彼女の背中を見ていた。


 抱きしめたい――


 そんな気持ちが、フッと湧き上がった。


 でも、その一歩が踏み出せなかった。


「じゃあね」

 お互い手を振って、ゆっくりとドアが閉まった。



 しばらくして、西野さんからメールが届いた。

 無事に着いたと書いてあった。


〈無事に着いてよかった。

 今度は西野さんの行きたい店に行こう。

 どこに行きたい?〉

 そうメールした。


〈じゃあ、焼肉食べたい〉

 すぐに返信が来た。


 焼肉デート――

 心の中でガッツポーズをした。


 テレビや雑誌で、付き合う前の女性からの「焼肉行きたい」は脈ありだと聞いたことがあったからだ。


「焼肉食べたい」とメールが届いた瞬間に、行く店は決まっていた。


 その店は、街から少し離れた場所にある。

 つい最近、院内の二次会で「美味しい焼肉屋がある」と話題になり、後日、その二次会メンバーで食べに行った店だ。



「焼肉食べたい」

 あの時は、この一言を素直に喜んでいた。

 そんな自分が恥ずかしくもあり、どこか羨ましくも思える。



 ひとつだけ書いておきたい。

 この日、BARで飲んだ後に車を運転している。

 あの頃は、ことの重大さを深く考えていなかった。

 今は絶対にしないし、させない。

 ただ、ここに嘘は書きたくなかった。


第4話 ガイド


【あの頃は、ことの重大さを深く考えていなかった】

飲酒運転の罰則が厳しくなったのは2002年。それまでは周りの皆が飲酒運転しているから、自分も大丈夫と思っていた。2000年の飲酒事故は2025年より10倍多かったらしい。

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