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いつの間にかフーカ様は、長テーブルを出してジャグという大きな保温容器を並べられていた。
フーカ様が、小さなカップに注いでトレイに並べ始めたので、兵士数人に手伝わせた。
フーカ様は、そのカップを元帥閣下へ渡し、聖女様と枢機卿へ渡された。
受けとった聖女様は戸惑っている様子だったが、元帥閣下が飲み干されたのを見て、口をつけられた。それを見て枢機卿たちも飲み始める。
さらに、フーカ様はその前にいる教会関係者たちには、トレイごと渡して飲むようにと指示なさっていた。
それを見て、手伝いに出てきた兵士たちはトレイにカップを並べると教会関係者へトレイごと渡していく。
「ジリアント伯爵様もいかがですか?」
「いただきます。」
フーカ様が差し出してくださったカップを手にした。
薄く光っているので、聖水なのだろう。
だが、透き通った赤茶色は上等な紅茶のものだった。
口元へ近づけるとはちみつの甘い香りがしている。
「これは?」
「はちみつ紅茶です。甘いのは苦手でしたか?」
「いえ」
一口飲むと、甘い香りに包まれる。
なんと良い香りがするのか…ほんのりと甘い紅茶は、すぐに飲み終えてしまった。
はちみつは、貴族であっても滅多に手に入れられない品だ。
それをここまでの人数に振る舞うとは、本当にとんでもないお方だ。
普通であれば、後ろにいる元帥閣下のお力に見えるだろう。
だが、あの聖なる場所を知っている者は、フーカ様の本来のお姿も知っている。
今代の聖女様を偽物とは言うつもりはないが、フーカ様と比べられるはずもない。
「さて、はちみつ入りのお茶を飲んで落ち着きましたか?」
元帥閣下の言葉に皆が背筋を伸ばした。
先ほどの場所は動ける人が抜き足差し足で抜け出したので、聖女様や枢機卿たちは別の場所に並んでいた。
フーカ様は、私のすぐ横へ立っていらっしゃった。
「先ほど、この一帯を清めました。魔石になったのはその過程で清められた魔物です。実は2か月前、王宮において同様の清めにより教皇と数人の枢機卿が魔石になりました。」
元帥閣下の言葉に、目を見開く者ばかりだったが、隣人たちが魔石になったばかりのため、否定出来ない。
聖女様や枢機卿たちは唖然としてはいるが、同じく否定することも出来ないようだ。
一部の者は顔に手を当て崩れ落ちた。
ジリアント伯爵が前へ出て、今後についての説明を始めた。
消えた者の魔石の名がわからなくならないように、わかる範囲で立場と名前を書いた袋へ入れること。魔石を入れた袋は落ちている装束や鍵などと一緒に入れて箱へ入れることなど、するべきことも指示した。
それを終えた者から自室に戻ってよいこと、行動範囲の制限はあるが今までよりも緩やかなことも併せて説明した。
明日以降に、全員に対して聞き取り調査を再度行うことも伝え解散した。
聖女様や枢機卿は会議室へと集められた。
「元帥殿、先ほどの猊下が魔物であったというのは真ですか?」
「ええ、その通りです。」
「我々には信じがたい。猊下は毎日聖水に触れていらした。」
「聖水ですか?」
「そうです。我らが管理している泉から湧き上がっています。」
「なるほど…では、一緒に確認したい方は行きましょう。」
全員が立ち上がり、ぞろぞろと歩いて聖教会の泉へと向かった。
「猊下は、この聖水に毎日触れられていらっしゃいました。魔物が聖水に触れられるはずがありません。」
聖教会の中庭の奥にある小綺麗な林の中の泉の前で、枢機卿が話し始めた。
泉には、あの光はなかった。
ただし、清めたおかげでところどころに漂っていた紫煙はまったく見えない。周囲が清められたことだけはわかった。
「では、鑑定レンズをどうぞ。」
枢機卿は、受取ると鑑定をした。
「やはり聖教会の泉の水となっています。間違いありません。聖水です。魔物は触れられません。」
「そうですか、では他の方もどうぞご覧ください。」
枢機卿たち5人全員が鑑定し、頷いていた。
「聖女様も間違いがないかご確認ください。」
ジリアント伯爵が鑑定レンズを聖女へ渡すと、聖女も受け取り「聖教会の泉の水」と読み上げた。
「そうですね。皆様、御覧になりましたね。聖教会の泉の水です。」
「その通りです。」
「泉の水であって、聖水ではありません。」
ジリアント伯爵の言葉に皆が目を剥いた。
「は?何をおっしゃるのです。聖教会の泉の水…です…?」
言いながら、枢機卿の言葉尻が萎んでいく。
何度も言葉にして気が付いたのだろう。
水をコップに汲み、会議室へと戻った。
その間、枢機卿たちが何度も泉の水という言葉を繰り返していた。
会議室へ戻ると、元帥閣下は先ほどのジャグを取り出された。
「先ほどの紅茶ですかな?」
「そうです。」
「はちみつのよい香りがしていた。」
「紅茶にはちみつを入れたのは初めてでしたが、おいしかった。」
枢機卿であれば舌も肥えているはずだが、皆さん気に入ったようだ。
今度は、紙コップではなく真っ白な陶器の器に注がれた。
紙コップに入れられた時と同様に薄く発光していた。
「せっかくですから、そちらのお茶も鑑定してみませんか?」
枢機卿の一人が、鑑定レンズを手にして覘き目を見開いた。
「な…」
唇を動かすものの、言葉を発せない様子だ。
それを見て、隣にいる枢機卿が鑑定レンズを取り上げ、自分のお茶を見た。
やはり同様に言葉を発せなくなる。
それを見て、また隣が鑑定レンズを奪うということが繰り返された。
長く置かれたままの紅茶の周りには、妖精未満の小さな光が集まってきていた。
やはりここは聖なる場所ではあるのか?
「妖精の汲んだ聖なる泉の水で入れたはちみつ入り紅茶?」
聖女様の声が上がった。
「そうです。泉の水は同じですが、こちらは聖なる泉の水です。先ほどは、聖教会の泉の水です。聖なる泉の水ではありませんでした。」
「待って…聖水で紅茶をいれたのですか?それもはちみつまで入れて?それに…妖精?」
「聖なる泉となっているのがわかりますか?」
「はい…それはわかりました。」
聖女が目を伏せた。
「聖教会の泉は聖なる泉ではありませんのね…。」
「しかし、それでは聖水として授与した水は…。」
枢機卿の言葉に皆言葉を失った。
「我々は、紛い物を授与していたのか…。」
「元帥殿、この聖なる泉を我々に…。」
枢機卿はそこまで言って口を噤んだ。
周囲を囲んでいる騎士たちが、殺気を放っているのに気が付いたのだ。
「皆、落ち着きなさい。手出しはさせないし、許しがなければ誰であろうとあの場所を訪れる事すら出来ぬ。」
元帥閣下の言葉に、皆視線を緩めた。
言われてみれば、あの場所にいた自分たちだって、あの場所がどこにあるかを知らない。
だが、先ほどよりも警戒は強めたままだ。
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