13
敬一郎は、執務室で険しい顔をしていた。
深淵との戦いを終え、森の捜索の結果や、聖教会本部の捜索結果が大量に上がってきていた。ヒシフォートの部下たちやクリトン辺境伯、ジリアント伯爵が協力してくれていた。
クリトン辺境伯は、深淵の出た森を中心に捜索していた。
ジリアント伯爵は、他の鬼人や真人になった者を伴い聖教会本部を捜索していた。
そこから、毎日のように報告書が届いていた。
敬一郎は、読み終えた報告書をポンと軽く放り投げた。
机の上に乱雑に置くと、ギルバートがサイドテーブルへとカップを置いた。
黒い液体のそれを口に含めば、香ばしい香りがする。
「まったく…」
「いかがなさいましたか?」
「教会の牧場では、多くの動物を育てているだろう?」
「はい。出荷もしておりますな。多少気は荒いらしいですが、丈夫で育ちやすいとの評判があります。」
「ああ…それは、穢れ魔石の影響らしい。」
「穢れですか?」
「聖教会の牛飼いや羊飼いたちの証言だ。母体の小屋に穢れ魔石を置いていた。食われないように小屋の床に埋めてあったらしい。」
「魔物が残した穢れ魔石を置く?それであれば、深淵が出ると獣たちが大量発生するのもその影響ですか?」
「推測だが、そうなるな。」
「聖教会では、魔人の魔石を清める名目で預かっておりますな。」
「ああ、魔物も同様だ。」
「まさか…。」
「清めると言いつつ違う魔石を渡し、穢れ魔石を使い動物を増やしていたようだな。それに深淵が出来上がる仕組みはわからないが…一定量の穢れが必要なのならば、穢れ魔石も使われたのかもしれない。」
「50年前の聖女様からそのような話は聞いておりません。」
「聖女は知らないのではないか?教皇が消えた時、残った聖騎士たちは相当な衝撃を受けていた。聖騎士たちは、聖水に浸かって魔が抜ける様子も見ていたがかなり動揺していた。あの様子では、聖水がなかったら正気を保てなかっただろう。」
「守ってきた相手が魔物だったなど…悪夢のような話です。」
「そうだな。だが…聖教会の者たちは、魔物であったにも関わらず人のように振舞えていた。それはなぜだ?」
「なぜでございましょう。」
「魔物になっても理性を保つ方法か…それがあるなら、相当に強いだろうな…。」
「聖水の影響はあるのでしょうか?」
「聖水?教皇たちは、魔石になったぞ?」
「はい。ですが、それは彼らが使っている聖水ではなく、フーカ様の聖水ですよね?」
「そうだが…おい、まさか…聖教会の聖水が魔水ってことはないよな?」
「それは流石に…。」
ジリアント伯爵が送ってきた報告書とともに送られてきた聖水の瓶を手に取ると、敬一郎は鑑定レンズを覘いた。
『聖教会の聖水』
「聖教会の聖水らしい。」
「聖教会の聖水ですか…フーカ様の聖水とは違うと…。」
「違い過ぎる…。」
「旦那様、何が違うのでしょう?聖水には違いがない。効果が違うのは承知しています。ですが、鑑定でも区別される。これは何故でしょうか。」
「聖なる泉かどうかか?いや、そもそも聖水が沸いているならどちらも聖なる泉だ。」
敬一郎は、言いながら違和感を覚えた。
聖なる泉の水だから聖水だ。
敬一郎は、ある人物を思い出した。
魔の森にいる世捨て人。
あの男ならば、鑑られるはずだ。
「ギルバート、エクシーズのところへ向かう。ついて来い。」
「エクシーズでございますか?あれならば…確かに読めるかもしれません。リハルドも同行させましょう。」
「リハルド?そうだな。」
数日後、敬一郎は魔の森の入り口に立っていた。
楓花さんと出会ってから魔の森には、今までにない頻度で来ていた。
ただし、楓花さんのキャンピングカーでの空間移動のため、その実感は薄かった。
数年ぶりに見た魔の森の入り口は、相変わらず鬱蒼としていて重苦しい様相をしていた。
どこから何が出てくるかもわからない森を進んでいく。
すると、リハルドが立ち止まった。ギルバートの足も止まった。
「あれは?」
リハルドの視線の先には、木々が立っているだけだ。
「見えるのか?」
「はい、あの大木の周囲にガードが展開されています。それに…あれは…ドアがついているようですが?」
敬一郎は、リハルドの目の進化に驚いていた。
経験上、ここに「ある」ことを知っているが、自分には見えない。
「そのまま待っていろ。」
敬一郎は、ここには3度来た事があった。
1度目は、御大から後継者と定められた時。
2度目は、正式に地位を継いだ時。
3度目は、御大が亡くなった時だ。
不幸の知らせの後、この世界では11年以上来ていなかった。
敬一郎は、雷を起こす。家の近くの木に落とすと、木は燃え上がった。
様子を見ながら、ギルバートが消した。
その見事な連携をリハルドは見ていた。
「誰かと思ったら、坊主か元気そうだな。」
姿を現したのは、床まである長い銀髪と胸元まである髭を蓄えた男だった。
「エクシード、元気そうですね。」
「お前は相変わらず乱暴すぎる。もう少し穏やかに来い。」
「乱暴ですかね?教わった通りのご挨拶ですが…。」
「あの野郎の教えは禄でもないな。」
「御大のことをあの野郎と呼ぶのはやめてください。では、どうして欲しいですか?」
敬一郎は、エクシードを見つめた。
その視線に負けたのか、エクシードは溜息をついた。
「これをやろう。」
現れたのは、金属の筒がいくつも吊り下がった風鈴のようなものだった。
受け取れば、金属音がシャラシャラと鳴る。
「わかりました。これで出てこなければいつもので…。」
敬一郎の言葉にエクシードの顔が引き攣った。
「それで、何をしに来た?そいつらも中へ入れるのか?」
「ええ、出来れば…。ビールを持って来ましたよ。」
「ほぉ、それはいいな。許そう。」
エクシードは、大和のビールを好んでいる。
そのため、箱で買って来ていた。
通された部屋は、それなりに広く片付けられていた。
ついてきたギルバートもリハルドも僅かに目を開いたものの、表情は変わらない。
勧められた椅子に座ると、敬一郎の後ろへギルバートとリハルドが立った。
敬一郎は、瓶ビールを箱ごと取り出し、そのうち4本を差し出した。
「こちら手土産です。」
エクシードの視線が敬一郎の横にあるビールの箱へ向けられていた。
「これだけか?」
「手土産ですから。」
「なるほど。それで、用件はなんだ?」
エクシードは器用に片眉を上げた。
敬一郎は、教会から受け取った聖水を数本取り出した。
「聖水か?」
「深く鑑定してほしい。礼はこれでどうでしょう?」
「そんなことか…。」
エクシードは、敬一郎がテーブルに置いたビール瓶を引き寄せてから、聖水の瓶へ視線を走らせた。
「第一段階では、どれも聖教会の聖水だ。」
「次の段階では?」
エクシードは、それらを1本ずつ手に取り、眉を顰めた。
「聖教会の泉の水だ。」
「それの意味は?」
「要するに…ただの水だ。」
「な!?」
リハルドが思わず声を出したが、ギルバートが肘で突いた。
敬一郎は顔を顰めた。
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