8 楓花
お正月休みの最終日、楓花は敬一郎からの連絡を受けた。
聖水の追加とリハルドさんへ会いたいというので、ヒシフォートの真珠宮へ迎えに行った。
前は門の外へ空間移動先を登録していたが、深淵との戦いの中で出入りが頻繁だったため、真珠宮の裏門を転移先に変更していた。
「楓花さん、こちらの都合で申し訳ありません。聖水をいただきたいのです、出来ればエルが汲んだ水が欲しいのです。」
「エルの?わかりました。向こうへ行ってから、エルに頼んでみましょう。」
敬一郎を連れて、泉の家へと向かった。
泉の家からリハルドさんが出てくる。
スエットの上下というホームウエア姿でも、リハルドさんが着ると恰好がいい。
「閣下。」
「リハルド、元気そうだな。」
敬一郎が声をかけると、リハルドは礼をとったまま顔を歪めた。
「ケイさん、それで器はおいくつありますか?」
「実は…100個ほどあります。今日中にとは言いません。入れられなかった物は次回にいただければ…。」
「森の汚染はそこまでひどいのですか?」
「汚染はひどいですが、それだけではなく…。」
「それだけじゃない?」
「説明をすると長くなるのですが…」
「わかりました。では、とりあえず家へ入りましょう。」
エルが出迎えてくれた。
挨拶を終えたところで、直ぐに用件に入る。
「エル、取り急ぎお水を汲んで欲しいのだけど、いいかしら?」
「かしこまりました。いくつ汲みますか?」
「それが…。100個ほどあるの。これからケイさんとお話しをする。容器が多いから話している間に汲める範囲で構わないわ。」
「かしこまりました。」
「汲んだら、いつも通りシートに置いてね。」
「はい。容器はどちらに?」
「多いから汲む場所で出そう。」
「わかりました。ではこちらへお越しください。」
敬一郎とエルが出て行ったので、楓花はお茶の準備をするためにキッチンへ立った。
「リハルドさん、不自由はありませんか?」
「不自由など…贅沢ですが、トレーニング以外に出来ることもないので…温泉に浸かってばかりです。」
「それは、いいですね。」
「でも、暇なのです。狩りに行くのは楽しかったですが、1人で出る訳にもいきません。」
「それなら、魔法の訓練でもしてみますか?」
「魔法?私は直接的には使う才がないのですが…。」
「直接的?」
わざわざそう言うのなら、間接的に使っているの?
「それなら魔法は使えるのですね?」
「多少は…剣に魔力を通して攻撃をする程度です。」
「そうやって使えているなら、きっと他も使えるようになりますよ。」
楓花は防御魔法の本を取り出した。
バブルなどの魔法が書いている本だ。
「これを写してもいいですよ。紙はこちらを使ってください。」
リハルドは目を見開いた。
「魔術書の写本をしてよろしいのですか?これは貴重な本なのでは?」
「古い魔術書のようです。」
これは手書きではなかった。
版画のような手法で作られているようなので、それなりの数は出回っているだろう。
これをわかりやすく写した本もあるが、そちらは大和語なのだ。リハルドさんには見せられない。
「ありがとうございます。防御魔法でしたら、閣下をお守りするのに使えます。」
リハルドさんは、そう言ったものの考え込んでしまった。
「これ覚えてしまっていいのでしょうか?」
「どうして?」
「私が魔人になってしまったら、自分をガード出来てしまいます。」
自分を守る術を持つことをそう考えてしまうの?
リハルドの自分よりも敬一郎を優先する思考に驚愕していた。
「確かにリハルドが魔人になったら、恐ろしいほど強いだろうな。」
その声に、楓花とリハルドは目を向けた。
敬一郎が、リビング入口へと戻ってきていた。
「私は、このままではいつ閣下やフーカ様を傷つけてしまうのではないかと思うと、気が気ではありません。」
「だが、リハルドなら大丈夫だ。気にせずに覚えてみろ。」
「そうです。そんなことは気にしないでください。どうにか出来ます。」
「ですが…。」
自分の命より守りたいと思っているのは伝わってくるけれど、それはお役目だから?
それだけでそこまで思えるものなの?
昔の武家のような思想だろうか?
体を張って、主君を守るのは当たり前だったはずだ。
全然関係ないのに、維新直前時代「寮の食べ物がよくない」と母に愚痴の手紙を書いて切腹した少年を思い出した。
不自由を愚痴ることも許されずに育ったなら、そうなるだろうか?
祖父母のようにお国のためと口にする人と同じだろうか?
「リハルド、私にはお前が必要だ。もちろん領のためにも、騎士団のためにも必要だ。」
「閣下…。」
「死ぬことは許さない。お前は私の元に戻る。」
「閣下…。」
敬一郎の静かな言葉に、リハルドが顔を上げて敬一郎を見つめている。
楓花は動けず、見守った。
私…なんだか…お邪魔よね?
そう思いつつ、席を立とうか逡巡していた。
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