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「皆には、これから療養に入ってもらいたい。」
リハルドたちは、死を覚悟していたので、敬一郎の言葉の意味が理解出来なかった。
用意していた言葉を発した。
「作戦に参加した時から、覚悟は出来ています。明日、森の奥で自決します。」
「そんな事はしなくていい。今が大事な時だ。頼むから療養してくれ。」
「は…?」
閣下を相手に間抜けな声が出てしまった。
「頼む。頼むから療養してくれ。ただし、ガードから出すことも出来ない。皆の天幕は別に用意する。他の部隊の者たちも、影響の出ている者はここで治療を受けさせる。」
「療養?」
思いがけない言葉に、声が掠れる。
戦線離脱されられた。
もう不要な存在なのだと言われてしまった。
わかっている。
もうお役には立てないのだ。
しかも、魔人になるのも時間の問題だ。我々を生かしておく理由などない。
自分なら生かしておけない。あまりにも生易しい判断に怒りと安堵と自分でもわからないほどの感情が浮かんでくる。
他の者たちも見守っているようだ。
「皆にしてもらいたいのは、療養だ。自決は許さない。ここで他の部隊の者も含め、療養させる。万が一に備えて騎士を配置するが、療養をして欲しい。」
それから、60名ほどの騎士や兵士が集められた。
彼らが周囲を取り囲む中、リハルドたちを見た指揮官たちはそのまま戦略会議を始めた。
指揮官の数人は、すぐに処分すべきと訴えた。
リハルドも自決すべきと訴えた。その後ろにいる者たちは、それを黙って見ていた。
それを聞きながらも、閣下は療養を決定された。
ヒシフォートの駐屯地内、フーカ様の魔導車近くに周囲を柵で覆った場所が作られた。
柵は目隠しになるほどの高さがあり、その中に10張りの天幕が張られた。
目の色、つまり魔物化の深度によりテントが分けられた。
「みなさん、お食事は1日3回用意するので、おなか一杯召し上がってくださいね。清水の水風呂も用意します。」
「いいのですか?」
「みなさんは、療養中ですからね。ゆっくりして体を癒しましょう。」
それから、毎日フーカ様の作ってくれた食事を食べ、清水の水風呂に1日3回は入り、目をカップで洗った。
テントの中央には、あの冷たい温度を維持する容器と、温かさを維持する容器に水とお茶が用意された。昼食と夕食の間には、煌めいている大量の果物も出てくる。
療養中とはいえ、柵の外とのあまりの違いに笑うしかない。
「魔物になるかもしれないけど、これが食べられるならここに入れてよかったかも。」
「そうだな。死ぬ前の贅沢だと思うが、他領の者にまで与えてくださるなんて。ヒシフォートクラレンスの人たちは、この方の元で働けて幸せだな。うらやましい。」
そう言ったのは、指揮官に殺されそうになった騎士だった。
殺すのは当然と思っていても、殺される側になれば悲しくなるのもわかる。
「いくらでもいいとおっしゃるから、遠慮もせずに食べているけど…本当に追加まで出してくれるとは驚いてしまう。」
「信じられないことだよ。果物なんて、普段でも口に出来ない。」
水やお茶を飲みながら、果物を食べていた。
手で剥けるオレンジやカットされた林檎や梨などが出ていた。
昨日は、皮ごと食べられるとても甘い葡萄にイチゴを食べた。
そうやって寛いでいると、部隊が帰還してきた。
柵があるために姿は見えないが、足音でわかった。
こちらの天幕へ10数人が加わってきたので、下級兵士がお茶やお水と果物を適当に渡した。
その兵士は症状が軽いので、ほぼ元の目の色をしていた。
「え?」
シャワーを浴び終えた者は、出されたお茶と果物に驚いている。
「お代わりもある。夕食もあるからほどほどに食べるといい。」
「魔物になる前に旨い物を食べさせてくれるのか?」
「そうだよ。数日で作戦も終わる。そうしたらきっと…」
騎士の一人は、最後までは言わなかった。
自分たちの体からは、魔の放つ紫煙が見えていた。
いつまで自我を保てるかわからなかった。
以前は黒く見えていた靄が紫煙に見える。そして、聖水やこのガードが以前にも増して煌めいて見えていた。
それだけでも、もう人ではないのだと自覚してしまう。
「そうですね、数日の命なら…多少贅沢をしてもいいですよね。」
新しく加わった者が、林檎を食べた。
「うわっ甘い。こんな状態なのに、味がわかる。」
「そうなのか?」
「うまっ!」
新しく加わった者たちが、次々に手を伸ばして林檎を食べ始めた。
リハルドは、彼らのやり取りを見ていた。
魔物化が進んだ時のために、フーカ様のガード内にいるのは分かっている。
このガード内なら、魔人になったとたんに消えるだろう。
そうなれたほうが、自決せずに済むのでありがたい。
フーカ様のガードが消えれば、自分たちで自決せざるを得ない。
贅沢な食べ物も、自分たちなら本来口にするはずのない果物も、自分たちをこのガードという檻の中へ留めて置く為なのだろう。
それでも、しばしこの贅沢を楽しもうと思える程度には、気持ちが落ち着いていた。
それに、赤みが引いてきた兵士を見ていると、もしかしたら魔が祓えるのではないかとありえない奇跡まで頭をよぎってしまう。
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