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「楓花様は、こちらでおひとり暮らしとお聞きしましたが…。」
「そうです。落ち着いた地域なので暮らしやすいですよ。」
「それはよいですね。お庭…畑もあるようですし…よくお手入れをなさっていらっしゃる。」
「そうですか?」
榊さんはリビングから庭を見て、そう言ってくれたがここ数か月ほぼ放置に近い。
つい流すように言ってしまったけれど、冷たすぎるかと思い直した。
「ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ失礼を…。」
榊さんね。
この年代で榊ならば、榊玄史さんだろうか?
お役目関係の人数はそう多くはない。私のように町内会のお役目周りのような立場の者もいるけれど、きちんと日常的にお役目についている人もいる。
一回り年上だったと思うから、おそらく合っているはず。
大きな神宮の宮司を務めているはずだ。
「実務面をよろしいでしょうか?楓花様が担当なさるのは、静岡県周辺と長野県のこの辺りとなります。近場と言いましても移動距離が長いので、車はこちらでご用意出来ます。」
儀式をするのは確かだけど、そう大袈裟なものではない。
供物と祝詞、舞を奉納するだけなのだ。
母は、自分の車で行っていた。私も同じく今までは全て自分の車だった。
わざわざ他人の手を煩わせることではない。
「それ…自分で適当に動いてもいいですよね?」
「それはもちろん大丈夫です。日時の報告などは必要ですが、ご存じですよね?」
「はい、それでしたら一人で大丈夫ですよ。そのほうが自由に回れるので、お気持ちだけいただきます。」
それから、少し金銭面の確認をしてお見送りをした。
楓花には、血統としての役目があった。
大和の古い時代から続く巫女の系統だった。
家ではなく、女系の血統のみで継がれてきた役目だ。
内回りのお役目と外回りのお役目がある。
楓花の母が属する系統には、母姉妹ともう1家があり交代でお役目が回ってきていた。
今年は、楓花の当番だった。
担当を任された神域を回り、年納めに向けて1年を過ごせたお礼の舞を奉納する。
11月から12月上旬にかけての土日は、そこに充てる必要があった。
2日に一度のイルルジオーネ行きは、月・水・金曜日にするしかないだろう。
金曜を終えてから月曜日に行くまで向こうの時間では、8日開くことになる。
今まで5日のところが8日となるなら、聖水を入れる容器は20だったけれど、30まで増やしたほうがいいだろう。
杭や武器に使う聖水に付け込んだ木片も大量に用意しよう。それでやり過ごしてもらうしかない。
あとは…身体を休めるためのガードか…。
指輪は救護所に使っている。
それも、途中で切れることになる。
エルとした魔法の練習でバブルはかなり使えるようになってきていた。
ガードのような物…もしくは、聖水を纏わせてほんの少しでも癒される空間を作れたなら…いや、だめだ。中途半端な物を渡して信用されてしまったら。安心してしまう。
そこで壊れたら目も当てられない。それくらいなら、警戒を続けたほうがいい。
森の入り口には、駐屯地もあるのだ。
常に兵は入れ替わっている。その人数を増やせば、回せないことはないはずだ。
自分たちでうまく乗り越えてもらうしかない。
楓花は気を取り直して、イルルジオーネのことを頭から追い出した。
とにかく、こちらでやることを決めないといけない。
このお役目は、血統の者の当たり前の務めのため、報酬は出るけれどもそう多くはない。1件ごとの謝礼とお車代だけなのだ。うまくやらないと赤字になりかねない。
訪れるべき神社や宮の確認を始めた。1日に回れる神域は1か所から5か所だけだ。
今までなら宿をとったけれど、今回の場所は宿からかなり離れている場所もあった。
まぁ、宿に泊まっても赤字にはならないだろうけど…せっかくキャンピングカーがあるのだから活用しよう。
楓花は、最初に長野県のある地域を訪れた。休憩しやすいようにキャンピングカーでの移動にした。
神社の駐車場に止めると、シャワーを浴びてから巫女服へと着替えた。
白木の箱に入っていた薄色の着物に、一斤染め(いっこんぞめ)の袴だ。
薄色というのは薄紫で浅紫とも呼ばれていた。
一斤染めとは、紅花で染めた薄いピンク色のことだ。
薄いピンクの着物に薄い紫の袴という若い娘のような色合いは、40才を過ぎた楓花には抵抗があった。だが、お役目のために与えられた衣装なので、勝手も出来ない。
階段を上るために、袴は少し上に着付けて足さばきをしやすくした。
長いストレートの髪は後ろで一本縛りにしている。
化粧は薄く、肌のむらを整える程度、ほぼすっぴんに近かった。
口元だけは口紅できりっとさせた。
銃刀法の許可を得ている小刀と舞扇を帯に挿し込んだ。
小刀で魔を払い、扇でよきものを集める。
舞で必要な小道具だ。
斜め掛けのホルダーにお水を入れたペットボトルと鍵、スマホなど最低限の荷物を入れた。胸元にコインケースを忍ばせた。
それから、コインケースを取り出し、中に草履が入っていることを確認すると胸元へと戻した。見た目のシンプルな運動靴を履いた。
本殿へ向かう階段を見上げた。
手荷物を減らしたのは、ここを上るのに邪魔だからだ。
結構な高さまで階段が続いているのは、神社あるあるなので仕方がない。
災害があっても無事な場所を示している場合もあるのだ。低い場所へ移すというわけにはいかないのだろう。
鳥居の前で一礼をして階段の端を進んだ。
一息では登れず、時折足を止める。横を向いて休むが決して下は見ない。
見てしまっては足が竦んでしまうからだ。
何度うっかり見てしまって足が重くなったかわからない。
昔の階段は、幅の広い場所がない。角度は安定せず、下がりがちになっている所は転げ落ちそうになる。
同じ幅の段が数百段続くことも珍しくない。
袴の裾を持ち上げ、裾を踏まないことだけを考えた。
階段を上り切り、息を整える。
階段を上っていても、神域に入った清々しさを感じられなかった。
周囲に人がいない事を確認して、コインケースから水筒を取り出した。
アイテムバックのコインケースには、落とさないように名札に使うタイプの紐をつけ、首にかけていた。
いつも使う斜め掛けバックは家の中までしか使えないけれど、このコインケースはどこでも使えた。それ自体は便利なので、常用使いしたいと思ったけれど、口が小さいので入れられる物は限られていた。
水を飲んで、ようやく落ち着くと運動靴を脱いで、草履へと履き替える。
運動靴は草履を入れていた袋へ入れてその持ち手からコインケースへ収納した。
手水場で手を洗い、口を清めた。
それから、社務所へ顔を出した。
「こんにちは、今年のお勤めに伺いました。」
「巫女様、ようこそお越しくださいました。」
宮司が出てきた。
温和そうな雰囲気を醸し出しているけれど、なんとも俗物っぽい。
社務所には、色とりどりのお守りが売られていた。
ここは、年末年始にはローカルの中継も入るようなので、商売上手になるのだろう。
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